Mr. Short Storyです。

 

 今回も銀河英雄伝説について考察して行きましょう。

 

 前回の記事では、物語冒頭に始まるアスターテ会戦を、新しい視点から再解釈してみました。

 

 絶体絶命の窮地に追い込まれた帝国軍が、天才ラインハルトの機転により見事な逆転劇を収めた。

 

 

 これが定説であり、長年に渡り、私たちはそのように考えて来ました。

 

 ですが、戦略の常道を理解しているラインハルトが、フリーハンドを持ちながら、なぜ奇策に頼ったのか?

 

 時間差各個撃破戦法を駆使して鮮やかな勝利を演じはしましたが、ラインハルトの天才あればこそ、一瞬の戦機をとらえる事が出来た筈です。

 

 なので本来なら、かなり危険な橋を渡っていたのではないのか?

 

 その疑問を元に、会戦をより広いスパンで再構成すると、新たな発見が幾つも得られました。

 

 ラインハルトは敢えて同盟軍を誘い込み、彼等が包囲殲滅を狙って接近するのを待っていたのではないか?

 

 

 だからこそ彼は、キルヒアイスより、2倍の敵が3方向から接近中との報告を受けても動じず、撤退を具申する提督達相手に、我が軍は必勝の態勢にあると、自信をもって断言する事が出来た。

 

 奇策の裏では、戦略の基礎を踏まえた心理戦が行われ、不意を突かれた同盟軍は破れるべくして敗れた。

 

 同時に、それを逆手に取った心理戦を、同盟軍第二艦隊幕僚ヤン・ウェンリー准将は考案し、司令官のパエッタ中将に具申しましたが、却下されてしまいました。

 

 

 敵の進退に応じ、3個艦隊が緊密な連携を保ちながら、つかず離れず攻撃と後退を繰り返し、時間をかけ、その焦りと疲弊を誘い、じわじわと兵力と士気を削り落とす。

 

 この戦法が採用されたなら、確かにラインハルトに勝ち目はなく、良くても痛み分けに終わった筈です。

 

 この戦いで大勝利を収めたラインハルトは帝国元帥に叙され、元帥府を開設し、同時に宇宙艦隊副司令官に任命され、18個ある制式艦隊の半数を指揮下に収める事になりました。

 

※この記事の動画版

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奇跡のヤン誕生

 アスターテの勝利により、ラインハルトは出世の階梯を順調に上りました。

 

 これに対し同盟軍は、敵に倍する大艦隊を動員したにも関わらず、一敗地にまみれ、150万人もの戦死者を出してしまいました。

 

 この戦いで同盟軍を全滅から救ったヤンは少将に昇進しましたが、統合作戦本部長シドニー・シトレ元帥は、彼を新設される第13艦隊司令官に任じ、イゼルローン要塞攻略を命じます。

 

 

 難攻不落のイゼルローン要塞は、過去六度に及ぶ同盟軍の侵攻を退け、攻略は絶望的と思われていました。

 

 

 ですが、ヤンはこれを内部から制圧する作戦を立案。

 

 

 わずか半個艦隊の戦力で占領してしまいます。 

 

 これにより同盟と帝国の軍事バランスが大きく崩れ、今度不利になるのは帝国の方でした。

 

 帰還したヤンは、引退して年金生活に入る事を望んでいましたが、シトレ始め周囲がそれを許さず、この功績で中将に昇進。

 

 

 旧第2艦隊の残存兵力も加えられ、第13艦隊は名実ともに制式艦隊の陣容を与えられました。 

 

 

 

遠ざかる平和

 ヤンの目論見は、イゼルローン攻略により帝国、同盟双方が講和し、平和な時代が訪れる事でした。

 

 恒久平和は望めないにしても、数十年程度の平和で豊かな時代が続けば良い。

 

 これが彼の考えでした。

 

 ですがこれにより、同盟内で好戦気分が盛り上がり、参謀のフォーク准将が独自に帝国領侵攻作戦を立案し、政界中枢に持ち込みます。

 

 

 時のサンフォード政権は、支持率回復のためにこれを採用。

 

 

 艦艇20万隻、将兵3000万と言う未曽有の大出兵が決定されます。

 

 

 歴戦の老将ビュコック中将や勇将の誉れ高いウランフ中将等は、この作戦に懐疑的でした。

 

 

 無論、その中にはヤンも含まれています。

 

 

 ですが、栄達を望むフォーク准将のごり押しと、何より文民統制の原則により、彼等が拒否する事は出来ず、同盟軍宇宙艦隊の大半がイゼルローンに集結。

 

 帝国領への進攻を開始します。

 

 皮肉にもヤンが打ち立てた殊勲が、より大きな戦争を招く結果となってしまったのです。

 

 

 

焦土作戦

 自由惑星同盟未曽有の大兵力で帝国領に侵攻。

 

 この情報を得て、銀河帝国はラインハルト・フォン・ローエングラム元帥に迎撃を命じます。

 

 ラインハルトはイゼルローン回廊出口で迎撃する案を退け、敵を帝国領奥深くにまで誘い込み、その疲労と補給の欠乏を待つ作戦を取ります。

 

