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ステップあやです。

今日も昨日の続きだよ~

 

>どこから過食?”自分的”過食とは-1

>治ったら→食欲が落ち着き→量も減るとなる”過食”-2

>心のストレスがなくても止まらない”過食”-3
>ダイエット”ルール”が引き起こす過食-4


3)心の過食←今日はこれです。=生きることそのものに対する精神的ストレス(生きづらさ)が引き起こす過食衝動”


”心のストレス”ってどのように生まれるのか、というのは昨日の>ダイエット”ルール”が引き起こす過食-4”の冒頭で、すでに概要は説明しました。ここです。


↓↓

 

”さらに私は、”心のストレスで起こる過食”を、2)頭の過食 と 3)心の過食とに分けて考えていますが、どちらもストレスの内容がダイエットルールのストレスか、生き方のストレスかの違いでわけているだけで、どちらにしても”生きづらさを作る考え方の癖”は同じことが多いです。”


”たとえば、摂食障害の人がもっている考え癖で多い例として、私が〇×思考、ゼロ100思考と呼んでいる考え方の癖があります。
 

それはどんなものかというと、生き方でも食べ方や体型でも、自分の外から刷り込まれた〇×の条件(思いこみ)が強くあり、自分の体や心の感覚で食べる/生きることができず、その〇×の思い込み通りに自分を動かそうとしたり、その〇×に沿った行動ができているか、その通りの行動や形になれているかで自分/人に〇×の評価(良い悪い、正しい間違い、カッコいいカッコ悪い)の評価を下す、癖のことです。

 

そのような癖があると、その自分の思い込んだ〇×の基準と自分が異なれば罪悪感、〇ができてる他人をみては劣等感、となってしまうので基本的に自分に自信(自己肯定感という意味のもの)がなくなっていきます。


自分は自分で大丈夫だ、と思えるのは”〇と思い込んでることができたときだけ”なので、結局〇の条件を達成してもストレス、できなくてもストレス…となるのです。”

 


これ、昨日は”ダイエットルールバージョン”でしたが、同じことを”生きることそのもの”でもやってて”心のストレス”がいっぱいなの。

 

 

生きづらさを生み出す自分の中の

”思い込み(当たり前)
 〇×思考、~べき思考とは

 

”自分はありのままではダメなんだ”

”自分はありのままでは愛されない存在だ”

”自分はありのままでは認められない存在だ”

”自分は大切にされない存在だ、

”自分はありのままでは馬鹿にされる存在だ”

 

私自身も当時は自分の存在をこのように自分について”思い込み”をもっていました。

 

どう考えても自分はありのままでいていいわけがない。

 

ありのままの自分というのは、他人の顔色や世間の評価にあわせるのではなく、自分がしたいことをしてしたくないことはしない、そんな自分のことです。どう考えても、それでいいと思えなかった…。

 

だからさらに、”わたしは大丈夫”という安心/安全を感じるために、”こうあればよい、これではいけないという条件を集めていました。

 

痩せるのはいいことな、太ったら絶対ダメ、っていう自分を認める条件も数ある条件の一つにすぎなかったのです。

 

痩せなきなゃだて、太っちゃダメ!の内容はもっと詳しくみていくと、人それぞれ違うこともあります。例えば、

 

・太ったら”自己管理もできないダメな人間”になる

・太ったら馬鹿にされる、いじめられる
 ・太ったら心配してもらえなくなる

・太ったら”すべきこともろくにできない/中身がない(と思い込んでいる)自分なのに、もっとダメな人間になる

・太ったら愛されない、見放される

・太ったら人としての価値/レベルがなくなる

・太ったら仕事や勉強や性格の悪さや出来ないことが多めにみてもらえなくなる

 

 …など、人それぞれ体形に、独自の意味づけをしています。もうすでに、体形の話が体形だけの問題じゃなくなってるびっくり


体重や体型のこと以外にも、”大丈夫な自分”であるための条件はもっともっとたくさんありました。

例えば・・次に、私が信じていたべき思考と、私とは違う皆さんから聞いたべき思考を例としてあげてみます。

 

