Mr. Short Storyです。

 

 今回も銀河英雄伝説について考察して行きましょう。

 

 前回は、このテーマの中編として、トリューニヒトの失点を検証し、銀河英雄伝説を読み解く2つの視点について取り上げました。

 

 銀河英雄伝説は銀河軍人伝説と言うべき世界観となっており、作中主役を張り、力を持ち、更に名誉と賞賛を独占するのは、もれなく軍人達でした。

 

 その反面、軍人以外の業界は、ほぼ全員が悪玉か、もしくは影が薄い扱いを余儀なくされています。

 

 

 事実、私達がこの作品の主人公や名脇役、そして善玉キャラを挙げる時は、ほぼ必ず軍人が出て来るでしょう。

 

 

 更に、今回扱う正統史観についても触れました。

 

 勝者が歴史を作り、解釈し、そして改訂し、場合によってはねつ造さえする。

 

 だとすれば、歴史書を通してみる世界は、ほとんどが勝者のメッセージや意図が込められている。

 

 

 ゴールデンバウム王朝銀河帝国や銀河連邦、そして自由惑星同盟。

 

 また、古くは地球統一政府と、銀河英雄伝説では幾つもの星間国家の滅亡が記述されています。

 

 ですが、ローエングラム王朝とヤンファミリーだけは、敵対陣営同士なのに、なぜか善玉として描写されているのです。

 

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敗者の群像

 ここで、銀河英雄伝説の世界で滅亡した諸政体を見てみましょう。

 

 まず西暦21世紀、人類がまだ地球で生活していた時代、世界は北方連合国家(ノーザン・コンドミニアム)と、三大陸合衆国(ユナイティド・ステーツ・オブ・ユーラブリカ)の二大超大国によって支配されていました。

 

 

 この両大国は2039年「13日戦争」と呼ばれる全面核戦争を引き起こし、どちらも滅亡してしまいます。

 

 

 その後の戦乱を経て、地球統一政府が成立し、本格的な宇宙時代が始まります。

 

 しかしやがて、植民星からの収奪で肥え太った地球は、繁栄を謳歌しながら軍備を増強し、植民星サイドの抗議を力ずくで押さえつけ、遂には民間人の大量虐殺まで手を染めます。

 

 

 暴政を極める地球は、遂に決起したシリウス勢力に滅ぼされますが、彼らも地球本星の降伏を認めず、徹底した無差別攻撃を断行し、目には目をで報います。

 

 ですが、そのシリウスも地球に勝利した後内部分裂を起こし、血みどろの権力闘争により、ラグラングループと呼ばれた指導層が全滅。

 

 

 再び戦乱の時代が訪れ、それは銀河連邦による再統一まで続きます。

 

 銀河連邦は人類の黄金時代を築きましたが、200年程で陰りが見え、今度は史上未曽有の腐敗と堕落の時代が訪れました。

 

 

 それを憂えた軍人ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムは政界に転出し、瞬く間に国家権力と民衆の支持を獲得。

 

 やがて終身執政官から銀河帝国皇帝ルドルフ一世となり、ここに銀河連邦は滅びます。

 

 

 ですが、悪名高い劣悪遺伝子排除法に始まる極端な施策は、銀河連邦を上回る腐敗と停滞と抑圧の時代を招来し、約500年を経て、ラインハルトによって滅ぼされます。

 

 その銀河帝国から脱出した共和主義者たちは、苦難に満ちた航海を経て自由惑星同盟を建国。

 

 

 民主主義の黄金時代を復活させましたが、ダゴン星域会戦後、帝国から大量の亡命者が訪れ、その理念は空洞化し、衆愚政治に陥ります。

 

 そして、幾つもの愚策や失態が重なり、遂にローエングラム朝によって滅ぼされます。

 

 あと目ぼしいのは、フェザーンと地球教くらいですが、フェザーンは謀略を弄んだ末、ラインハルトの進攻を受け強制併合。

 

 

 地球教に至っては狂信的なテロリスト集団として、絶対悪の様に扱われています。

 

 

 

勝者の論理

 これら滅んだ勢力を見てみると、一つのパターンが見えてきます。

 

 いずれも建国当初、もしくは途中までは良かった。

 

 けれども、ある時点から深刻な欠陥が露呈し、もしくは取り返しのつかない悪行を犯し、それが原因で滅んでしまった。

 

 

