Mr. Short Storyです。

 

 今回も銀河英雄伝説について考察して行きましょう。

 

 前回は、本記事の前編として、ヨブ・トリューニヒトを扱いました。

 

 華麗なる詭弁家、そして祖国を枯死させたやどりぎ等と散々酷評されている彼は、原作出版以来、作中1、2を争う悪役として描写され、認識されて来ました。

 

 事実、ヤンやキャゼルヌ、そしてロイエンタールなど、作中主要人物からは敵味方問わず嫌われ、警戒されていました。

 

 

 また、大勢いる陰謀家達の中でも、驚異的な生命力を誇り、危機のたび必ず復活し、おまけに以前より肥大化している。

 

 その不死身っぷりにある種の不気味さや恐怖を感じる人も少なくなかったのです。

 

 ですが、彼の事績をつぶさに検証してみると、決して無能ではなく、それどころか、理念や道義的見地からしても、必ずしも愚劣だと断定出来ない情報が、少なからず出てきました。

 

 

 にもかかわらず、作中で彼ほど叩かれている人物も珍しいのです。

 

 実際には、ローエングラム朝の軍務尚書オーベルシュタイン元帥の方が、自らの目的のためより多くを犠牲にし、収監し、敵のみならず身内ですら容赦なく切り捨てて来た筈です。

  

 

 トリューニヒトに負けず劣らず危険な男なのは間違いありません。

 

 ですが、オーベルシュタインに関しては、彼を危険視する人ですら、祖国や王朝の寄生虫呼ばわりする事はありませんでした。

 

 この不自然なまでのトリューニヒト叩きは、なぜ行われたのでしょうか?

 

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本当に落ち度はなかったのか?

 前編ではトリューニヒトの施策や業績を詳しく検証し、予想に反して真面目に国防委員長、そして同盟元首を務めていた事が見えてきました。

 

 のみならず、その生涯の最後まで、彼は民主主義の旗印の下活動していた事も否定できなくなりました。

 

 無論、それには膨大な私利私欲が隠されていたでしょう。

 

 ですが同時に、新領土総督府高等参事官として同盟領に復帰した時、旧同盟市民を弾圧したり売り渡す様な行為は確認されていません。

 

 

 この様に考えると、国家を守るためとは言え、超法規的手段でヤンを収監し、その抹殺を謀ったジョアン・レベロと比べて、道義的に劣っていたとは言えなくなります。

 

 では彼の言動で、明確な落ち度は1つもなかったのでしょうか?

 

 実はあります。

 

 まず、憂国騎士団を用いて反戦派や反政府主義者、そして恐らくは、政治的に自分の邪魔になる者を弾圧させていました。

 

 

 例えば、彼が主催した戦没者慰霊祭で、国歌斉唱の時起立しなかったヤンや、演壇に立ったトリューニヒトを名指しで非難したジェシカ・エドワーズが、その直後、憂国騎士団の襲撃を受けています。

 

 表際はともかく、裏ではつながり、豊富な政治資金を用いて彼等を手なずけていたのは間違いないようです。

 

 

 

 

利権政治の呪縛

 そして、より本質的な失策こそが、人的資源を軍需部門に吸い上げ、民間部門を疎かにし、結果、深刻なエンジニアや熟練労働者不足を招き、経済とインフラの劣化を招いていた事です。

 

 そのため、最低400万人のエンジニアを軍から民間に呼び戻す様提案されましたが、トリューニヒトが抜本的対策を打つ事は最後までありませんでした。

 

 

 トリューニヒトは国防族議員であり、軍部や産軍複合体と強固なトライアングルを形成していました。

 

 

 なので、仮にその必要性を認めても、身内が不利益を被る政策を採用する事は出来なかったでしょう。

 

 それは同盟元首に就任してからもそうでした。

 

 ですがこの時は、アムリッツァで同盟軍が大惨敗した後で、人員を民間に回したくても、回す余裕が無かったと言うのが真相でしょう。

 

 

 この辺り彼は、しっかり利権政治家を演じているのです。

 

 最も、トリューニヒト政権でなくても、末期の同盟の状況に鑑みて、経済とインフラ、そして財政の破たんは早晩訪れ、来寇する帝国軍、もしくはフェザーン資本の前に屈服を余儀なくされていたでしょう。

 

 

 