 

 これにより同盟軍は次第に消耗し、こちらは戦力を温存する事が出来る。

 

 そして、敵が弱り切った所に総攻撃をかければ、容易にこれを撃退、もしくは殲滅出来る筈である。

 

 

 そかしその反面、敵が補給物資を枯渇させるまでかなりの日数がかかるだろう。

 

 そのためラインハルトは、辺境星域の部隊を退却させ、その際、全ての食糧や物資を持ち去るよう命じました。

 

 

 焦土作戦です。

 

 これにより同盟軍の補給体制は、50日以内に崩壊を迎えるだろうと、参謀のオーベルシュタインは予測していました。

 

 

 

食と自由

 同盟軍はさしたる抵抗もないまま、順調に帝国辺境を制圧して行きました。

 

 それにより、多数の有人星系が解放され、最初の一カ月で5000万人、更に占領地は拡大し、最終的には1億人の帝国臣民が同盟軍の軍政下に置かれました。

 

 

 しかし、帝国軍の焦土作戦により、彼等は食料始め、あらゆる生活必需品が欠乏していました。

 

 軍需物資の放出。

 

 

 解放軍を名乗る以上、同盟軍は彼等を飢えさせるわけにもいかず、自分らの食料や物資を分け与えなければなりませんでした。

 

 そしてそれは当然、補給の負担を増やし、圧迫します。

 

 前線各部隊は悲鳴を上げ、イゼルローンの総司令部に、そして同盟首都ハイネセンに追加補給の要請を出しましたが、その内容は膨大なものでした。

 

 

 一例を挙げれば、5000万人を半年養う穀物だけでも1000万トンに及んだのです。

 

 

 高まる負担に頭を抱えながらも、同盟政府はこの要請を受け入れ、輸送船団を派遣します。

 

 

 しかし、これを見逃すラインハルトではありませんでした。

 

 

 

のた打ち回る大軍

 ラインハルトは腹心のキルヒアイスに大軍を預け、敵輸送船団の攻撃を下命。

 

 

 キルヒアイス艦隊の来襲により、輸送船団は全滅します。

 

 

 これにより兵站を失った同盟軍は、急速な欠乏を迎え、物資供与を受けられなくなった住民との間に衝突が発生する様になりました。

 

 

 ラインハルトの仕掛けた焦土作戦の前に、同盟軍と占領地住民の信頼関係は早くも破綻を来したのです。

 

 この機を待っていたラインハルトは、諸将を招集し、総反撃を開始。

 

 各地で同盟軍は敗退し、第十、第十二艦隊は司令官が戦死。

 

 第九艦隊はアル・サレム提督が負傷し、副司令官モートン少将が指揮権を引き継ぎます。

 

 

 ビュコックの第五艦隊やヤンの第十三艦隊は健在でしたが、どちらも敵の猛追を受け、一定の損害を出していました。

 

 それでも全軍イゼルローン要塞まで撤退すれば、帝国軍の追撃をかわし切れたでしょう。

 

 しかし、同盟遠征軍司令官ロボス元帥は、全軍集結の上反撃を厳命。

 

 

 その決戦場として、イゼルローン回廊にほど近いアムリッツァ星域が選ばれました。

 

 

 

第十艦隊の悲劇

 さて、ここからアムリッツァ星域会戦にまつわる謎について考察してみましょう。

 

 まず、アムリッツァ星域に集結するまでの同盟軍を見てみましょう。

 

 同盟軍で最も甚大な損害を出したのは、第十艦隊と第十二艦隊でした。 

 

 第十艦隊はビッテンフェルト中将率いる黒色槍騎兵艦隊の襲撃を受け、兵力と補給で劣勢にありながらも奮闘。

 

 

 麾下の四割を失ったところで司令官ウランフ中将は撤退を決断。

 

 中央突破で敵の艦列を突き崩し、生き残った艦を逃がそうとします。

 

 

 これにより、半数が脱出に成功しますが、旗艦が被弾し、ウランフ提督は戦死しています。

 

 

 なので、第十艦隊の生き残りは全軍の三割と言う事になります。

 

 この艦隊を全滅の危機から救ったのが、ヤンの後輩ダスティ―・アッテンボローとされています。

 

 

 彼が司令官亡き残存部隊を統率し、アムリッツァまで退却したのは間違いないでしょう。

 

 そしてアッテンボローが、黒色槍騎兵艦隊との戦闘データを携えて生還した事が、アムリッツァの戦局に影響を与える事になります。

 

 

 

驚異の損耗率

 次に、第十二艦隊を見てみましょう。

 

 帝国軍ルッツ艦隊の襲撃を受けた第十二艦隊は、旗艦の身辺わずか八隻の砲艦のみになるまで戦い続けましたが、司令官ボロディン中将は自殺。

 

 

 指揮権を引き継いだコナリー少将は降伏します。

 

 ボロディン提督は、歴戦の宿将ビュコックがウランフと共に信頼していた人物でした。

 