 これは言い換えれば、滅ぶだけの、もしくは滅ぼされるだけの理由があったから滅亡したともとらえられます。

 

 

 ここで彼等を滅ぼした側、つまり勝者の考えを推測してみましょう。

 

 勝者とて、その立場を手に入れるためには、多かれ少なかれ暴力や陰謀、つまり、悪事に手に染める必要があった筈です。 

 

 そして、同時代、それ以上に後世からの批判や非難を恐れなければならない事、敗者のそれに劣りませんでした。

 

 

 それをかわすためには、陰に陽に自己弁護、自己正当化しなければならなくなります。

 

 確かに我々はこれらの国や旧支配層を滅ぼした。

 

 けれども、その原因は彼等にあった。

 

 我々は決して富や権力欲しさにこうしたわけではないのだ。

 

 彼等は酷い支配者だったが我々は違う。

 

 我々は彼等とは違い公平で慈悲深い支配者である。

 

 故に、この国や人々を統治するだけの資格と正統性があるし、彼等みたいに腐敗や悪政とは無縁だからだ。

 

 この様なメッセージが、古代より幾多の侵略者や簒奪者により繰り返し用いられてきました。

 

 

 

 だからこそ勝者が歴史書を編纂し、それを通して、同時代及び後世に自らの正義を主張する。 

 

 これは文明開闢以来、人類、少なくとも支配者達が今日まで行なって来た営みなのです。

 

 

 

象と蟻

 では再び、ローエングラム王朝とヤンファミリーについて見てみましょう。

 

 銀河英雄伝説が歴史書だとしたら、勝者ポジションにいるのは間違いなく、この二大陣営だったでしょう。

 

 ですが、銀河はローエングラム王朝が統一し、ヤンは中途で亡くなり、後継者のユリアン・ミンツはラインハルトとの協議の末、バーラト星系(旧同盟首都ハイネセン)の自治権を確保するに留まります。

 

 

 

 これだけを見れば、歴史の勝者はローエングラム王朝であり、バーラト自治星系はそのおこぼれにあずかる身分に過ぎない。

 

 このように言われても仕方なかったでしょう。

 

 にもかかわらず、まるでどちらも対等の勝者の様に扱われているのはなぜなのか?

 

 実は、このジレンマを突破する方法があります。

 

 

 

ローエングラム王朝は民主化したのか?

 それが、ローエングラム王朝はいずれかの時点で憲法を採用し、立憲君主制を実現したと言う仮説です。

 

 事実、ヤンの衣鉢を継いだユリアンは、ラインハルトに上記の提案をしています。

 

 この時にはラインハルトにかわされましたが、イゼルローン要塞の返還と引き換えに、バーラト星系の自治権を与える同意がなされています。

 

 これにより、本編終了後も、民主共和制の火種が後世へと伝えられる事が確認できます。

 

 ここで、別の仮説も検討してみましょう。

 

 それは、銀河英雄伝説と言う歴史書は、ローエングラム王朝が立憲君主制を採用した時、それを記念、もしくは宣伝するために編纂されたものである。

 

 

 なぜなら、帝国の立憲化を図るに際し、専制を善しとする保守派を説得する必要があるからです。

 

 彼等を納得させ、立憲制移行に同意してもらうには、創業者が既に民主共和勢力と何らかの形で和解していた。

 

 

 この証拠を見つけ出し、記載すれば、説得工作は大いにはかどった事でしょう。

 

 

 

互いの創業者を称えよ

 この視点に立つと、銀河英雄伝説に置いて、弱小勢力の筈のヤンファミリーが、ラインハルト達に負けず劣らず善玉として描写されている理由が分かって来ます。

 

 ラインハルトの死後、もしローエングラム王朝が議会を開き、憲法を制定し、専制政治から立憲君主制に移行したとしたら、民主主義のモデルと知識が必要になります。

 

 

 そのために、バーラト自治政府と手を結ぶのは理の必然と言うべきでしょう。

 

 つまり、ヤンファミリーが守り抜いた民主共和制が、支配者の論理として採用される事になるのです。

 

 すると、必然的に、ラインハルトのみならず、彼と戦って来たヤンやユリアンやイゼルローン共和政府も、善玉として同列に扱う必要がある。

 

 確かに彼等は敵だった。

 

 

 けれども、我々の創業者に負けず劣らず、彼等にも素晴らしい理想と信念があり、敬愛に足る人達で、人類の幸福と将来のために献身してくれた。

 

