Mr. Short Storyです。

 

 今回も銀河英雄伝説について考察して行きましょう。

 

 前回は、自由惑星同盟軍で一時代を築いた名将ブルース・アッシュビーを取り上げました。

 

 

 第二次ティアマト会戦で、圧倒的勝利と引き換えに命を落した彼でしたが、その本質は天才戦術家ではあっても、戦略家にあらず、と評されて来ました。

 

 また同時に、この華々しい勝利は、しかし、帝国、同盟、フェザーンの国力バランスを動かすに至りませんでした。

 

 以後、ラインハルトの出現に至るまで、銀河情勢は三国鼎立のまま停滞を続けます。

 

 

 ですが、詳しい検証により、実は、彼の活躍が後世に甚大な影響を与え、それは間接的に帝国と同盟の命運を決した、少なくとも、その大きな要因になっていた事が判明しました。

 

 そして、ポスト730年マフィア時代の20年間に、危機感を持たず安逸に浸っていた同盟軍は次第に劣化。

 

 改革により、平民や下級貴族の登用が進んだ帝国軍相手に、勝てなくなってしまいました。

 

 

 劣勢は、ラインハルト達が艦隊を率いるようになると更に加速し、戦死者の急増により、同盟は遅かれ早かれ経済面から崩壊するだろうと結論しました。

 

 低カーストの幹部登用とイゼルローン要塞の建造。

 

 

 イノベーションを果たした帝国軍相手に、旧態依然の同盟軍は硬直化した対応を繰り返し、国と共に滅亡の坂を転げ落ちる事になったのです。

 

 さて、銀河英雄伝説解説ブログは、ひとまず今回で最後と致します。

 

 今回は、最後に相応しく、この世界そのものを解説して行きます。 

 

※この記事の動画版

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神は人類を見捨て

 まず、銀河英雄伝説の世界に決定的な影響を与えた13日戦争について見ていきましょう。

 

 西暦21世紀。

 

 人類はまだ地球上で生活していました。

 

 この時、世界を牛耳っていたのは北方連合国家(ノーザン・コンドミニアム)と三大陸合衆国(ユナイテッド・ステーツ・オブ・ユーラブリカ)の二大超大国でした。

 

 

 この二大勢力は2039年に全面核戦争を開始。

 

 戦いは13日に及び、多くの群小国家を巻き込んで、人類は滅亡の淵に立たされました。

 

 

 これにより両大国こそ滅びましたが、以後90年に渡って戦乱が続き、核の惨禍に苦しむ人々を、更なる破壊と殺戮が覆います。

 

 特筆すべきは、これを契機に人類は宗教を放棄し、以後二度と復興が計られなかった事です。

 

 なぜなら、核戦争後のおよそ一世紀間、宗教勢力は生き残った人類を救済する所か、互いに殺し合い、残された文明の痕跡も徹底的に破壊して回ったからです。

 

 

 のみならず、彼等の唱える神の降臨も救世主の復活も起りませんでした。

 

 これに失望した人々は、自らの力だけで文明再建事業に乗り出すとともに、金輪際あらゆる宗教と縁を切る事に決めたのです。

 

 

 

偏った発展

 銀河英雄伝説の世界では、長距離ワープ航法や超光速通信、重力制御技術が確立し、一万光年に及ぶ星間移動が実現されています。

 

 また、銀河連邦時代に大々的な惑星植民が行われているので、テラフォーミングも可能になっていたでしょう。

  

 

 反面、人工知能やロボット、クローンや人工子宮、またメタバースの様なテクノロジーは確認できません。

 

 

 仮にあったとしても、その形跡がほとんど確認できないのです。

 

 

 更に、自由惑星同盟では、自動運転や音声認識AI、戦術コンピューターによる艦隊制御や、無人艦が登場しています。

 

 

 これに対し、帝国では、これらの未来テクノロジーがあまり出てきません。

 

 なので、科学技術面では、同盟の方が進んでいた、もしくは、ロストテクノロジーを発掘し、活用できていたと考えられます。

 

 しかし、現代ですら実現しているVR等は全く描写されておらず、記録媒体も大きな進歩は見られません。

 

 ネットに関しては、軍や官公庁、大企業等には普及していましたが、一般市民が容易にアクセス出来る環境では無かったようです。

 

 

 つまり、宇宙開発や星間移動、軍事ハードウェア関連は突出して進歩しているが、それ以外は現代文明レベルか、下手をすれば退化すらしている。

 

 文明や科学技術の発達度合において、かなり歪な印象を受けるのです。

 

 

 

パンとメタバース

 ではなぜ、この様な不具合が生じてしまったのでしょうか?

