以前、HuluにおいてDark Side of The Ringと言うドキュメンタリーが配信されており、覚えている限りブルーザー・ブロディの死の真相などを追ったりしていて非常に良く出来た作品だったのだが、ここ最近そのMMA版であるDark Side of The Cageが放送されたそうで、その日本語字幕版がつい最近アップされていた。
これが非常に面白く、当時リアルタイムで体験していた私は非常に興味深く観る事が出来た。ただ、中には日本のメディアではおそらく絶対に真相に触れる事が出来ない事件にも触れられており、最初にその場面を観た時は驚きと共に、これは日本の地上波では絶対に放送出来ないよな、とも思ったものだ。
日本のプロレス界と、ヒクソンはじめグレイシー柔術との最初、かつ最大とも言える接点が生まれたのは、やはり1994年12月の、安生洋二によるヒクソン道場への道場破りだろう。これは専門誌でも表紙になったので、当時のプロレスファンであれば誰でも知っているほどの衝撃的な事件だったのだが、この様子を収録したビデオは一度だけ報道陣の前で後悔された限りなので、未だに公には出回っていない。
つまり、その場に集まったわずかな報道陣のみが知るのみの内容であり、我々一般人はその人たちによる証言でしかその様子を知ることが出来なかった。しかし、今回のこの番組において、ヒクソン自らその当時の様子を赤裸々に語っているのだ。これ以上の証言はあるまい。その際、実際にそれらしきシーンがビデオ内テレビで映し出されているので、もしや本物か、と一瞬興奮したものであるが、安生の顔が明らかに違うので、あくまで再現ビデオだ。ヒクソンは「いずれ公開されるかも知れない」とも語っているが、30年以上経った今でも流出された事はないので、この先もないと思われる。
また、現在の映像のヒクソンは若干震えているようにも見える。もしかしたらモハメド・アリのようにパーキンソン病に冒されているのかも知れないが、反面英語は当時より非常に流暢にも思える。ヒクソンの著書で、英語の習得にはかなり苦労したともあったので、やはりこちらにおいてもかなりの努力家である事が伺える。いくらアメリカに移住したとは言っても、単に住むだけでここまで流暢にはならないものだ。
その後はPRIDEの隆盛に触れられていくが、体重差も含め今思えばかなりクレイジーなルールの下で行われていた事が分かる。4点ポジションに対する頭部への攻撃などはまさにその最たるものであるが、今思うとよく犠牲者が出なかったものだと思う。K-1も含め、多くの格闘技イベントがプロレスを参考にしてきたため、興行、収益、エンタメ性を重視してきた結果がこれだったのだろうが、反面選手への負担をおろそかにしてしまったのは明らかだった。
そして、当初のPRIDEで行われていたワーク、いわゆる「お仕事」の試合にも選手自らが証言している。私はその頃はまるで雑誌も読んでおらず、せいぜいリングの魂で結果を知るぐらいだったのだが、まあ単純に考えて高田が元UFC王者から一本取れる訳がない。外国人はあくまでお金儲け、ビジネスのためにリングに上がっているだけなので、法外な金額を提示されれば誰でも従うだろう。プロはカネが全てなのだから。
99年以降は、グレイシーを連破した桜庭和志が時代の寵児として皆のヒーローになりえたが、MMAではプロレスとは異なり同じ選手がいつまでもトップに君臨する事は出来ない。主催者側としてはシウバにリベンジ勝利するというプロレス的流れを期待したものの、MMAのリングではそうもいかず、桜庭エース路線も斜陽に差し掛かってしまう。しかし、PRIDEが幸運だったのは、客を呼ぶのに決して日本人が必要ではなかった事だ。結果、その後もPRIDEの奇跡的な人気は続き、それは2006年にフジテレビによる放映が打ち切りになるまで続いた。
PRIDEが解散した後も、そこから枝分かれしたDREAMやHERO’Sなどが生まれたものの、PRIDE以上の熱気を生み出す事は出来なかったと思う。主要外国人らが揃ってUFCに移籍したのも大きいのだが、それ以上に大きな要因は、プロレスファンがプロレスラーに格闘技的強さを求める事がなくなったからではないかと思う。それまで、プロレスラーがMMAで勝つ事が最も価値のあるレスラーとされたが、2001年の高橋本やWWEの世界的人気をきっかけに、客を呼べエキサイトさせられるレスラーが最も優れている事にファンがようやく気付いたのだ。
PRIDEが崩壊したぐらいまでは、まだ新日本が暗黒期を完全に脱してはおらず、まだMMAの方に価値が置かれていたのであるが、2012年のブシロードによる買収、そしてオカダカズチカの大ブレイクによる新日本プロレスの大復活劇が起き、多くのファンは常にファンを満足させてくれるプロレスの素晴らしさに改めて気づいていき、プロレス回帰現象が起こっていった。
その後、MMAではRIZINが立ち上げ、朝倉兄弟のブレイクもあって活況を得ていくが、当然の事ながらあの頃の熱狂には遠く及ばない。要因は色々あるが、一番は誰もが皆MMAファイター、総合格闘家と言う肩書きになってしまい、どの格闘技が一番強いか、と言う概念が失われてしまった事。アントニオ猪木による異種格闘技戦路線があれほど人々を熱くさせたのは、猪木による「プロレスこそ最強の格闘技」と言う信念がプロレスファン、猪木信者の心をこれでもかと言うほど掴み、そしてそれは桜庭時代にまで続いたプロレスファン最大の心の拠り所だったからである。
そんな概念が完全に消滅してしまった今となっては、かつての熱狂を生み出す事はほぼ不可能だろう。つくづく、今となってはあの時代が懐かして仕方がないものである。