一番人気に頼らないこと
大相撲の夏巡業が終わった。
今回の巡業は、朝青龍不在で成り立つのかどうかが心配されていた。
商業面での心配も相当のもので、相撲人気の根本かかわるとも思われていた。
しかし、終わって見れば過去最高の観客動員だったという。
心配はまったくの杞憂に終わったといった感じ。
でも、こういったピンチと言える状況って、普段の仕事でもたくさんある。こんな時に大事なのは、普段からいろんな状況を想定しておき、更には柔軟に対応する心構えを持っておくということ。そして考えすぎないようにすることである。どんな状況であれ、同じ状況ずっと続くなんてことはありえない。
一番人気が出来上がったがその次はどうするのか。いつも次の一手を考えておくことが大事。何でもひとつに依存してしまう体質だけは避けなければならない。
リスクの分散が大事である。
災害までの本当の脅威
富士登山のシーズンは一般的に7、8月の2ヶ月間。
1日の登山者数は、多い日で1万人もあるそうだ。
まだ活火山のこの山で、今日噴火が起こったらどなるのか。
そんな心配をする人も多いと思う。
ちなみに富士山は過去3回大きな噴火を経験している。
①延暦の噴火:800年(延暦十九年)3月14日
山頂火口から噴火。東海道だった足柄路が火山灰に埋まって通行不能となり、南の箱根路が開かれた。
②貞観の噴火:864年(貞観六年)5月25日
山頂、山腹のあちこちから噴火。御殿場側に大量の火山灰を積もらせ、溶岩は北西の青木ヶ原方面に大量に噴出。この時の溶岩で、1つの湖が西湖と精進湖に分離。
③宝永の噴火:1707年(宝永四年)11月23日
南東の山腹から噴火。その噴出口が宝永火口。
3回目の噴火では、風に流された火山灰は関東にも数センチ積もったという記録があり、ふもとの村では2メートルも灰がつもって壊滅したそうだ。
その3回目の記録によれば、噴火の半月ほど前から地震が頻発していたとのこと。
いつ噴火してもおかしくないなんてよく言われたりするが、そういう意味ではいきなり大噴火ということはなさそうなことがわかる。
しかし、富士山の噴火にしても関東大震災にしても、本当にそろそろと言われながら何も起きていない。
だから誰も何の準備もしてないのが現状。
ある意味これが一番怖い。
つまり特に関東に住む人にとっての本当の脅威とは、平和ボケであると思う。
努力家が更に努力している
松下幸之助さんがご健在の頃、あなたは本当に運が良くてよろしいなと、まるでこれまでの成功を棚ぼたで得たかのような発言を受けて心外に思ったことがあったそうだ。
そして、こんな風に思ったそうだ。
「私は常に川の向こうに自分が願っているものがあって、それで常に川を渡ろうと努力してきた。例えば川のほとりまで行ったが、あいにく大雨で渡れない。その場合に普通なら帰ろうと思うが、私は常に川のほとりで待っていた。そうすると、川上から大木が流れてくるのに遭遇して、そこにいた私だけが大木を得て向こう岸に渡ることができたのである。」
つまり、あきらめずに努力してきたことで成り立ってきたということ。
松下幸之助さんが大変なご苦労をされて育ったのは有名な話。
その中からは、辛抱する大切さを学ばれたそうだ。
そういう意味では、あそこまでの成功が棚ぼたなんてことは絶対に有り得ない。
「失敗とは成功する前に止めること。成功するまでやれば必ず成功する」
こんなことも仰っていたそうだ。
どんな状況でも粘り強く、懸命に努力する。
だからこそ、あれほどまでの大成功を収められたのだと思う。
経験が大事なわけではない
このお盆休みを利用して富士山に登った。
出発前、登った方の話を色々と伺っていた。
「得られるものがあった」という意見もあれば、「何も得られない」というものもあった。
この極端な差は何なのか。
結局は自分がどう受け取るかの差であると思う。
貴重な経験を、その後の人生に生かせるかどうかは自分次第。
ただ登って終わるのか、そこから気付きを得て今後に生かせるか。
まずは自分で、その経験を生かそうと思うことが最初の一歩。
そういう意味では、経験というよりも思考の方が大事である。
すべてはそこから。
実際に登ってみて、更にそう実感した。
やればできる
