Mr. Short Storyです。

 

 今回も銀河英雄伝説について考察して行きましょう。

 

 いよいよ最終回となりました。

 

 前編では、ヤンやラインハルトの時代に至る人類文明史を扱いました。

 

 

 その中で、史上最初の全面核戦争で全滅の危機を迎えた人類は、宗教と絶縁し、本格的な宇宙開発に乗り出した事を説明しました。 

 

 そして、その宗教の放棄が、長い年月をかけて人文科学、最終的には科学技術全般の不振を招き、人々が気づいた時にはもう、宇宙文明は余命いくばくぞと言う惨状を呈していました。

 

 そして、銀河連邦の市民達は、長い忍耐と苦痛を伴う根治療法を拒絶し、多大な副作用を伴う劇薬を求め、ルドルフ独裁を招いたのです。

 

 

 それが最悪の選択だった事は直ぐに判明しました。

 

 文明の健全化と人類の繁栄を望んだ彼が採用したのは、劣悪遺伝子排除法に代表される社会ダーヴィニズム原理主義であり、それにより実現したのは、復興どころか更なる荒廃と停滞だったのです。

 

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繰り返されるナチズム

 ではなぜ、よりにもよってルドルフは、人類社会を立て直す処方箋として社会ダーヴィニズムに頼ったのでしょうか?

 

 史実に置いて、同じ社会ダーヴィニズムを大々的に適用した先例を、私達は良く知っています。

 

 ヒトラー率いるナチスドイツです。

 

 彼等はアーリア人こそ至高の種族であり、その直径とも言うべきゲルマン人こそ、世界で最優秀であると本気で信じ込み、その種族の純潔と拡大を絶対的使命とし、それに反する要素を物理的に除去しようとしました。

 

 

 そして、それがもたらした結果も、私たちは良く知っています。

 

 彼らの試みは、国内や占領地に置ける大量虐殺、ユダヤ人達の強制収容所送り、障害者への迫害、そして、全世界を敵に回しての戦争へとつながり、周辺諸国に惨禍をもたらしただけでなく、ドイツ本国も焦土と化しました。

 

 

 

 社会ダーヴィニズム原理主義は、取り返しのつかない荒廃を招いたのです。

 

 この歴史はルドルフの時代にも伝わっていたでしょう。

 

 にもかかわらず、ルドルフはナチスとほぼ同じ手法を採用し、それに一片の疑いもさしはさみませんでした。

 

 

 そして、ナチスの悲劇が、今度は銀河中で繰り広げられ、第二次世界大戦をはるかに超える災厄に、全人類は見舞われたのです。

 

 

 

茨の道

 ルドルフは大勢の社会的弱者を迫害しましたが、反面、彼が遺伝的に優秀と認めた者を取り立てて貴族階級を形成します。

 

 

 しかし、ここでも疑問が生じます。

 

 千年以上未来、遺伝子工学が今よりも遥かに進歩しているのは間違いないでしょう。

 

 

 それだけではありません。

 

 サイボーグ技術やトランスヒューマニズムによる心身機能の拡張は、今ですら実現しつつあります。

 

 先天的障害も、これらの技術を応用すれば、本来なら完治、少なくとも大いに改善出来た筈です。

 

 また同時に、1から次世代人類を創造する事すら、銀河連邦時代のテクノロジーを使えば、不可能ではなかったでしょう。

 

 

 

 二十一世紀の今日ですら、これらの分野は大いに進歩し、人類は新たな生命を創造し、改造し、人間自体の概念すら変えつつあるのですから。

 

 それなのに、ルドルフはこれら文明の利器を一切使わず、全ての人間を優秀、平凡、劣等にふるい分け、上等種を特権階級、中等種を平民、下等種を農奴化もしくは削除すると言う、稚拙かつ原始的な方法に依存しています。

 

 大々的な遠宇宙植民事業を行っていた銀河連邦が、上記のテクノロジーだけ欠落しているとは思えません。

 

 むしろ、開拓民は様々な惑星に移住し、その環境に適応する必要がある以上、これらの分野に莫大な資本が投資され、長足の進歩を遂げたと判断すべきでしょう。

 

 

 前編でルドルフは、これらの科学技術始め、VRやメタバース、人工子宮や高度医療までをも焚書の対象にしたと結論しました。

 

 しかし、なぜ彼が、より効率的な人類改造を可能にする、これらの手段を放棄したのでしょうか?

