実以のブログ -27ページ目

うどんにはかきあげ

うどんの好きなトッピングは?

かきあげあるいは油揚げです。

 

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今は昼に外食することはほとんどないのですが、
以前、神田で働いていたころはよくチェーン店のそば、うどん店で
かきあげうどんを食べていました。当時の価格で400円前後だったかしら?かき揚げっていろいろなものが入っていて、栄養バランスがとれるような気がしていたのです。いちばん職場に近かったチケットは自販機でセルフサービスの店ではときどきトッピング無料券をくれました。もちろんかきあげ無料券
もあってありがたく使わせてもらいました。
 
もっと格上の店に行くこともありました。寒い季節にはけんちんうどんが
メニューにあれば食べました。野菜がたっぷり入っていて体が温まります。
この写真はけんちんうどんとたしか五目御飯のセット。写真を撮った理由を
忘れてしまいましたが…靖国通り裏のこの店は面白いところでうどんの店になる前は骨董店だったのです。開店したばかりの時は高価そうな陶器の壺があったウィンドーに御品書きが出ているのが不思議でした。ただもともとお宝?が並んでいた空間だと思うと気分が落ち着きました(笑)。
 
ちなみに少し勤務先から歩いたところに入口や窓が障子風で高い天井には
昔の木造家屋のような梁もある内装も、また味もすてきなそば,うどん店が
ありました。そこで「五色うどん」というかまぼこやホウレンソウなどが入ったメニューをよく頂きました。一番安い品でも900円ほどしてやや私には高価でしたが、そこへ行くと江戸時代にタイムスリップしたようで癒されました。先日久しぶりにあの辺りを歩いてみたところ建物ごと新しいビルに建て替わり、あとかたもありません。あの店ではそばがきも食べられたのです。本当に残念です。
 
ちなみにローソンストアの一袋二枚入りの冷凍かき揚げは常備品です。家でうどんやそばを食べる時にも載せますし、朝、時間のない時はお弁当箱に
ごはんとかきあげだけ突っ込んで出勤します。自然解凍できて便利。

 

今年見たフジ、思い出あるいは幻のフジ

この春見たフジの花についてブログに書きたいと思いつつ、夏になってしまいました。

母の生前、車椅子に乗せて連れて行っていた公園に藤棚があるのですが、父が母ほど花好きでない上に私も今年仕事がハードで体重の重い父の車椅子移動を負担に感じてこの春は見に行けませんでした。

4月に行った上野東照宮のぼたん苑で「フジの鉢植えがある!」と喜んだけど、造花でした(笑)。

GW初め、墓参で長野へ行った時のこと、墓地の背後の山を見上げると野生のヤマフジが見えました。わかりにくいかと思いますが、写真右上と左下にフジの花房があります。

左下を精いっぱい拡大、人が手を加えないのにこんなに華やかに咲く

なんて不思議。

子供の頃から春になるとこの山のフジは眺めていました。あの頃はもっと紫が濃かったような気がするのですが…そうきれいな紫の色は見えるのに高い高い山の杉の上でだけ咲いていて近くでは見られない…ときどきこのフジのある辺りで動く影がありました。祖母がリスだと教えてくれました。

墓参の後、立ち寄った長野駅近くの西光寺の境内でフジが花盛りでした。以前友人と石堂丸のお話の絵解きを聴いた寺です。

フジの樹があるのを初めて知りました。今年はフジを見逃したと思っていたのですごくうれしくなりました。



 

フジの花について子供の頃から他の花にはない魅力を感じていて、作り物でもなぜか見ると楽しくなります。下の写真は勤め先近くで見た御祭りの奉納受付所の飾りです

 

ぬりえや羽子板や人形などで見た「藤娘」や祖母が視ていた時代劇に登場する「きれいな娘」が顔の前でゆらゆらゆれるフジの花のかんざしをしているのにあこがれていたのかもしれません。それに野生で咲いていても高いところだけ、家で育てるのは難しそうで切り花などでは見かけない…つまりバラや桜に比べて身近になかったからでしょうか?