・苦しんでがんばってないとダメ
・疲れたから休むとかはダメ
・楽を選んで楽しいのはだめ(甘え)
・正社員じゃなきゃダメ、人として価値が劣る
・専業主婦じゃダメ、バリバリ働くキャリアウーマンにならなきゃ

・専業主婦なら料理も掃除も完璧にしなきゃダメ
・時間やお金は勉強など有意義なことに使わなきゃだめ

・結婚して専業主婦になれず働くなんて惨めなことだ

・壁には立ち向かってないとダメ、逃げてはいけない

 

・この年で彼氏がいないなんてダメ、恥ずかしい
・子供を産まないと幸せになれない、成長しない

・子供の人数で女としての優劣がきまる、たくさん産まなきゃ

・勉強や仕事の成績が自分の価値だ
・料理/掃除が苦手なのはできる人より人としての価値が劣る
・他人とは、自分に評価を下す存在だ、
・音楽の才能がない自分は、音楽のできる親や兄弟より劣っている

・学歴は高くないと(有名企業に勤めないと)ダメ

 

・用事がなくても家でゴロゴロしてるのはダメ

・休みでもこの時間は寝ていてはいけない

・本当に文字通り動けなくなったら休んでいいけど、気力でどうにかなるなら休んではいけない

・人の顔色を曇らせてはいけない、怒らせたら終わりだ

・怒りや悲しみなど負の感情を感じるのは器が小さい証拠でダメなことだ

・ネガティブな感情を感じてもそれを伝えるなんてダメ

・言葉がなくても空気を読んで相手が何を求めているか察して行動すべきだ(できない自分はダメ、してくれない人は愛や優しさがない人だ)

 

などなど。

 

一杯あげたけど、私の当時の”~べき思考”と、私にはなかったけれども皆さんから聞く”~べき”も織り込んでみました。

 

人それぞれ「~べき、べきでない」の内容は違うけど、”大丈夫な自分”でいるためのの絶対の条件なのです。

 

でも、、どれも、思い込んでるときはそれが当たり前だ”としか思えないんだけど、それもいつか、だれかが、どこかで、いってたことなんだよね。

 

だって生まれたときからそんなこと思ってる赤ん坊いないもん。

 

▼じゃあなぜ、そのような「~べき思考」が多いひとは「生きづらさ」を感じやすいのか。


それは、~べき、べきでないっていう思いこみが多いほど、自分の人生を生きること-人が親が世間がふつうがどういおうが、自分がしたいことはする、したくないことはしないーーができなくなるから。そして、~べきと違う自分がダメな「気がして」自分に自信をなくしていくから。

 

ガーンそんな人生辛いにきまってるー。


他人との関わりでもイライラや孤独を感じることも多くなります。

自分がこうある「べき」と信じたことをやらない人がダメに思えて、”自分はこんなにやってるのに!なんで私ばっかり?っていう怒りや、誰もわかって(助けて)くれない、、って孤独を感じたり。

例えば、自分が忙しそうな親に気を使って家のことせっせとやってるときに、まったく気を使わないで遊んでる家族にいらいら、自分は大切にされない存在だ、助けてもらえない存在だ、、とますます自己肯定感が下がっていく、という具合に。

それだけストレスでも”太ることがストレスでそれ以外はストレスはありません」とか言っていたのがあのころの私…。

 


■生きづらさを生み出す”コミュニケーションの不得手”

 

コミュニケーションの癖、というのもよくこのブログに出てきます。こちらもけっこう摂食障害のひとはもってる”生きづらさ”です。

 

コミュニケーションて自分の気持ちを伝え相手の気持ちを聞く、その一連の繰り返しのこと。*コミュニケーションの目的は、相手を自分の思い通りにすることじゃないのでご注意を。