 

 

 

暴走するルドルフイズム

 ルドルフは社会ダーヴィニズム主義者でしたが、同時に狂信的なまでの復古主義者でもありました。

 

 遺伝的に優秀とされた人物は、彼により貴族に叙せられた事は先に触れましたが、その全てが白人で、なおかつ古ゲルマン風の姓を与えられているのです。

 

 

 更には、彼の手で築かれた新無憂宮(ノイエ・サンスーシ)は、極力自動化が省かれ、皇帝ですら広大な宮殿の中を徒歩で歩く事が、祖法として定められました。

 

 

 こうして見ると、彼は人工的手法を非常に嫌い、それこそが人類種の弱体化を招いていると本気で信じ込んでいた事がうかがわれます。

 

 高度過ぎる文明やその利器を排除し、出来得る限り自然状態を再現、もしくは復活させる。

 

 その上で、本来の適者生存や自然淘汰を働かせ、個体の優劣は自然のふるいに決めてもらうべきである。

 

 その試練を経て初めて、真に優秀な者と劣等な物が判明し、前者を優遇しその遺伝子を繁殖させ、後者の遺伝子は発見次第、この世から削除する。

 

 

 こうする事で、人類全体のレベルが上がり、銀河連邦を覆っていた頽廃と堕落から、我々は救済され、永遠の繁栄が約束されるだろう。

 

 ルドルフの中では、神なる自然による選択と淘汰こそがあるべき姿で、同じ結果を得るにせよ、テクノロジーや人工的手法に頼る事は、その摂理に反すると言う事になっていたのでしょう。

 

 

 不健全な娯楽や高度過ぎる科学技術の破却、社会保障や福祉の撤廃、極端な身分制度、そして劣悪遺伝子排除法。

 

 これら一連の破滅的政策は、しかし、このルドルフイズムからすれば、全て同じ目的と使命のためなされた事になり、彼からすれば、重大な意義があったのです。

 

 

ルネサンスは成らず

 古代ローマ帝国崩壊後、野蛮と停滞と混迷の中にあった中世ヨーロッパ世界は、十字軍を通して接触したイスラム文明の先進性に驚愕。

 

 また、古代ギリシア・ローマ文明への憧れも刺激となり、ルネサンス運動が始まります。

 

 

 その後欧州文明は科学革命、宗教改革、そして農業革命と前進速度を上げ、それらの成果は互いに正のフィードバックとループを形成し、遂に産業革命により、世界の覇権を握るに至ります。 

 

 

 

 

 これに対し、腐敗と堕落と停滞を極めた銀河連邦末期の人類は、中世ヨーロッパよりも遥かに豊かな生活を送り、高度な科学技術を享受していました。

 

 ですが放っておけば、いずれ文明は崩壊し、未開状態に転落する危機を迎えていたのは間違いないでしょう。

 

 しかし、彼等が選んだルネサンスは、文芸復興とは真逆な物で、テクノロジーを否定し、物理的暴力に頼ると言う、中世顔負けの野蛮なやり方でした。

 

 確かにルドルフは暴走しましたが、それを支え、容認し、消極的にしろ支持したのは、銀河連邦の市民達でした。

 

 

 つまり当時の人々は、多かれ少なかれルドルフ的思考をしており、だからこそ、彼や彼の手法に対抗する強力なアンチテーゼやその提唱者は現れなかった。

 

 だとすると、銀河連邦末期の人類は、文化や科学技術の枯渇と共に、思考の貧困に陥っていた事になります。

 

 

宗教的情熱

 銀河帝国では大神オーディンやヴァルハラ等が信仰されていたので、ルドルフは部分的にしろ、北欧神話の復興を図ったと考えられます。

 

 だとすると彼は、人類や文明の衰退に、宗教が絡んでいるのではないかと、本能的に感じ取っていたのかも知れません。

 

 ヨーロッパのルネサンスが大きな成果を挙げたのは、ギリシア・ローマ、もしくはイスラム文明と言ったお手本があり、キリスト教会や大学が、せっせとテキストの発掘や翻訳に努めていたからでした。

 

 

 また、教皇庁のあるローマ自体、町全体が古代遺跡と同義であり、人々は手軽にローマ帝国の文化遺産に触れる事が出来ました。

 

 これに対し、ルドルフの活躍した時代は、宗教は千年以上前に断絶し、人文科学、社会科学、そして基礎科学ですら発展が止まり、既に枯渇し忘れ去られた分野も多かったでしょう。

 

 彼は文化の破壊者でしたが、既に数百年に渡り、人類はそれを軽視し、自ら捨て去り、顧みる事は無かったのです。

 

 

 そう考えると、銀河連邦末期の惨状も起るべくして起こったと言うべきでしょう。

 

 当初こそ熱狂的に推進された宇宙開拓や植民事業は、二世紀を経ると早くも放棄され、人々は大きな目標を失います。

 