 

 人類は西暦2129年に戦乱を克服し、地球統一政府が樹立され、本格的な復興と宇宙開発に乗り出します。

 

 

 その引き換えに、宗教を完全に放棄した事は既に述べました。

 

 地球政府は後に、軍備を拡張し、植民星への収奪を強化し、これに反発したシリウス勢力に徹底的な弾圧を加えます。

 

 ですが、その弾圧を逃れたラグラン・グループが反地球戦線を再建し、これとの全面戦争に地球は敗北。

 

 

 徹底的な無差別攻撃により地球は焦土と化し、宇宙の中心から転落します。

 

 再び長い戦乱が訪れ、これを統一した銀河連邦は人類の黄金時代を現出しますが、2世紀程でそれも陰り、市民達は腐敗と堕落と享楽を極めた生活に溺れます。

 

 

 銀河英雄伝説の世界で人類文明の最盛期は、この銀河連邦時代だったのは間違いないでしょう。

 

 少なくとも停滞を迎えるまでは、人類は五賢帝時代のローマに匹敵する繁栄を謳歌していた筈です。

 

 

 当然、科学技術や生活水準も大いに進歩し、メタバースや遺伝子工学やロボットやAI等の分野は、現代とは比較にならない程、高度なものとなっていたでしょう。

 

 

 生産は自動化され、肉体労働のみならず、頭脳労働からも、多くの市民が解放された事は容易に想像できます。

 

 その反面、極一部の富裕層や大企業が富と資本を独占し、想像を絶する格差社会になっていたかも知れません。

 

 ですが、それならそれで、市民達が不満を抱かないよう、ベーシックインカムが潤沢に提供され、VRを中心に無料、もしくは安価な娯楽が大量に用意された事でしょう。

 

 

 

 市民の大半が、労働から解放され、もしくは排除され、遊んで暮らせる時代。

 

 帝政期ローマも、無産市民に小麦の無料配給を実施し、パンとサーカスをふんだんに与えました。

 

 それより遥かに豊かな社会を築いた銀河連邦が、同じ手の拡大発展版を採用し、より洗練させて行ったとしてもおかしくないのです。

 

 

 

エジソンのいない宇宙

 その銀河連邦で興味深いのが、まず科学技術面における発明や発見が途絶え、それから全面的な衰退が始まった事です。

 

 現代では、科学の進歩が止まるなんて考えられない事です。

 

 また、ラインハルト達の時代を見れば、新たに開発すべき技術や機器がいくらでもあるのは明らかです。

 

 

 つまり、科学技術の進歩が極限にまで達し、もう学ぶべきものは無いと言う状態からは、まだまだ程遠かった筈です。

 

 にもかかわらず、なぜそんな事が起きたのでしょうか?

 

 ここで再び、宗教の放棄が出てきます。

 

 

 

科学と宗教の幸福な関係

 古代より人類は宗教からインスピレーションを受け、様々な文化を発展させてきました。

 

 そしてキリスト教が支配する十五世紀ヨーロッパで、科学革命が始まりました。

 

 

 興味深いのは、科学のコンセプトが一神教のそれと通っている所です。

 

 唯一神による真理と、万物に通用する法則の探求。

 

 教会は科学を抑圧しましたが、その実、ヨーロッパにおける科学は、そのキリスト教の影響を大いに受けていました。 

 

 

 似たようなプロセスが、十世紀中国に成立した宋王朝でも起きていました。

 

 こちらは儒教のテキストの再解釈が試みられ、この革新運動から宋学が誕生しています。

 

 それが刺激となり、様々な分野に大きな波及効果を及ぼし、火薬・印刷術・羅針盤と言った人類文明を大きく飛躍させる発明がなされ、あるいは普及する様になりました。

 

 

 この様に、宗教や哲学は人文科学に大きな刺激を与え、更には、数学や化学、そして技術面に新たな成長の糧を与える。

 

 

 このフィードバックが、人類文明を大いに進歩させた事は間違いないでしょう。

 

 ここでは宗教や哲学、文学等の分野を精神文化と呼ぶ事にします。

 

 

 

神は人類を見捨てた

 その大本を人類は、13日戦争を境に断ち切ってしまいました。

 

 事実、銀河英雄伝説の世界では、宗教は愚か、社会思想や哲学、それどころか目ぼしい文学すら登場していません。

 

 これらの分野は既に絶滅していたのでしょうか?