子供の頃、住んでいた街の御宮の前の通りを歩いている時、ある家の縁側で陶器の鉢に植えたフジの樹が紫の大きな花房をつけているのを見かけて「あんなのがうちにもあったらいいのに」と思いました。

これも子供の頃の話、何の目的でかは思い出せないのですが、当時の国鉄信越線に乗っていた時、確か上田駅、あるいは西上田駅の近くでフジの花でびっしり覆われた二階建ての家が車窓から見えました。そう家全体が紫色でした。上り列車(東京方面)なら線路の左側、下り列車なら右側です。あれは本物なのか造花なのか、普通の家なのか何か商売をしている家なのか…周囲の大人にたずねてもわからず、私にとっては今もって謎です。ひょっとしたら電車にゆられて眠って見た夢?なのかもしれませんが…1970年代、上田駅周辺にお住まいの方でフジがいっぱいの家をご存じの方、いらしたら教えていただけると幸いです。



 

 

夏至とカモミール

おぼえていれば毎年行う夏至の二つの白魔術。

 

一つが植物のエネルギーが最高になる日なので「大切にされ、

長く生きている樹に触れるとパワーが得られる」

 

勤め帰りに上野公園を歩き、ケヤキやイチョウやヤマザクラなどの

大きめの樹に触れてまわりました。なるべく人に気づかれないように(笑)

 

またあらためて書きますが、今年も上野東照宮前のガクアジサイ、

楽しんでます。これは今年初めて気がついた大島緑花という品種。夏至に

撮影です。

これも夏至の「コンペイトウ」。比較的咲き始めの感じのを探しました。

他の花はやや盛りを過ぎている感じ。

 

夏至のもう一つの魔法…「この日、もらったり買ったり摘んだり、手に入れた花をドライフラワーにして保存しておくと夏の間のお守りになる」

そんなわけで上野駅構内の花屋でサービスブーケを買いました。

 

 

カモミールの花とフェンネルの枝と思われるものが入っていますから、

これらを乾燥させて保存してみましょう。

1000円足らずの価格だから何だか今一つぱっとしないブーケという気もしますが、カモミールはかわいいですね。本日、6月25日、早くもしおれてしまったので玄関先で乾燥させてます。

『アッシャー家の崩壊』『ライジーア』続き『 ポー短編集I ゴシック編 より

エドガー・アラン ポー (著), Edgar Allan Poe (原名), 巽 孝之 (翻訳)
新潮文庫 2009年

 

新潮社サイト
https://www.shinchosha.co.jp/book/202804/
 

『アッシャー家の崩壊』が読みたくてこの本を借りてきましたが、他のお話で先にブログを書いてしまいました。


初めに前回取り上げた『ライジーア』について補足。移住しても後妻を迎えても死んだ妻を忘れられない男の話と思っていましたが、少し考えてみると語り手の男はライジーアの死を受け入れないということだけではなく、本気でライジーアを甦らせるつもりだったのではないでしょうか。「人間は天使にも死神にも惨敗することはない、おのれの弱き意志のまさにその弱さに因る場合以外は」というライジーアの末期の言葉を信じ、五角形の部屋もサラセンの香炉もルクソールの石棺も彼女を取り戻すための呪いで、後妻のロウィーナはその儀式?のための生贄にされたのでは? ロウィーナとその親は「初婚じゃないけど財産家と結ばれてラッキー」と思っていたけど、おそるべき災難?


『アッシャー家の崩壊』昔、一度読んでいる…家にあったものか図書館のものか記憶が定かではないのですが、とてもとても古い本で…ですが今回の読書で思うのは短篇であらすじは簡単なのに結構歯ごたえがあるというか、読むのが大変でした。


初めて読んだ十代後半か二十代前半に比べ、知力が経年劣化している上に、現在の私の心身が疲れているからでしょう。それから昔とちがって読みながら、自分の人生経験が連想されてくるからかも。

語り手の「わたし」は子供時代の親友の一人、ロデリック・アッシャーから心身の病にかかり、昔の友人に会いたくてたまらない旨の手紙を受け取り、沼地に建つアッシャー邸を訪れます。朽ちた樹と繁茂するカヤツリグサに囲まれ、灰色の壁にうつろな眼のような窓、見ただけ気持ちが沈む屋敷、そしてその主ロデリックも神経錯乱で憂鬱病。もともとは優美な線を描く唇とヘブライ風の鼻の美男だったようですが、死人のごとく肌は白くなり、髪の毛は蜘蛛の巣をしのぐほど柔らかく細く、こめかみより上が異常に広くなっている…そしてどこか首尾一貫しないふるまいに習慣的な体の震え。

ロデリックが言うには双子の妹マデラインが病気で死にかけており、自分がアッシャー家の最後の一人になるだろうということ。そして自分もこの「悲劇の館で死んでいく」だろうと。