 ここで少し、史実で起きたエピソードを参考にしてみましょう。

 

 イベリア半島を舞台にしたレコンキスタ(国土回復運動)は、800年近くに渡って展開されましたが、それを支えたのが宗教的情熱だったのは言うまでもありません。

 

 

 その情熱と航海技術の進歩が組み合わさった時、コロンブスによる大西洋横断と言う、人類史に残る偉業が成し遂げられました。

 

 反面、宗教的情熱無き銀河連邦市民達は、中世イスパニアの何万倍もの国力と科学技術を持ちながら、ひたすら怠惰に、安逸に流れる選択をしたのです。

 

 全ての精神文明を放棄し、ひたすら物質的繁栄と満足を追い求め続けた結果、その偏りが人類全体を進化の袋小路に陥れたのは、なんとも皮肉な話です。

 

 

 

思考の貧困

 ルドルフは文明の破壊者でしたが、一方で、宗教放棄後の物質文明の正統な後継者でもありました。

 

 彼は人類を滅亡から救おうと、必死に処方箋を探した事でしょう。

 

 しかし、皮肉な事に、彼の時代には、中世ヨーロッパの知識人ですら享受できた文化的お手本が、ほとんど残されていませんでした。

 

 あるいは、例え残されていたとしても、その価値を正統に評価し、活用出来る文化的基盤や人材はとっくに喪失されていた事でしょう。

 

 なので、彼は当時支配的だった唯物論に従い、遺伝子と言う物質が全てを決めると言う結論に至った。

 

 

 それがとんでもない間違いだったのは、以後の歴史でこれでもかと証明されています。

 

 しかし、考えてみれば、この物語の人類は、13日戦争以来、重大な問題を全て物理的に解決して来ました。

 

 2039年の全面核戦争。

 

 

 肥大化する地球統一政府による反抗的な植民星の武力弾圧。

 

 

 そこから立ち上がったシリウス勢力による地球への無差別攻撃。

 

 これにより地球の人口は100億から10億にまで激減しています。

 

 

 そして、地球に勝利したシリウス指導層も、後に発生した権力闘争を解決するのにテロと陰謀に依存し、彼等は全滅。

 

 

 こうして見ると、ルドルフ登場以前の人類も物理的、暴力的解決法に依存している事が分かります。

 

 なので、思考の貧困は、早くも地球政府時代には歯止めが効かなくなっていたのでしょう。

 

 こうして見ると、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムも、その思考の貧困の被害者だった事になります。

 

 

 

不磨の大典と化したルドルフイズム

 13日戦争と宗教の放棄以来、人類が千年以上に渡ってボタンの掛け違いをしていたのが、これまでの考察で判明して来ました。

 

 だとすると、ルドルフはその完成形態であり、遅かれ早かれ、人類はこの悲劇に見舞われた事でしょう。

 

 

 恐らく、彼が生まれる遥か以前より、人類全体が深刻な生活習慣病を患っており、彼等が渋々その自覚症状を認めたのが、銀河連邦末期であった。

 

 大々的な外科手術が試みられ、それは致命的な失敗に終わりました。

 

 しかし、その執刀医は既に絶対的権威と権力を手にしており、以後、彼の提示した処方箋が不磨の大典となってしまいます。

 

 

 そして人類は、その傷痕と副作用にのた打ち回りながら、500年も苦しむ事になるのです。

 

 ラインハルトやヤンの時代ですら、引き続き人類は停滞と戦乱と混迷の最中にあり、ローエングラム朝銀河帝国が旧ゴールデンバウム朝の腐敗と弊風を一掃し、ようやく銀河は大統一を見ますが、自由惑星同盟は滅び、民主主義は風前の灯火同然と、とても楽観できない形勢でした。

 

 

 ではこれから先、人類は文化を取り戻し、真の復興を図る事は出来るのでしょうか?

 

 ネオルネサンスが起きる希望はあったのでしょうか?

 

 

 

思想家ヤン・ウェンリー

 ここで、その鍵となる人物を見てみましょう。

 

 自由惑星同盟最高の智将と称されたヤン・ウェンリーです。

 

 

 彼は天才用兵家、ラインハルトのライバル、そして民主共和制の擁護者として良く知られていますが、それとは別に、興味深い一面があります。

 

 彼は生涯を通じて、深遠な歴史哲学、そして民主共和制に関する思想を形成し、それを養子ユリアン・ミンツに伝えている事です。

 

 

 ヤンが歴史に精通し、その知識を元に幾多の戦いを制した事は有名ですが、ここより、とある事実が分かります。

 

