Mr. Short Storyです。

 

 今回も銀河英雄伝説について考察して行きましょう。

 

 前回は、人類史上未曽有の急拡大組織ローエングラム王朝について扱いました。

 

 その中で、ミッターマイヤーら既得権益派とグリルパルツァーら若手新興層とが存在していた事について解説しました。

 

 

 

 500年に渡るゴールデンバウム王朝の支配を撃ち倒し、銀河に覇権を確立したローエングラム王朝の立役者は明らかに前者で、彼らはラインハルトの即位と共に元帥、上級大将に昇進し、高位高官を独占しました。

 

 その反面、野心に満ちた若手新興層は、焦りからかしばしば失態、もしくはインモラルな行為に及び、その都度過酷な罰を与えられ、早々に歴史からの退場を余儀なくされています。

 

 

 

 確かに二重の裏切りを企てたグリルパルツァー等は弁護の余地はありませんが、同レベルのミスならば、ミッターマイヤーら既得権派の方がより軽い措置で済まされ、失地回復のチャンスもきちんと与えられています。

 

 

 

 これだけを見ると、ラインハルトの覇業成就と共に、若手冬の時代が到来し、彼らにはもう、栄達は愚か、組織内で処世を図るのも至難の業と言う印象すら受けます。

 

 そして、少なくともその一部は事実だったようです。

 

 トゥルナイゼンやグリルパルツァーの様な野心家タイプはどんどん淘汰され、安定期に相応しい人材が求められる時代になりつつあった。

 

 もしくは、彼等自身そうなるべく変わる事が要請されていたのは間違いありません。

 

※この記事の動画版

YOUTUBE (4) 銀河英雄伝説解説動画第12回後編それぞれの陣営における人材育成の課題【霊夢&魔理沙&妖夢】 - YouTube
ニコニコ動画 銀河英雄伝説解説動画第12回後編それぞれの陣営における人材育成の課題【霊夢&魔理沙&妖夢】 - ニコニコ動画 (nicovideo.jp)

 

 

 

 

安定期の勝者

 ですが、ミッターマイヤーの部下であるバイエルライン、ジンツァー、ドロイゼン、ビューローと言った若手達にはそのような話は聞きません。

 グリルパルツァー達悲惨な最後を遂げた若手にある種の共通点があったように、彼らにも似たところが見られます。

 それは、彼らがおしなべて皇帝や上官を敬愛し、任務には忠実、余計な野心や反抗心は持たず、ミッターマイヤー達最高幹部の言う事を良く聞いている点です。

 その中でもバイエルラインは代表的存在です。

 

 

 彼はその未熟さから、ミッターマイヤーらの前でしばしば失敗や失言を犯しています。

 ですが、たしなめられる事はあっても、例えばゾンバルトのような理不尽な厳罰に処せられる事はありませんでした。

 

 

 そして彼は、後世ミッターマイヤーの後継者として高く評価されている事が物語の中で述べられています。

 そのバイエルラインには注目すべき特徴がありました。

 

 

 

時代を読み取る嗅覚

 バイエルラインは、ミッターマイヤー等と比べればまだまだ未熟だったのは事実です。

 

 それどころか、若手代表格と見なされていたグリルパルツァーにも勝っていたとは言い切れませんでした。

 

 ですがその反面、彼にはただの凡才に留まらない能力が備わっていました。

 本能的な嗅覚が強く、ロイエンタールの危険性をいち早く見抜き、彼を敬遠・警戒する場面が一度ならず描写されているのです。

 

 

 本編中彼は、ヤンやロイエンタールと言った当代随一の相手に何度も苦杯を飲まされ、青二才扱いされる事もありましたが、その実鋭敏な嗅覚で時代を読み取り、乱世の終焉と共に訪れた環境の変化の中で、生き残る事に成功したのではないでしょうか。

 

 

 その環境とは、そうです。

 ローエングラム王朝は武力による急成長に限界を来し、既に安定期に入ろうとしていました。

 

 

 

若手冬の時代

 安定期とは、言い換えれば停滞をも意味します。

 銀河統一がなれば、経済発展の時代が訪れます。

 しかし、戦争が無くなる分、軍人にとってはそれは冬の時代を意味します。

 ローエングラム王朝では、重要ポストは既に建国の功臣たちによって占められていました。

 

 

 と、言う事は、彼らが退場しない限り、若手達に栄達の機会は訪れないのです。

 その元勲達も、ラインハルトに登用された時点では身分の低い若手集団に過ぎず、ゴールデンバウム王朝が続く限り、ここまで出世する事は不可能だったでしょう。

 

 

 そして新銀河帝国成立後、期せずして彼らは権力を奪う側から守る側へと回る事になりました。

 彼らが既得権グループを構成して、これから競争相手になる新興の若手達と派閥争いをしていたと言う明確な描写はありません。

 ですが、これまで述べた通り、新興層に対する風当たりは強く、彼らが元帥・上級大将クラスから公に批判される事なら少なからずありました。

 

 

 そして、彼らへの厳しい処断を止めようとした人物もほぼいませんでした。

 

 

 

独占されるポスト

 このように見ると、個人レベルではともかく、既得権層と新興層との間には少なからぬ摩擦があったと推察出来る描写は複数あり、ミッターマイヤーなども彼らの層が薄いと漏らしています。

 

 

 これは、裏を返せば、既得権層が新興層の育成を行わなかった、少なくとも熱心ではなかったのではないかと想像させられます。

 そう考える原因は言うまでもありません。

 そうです。

 成長した若手の台頭を恐れたからではないでしょうか?