ロデリックの憂鬱症を癒すため、二人はおびただしい楽器や書物の散乱する広い部屋で読書したり、絵を描いたりして過ごします。ロデリックは音楽や絵画に才能があり、ギターの即興演奏をしながらバラッドを歌います。『魔の宮殿』と題されるその詩を見るとアッシャー家にも黄金の旗が掲げられ、いたるところ真珠や紅玉で飾られた栄光の時代があったようで…。

そしてある晩、ロデリックはマデラインが亡くなったこと、一族の墓地が辺鄙な場所にあることなどを理由に遺体はすぐに埋葬せず、地下室に2週間ほど置くと言い、語り手にその作業を手伝わせまず。その後、ロデリックの精神錯乱も変化し、部屋から部屋と歩き回ったり、虚空を何時間も凝視したり、ぶるぶる震える調子で語ったり。

                                     

嵐が迫りつつある夜、語り手自身も眠れず、体の震えが止まらなくなったところへロデリックが現れ、窓を開けます。「嵐のうちにも荒涼たる美をたたえた一夜」

 

ロデリックを落ち着かせるために語り手はサー・ランスロット・キャニング『狂気の遭遇』という少々俗悪な本を読み聞かせます。

『大魔王ベルフェゴール』、『天国と地獄』、『青い彼方への旅』『異端審問記録』など彼らが読みふけったという書物の名前が小説に出てきますが、ネットによれば『狂気の遭遇』以外は実在するとのこと。    そして物語の主人公が扉を叩き割り、引き裂いた時、現実にも同じことが起こるのです。

 

こわくて不思議なお話として記憶しておりましたが、人生経験を積んだ今再読してみると非現実的、幻想的なようでいて、「あるある」も感じてしまいます。ロ
デリックのような病気の人は実際何人か目にしました。同性の友人にもいます。病気だとわかったら関わらない方がいいとも思うのですが、彼女が語ることにはついつい耳を傾けてしまい、興味をひかれる点もあるのですね。語り手がアッシャー家に行った気持ちはよくわかります。

 

以下は引用。
ロデリックはこの病のせいで五感が異様に研ぎ澄まされてしまったという。まず、極端に薄味のものしか食べられず、一定の繊維の服しかまとうことはできないし、花の香りは何を嗅いでも押しされそうな気分になるばかり、わずかな光を浴びるだけでも眼を痛めてしまう。そして特殊な響きを耳にするときだけ、それも弦楽器の音色を聴くときだけが、恐怖を感じないですむ瞬間なのである。

 

その友人と知りあった時「自分にはストーカーがいて、そいつはコンピューター関係の専門家だから、自分をパソコンやテレビから監視している」と言っていました。私は初めそれを信じ、本当に家がそんな状態なら引っ越したらいいとまじめにアドバイスしました。すると「亡くなった父の思い出がつまっている家だから引っ越したくないの」とのこと。後から思うとこの時の口調がいかにも芝居のセリフのようでした。ちなみに彼女の「家」についてもアッシャー家ほどではないけれど謎があって、私には父から相続した持ち家だと語っていますが、別の友人には賃貸だと言ったとか。

 

ロデリックも恐怖にふるえつつも「悲劇の館」から逃れ、音楽や絵画の才能を生かして社会に出ようとはついぞ思わないようですね。極端に薄味のものしか食べられない彼は屋敷と運命を共にしなければ、案外ヘルシーな後半生を送ったかもしれません。

 

アッシャー家が倒壊して沼に沈むのもこの兄妹の死と同時起きたのが不思議といえば不思議ですが、「微小なるカビが外壁全体にはびこり、薄暗い窪みから巧妙なる蜘蛛の巣のように垂れ下がっている」。じっくりと観察すると「一本のかすかな裂け目がジグザグ状に、建物正面の屋根から下へと壁づたいに走っており、その尖端はといえば陰鬱なる沼のさなかへと飲み込まれている」―つまりもともと地盤の悪い沼地に建っている上に土台を含む石造部分が年月を経て傷んでいるとすれば、ありえないことでもないでしょう。
「短い土手道沿いに屋敷をめざす」語り手の馬を迎え、ロデリックの薄味の食事を作っていた召使は逃げ出せたのかしら?