 ヴァンフリート星域会戦では、そのビュコック率いる第五艦隊の援軍となり、これを支援しています。

 

 

 その彼が、麾下のほぼ全てを壊滅させてしまう等、信じがたい話です。

 

 まして、兵力で同等と思われるルッツ艦隊には目立った損害は出ていません。

 

 ここで、艦隊戦に置ける損耗率を見てみましょう。

 

 死闘と評されるバーミリオン星域会戦では、帝国、同盟両軍とも艦艇の八割以上が損傷。

 

  

 死傷率は七割を超えていました。

 

 その戦闘で、帝国軍ミュラー艦隊の攻勢にさらされたモートン艦隊は、3690隻を擁していましたが、一時間で1560隻にまで撃ち減らされており、その損耗率は57.7%とされています。

 

 また、ランテマリオ会戦では、同盟軍デュドネイ分艦隊が帝国軍の猛攻を受け、わずか三時間の戦闘で、840隻から130隻にまで激減しています。

 

 

 こうして見ると、宇宙艦隊同士の戦闘では、短時間で甚大な損害が発生し、場合によっては過半数を喪失する事もまれではないのが分かります。

 

 ですが、それを踏まえても、1万隻規模から残存8隻にまで減るのはあり得なさそうに思えます。

 

 

 

壮絶な退き口

 同盟軍は帝国領侵攻時、第十艦隊を先鋒とし、第十三艦隊を第二陣としました。

 

 なので、撤退する時には自然と第十艦隊が殿を務める事になります。

 

 ラインハルトがここに黒色槍騎兵艦隊をぶつけている事からも、第十艦隊は同盟軍の最精鋭としてマークされていたのでしょう。 

  

 

 事実、第十艦隊は最も激しい戦いを演じ、敵に打撃を与えながらも甚大な被害を被っています。

 

 これを踏まえると、第十二艦隊の動きも推理できます。

 

 ボロディンは味方の撤退を援護し、同時に麾下の部隊も出来るだけ逃がそうとした。

 

 

 そのため旗艦と直衛のみが孤立し、敵の重囲下に陥った。

 

 原作では旗艦の身辺わずか八隻の砲艦のみ、と書かれているので、それ以外の部隊は戦場離脱に成功し、アムリッツァに向かった。

 

 こう考える余地は十分あります。

 

 だとすると、第十二艦隊の損害は、最大でも第十艦隊と同等と考える事が出来ます。

 

 また、これにより、同盟軍の他の艦隊は、彼等の奮戦により撤退を援護され、致命的損害を出さないで退却する事が出来たのでしょう。

 

 だとすると、ウランフとボロディンは、その名声に違えず、自らを犠牲にして同盟軍の全滅を救った事になります。

 

 

 

総司令部撤退を認めず

 しかし、同盟軍総司令部は、彼等の犠牲を活かす事が出来ませんでした。

 

 傷だらけになって退却する各艦隊に、イゼルローン要塞への撤退を認めず、アムリッツァ星域に集結し、ここで最後の決戦をせよと命じるのです。

 

 しかも、総指揮に当たるべき宇宙艦隊司令長官ロボス元帥は、イゼルローンから一歩も動きませんでした。

 

 

 総司令部は補給と負傷者の後送や部隊再編等は行いましたが、アムリッツァにたどり着いた艦隊は、長い逃避行で疲弊を極め、士気も落ちていた筈です。

 

 にもかかわらず、勝勢に乗る帝国軍ともう一度戦えと厳命するのは、ロボス元帥の能力や軍事的常識が疑われてもおかしくありません。

 

 事実、近年の彼は急速に精彩が衰え、覇気を失い、フォーク准将を側に近付け、半ばそのコントロール下に置かれていたとされています。

 

 

 また、国家存亡がかかっているのに、戦闘は前線に任せきりで、自らは戦場に出ようともしませんでした。

 

 まるで生き残りを見殺しにするような措置ですが、はたして理由はあったのか?

 

 

 

アムリッツァへ

 実は、この段階でも同盟軍は、まだ2000万人を残していたとされています。

 

 

 対するに、帝国軍の兵力はその六割だったとされています。

 

 

 だとすると、数の上ではまだ有利だった事になります。

 

 無論、その士気は芳しくなく、損傷艦艇も多く、疲労は蓄積されていた筈です。

 

 また、名将のウランフやボロディンも戦死し、第九艦隊司令官アル・サレム中将は重態で、指揮官クラスには大きな穴が空いています。

 

 なので、額面通りのパフォーマンスを発揮するのは難しかったでしょう。

 

 ですが、意外にも多数の兵士や艦艇が生き残っており、総司令部は、これを根拠に戦局挽回をはかった。

 

 これが最悪の結果を招いた事を私たちは知っています。

 

 しかし改めて原作を読むと、実際には私たちが思う以上に、同盟軍にもチャンスがあった事が分かって来ました。

 

 同時に、少なくとも会戦前半は、どうやら帝国軍が苦戦していたようなのです。

 

 次の記事で、アムリッツァの決戦を再構成し、両軍の作戦と戦局の推移を詳しく見てみましょう。