 事実、ローエングラム王朝では、それまで中将・大将級だった元勲達が、上級大将クラスとなっても引き続き一個艦隊の司令官を務めています。

 

 これは、彼らによるポストの独占であり、事実、それまでは帝国も同盟も同じ制式艦隊司令官職には中将、大将級をもってあてていたのです。

 言い換えれば、ローエングラム王朝は人事面での新陳代謝が停滞気味だった事を意味します。

 

 

 

下剋上から師弟関係へ

 それでもラインハルト始め元勲クラスはまだ若く、粒ぞろいだったため、深刻な人材難とは無縁ではありました。
 
 ですが、グリルパルツァーのように、才能があっても覇気と野心のコントロールがきかない人物は、本人の過ちもあったとはいえ、どんどん潰されていたのです。

 

 
 
 反面バイエルラインは、その独自の嗅覚ゆえこの環境に適応し、ミッターマイヤーを深く敬愛するとともに、上官として、また名将として彼を慕っている事が良く描写されています。

 

 

 

 その関係は正に師弟と言うべきものでした。

 

 もしくは彼自身、その嗅覚を活かして、信頼できる上官を選んでいたのかも知れません。

 この忠実にして実直、そしてグリルパルツァー達のような余計な野心や欲望を持たないという新たなモデルは、拡大期の終わったローエングラム王朝を軍人として生き抜くには、必要な要素だったのでしょう。

 つまり彼は、いち早く第二世代の人材たりえたからこそ、処断を免れ、新王朝の要職を占めるに至ったのです。

 だとすると、バイエルラインに対する評価を改めなければなりません。

 また、既得権層の中でも彼の資質を見抜き、己の後継者として育てたミッターマイヤーは、人材育成に関しても達人だったと言えるでしょう。

 

 

 

 

 

学閥が幅を利かす自由惑星同盟軍

 最後に、同じテーマを自由惑星同盟側に当てはめて、今回の記事を締めくくります。

 物語の描写から、同盟軍では士官学校卒業者である事が重視されています。

 旧日本海軍にはハンモックナンバーによる厳格な序列付けがありました。

 

 

 

 同盟軍はそこまで卒業席次にこだわらなかったようですが、それでも、士官学校首席はかなりのブランドがあるようで、それはワイドボーンやフォークなどを見れば分かります。

 

 


 逆に、叩きあげ組に対する風当たりは強く、ビュコックなどは豊富な軍歴を誇るにも関わらず、老年に至っても辺境の司令官に留まっています。

 

 

 第三次ティアマト会戦ではそのビュコックに、第十一艦隊のホ―ランド中将が猛反発して独断専行していますが、これも先任でありながら、士官学校卒でない彼の風下に立つのを嫌ったからかも知れません。

 

 

 マル・アデッタ会戦でも、ラルフ・カールセンが士官学校を出ておらず、エリート達に対する意地で戦って来たと述懐しており、これらの点を踏まえると、同盟軍では学閥が存在し、士官学校を卒業しているか否かでかなりの摩擦があった事は確実みたいです。

 

 

 

 

 

暴走する秀才達

 あれだけ異端児であったヤンですら、その士官学校だけは出ていたがため、シドニー・シトレやアレックス・キャゼルヌのような人脈は持っており、少なくとも功績面で不当な扱いを受けてはいません。

 また、ローゼンリッター連隊長ワルター・フォン・シェーンコップも士官学校出ではありませんが、軍に入隊後、専科学校や幹部候補生養成所で士官としての教育は受けており、学歴が原因で劣悪な待遇を受けている描写は見られません。

 

 

 こうしてみると、同盟軍は士官としての学歴が重要視され、それが人事を左右する大きな要因だったと言えます。

 そして、敵方にラインハルトのような天才が現れると、ワイドボーンは正面攻撃にこだわって戦死し、ホ―ランドも己の才能を過信して倒され、フォークに至っては、ヤンに対するライバル意識から無謀な遠征計画を政界にねじ込み、同盟破滅の原因を作ってしまいます。

 

 

 言わば、秀才たちの暴走によって同盟軍は敗れた感があり、それをフォローしたのが、士官学校ではお世辞にも優等生とは言えなかったヤンと、士官学校すら出ていないビュコックだったというのは、同盟末期において士官学校を中心とした教育システムが硬直化、機能不全に陥っていた可能性を示唆しています。

 

 

 

 それが、第二次ティアマト会戦敗北後、高級士官の門戸を平民にも開き、思い切った能力主義、実力主義を採用した銀河帝国軍との差につながり、本編開始時にはいくら兵力を動員しても勝てない状況にまで陥っていたのは、大きな皮肉と言わざるを得ません。