 

今回ちゃんと読んでみてよかったと思うのは家にあるラジオドラマ版の英語教材(UNICOM・INC,1989年刊)とは全然ちがうお話であることを確認できたこと。

 

ポーの原作にはロデリックの双子の妹マデラインは語り手の「わたし」が到着した夜、二人がいる部屋に現れ、客に挨拶することもなく通りすぎ、その後は遺体となり、ラストで血まみれの経帷子で現れて低いうなり声をあげるだけでセリフはありません。


ラジオドラマではマデリンとなっている妹はヒロインとして大活躍? ロデリックが財産を独り占めするために自分の死を長年祈っているが、思う通りにさせまいとロンドンから原作の語り手にあたるチャールズを呼びます。チャールズを連れてくるのはロデリックの婚約者でマデリンの友人ディーナ。マデリンはロデリックと自分は体は二つだが魂は一つしかないと言い、チャールズらに自分が死んでも棺の蓋をくぎで止めないよう頼みます。

ポーはアッシャー家の兄妹の魂が一つしかないなんて言ってません。アッシャー邸が倒壊して沈む結末は同じですが、避難したチャールズとディーナがよいムードになってハッピーエンド?

ポーの短編のラジオドラマ化というより、ほとんど二次創作ですね。今回読まなければ。人に訊かれたりした時、こちらの内容を教えてしまったかもしれません。

小学校の高学年から中学生の時、図書館の「世界のこわい話全集」のような本で子供向けにしたこのお話を読みました。

挿絵のマデラインが少女マンガ風でとてもきれいでした。あの本も探してみようかしら。

 

このブログにアップした建物の写真は2017年の横浜フラワーフェスティバルに展示されていた山手の「外交官の家」と「ベーリック・ホール」のミニチュアです。四角以外の形の塔の上の部屋は日本にもあったのですね。『ライジーア』のとはちがって「外交官の家」の塔は八角形ですが。

黒猫・アッシャー家の崩壊 ポー短編集I ゴシック編 より『赤き死の仮面』『ライジーア』

新潮文庫 2009年

エドガー・アラン ポー (著), Edgar Allan Poe (原名), 巽 孝之 (翻訳)

新潮社サイト
https://www.shinchosha.co.jp/book/202804/


昨年の秋、住んでいる集合住宅の大規模修繕工事があり。建物の周りに足場が組まれました。足場の鉄骨やネットでよって空気の流れが変化しているらしく、強い風が吹くとシュルシュルシュルというような不思議な音がしました。暮れ方や曇りの日などに耳にすると得体の知れぬ怪物の声?に聞こえなくもないような…。それを聞いていると不思議な怖い物語を読みたくなったのです。例えば『アッシャー家の崩壊』のような。


家にはこのお話のラジオドラマ版を英語教材にしたものしかないので図書館で文庫版を借りてこようと思いつつ、なかなか図書館にも行けないまま、工事は終わり、年は明け…。先日やっと勤め帰りに図書館で見つけました。ポーの生誕200年だった2009年に出た新訳。表紙のデザインが魅力的です。

この本に収録されている6つの短編のうち、『ライジーア』以外はすべて以前に読んだことがあるか内容を知っていました。『黒猫』はやはり何か英語の授業か宿題で扱ったような。
 




『ライジーア』は才色兼備の妻の病死後、ライン河畔からイングランドへ移り、若い後妻を迎えても完璧だった亡妻の幻想に捕らわれ続ける男の物語。驚くのは後妻ロウィーナ姫に用意した部屋。元は僧院だった建物の小塔にあって「セミゴシック風にしてセミドルイド風のグロテスクきわまる」格子細工の天井からサラセン風の巨大な黄金の香炉がぶらさがり…地震が来たら大変? 壁のタピストリーやカーテンにはは具体的には書いてないけどアラベスク風で怪物風の刺繍がびっしり、さらに五角形のそれぞれの角にエジプトから運んだ石棺…文化的には価値の高いものではありますが、死体の入れ物です。自宅に置きたいものとは思えませんがこのお話が書かれた頃の欧米で

はもてはやされたのでしょうか? 