 

 少なくとも大いに下火になり、ほとんど目が向けられていなかったのは、間違いないでしょう。

 

 これらを踏まえると、地球統一政府樹立後の人類は、極端な物質文明へと移行していた事になります。

 

 

 それ以降、精神文化の影響は徐々に弱まっていた事でしょう。

 

 まず宗教が断絶し、それに続いて哲学や人文科学、次いで社会科学等が勢いを失う。

 

 そして、銀河連邦時代になると、最初に基礎科学が衰え、途中から応用科学が下火になって行った。

 

 

 と、言う事は、銀河連邦の衰退は、長年続いた物資偏重の文明と、それによる精神文化の枯渇が大きな原因だったと言えます。

 

 このプロセスは少しずつ、権力や政体の交替を経て、誰しもが気づかないうちに進行していた。

 

 自覚症状が出た時には、既に重態か、さもなくば甚大な苦痛を伴う外科手術が必要になっていた事でしょう。

 

 そしてより悪い事に、既に精神文化の価値すら忘れてしまった銀河連邦市民は、この事態に見向きもせず、ひたすら物質的享楽を貪り続けました。

 

 一部の人々は堕落と頽廃に警鐘を鳴らしましたが、彼らですら、時間をかけて根治するより、安易に独裁制を求め、短期かつ物理的な解決を望んだのです。

 

 

 その有様は正に、神に見捨てられた世界と言うべきものでした。

 

 

 

ルドルフの呪い

 ルドルフ・フォン・ゴールデンバウム。

 

 銀河英雄伝説最大の悪役として、物語の主要登場人物達から、最も忌み嫌われているのは間違いありません。

 

 

 事実、彼は皇帝即位後暴政に走り、劣悪遺伝子排除法や社会秩序維持局を用いて、大勢の市民を殺害し、流刑し、恐怖と絶望のどん底に陥れました。

 

 

 ですが彼自身は、低迷を極める人類とその文明を救済したいと本気で思い込んでいました。

 

 ではなぜ、その試みがここまで悲惨な結果に終わったのでしょう?

 

 ここで1つの指標を挙げましょう。

 

 銀河連邦の末期、人類は3000億人にまで増えていました。

 

 所が、ラインハルトやヤンが活躍した時代には、人口は400億にまで激減していました。

 

 500年足らずで、2600億人も減っていたのです。

 

 その割には、現代日本や中国の様な高齢化社会ではなかったみたいです。

 

 それどころか、遥か未来の物語なのにもかかわらず、人々は70前後でもうヨボヨボとなり、実際、そのくらいで死亡するケースが何度も見られます。

 

 

 今の日本ですら、平均寿命は80を超えており、70代でも現役が当たり前になっているのに、未来の世界の方が、平均寿命も老化のプロセスも短くて早い。

 

 これは一体どういう事でしょうか?

 

 

 

史上最大の焚書坑儒

 ルドルフの在位は42年に及び、その間彼は、洗練の度を超して頽廃し堕落した不健全な生活様式や娯楽を廃止させたとされています。

 

 その基準は彼の主観によりましたが、ここから、銀河英雄伝説の世界でなぜVRやメタバースや、AIやデザイナーズベイビーが出てこないかが分かって来ます。

 

 

 つまり、銀河連邦時代極致に達したこれらのテクノロジーや娯楽を、彼は忌み嫌い、徹底的に排除し、その痕跡すら抹消してしまった。

 

 のみならず、これらの分野を調べ、閲覧し、学習する事も、厳しく取り締まったのでしょう。

 

 その結果、これらのほとんどがロストテクノロジーとして、人類文明から消えてしまった。

 

 帝国から脱出した共和主義者は自由惑星同盟を建国しますが、彼等は銀河連邦時代の僅かな遺産を再発掘し、どうにかその一部なりとも復活させたのでしょう。

 

 

 それが、帝国と同盟における、インフラや生活水準の差として表れているのだと思います。

 

 

 史上最大の焚書坑儒。

 

 彼の在位期間に鑑みて、ルドルフは生きている間にその目的を達成する事が出来たでしょう。

 

 

 

社会ダーヴィニズムの大実験

 そして、劣悪遺伝子排除法です。

 