 それが、人類は宗教始めあらゆる精神文化を次々と放棄、もしくはないがしろにして来たが、歴史学だけは例外的に生き残り、13日戦争以後の記録を豊富に残して来た事です。

 

 

 少なくとも、思想統制や検閲のない同盟では、そうだったのでしょう。

 

 先に私は、ルドルフは文化的お手本なきが故に、人類を救うのに貧弱な手段しか思いつかなかったと述べましたが、その残り少ない遺産を、ヤンが発見し享受する事が出来たのです。

 

 無論、ヤンが最初から、文化復興を考えていたわけではないでしょう。

 

 彼の志望は歴史家になる事であり、不可抗力により同盟軍に入隊しただけで、ルドルフとは違い、人類や歴史に責任を負う事など、少なくとも当初は想像だにしなかった筈です。

 

 

 しかし彼は、歴史学と言う僅かに残された文化遺産に興味を持ち、勉強し、同盟を守る立場になってからも、民主主義と共に、人類史への考察と思想形成は継続された。

 

 銀河英雄伝説の世界で、実に彼だけが、将来に伝えるべき文化遺産を創造、もしくは発掘し、後世に伝えているのです。

 

 

 

伝道者ユリアン・ミンツ

 なので、ヤンは後世、用兵家や民主主義の擁護者としてよりも、思想家、哲学者、そして人類文化復興の貢献者として記憶されるかも知れません。

 

 そしてなにより重要なのは、彼にはユリアンと言う弟子がいた事です。

 

 ユリアンはヤンの死後、彼の言行を詳細にまとめ上げ、正確な形で後世に伝わる様にした事は、以前の記事で触れました。

 

 

 それは、直接的にはラインハルトとの協定で成立した、バーラト自治政府の根本原理となり、民主共和制を生き延びさせる原動力となったでしょう。

 

 しかし、より長いスパンで見ると、この聖典は、多くの人に知的刺激や文化的情熱を与え、まず歴史学、用兵学が興隆し、それが次第に他の分野に波及するポテンシャルを秘めています。

 

 いつになるかは分かりませんが、新たなルネサンスを引き起こす契機になる可能性が高いのです。

 

 

 なぜなら、ユリアンと言う優秀かつ熱心な伝道者が、このヤン思想を敵味方に宣教し、あらゆる苦難や妨害に耐え、彼の力及ぶ限り、銀河中に広めただろう事は間違いないからです。

 

 バーラト自治政府でこの教えが始まった事は、我々の歴史に置き換えると、仏教やキリスト教、イスラム教の発祥に匹敵する大事件だったでしょう。

 

 

 いずれも市民権を獲得し、世界中に広まるまで何百年もかかりましたが、今日まで生き残り、人類文明の前進、少なくとも文化面で大きな貢献をして来たのは言うまでもありません。

 

 そして、ヤン思想も、後代大きな流派を形成し、文化思想や学問面での復興事業を支える役目を果たすとしたら、人類はようやく正道に戻る、少なくとも道しるべを手にした事になります。

 

 

 

失われた学派

 実はもう1人、ヤンと共に後世に残る貢献を果たしえた人物がいました。

 

 それが、ローエングラム朝の軍務尚書パウル・フォン・オーベルシュタイン元帥です。

 

 

 彼はゴールデンバウム王朝に深刻な憎悪を抱き、その打倒と、理想の王朝建設を熱望し、それを成し遂げる人物としてラインハルトを支えました。

 

 そして、以前の記事で、彼こそが銀河英雄伝説で、ヤンに匹敵する体系的な思想を持っていたほとんど唯一の人物と紹介しました。

 

 

 彼は常に最大多数の最大幸福を求め、そのためには、一見残酷な決断や提言を何度もしています。

 

 特に、ヴェスターラント住民200万人を熱核攻撃から見捨てたのは、内戦を早期終結させ、今後見込まれる1000万人の犠牲が出ないようにするための措置でした。

 

 

 もし彼が長生きしていたら、混迷を極める人類の処方箋を、ルドルフやヤンとは違う形で残していたかも知れません。

 

 ヤンもオーベルシュタインも、志半ばで亡くなりました。

 

 ですが、早くからユリアンと言う弟子を育成していたヤンに比べ、オーベルシュタインは生涯孤独で、彼の死と共に、その哲学が継承される可能性も喪失しています。

 

 

 無論、オーベルシュタインは自分を軍人、謀略家と認識しており、学術や文化に特段興味は持っていなかったでしょう。

 

 ですが、それを踏まえると、そのユリアンに戦略のみならず、潤沢な知識と幅広い視野を与えていたヤンは、案外前々から自らを思想家として認識し、その成果を後世に残す意義も熟知していたのかも知れません。

 

 最終篇に続きます。