今年も夏の高校野球が始まっている。
今日の試合、愛工大名電の柴田章吾投手は、ベーチェット病という難病でありながらも甲子園で投げた。
医師からは野球を続けるのは困難と宣告されたにもかかわらずである。
ベーチェット病とは、臓器や神経が潰瘍(かいよう)や炎症に侵される原因不明の難病。
ひどい痛みも伴い、最悪は失明することもあると言う。
中学3年の時に発病し、懸命な努力の末にやっと練習についていけるまで回復。
今でも1日3回6種類の薬を飲んでいるそうだ。
当然野球をあきらめかけたこともあったが、病気に負けず努力を続けられたそうだ。
まだ高校生だというのに本当に立派である。
世間では「やればできる」なんて簡単に使っているが、それを実行できる人は少ない。
そういう意味でも「やればできる」は、非常に重みのある言葉なんだと思う。
付けの代償
深夜にテレビを見ていたらプロ野球中継をやっていた。
しかも巨人戦対ヤクルト戦。
当然録画で不要な部分はどんどんカットされている。
恐らく1時間くらいの枠だったと思うが、プロ野球人気の凋落ぶりを感じざるを得なかった。
昨年の高校野球決勝やワールドベースボールクラシックなんかは、テレビの視聴率も30~40%と非常に高かった。
そういうことからしても、野球人気がなくなったというわけではないと思う。
でもプロ野球は10%以下。
それでも10年前は20%の視聴率があった。
だから減退の勢いは結構すごい。
現場の選手がちょっとやそっとのファンサービスをしたからといって回復するような状況ではない。
コンテンツとして最強を誇っていた時代には、恐らく想像もできなかったこと。
以前にも書いたけど、やっぱりこのまま中継はどんどん減ると思う。
選手の大リーグ志向が強くなっているにもかかわらず、見て見ぬふりをしてきた付けが、今出てきているように思う。
季節の移り変わりに敏感な企業
花火やお祭りで、今月前半もあっと言う間に過ぎようとしている。
お客様との会話も、ほとんどはお盆の過ごし方について。
世間はお盆休みモードに入りつつある。
お盆が明けてペースを取り戻した頃には、きっと今月も終わる頃。
暑さのピークを過ぎれば、あとは気温も下がるだけ。
そういう意味では、今年も残すところあとわずかと、言えるところまできているかもしれない。
今日は季刊誌が届いたが、それにも秋号となっていた。
素早い企業は、もう頭を切り替えている。
のんびりしている場合じゃない。
会話の基本
先日読んだ本に興味深い例え話があった。
子どもを連れた父親が、交差点に走って行く子どもを注意したという。
父親 「交差点は危ないから止まりなさい。」
翌日も親子で同じ道を歩いていると、また子どもは交差点に向かって走って行った。
だから父親は、今度はかなりきつめに叱りつけた。
父親 「交差点は危ないと言っただろう。なぜわからないんだ。」
子ども 「お父さん。交差点って何?」
こんな話。
要は、相手も当然わかっているものと思い込んで話をしていると、結構こういうことになる。
新人に仕事を教えるケースもそう。
これくらいの常識は知っていて当然と思っていても、実はまったく知らないなんてことも多い。
接客でも同じ。
専門用語なんかを使って接客していると同じようなことになる。
わかっていても直すのは難しい。
会話の基本である相手の立場に立つとは、こういう意味である。
お客様の気持ちに配慮した言葉
「佐藤様ならご存知とは思いますが、改めてご説明をさせていただきます。」
先日買い物に行ったらこんな対応を受けた。
商品に知識がなかったので、説明してもらえるのは嬉しかった。
しかし、店員さんはこちらのプライドに配慮してくださったことは、もっとありがたかった。
「ご存知とは思いますが」
店員さんが接客する自分の立場をわきまえていないと、なかなかこういうセリフは出てこない。
接客する側としては、お客様の前では知識をひけらかす真似だけはしてはならない。
それをやってしまったら、ただの自己満足。
ただ接客するなら誰でもできる。
でも、お客様を心地よくさせる接客は、考えないとできない。
言葉や態度は、常にお客様をおもてなしさせて頂くという考えの下で選ばないとならない。