 これにより、大勢の社会的弱者が存在を否定され、強制断種、福祉政策の全面廃止、そして安楽死等が銀河中で実行され、以後帝国の国是となりました。

 

 

 確かに社会秩序維持局の活動でも、多くの人々が死にました。

 

 ですが、劣悪遺伝子排除法と比べると、その影響は限定的なものだったでしょう。

 

 明らかにルドルフは社会ダーヴィニズムの申し子で、原理主義者ですらありました。

 

 

 ですが、彼の念願した人類の永遠の繁栄や健全な文明の興隆は、決して起りませんでした。

 

 それどころか、引き換えに訪れたのは、500年に及ぶ中世的停滞と、止まらぬ人口減少だったのです。

 

 

 

大手術の失敗

 ではなぜ、劣悪遺伝子排除法がこれ程までに人口減少に拍車をかけたのでしょうか?

 

 実は、ルドルフが寵姫に産ませた子供に先天的失陥が発見されると、彼女の両親や兄弟、分娩に当たった医師や看護師までが死を賜っています。

 

 

 これにより、万が一子供に重大な疾患が現れた場合、その親のみならず、親類縁者までもが遺伝子的に劣等と見なされ、処分されてしまう危険が生じてしまいました。

 

 人々は子供を産む事を躊躇い、出産数を制限し、結婚しても子供を産まない、そもそも結婚すらしない人々が激増したとしてもおかしくありません。

 

 まして、そのルドルフの手により、あらゆる福祉政策は撤廃されているので、仮に子供を産んでも、期待できる支援は、精々家族からのものに過ぎなかったでしょう。

 

 では、彼等より多くの医療とサポートを期待できた貴族階級はどうでしょう?

 

 実はこちらも、楽観とは程遠い状況でした。

 

 確かに子供が障害を持っていても、オーベルシュタインやキュンメル男爵を見る限り、十分なケアや医薬品、義眼等の器具に恵まれてはいました。

 

 

 ですが彼らは両者とも、子を儲ける所か、生涯独身でした。

 

 この辺り、弱者に生きる資格無しと断じたルドルフイズムの呪いが見え隠れします。

 

 庶民なら、万一子供に先天的失陥が発覚しても、最悪間引く、と言う措置もとれたでしょう。

 

 ですが、常に権力闘争に明け暮れていた貴族社会では、この様な事態は即座に、政治的、場合によっては肉体的生命の喪失につながりかねません。

 

 

 それを証明する様に、銀河帝国も時代が下ると、多くの名門が途絶え、ラインハルトが継承したローエングラム伯爵家もその一つでした。

 

 また、門閥貴族の領袖ブラウンシュヴァイク公もリッテンハイム候も、男子がいる形跡はなく、登場したのは娘だけでした。

 

 そのためか、ブラウンシュヴァイク公は、甥のフレーゲル男爵を息子代わりにしていた節があります。

 

 

 この辺りからも、大貴族にとっては出産と言うイベントが即、己のみならず家門の存亡につながるため、彼らが意図的に産児制限をしていた可能性が見えてきます。

 

 子供1人生まれるたびにロシアンルーレットしているようなものだったのです。 

 

 さて、この極端な少子化と人口減少が続いたにも関わらず、高齢化社会になっていない謎について先程触れましたが、その答えは決して難しいものでありません。

 

 弱者救済を完全否定したルドルフなら、彼が高度過ぎると判断した医療や薬品も、残らず焚書していた筈です。

 

 また同時に、高齢者介護や支援制度も削除のターゲットにされたのでしょう。

 

 これにより、人類の寿命が縮み、老化の進行が早まり、二十一世紀の先進国よりも、多くの人が早く老い、そして死んでいくようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 それは物語を見る限り、貴族階級も例外ではなく、だとするとルドルフは、遺伝的失陥や障害のみならず、老化も弱者の証として激しく憎み、その排除を狙っていた事になります。

 

 だとすると、少なくとも銀河帝国では、年老いると速やかに死ぬことが、奨励もしくは強制されていた筈です。 

 

 劣悪遺伝子排除法そのものは、マクシミリアン・ヨーゼフ二世(晴眼帝)により有名無実化されていました。

 

 ですが、社会ダーヴィニズム的風潮は強く残り、その後も帝国の社会に暗い影を投げ落とし、それは人類文明の復活所か更なる荒廃を、大いに加速させて行ったのです。

 

 中編に続きます。