 

私はコミュニケーションは得意だ、と思っている時期もありました。

 

でもその意味は、他人の顔色/評価を伺って何を言う”べきか”考えたことを言ったりやったりして、表面だけ平和にやりすごしているだけでした。

 

それは全然コミュニケーション能力が高いっていわないのですが。

 

いやなこともなぜか笑顔で引き受けてキャパオーバーになってストレス、キャパ超えて約束を守れなくなると人の信頼失ってまたストレス、ってなってたり(当時はもうそのストレスも当たり前になりすぎてストレスとも思ってなかったけど)。


人と意見がちがったって別に”そのことはそのこと”で仲良くできることもあるのに、”違うこと”を恐れて相手の顔色に合わせてるから、”人づきあい”がすごく疲れることになってしまったり。

 

自己表現しないで、”どういう/するべきか”考えて人と付きあってるので褒められても認められても、一瞬ほっとする”だけで、自分は自分で大丈夫”っていう自己肯定感も育ちませんでした。

 

自分の思いを伝え、時に喧嘩になっても意見を戦わせながら信頼関係を深めていくという体験もしてこなかったので、表面上は平和でも、心休まる関係は家族も彼氏も含めて全くなくて、誰といても心がひとりぼっちでした。


相手の顔色や評価に合わせて作った自分じゃなくて、”ありのままの自分”が心地よく付き合える人は誰なのか、自分が見極め自分で取捨選択していくこともコミュニケーションなしではできません。そのため、いつも受け身の評価にびくつくばかりで、やっぱり苦しかったです汗

 

さらに、(まだあるのかよ)、コミュニケーションしないで自分の中で”嫌われそう””嫌われた”とか決めて鬱々としていることも。。。

 

自己表現していなにのので、ありのままの自分を”それがいい”って言ってくれる人がそこにいても、気づけませんでした。

 

自分が相手の顔色みて演じているからです。

 

*この記事には長くなるのでかけませんが、逆に自分の気持ちばっかり言ってるように見えるコミュニケーション下手のひともいます。

感情的にキレることはするけど、肝心なことは全く言葉にしていない、態度で表現して相手に伝えたつもりになっている、そもそも自分の気持ちが分かっていないから気持ちを伝えることができていないし相手の気持ちも聞けていない、、など。

 

また、分からなくて当然の”言い方”をしていたり、相手が思い通りに相手が反応しないと”どうせ誰も助けてくれない””どーせ自分は愛されない”と孤独になっている、なども同じく”コミュニケーション下手”でストレスを抱えています。

 

***

 

こういうコミュニケーションの問題、最初に列挙した「~べき思考」の問題と、別個の問題でもないともおもっています。

 

このようなコミュニケーション下手で、人と安心してかかわることができず、「自分はありのままでいいんだ」という自己肯定感が育たなかった、

だからまた、これで大丈夫と思えない自分を大丈夫にするために、親や他人やメディアから「こういう体形/生き方/仕事/●●ができるのがいいこと、いい/正しい/ちゃんとした自分であるためにはこうであるべき、べきでない、っていう”考え(●×の思いこみ)をいっぱい自分の中に作って身を守ろうとあがいた。

 

結局その”考え”が苦しくなっちゃったんだけど。

そういうことだと思うのです。

 

これだけ辛くても、コミュニケーション下手すぎて、人と本音でかかわることもしてなかったから、自分の中の「当たり前」の中でぐるぐる考えては、自分一人でばれないうちに治さなきゃ、、、って思っていました。

 

なぜそれが拒食や過食と関係あるのかっていうと

 

〇自分の中の「~べき思考(思いこみ)」「コミュニケーションの癖(当たり前)で、膨大な生きづらさを感じていたから


↓↓


〇たまたま痩せた時に体験した「痩せる一瞬の安心、達成感、優越感」がなければバランスの取れなくなった。

=これが「拒食の心」。

 

