私にも何かできる事があるかな
8日間に渡るアドベンチャーレース『GODZONE』(ニュージーランド)が終わった。イーストウインドは6日間3時間にして完走した。思えば、隊長の急性腰痛(ぎっくり腰)が、時が経つにつれ悪化していく様を見ていただけに、今回のレースはスタートできたことすら奇跡とも思える。出国2日前。隊長は歩く事はもちろん、座る事もままならないし、トイレに行くにも大騒ぎ。私は横でただオロオロするばかり。まるで分娩室で奥さんの出産を待つ旦那さんのようだ。出国1日前。鍼灸師さん、理学療法士さんに施術を受け、どうにか歩けるようにまで回復。しかしニュージーランドに到着しても、まだ腰の痛みは消えない。それどころか長時間のフライトで悪化傾向に。そこで現地在住の日本人鍼灸師さんと、そのご友人でニュージーランド人のカイロプラティック師さんにスタート直前まで施術してもらい、どうにか隊長はスタート地点に立つことができた。いつも思うのよね。この人、本当に人に恵まれてるな~って。窮地に追い込まれると必ず誰かが助けてくれる。なのに私はオロオロするばかり。私にも何かできる事があるかな。さてレースが始まり、隊長の荷物を陽希とヨネが分担して担ぐ。空荷となっても隊長は、なおストック頼りだ。「田中さん荷物持ってないの?」SNSにそんな書き込みが目に入った。以前は人をグイグイ引っ張った。その強い身体と精神力で、体力なきメンバーを引っ張り回した。フィールドの黒豹なんて事も言われたっけ。しかし、今目の前で必死に前に食らいつこうとしている隊長は、ストックで身体を支え、荷物は若手に持ってもらい、時に牽引もされている。ぶざま?恥ずかしい?もう歳なんじゃない?老いぼれレーサー?でもね、私にはわかるよ、どうしてそこまでしてフィールドに立つのか。なぜ、それでもなお、戦おうとするのか。見つけたんだよね、自分が命を懸けて守るべきことを。人からの評価で生まれるプライドは、彼の中にあるプライドとまったく異なる。そんなとき、私はある姿に奮い立たされた。それはヨネだった。激痛が走る塹壕足になっても、その限界ギリギリの足で、なおヨネはチームの荷物を背負う。チームをゴールに導くために、ヨネは、ヨネのできることを全力でやっているのだ。ならば私にも何かできる事があるかな。ある。 必ずある。この姿を、ボロボロになってもまだ進もうとする彼らの姿を、誰かに見てもらおう。そして一人でもいい。何かを感じてもらいたい。今パソコンの前にいるのは、選手でもなく、サポーターでもなく、メディアでもなく、私なのだ。発信しよう。その人が何かを受け取れるよう。ぶざま? ぶざまで何が悪い。恥ずかしい? そんなことどうだっていい。もう歳なんじゃない? そんな事は自分で決める。老いぼれレーサー? 上等だ。老いぼれがどこまで行けるか見せてやる。カッコ悪くてもいい。醜くていい。ありのままの彼らの姿を伝えていこう。こうして現地から飛んでくる情報を発信する作業は昼夜問わずに続いた。何かあれば、オロオロするばかり。どうしよう、どうしよう。オロオロ オロオロ オロオロ オロオロだけどね、それも大切。分娩室にいてオロオロする旦那さん、実はとても大切。傍にいてくれるだけで安心するんです。ならばちょっと深呼吸して、探してみよう。私にも何かできる事があるかな、を。さて、⤴︎︎︎は我が家の壁に娘が飾った大好きなセカオワの歌の一部。この歌は娘から父へのエールであり、これが今、父に対して彼女のできることなのだ。『Fight Music』by SEKAI NO OWARI