 

​​​​​​語り手の男の心を捉えづけるライジーアは漆黒の髪に輝く黒い瞳、該博な知識を持ち、思考や行動も強烈。しかも死後かなりの財産を遺しています。後妻ロウィーナはそれに対して金髪碧眼、嫁がされたのも親が主人公の財産に眼をつけたかららしく、つまり姫と呼ばれているけど裕福ではなく、あまり主張のはっきりした気性でもなさそうでライジーアとは対照的。想像すると一晩も寝られそうもない部屋に住まわされた上に夫は阿片にひたって帰らぬライジーアの名を叫び続けたりしますからロウィーナも二ヶ月で心身を病んでしまいます。

 

巻末の解説によれば著者は幼少期に母を亡くし、その後も妻や思い人に死なれたり、恋が実らなかったり、愛情には恵まれない人生だったようで、この物語にはそのつらさが現れています。

伝染病の恐怖と権力の驕りを描いた『赤き死の仮面』。昔読んだ時はあらすじしか記憶できなかったけれど、この本では一番心にしみました。コロナウィルスに翻弄された数年を過ごしたからでしょうか。


発症すると体の痛みとめまい、全身の毛孔から出血してたちまち死に至る疫病が大流行。犠牲者の体が血の赤い斑点だらけになることから「赤死病」と名付けられた病で国民の半数が死亡。

 

国王プロスペローは強靭な塀に囲まれた壮麗な城の奥に未感染の廷臣や貴婦人たちとこもります。十分な物資の貯えはもちろん、ありとあらゆる娯楽も用意、道化も即興詩人もバレエ・ダンサーも演奏家もいました。外では疫病が蔓延していても安全と悦楽が保証された城塞の中で半年が過ぎた頃、「官能的で魅力的な仮面舞踏会」が催されます。

心ひかれるのは舞踏会の会場の描写。普通こういうパーティは広い大きな
空間、いわゆるバンケットルームで行われますが、この会場は回廊でつながった七つの部屋。東端の部屋は青いインテリアで窓は青のステンドグラス。第二の部屋は紫の室内に紫の窓、同じように第三の部屋は緑、第四の部屋は橙、第五の部屋は白、第六の部屋は菫(スミレ)色。第七の部屋だけが室内と窓の色が異なり、黒の別珍で覆われているのに窓は血のような緋色のステンドグラス。どの部屋にもランプや豪華大燭台はなく、この続きの間を貫く回廊にはそれぞれの窓に対峙しておかれた三脚台に載った火桶の炎だけがステンドグラスに写り、室内を照らしています。西の端の黒の部屋では窓の放つ血の色の光が「身の毛もよだつ」効果をもたらし、あまり入る人もいません。でもその他の部屋では陽気で豪奢なパーティが続いていました。黒の部屋にある黒檀の時計が一時間ごとに大音量でチャイムを鳴らす間だけは音楽も踊りも止まりますが、鳴り終わるとまた能天気な宴が続くのです。



プロスペロー王が監督する仮装のテーマは「グロテスク」。

  豪華絢爛たる輝きを放つとともに痛烈で幻覚的ないでたち―

  それはほとんどヴィクトル・ユーゴ―の悲劇『エルナニ』(1830年)以来の

  伝統にほかならない。身体と装飾品がちぐはぐな、アラベスク趣味の人影

  も徘徊している。狂人の衣装をまとった錯乱のきわみも見受けられる

  (本文より引用

 

『エルナニ』ってどんなお話なのでしょうね? 

光源が少ない上に皆がこんな扮装では誰が誰だかよくわかりません。そう、とんでもない者がこの華麗な宴にまぎれこんでいました。黒檀の時計が真夜中の12時を告げた時、プロスペロー王と一同の前に正体を現します。

あらすじだけ追うとあっけないのですが、いろいろなことを感じさせ、考えさせる短編です。たとえば世界中には戦乱や飢餓で苦しんでいる人々も多いのに「自分たちはまあ大丈夫」と思い込んで日常を過ごしている…でも大丈夫じゃないかもしれないとか。コロナが収まったわけではないのに、オリンピックを催したのはどうなのか…表面的には一応無事に終わりましたが後から不祥事が発覚してますし。

怖いけれどポーが描き出した世界は魅力にあふれ、現実から解放してくれる
美しさ…もしもお金と時間があったら『ライジーア』の五角形の部屋とプロスペロー王の宴の七つの部屋をドールハウスで作ってみたいものです。第2の部屋が紫で第6の部屋が菫色(スミレ色)。スミレの花の色って紫だからちがいがわかりにくいのでは…私が王なら代わりにピンクにしたいですね。


どこかにポーの物語のテーマパークとかないのでしょうか…既にどこかにできてるかもしれませんね。おもてなしエドガー・アラン・ポーやおもてなしプロスペロー王が迎えてくれる、西洋風お化け屋敷?