拒食の心は、毎日過食ばっかりしてる人にも、食べてる人にも、ある人にはあるものです。

 

その結果、拒食オンリーになる人もいますが、拒食に走る反動で1)体の過食や、昨日の2)頭の過食につながったりするひともいます。

 

朝昼は食べないか野菜だけで夜は過食するなども小刻みに拒食と過食を繰り返している人といえますし、過食”嘔吐”しかないひとも”嘔吐=栄養不足を作る行為”とみた場合は”拒食の手段”なので、拒食の反動の過食もあるものです。

 

それで、ここからが

▼今日の「心の過食」

 

これは

 

この記事で例をあげてきた

”生きづらさ”がたくさんある

 ↓↓

過食してる一瞬はその快楽で”本来の生きづらさ”が麻痺する感覚”に依存というパターン。

 

ただ、前の記事にも書いたけど、食べてないとき、たべても嘔吐してるときは、ストレスと無関係に出てくる体の過食とごっちゃになって何が生きづらいのかわからないし、栄養不足で自動的にウツになっちゃって生きづらさの思考にも気づきにくくはなります。

 

なので、生きづらさに向き合う土台となる脳と体を作るためにも”食べること”も自分のできることからでいいので、やっていくことは必要だと思っています。

 

 

こうして考えると、やっぱり、、、

 

痩せる太ると関係ないとこにある”生きづらさ”は、どの症状の人も共通してケアしていくことが必要な部分、なんですね。

 

拒食オンリーの人も、過食オンリーのひとも、過食嘔吐のひとも、関係なく。

 

 

***


〇生きづらさを作る~べき思考が自分の中にできた”背景”とは

よく、病気になった”原因”は、家庭環境だったり虐め体験だったりみな違うのだから治し方も違う、と言われます。

それも一つの考え方だと思いますが、私は、個人の幼少期の体験や家庭環境など個人の体験は”自分の中の〇×思考(思いこみ)ができるにいたった””背景”だと考えています。

虐待の有無、親の過保護だったか無関心だったか、親の不仲や家族の病気、親や兄弟がそもそも~世間や他人を中心のべき思考、自己表現できない暴力的な環境があったかなかったか、学校では虐め体験、何かを理由に虐められている人をそばで見た、、、など。

 

あーそんな背景ががあったから、こういう思い込みができたんだなーって納得する背景があったりするから。

 

私にも私の”背景”がありますし、皆さんには皆さんの背景があります。

 

そこは確かにみな違うのですが、

 

そのような個人の”背景”があって、

それがほかの要因とかさなって、

自分の中に自分を苦しめる辛い考え(当たり前、思い込み)ができた、

 

そんな生きづらさが限界になったから、

だから症状がでた。

 

じぶんの心身を無視する生き方はもう苦しいよ

って、心も体も症状で訴えてくれたのです。

 

実際、私も病気にならなければ、ダイエットも辛い生き方も、正しいことをしてると信じて辛いやり方を変えようとは思いませんでした。

 

 

このように、家庭環境や幼少期の体験なと個人でことなる部分については、それが病気の原因と考えるより、生きづらさを作る【じぶんの中の考え方】背景と考えているのですが

 

こう考えると、自分と違う”背景”や自分と違う”べき思考”を持つ人たちからも、共感や気づきをもらえることがぐーっと増えるのです。

 

私はこのような考え方を紹介していますが、これが正解というのではなくて、ほかのほうが良いならそれでいいし、その人が前に進める考え方を採用すればいいのだと思います。

 

 

ここまで長くなったけど、全部は説明できませんので、省略しますが、ここまで書いたことを
図にまとめたのがこれです。
↓↓

 

 

 

 

私の全国美人塾家族恋人限定会でお配りしている資料の一部です。

 

 

じゃあこの、

生きづらさがかかわっている

摂食障害の症状が治るって

いったいどういうことなのか。

 

どのように治るのか。

 

それはまた明日に続きます。
 

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