最大の失敗

 そして最後にして最大の失敗が、反乱に敗れて帰還したロイエンタールとの対決です。

 

 戦闘で深い傷を負っていたロイエンタールは、手術を拒否し、死ぬ覚悟を決めていました。

 

 

 そして、トリューニヒトを呼びだし、彼を射殺してしまいます。

 

 この時、トリューニヒトは、自分が殺されるなど露程も思っていないように見えます。

 

 けれども、饒舌になった彼は、ローエンタールの前で得意気にしゃべりだし、皇帝侮辱にまで及び、これが相手の逆鱗に触れてしまいます。

 

 

 この呆気ない死は謎に満ちています。

 

 謀反しつつもその君主への個人的忠誠心と敬愛の情を忘れたわけではない。

 

 この専制国家的な論理を、民主陣営で育ったトリューニヒトが理解出来なかったのでしょうか?

 

 ロイエンタールはヤンに劣らずトリューニヒトを激しく嫌悪し、それは直接彼を罵倒し侮辱し、監禁する程でした。

 

 

 トリューニヒトはその経歴に鑑みて、間違いなく同盟のエスタブリッシュメントであり、バーラトの和平まではエリートとして、そして権力者としての人生を送って来ました。

 

 それが、総督府高等参事官になると、人の風下に立つのみならず、ロイエンタールより一度ならず侮辱される事になります。

 

 政治家として叩かれ慣れはしてたでしょうが、それでも裏切者として、そして敗者として踏みつけられる経験は初めてだったはずです。

 

 表面上はともかく、プライドがズタズタにされたとしてもおかしくありません。

 

 だからこそ、死にかけのロイエンタール元帥を煽り、ついでに彼らの君主をバカにして、復讐したかったのでしょうか?

 

 

 抜群のサバイバル能力を持ち、大衆心理を読み取る天才にして、この時は冷静さが足りなかったのは否めません。

 

 いずれにしても、トリューニヒトはここで初めて生き残りに失敗し、二度と帰らぬ人になったのです。

 

 

 

謎を解く鍵

 では、いよいよ謎の真相に迫りましょう。

 

 なぜトリューニヒトは実態より遥かに悪く、そして無能なように言われているのか?

 

 なぜ彼は、最後まで民主主義のために動いていたのに、稀代の嫌われ者になってしまったのか?

 

 新領土総督府高等参事官になった時でさえ、トリューニヒトは少なくとも表面上悪事は行わず、むしろ彼をパワハラし監禁し、そして命を奪ったのはロイエンタールです。

 

 

 しかもその理由は、将来トリューニヒトが帝国に寄生し、滅ぼしてしまうかもしれないと言う個人的嫌悪感と、恐怖心だけしかありませんでした。

 

 

 非常に難解な謎ですが、説き明かすためここで、2つの手法を用いましょう。

 

 1つめは軍人視点。

 

 そして2つめは正統史観です。

 

 

 

はびこる軍人視点

 銀河英雄伝説には数百もの人物が登場しますが、その大半は軍人で占められていました。

 

 主人公のラインハルトも、そしてヤンも、彼等の上官や同僚、そして部下達も、全員職業軍人だったのです。

 

 逆に、政治家や官僚、財界人や科学者や芸術家となると、その数が少ないか、もしくは影が薄いかのどちらかになってしまいます。

 

 

 ローエングラム王朝は、400億もの人類を統治する史上最大の帝国でしたが、閣僚や文官の登場シーンは、ミッターマイヤーら提督達と比べれば、かなり少ない上に見せ場も多くありません。

 

 工部尚書兼帝国首都建設長官を務めたシルヴァーベルヒは、将来の帝国宰相候補と目される程の逸材でしたが、爆弾テロによりあっけなく亡くなりました。

 

 

 そしてハイドリッヒ・ラングに至っては、帝国の癌と見なされ、提督達の憎悪と警戒を買い、惑星ウルヴァシー事件直後に逮捕され、死刑を宣告されています。

 

 

 同盟側も見てみましょう。

 

 トリューニヒトは言うまでも無く、何をやってもやらなくても批判的な描写をされています。

 

 彼の後を継いだジョアン・レベロは、ヤン一党を捕縛しようとして返り討ちに遭い、部下に裏切られて死亡。

 

 

 他にもトリューニヒト派の政治家や有識者を中心に、軍人以外の人物は、もれなく影が薄いか、悪く言われるかのどちらかでした。

 