     

   

今年のスズラン

先週、北海道でスズランが見頃だというニュースを聞きました。

スズランの本場、寒い地方では初夏の花ですが、

関東では4月の中旬ごろには咲いてしまうようです。だから桜や

ぼたんに気を取られていると見逃してしまいます。

 

これは4月9日、地方選の投票の帰りに寄った近所の公園です。ちょっと早い感じ。

 

同じところの4月15日。雨にぬれています。

その翌日。まさに見頃。

 

その次の週末。上野東照宮のぼたん苑内。盛りを過ぎていて残念。

一週間前に来るべきでした。でも一部まだ見られるところが。

ぼたん苑のスズランはさすがに手間をかけて育てているようで、

公園のものより花が立派です。来店はもっと早く来ましょう。

 

本来は寒い気候にあった植物のせいか、関東では公園などではあまり

見かけません。一方、宿根草なので環境が適していれば半自生のようにも

なるようです。以前勤務していた神田でビルの脇の植え込みの樹の下に

咲いているのを見つけた時はすごくうれしかったです。あのビルは

まだあるかしら?

 

4月29日、善光寺の宿坊の一つの前でたくさん咲いていました。

はいつくばって写真を撮る…ちょっと変な観光客?

石の間から咲いているものもありました。


善光寺参りと長野県立美術館を訪れた後、夕方長野駅近くの中央通沿いでも見つけました。

 

ほとんど自生?なのかあまり手入れはされていない感じでした。でも一日の間にたっぷりすずらんが見られてラッキーな気分になり、上田へ予約しておいたホテルへ向かいました。

 

 

 

ウツギを楽しむ

前回のブログにもちょっと書きましたが近所の公園のハコネウツギの花です。前からあったのですが、なぜか今まであまり注目していませんでした。

このすぐ近くにあるガクアジサイは亡くなった母の生前からよく眺めていたのですが、不思議。

これはハート形の花輪のようでかわいい。

ウツギは桜やアジサイとちがって花が緑の葉の陰に咲くので、

遠目には花が咲いているように見えないから、これまで気づかなかったのかもしれません。

 

上野両大師の垣根際にウツギがあるのも、今年初めて気が付きました。

これはハコネウツギではなく、純白の花のもののようです。

一週間後ほど後も白い花を咲かせていましたから。

 

これは旅情編?GW恒例の墓参の旅で足を伸ばした上越市の春日山城址の

山道で咲いていたタニウツギ。日本海側に多く自生しているとか。

 

実は今回、前回に訪れた時とは別のルートで春日山を歩いてみたら、

人気がないところへ出てしまい、「ここでクマでも出たらどうしよう」と

こわい思いもしたのですが…タニウツギの美しさには恐怖もふっとびました。

今年初めて見た花のベストワンになるかもしれません。

 

ところで昔、中学の音楽の授業で歌わされた歌で、母も時々口ずさんでいた

『夏は来ぬ』の歌詞。

♪卯の花のにおう垣根に、ホトトギスはよも来、鳴きて~とあります。

今年その卯の花ことウツギをよくよく見たのですけれど、香りは感じませんでした。何だかジャスミン?にもちょっと似ているように思うからよい匂いがしてもいいように思うのですが、私が鼻炎持ちだから香りがわからないのでしょうか?

ハコネウツギ この春の断捨離?

以前、友人から誕生日プレゼントにもらった眼鏡入れです。和風柄の布で

できています。その頃熱心に着物の着付けを習っていました。だから友人は

着物を着て出かける時に使えるように贈ってくれたのでしょう。

 

しかし…どうも眼鏡を入れて持ち歩くにはいささか強度が心もとなく、

この十数年?しまったままでした。とても美しい品なので何か他の

目的に使えないかとも考えたのですが…4月初め、使っていない大きな鍋などの台所用品と一緒に奉仕団体へ送りました。何となくですが、

日本の紋様を愛する海外の方にでもめでてもらえたらと思います。

 

 

これは毛糸のショール。もともとは子供の頃、正月用の着物といっしょに

祖母が買ってくれたものです。ピンクと白のモヘア?というのでしょうか

細くふわふわした毛糸。

色も触感もまさに甘い女の子向け。何となく捨てがたくて今まで持っていました。しかしもともとが子供向けのせいか、成人後に和装に用いるには

寸足らずで使えません。

洋服の時のマフラーにも使ってみましたが、今一つ。ふわふわして

見たところは可愛いのですが、私の立居振舞がガサツ過ぎるのか

どこかにひっかけそうで。

 