 この様に描写する事で、民主化を推進する際、両陣営の人々の支持を効率的に得る事が出来るはずです。

 

 また、銀河英雄伝説では専制と民主共和制いずれが是か非か?と言うテーマが良く取り上げられます。

 

 もし専制政治が全否定されるべきであると言うスタンスなら、比較されるまでもなく、それは悪だと決めつけらている筈です。

 

 もしくは、ルドルフ同様、ラインハルトも冷酷非情な簒奪者にして血に飢えた侵略者として描写されていてもおかしくありません。

 

 

 ヤンは民主共和制をもって良しと結論しましたが、それでも限定的には専制政治の利点も認めていました。

 

 また、ラインハルトと彼による統治は、少なくとも帝国臣民に取ってはプラスであると考え、彼を戦場で倒す事を本気で躊躇っていました。

 

 

 以上を踏まえると、ローエングラム王朝が民主共和制をミックスした時点で、それを記念するため、それぞれの創業者たちを称える歴史書が編纂され、それが銀河英雄伝説になった。

 

 この様に考えられる余地は、かなりあると言えます。

 

 

 

失われた名誉

 紀元前1600年頃成立した殷王朝は、暴君紂王が悪政を敷いたため、善政を敷いていた周によって滅ぼされました。

 

 

 その殷も、名君の湯王が、暴虐を欲しいままにした夏の桀王を倒し、天下に善政を敷いたとされます。

 

 古代より続いて来た歴史のプロパガンダ。

 

 ローエングラム王朝が、旧ゴールデンバウム王朝やそれを支えた大貴族を徹底的に悪玉として非難するのも、専制王朝ならではの論理と言えるでしょう。

 

 

 

 ですが、自由惑星同盟や銀河連邦を、民主主義陣営が同じ論理で一律に叩く事は、本来できない筈です。

 

 なぜなら、専制国家は、原則血統と王権を切り離す事は出来ず、他家が権力を握る事=前王朝の滅亡を意味します。

 

 そして、権力交替の大半が、暴力や簒奪を伴うものでした。

 

 

 なので、新支配者は、自分が悪いのではないと、声を大にして言う必要があるのです。

 

 それに対し、民主共和制は合法的に政権交代が可能で、通常暴力は要りません。

 

 政治に対して異議申し立てをする事が憲法などで保障され、その手段も用意されているので、市民達も世論や投票を通じて自らの意志を表明する事が可能です。

 

 事実、銀河連邦も自由惑星同盟も、その衰退を招いたのは腐敗した市民達でしたが、物理的に滅ぼしたのは独裁者や専制王朝でした。

 

 

 なので、彼等が市民達に、お前らが人権や参政権を失うのは止む負えない理由があり、今の体制の方がより勝っていると説明する必要はあったでしょう。

 

 しかし、もしローエングラム王朝が立憲体制に移行したならば、これら民主政体の名誉回復が計られてもおかしくないはずです。

 

 なのに、なぜそれは十分な実現を見なかったのか?

 

 言い換えれば、なぜヤンやユリアン達が擁護した民主主義のみ良く描かれ、自由惑星同盟や銀河連邦は、再評価の対象にならなかったのか?

 

 

 

君主無くして民主共和制無し

 言うまでも無く銀河連邦は君主を戴いていませんでした。

 

 自由惑星同盟もそうでした。

 

 これらの政体は君主と民主共和制の共存等は試みられず、前者は専制の前に滅び、後者は征服されてしまいました。

 

 つまり、同じ民主政治でも、完全な共和制と、立憲体制があるのです。

 

 ローエングラム王朝が立憲体制に移行し、大幅な民主化が断行されたと仮定してみましょう。

 

 しかしそれが、君主制の放棄につながらない事は言うまでもありません。

 

 ここで、謎を解く鍵が見えてきます。

 

 銀河連邦は専制君主によって滅ぼされた。

 

 

 自由惑星同盟も、専制君主によって征服された。

 

 

 これに対し、ヤンやユリアンをルーツにするバーラト自治政府は、ローエングラム王朝の宗主権を認め、共存を図った。

 

 

 銀河連邦や自由惑星同盟を善玉として扱えば、ローエングラム王朝の立つ瀬がなくなってしまう。

 

 ローエングラム王朝は専制国家として始まり、途中から議会と憲法を持ったのだから。

 