 確かに、個人単位では自業自得と言うパターンも少なくなかったでしょう。

 

 しかしそれを言うなら、ラインハルトもヤンも、そして彼の部下達も、何百万もの敵味方を死なせ、それに数倍する遺族を量産しています。

 

 この様に、銀河英雄伝説の大半の部分が軍人視点、もしくは軍人の論理で描写されており、これに批判的考察を加えられるのは、後世の歴史家と言う架空の存在に限られています。

 

 

崩れるベビーフェイス

 この軍人視点あるがゆえに、ラインハルトやヤン、ビュコックやミッターマイヤ―達は善玉として描写され、私達は自然と、彼等により多くの好感や共感を抱く事になります。

 

 

 反面、地球教やフェザーンやゴールデンバウム王朝の大貴族や、そして、トリューニヒト等同盟の政治家は、悪玉として扱われやすく、事実、物語では、彼らがいかに酷い連中なのかこれでもかと描写されています。

 

 

 確かに、ローエングラム朝の閣僚やフェザーン商人達は悪人ではありませんが、今度は帝国同盟の名将と比べると、影が薄いのは否定出来ません。

 

 こうして見ると、銀河英雄伝説は軍人達の物語であり、彼等と対立する、もしくは違う業界の人物は、もれなく叩かれるか、取り上げられる事が少ない。

 

 これが、同作品における善玉、悪玉の基準に影響を与えている。

 

 事実、ラングは帝国の軍人にものすごく嫌われていますが、彼が直接手にかけたり陥れた人数に比べて、その提督達の方が圧倒的な数の人間を殺しているのです。

 

 

 また、同盟サイドではヤンやビュコックが善玉、トリューニヒトが悪玉の様に扱われていますが、前編で扱ったように、トリューニヒトが国政や国防の足を引っ張った事はほとんどなく、むしろ、同盟内でクーデターが起きると予想しながら、それを政府に伝えなかったヤンの方が、反国家的な行動を取っていたとすら言えます。

 

 更に、帝国民政尚書カール・ブラッケが、連年の軍事活動で国費と人命を浪費していると漏らした事がありました。

 

 

 それを取り沙汰した提督達は、誰が黒幕なのかと、怖い一面を見せています。

 

 民政尚書は厚生労働大臣に該当するので、福祉や社会保障を推進する彼は、明らかに善玉です。

 

 なのに、提督達は、彼への処置をほのめかす等、まるで悪玉の様に振る舞っていました。

 

 軍人と文民、もしくは軍部と省庁との対立構造がそこにあり、共通の利害のためには、政治家と同じくらい軍人も悪人になり得ると言う事でしょう。

 

 

 

正統性を独占する者

 では次に、正統史観について考察してみましょう。

 

 銀河英雄伝説では軍人視点が中心で、自然軍人達が主人公にして善玉、政治家や宗教者や財界人などは脇役かつ悪玉になる傾向が強い。

 

 ですが、同じ軍人でも、実際には善玉、悪玉の区別が存在しています。

 

 帝国においては、大貴族連合軍の面々がそうでした。

 

 

 同盟では救国軍事会議がそれに該当します。

 

 

 ブラウンシュヴァイク公やリッテンハイム候は、帝国貴族であると共に、艦隊を率いて戦っていますが、私達は彼等を、ラインハルトやミッターマイヤー達より人道的で、正義感に満ち、部下や市民に公平で、歴史を進歩させる者だとは思わないでしょう。

 

 

 また、救国軍事会議の面々が、鎮圧にあたるヤン・ウェンリーよりも、開明的で民主主義を重んじ、人道的であるとは露程も思えません。

 

 反面、大貴族連合軍の軍事指導者でありながら、亡命してヤン艦隊の幹部になったメルカッツや、同じくラインハルトに投降し、許されて帰順したファーレンハイトを賞賛こそすれ、非難する人は少ないでしょう。

 

 

 救国軍事会議の刺客だったバグダッシュも、ヤンに看破され降参しますが、当初はともかく、物語が進むとヤンファミリーの一員として溶け込んでいます。

 

 以上を踏まえると、面白い事実が見えてきます。

 

 私は先に銀河英雄伝説では、他の業界と比べて、軍人がより良く描写されていると結論しました。

 

 ですが、実際には、善玉、そして正義サイドとして扱われているのは、ラインハルト陣営とヤンファミリーに限られているのです。

 

 

 

正統史観の定義

 では正統史観とは何でしょうか?