ですので春に桜のボタニカルアートを一緒に見た後輩にあげました。

ピンクと白のふわふわも若い彼女には似合いそうです。

とても喜んでくれました。

 

「施しをする時、右の手のしていることを左の手に知られないようにしなさい」と

新約聖書のマタイ伝にあります。だから奉仕団体や後輩に何かあげたことを

ブログに書いたりするのいけないのかも。

 

でも記録しておかないと断捨離したのを自分でコロリと忘れて何かの時に探してしまいそうなんです(笑)。

 

近所で咲いているハコネウツギです。同じ樹に白とピンクの花が咲いて不思議だなと思っていたのですが、咲き始めは白で日が立つにつれてピンクに

なっていく品種なのですね。この写真の花はエンジ色、花が終わる寸前の色ですが魅力があります。

 

コロナワクチン父6回目、自分5回目 新しいオフィスサンダル

5月13日、父は6回目、弟と私は5回目のコロナワクチン接種。

 

同じクリニックでですが、私は歯医者の予約があったので、

父と弟とは予約時間を変えて別行動。

 

ちなみに虫歯が深いらしく、麻酔をした上、削るのに時間がかかり、

きつかったです。これからはこんなことにならないよう定期的に

歯科検診を受けようかしら。

 

歯科治療が終わった後、ワクチン予約の時間までショッピング。

新しいオフィスサンダルを買いました。別にブログに書くほどもないもの

(2000円弱)ですが。それでも記録しておくとどれほどの期間使えたのか

わかりますから。

22.5センチです。

 

道路沿いでバラが雨に濡れて咲いていました。

このピンクのバラは「ブラッシングノックアウト」というそうです。ノックアウトされる?美しさ。

 

私が好きなのはこの淡いピンクと白のバラ。オールドローズというのでしょうか。ルネサンス?ぐらいの絵画に描かれている感じ。「パシュミナ」という

名前。

 

クリニックに行ってみると空いていて、予約時間前でも受けられました。

 

家に帰り、昼ごはんを食べた後、少し横になるつもり…だったのですが、

そのまま延々と夜の11時半!まで夕食も食べずに寝てしまいました。

歯科治療に加えて日頃の疲れも出たのでしょうか。でもここまで寝たせいか、

翌日14日は左腕の接種箇所のいくらかの痛みの他はワクチンの副反応

らしきものはありません。

 

桜の補足と反省?

3月後半の金曜の夜、初めて不忍の池を貫く桜並木に行きました。

そこから見たライトアップされた弁天堂。池に映ってまるで極楽のよう…

友人にラインで送ったら「金閣寺かと思った」と好評。今年の風景写真の

ベストワンになるかも。

 

3月24日頃の上野両大師の「御車返しの桜」。5弁の花に交じって6弁や7弁の花が咲き、枝ぶりも不思議。

 

これも両大師の枝垂れ桜の大木。同じ時期です。

あいかわらず舞妓さんのかんざしのような美しさ。

 

 

 

これは今年初めて見た東博近くの八重桜「フゲンゾウ」ふわふわして、

ボンボンのよう。

 

これも今年初めて見た不忍池の「バイゴジジュズカケサクラ」長い名前です。

夜なのでうまく撮れてませんが。

 

これも夜なのでボケてますが「アマノガワ」珍しい桜なので来年は

もっとちゃんと見たいものです。

 

昨年は盛りを過ぎてから存在に気がついた上野駅公園口近くの

「オモイカワ」。繊細さが魅力の桜でなかなかうまく写真が撮れません。

西洋美術館の世界遺産1周年を記念して植えられたとのことですが、

まだ樹も小さいせいか、気づく人も少ない不遇な?桜。

 

同じく公園口交番近くのソノサトキザクラ。今年はバタバタしていて

緑色がかなりピンクがかるまで忘れておりました。

 

同じ樹に色のちがう花がたわわに咲いて、まるでたくさんの花束を

差し出されているような気分。

 

4月1日、花見に行ったにも関わらず、あまりに人が多かった上に、

案内しなければならない人がいたせいで、清水観音堂の裏にこれまで見たことがない八重桜があったのに忘れてしまいました。来年は忘れじの塔近くのアマノガワとあわせてちゃんと見ようと思います。