 こう考えると、同じ民主制でも、専制政治を容認してくれる勢力をパートナーとして求めるのは、当然所か必要不可欠なのです。

 

 逆に、銀河連邦や自由惑星同盟を理想化してしまえば、反帝政派や共和制原理主義勢力を力付けてしまいます。

 

 

 君主を戴かない民主共和制は、軒並み衆愚制へと墜ち、市民自身の腐敗で滅亡を招いている。

 

 裏を返せば、同じ民主化でも、立憲君主制タイプの方が上手く行く。

 

 そういう言うメッセージを暗に込める事が、ローエングラム王朝にとってメリットになるのです。

 

 

 

支配層の論理

 ですが、まだ疑問は残ります。

 

 仮に、今までの論が正しかったとしても、ローエングラム王朝はともかく、ユリアン達の創立したバーラト自治政府は、これをどう考えたでしょう?

 

 

 彼等からすれば、帝国による民主政体の選別など、言語道断だと憤慨してもおかしくない筈です。

 

 ですがこの件も、とある事情が存在し、ユリアンやその子孫たちは反対しなかったでしょう。

 

 なぜなら、もしローエングラム王朝が立憲化すれば、間違いなくバーラト自治政府の民主主義との合流が行われ、結果、彼らも支配層になっているからです。

 

 つまり、ユリアンの後継者達は、銀河帝国のエリートとして、今度は皇帝と共に統治する側に回ります。

 

 

 なので、今更君主を戴かない民主共和制を持ち上げる必要性も無いし、もしやれば、今度は自己否定になってしまう。

 

 このジレンマある限り、彼等も銀河連邦や自由惑星同盟を善玉にする事は、なかったでしょう。

 

 精々帝国当局があからさまなねつ造を試みた場合、修正を求める程度に留まった筈です。

 

 のみならず、銀河英雄伝説全体に及ぶ大きな伏線の存在もあり、やはりヤンファミリーのみが、民主主義の継承者として、唯一正統な存在と規定される筈です。

 

 

 それでは、その伏線とは何でしょうか?

 

 

 

ペンを握るユリアン

 ユリアン・ミンツはヤンの養子にして軍人、そして彼の死後、その衣鉢を引き継ぎ、民主共和制の存続のため、強大な帝国軍と戦います。

 

 そして皇帝ラインハルトとの会見に成功し、バーラト星系の自治を勝ち取った事は既に触れました。

 

 ですが、彼には別の、より重大な一面があります。

 

 それが、ヤン亡き後彼の言行をまとめ、詳細な資料として後世に残した事です。

 

 

 実際、当初軍人志望だった彼は、ヤンの後継者となると、次第に歴史家になりたいと思う様になります。

 

 この希望が叶えられたかは分かりませんが、彼の資料が後世に残り、ヤンの思想や歴史哲学、民主共和制の理念がほぼ正確に伝わったのは間違いありません。

 

 ですが同時に、ユリアンはヤンを深く敬愛し、それはローエングラム朝の提督達が、皇帝ラインハルトを崇拝するのに、負けるとも劣らないものがありました。

 

 なので、ヤンやヤン思想の熱烈な宣教師にして弁護人である事を、自ら引き受ける形になっていたのです。

 

 実際、銀河英雄伝説では、ヤンの言動や私生活が詳細に描写されていますが、これは間違いなくユリアンの功績でしょう。

 

 

 そして同時に、ヤンは完全無欠ではないが、1人の人間として、そして民主主義のヒーローとして、迷い葛藤しながらも、1個1個誠実に答えを出していく人物として、実に魅力的に書かれています。

 

 ヤンも、そしてユリアンも神格化や個人崇拝とは無縁でした。

 

 ですが、ある種の教祖として、敬愛すべき師父として、ユリアンがヤンを扱い、多くの人が彼を敬愛するよう、その記録を作ったのは間違いないでしょう。

 

 無論、彼はウソをついていません。

 

 ですが、歴史家として言葉を選びはした。

 

 このユリアン史観あるがゆえに、ヤンやヤンファミリーは理想化され、それは彼等の擁護する民主主義にも及んだ。

 

 

 そしてそのために、潜在的ライバルとなるトリューニヒト等には、実態以上に悪玉になってもらう必要があった。

 

 

 同盟最後の元首ジョアン・レベロは、国家を守るため、ヤンを捕えて密かに殺害しようとしました。

 