 

 歴史は勝者が作ると良く言われますが、だとすると、現代に残る歴史の大半は、勝者の物語と言う事になります。

 

 

 そして同時に、多くの歴史が時代を超えたプロパガンダでもあります。

 

 事実、戦乱の時代、対立する陣営は、いずれも自己の正統性を主張し、敵対勢力がいかに悪者であるかを必死に宣伝するものです。 

 

 言わば、互いに競合する者同士が、自己正当化と相手の非難に狂奔していたのです。

 

 無論、大抵の場合、絶対的な善や絶対的な悪等は存在せず、それについてはラインハルトの前でヤン自身が言及しています。

 

 

 しかし、敵対者を残らず滅ぼした者は、後世の非難を恐れ、自らを善とし、敗者を悪と定義し後世に伝えようとする。

 

 とは言え、露骨にそうするとかえって疑いを招くリスクもあるので、ある程度敗者に花を持たたせたりもします。

 

 例えば、彼等は途中までは良い政治をしたが、愚かな君主が即位して民衆が塗炭の苦しみを味わったため、それを憂えた我々の開祖が世直しのため立ち上がり、暴君を滅ぼし、正しい政治を敷いた。

 

 

 この様に虚構と事実を混ぜながら、時の人々に、そして後世の歴史家を納得させる工夫が行われたりします。

 

 

 

1つの帝国2つの勝者

 この考えに沿うと、ローエングラム王朝とヤンファミリーの2大勢力が、歴史の勝者に立つ事になります。

 

 

 しかし、これは不思議な話です。

 

 銀河はローエングラム王朝によって統一されますが、ヤン・ウェンリーは志半ばで亡くなっています。

 

 確かに、彼の遺志はユリアン・ミンツ達が継承し、皇帝ラインハルトとの戦いを経て、バーラト星系の自治権を獲得する事に成功しています。

 

 

 ですが、ヤンが指揮したエル・ファシル独立政府革命予備軍や、ユリアン達が樹立したイゼルローン共和政府自体は微々たる勢力に過ぎず、人類のほとんどを統治する新帝国と同列に扱われるのは、おかしな話です。

 

 

 銀河英雄伝説は、後世編纂された歴史書であると言う説があります。

 

 実際、この作品では後世の歴史家視点が多く取り入れられているので、真偽はともかく、この説との親和性は高いでしょう。

 

 仮に事実だとすると、本編終了後、何らかの形でローエングラム王朝とバーラト自治政府が勝者として対等に扱われる時代が来た事になります。

 

 そして恐らく、両者は共存、それもかなり良好な関係を築き上げる事に成功している筈です。

 

 では、どのような形で、彼等が歴史の勝者となり、そして共存が実現されているのか?

 

 

 

良い民主国家悪い民主国家

 謎は更にあります。

 

 ローエングラム王朝がゴールデンバウム王朝を非難するのは分かるし、それだけの理由もあります。

 

 ですが、例えば同じ民主主義同士で、善玉や悪玉が存在するのでしょうか?

 

 

 私達の世界で言えば、日本の民主主義とアメリカの民主主義どちらが正義かを問うようなものです。

 

 どちらも、歴史的、文化的背景や社会制度、法体系、そして憲法が違う以上、そう簡単に、善悪に分けられないのは当然です。

 

 それぞれの分野や項目を取り上げ、比較したり一致点を調べるのが精々でしょう。

 

 にもかかわらず、銀河英雄伝説では、民主国家だった銀河連邦や自由惑星同盟は、どちらも末期は腐敗と衆愚政治が蔓延し、それが滅亡につながった事が詳しく描写されています。

 

 

 間違いなく、悪と断じられているわけです。

 

 そして、同じ民主陣営に属しながら、なぜかヤンファミリーだけは悪く書かれる事が無いのです。

 

 それどころか、明らかに正義サイドとして扱われています。

 

 彼等が守り、後世に残そうとした民主主義だけが正義である。

 

 

 もしそう主張する必要があるとしたら、銀河連邦や自由惑星同盟はその引き立て役に徹してもらった方が良いと言う事になります。

 

 次回後編で、この謎に迫ります。