 

 これもユリアンにとって減点対象となり、同盟がより悪く書かれる原因になったのは容易に推測できます。

 

 ヤンファミリーは、ユリアンと言う優秀な伝道者、聖典作者のお蔭で、公認の歴史書に偉大な英雄、理想的な集団として取り上げられ、民主主義の正当な擁護者として称賛される事になった。

 

 もしこうだとすると、この物語最強の人物は、ラインハルトやヤンではなく、ペンを握ったユリアンと言う事になります。

 

 

 

曇る歴史曲げられる視点

 最後に、地球教とフェザーン、そしてエル・ファシル独立政府を一覧して、今回のテーマを締めくくりましょう。

 

 まず、フェザーンですが、この勢力は地球教のフロント政体で、地球単独支配を復活させるための隠れ蓑でした。

 

 

 故に、ローエングラム王朝からすれば明らかに敵で、そうでなくても旧体制サイドとして良く書かれる理由がありません。

 

 次に、地球教ですが、彼等はゴールデンバウム王朝よりも古い、地球統一政府の残党がルーツでした。

 

 

 そして、地球を中心とした秩序を今一度復活させようと暗躍しています。

 

 なので、ローエングラム王朝による新秩序と折り合うはずがなく、実際に彼等は激しい弾圧を受けています。

 

 

 ラインハルトがフェザーンを完全に滅ぼし、新銀河帝国の首都に定めたのも、統治や経済面的理由以外に、彼等の存在や論理を絶対に認めないと言う強い意志があったのかも知れません。

 

 物語でも、彼等の悪行が余すところなく暴かれ、その都度批判的な描写がなされています。

 

 それこそ、人類と文明の敵とでも言わんばかりに。

 

 しかし、口を極めた非難は恐怖の裏返しでもあります。

 

 なので実際は、言われている以上に力があり、人々の支持を集めていたのではないかと思います。 

 

 

 なぜなら彼等は、混迷を極める人類と文明に、ラインハルトやヤンと違う処方箋を用意していたからです。

 

 彼等の目的を知ったヤン達は、時代を逆行させる試みだと否定しました。

 

 ですが、単にルーツが古いと言うだけで、果たして切り捨てる理由になり得るのか?

 

 事実、教団組織は拡大し、全銀河で信者が増えていました。

 

 ローエングラム王朝とは別種の秩序を求める異端集団。

 

 これだけでも、ラインハルト達に取って脅威だったし、だからこそ互いに相容れず、激しい討伐とテロリズムの応酬になってしまった。

 

 物語では一貫して凶悪なテロリスト集団、残忍な狂信者として扱われていますが、それこそ勝者の論理と特権が行使された結果であり、それは彼等の実力と教義を恐れたローエングラム朝が、意図してそう喧伝したとしてもおかしくありません。

 

 のみならず、彼等はヤン暗殺まで行っています。

 

 

 なので、ユリアンサイドも彼等を叩くのに容赦はなかったでしょう。

 

 そして、エル・ファシル独立政府です。

 

 ここの代表ロムスキ―医師は、誠実だが平凡な人物として描写されています。

 

 

 それでも、ヤンを帝国に売り渡そうとする幹部の提案を拒否しています。

 

 なので、ヤンファミリーからすれば、恩人になるでしょう。

 

 ですが、ヤンファミリーの擁護した民主主義を正統とするならば、エル・ファシル独立政府の扱いは、相当困ったでしょう。

 

 なぜなら、回廊の戦いで帝国と衝突した勢力は、公式にはこのエル・ファシル独立政府であり、ヤンはその軍事指導者に過ぎませんでした。

 

 なので、後世ヤンをこそ民主共和制の正統な守り手として定義するためには、何がしかのトリックが必要になった筈です。

 

 

 この政権は、ロムスキ―医師の死をもって解散されているので、控えめに言っても、彼には一定の求心力と指導力があった筈です。

 

 また、彼がヤンを敵に売り飛ばす事を断った時の台詞からも、本人が民主共和制に対する十分な見識とモラルを持っている事がうかがわれます。

 

 

 なので、実際は案外、相当な大物だった可能性すらあります。

 

 なので、人格を評価しつつ能力面で矮小化する。

 

 師父や自分達の民主主義を擁護し、正統性を守るため、あえてユリアンは、そう言うレトリックを歴史記録で用いた可能性は否定出来ません。