このアルバムは柳原幼一郎(柳原陽一郎ではない)の曲が一曲(「遠い空」)入っていたので、中古屋で探し購入した。
確か、年末のライブか何かで他人に提供した曲を特集していて、演奏したことがあった覚えがある。
たま時代の名前で提供されている曲なので、それなりに思い入れがあるのではなかろうか。
ちなみに、他の吉岡忍のアルバムで「IS THIS LOVE ?」という曲も提供されている。
これも同じ年のレイトショーでやったが、あまり記憶がない。
同名の小室曲があったような気がするが、当然別曲である。
これを日本語に訳したタイトルと同じ名前の曲がワタナベイビーにある。
「これが恋かしら(「これが」はなかったかもしれないが、歌詞には入っている)」という曲で、構想9年かけて発表された名曲である。
嶽本野ばらが好きな人向けの歌詞である。


吉岡忍は男性ではなく、女性である。
このアルバムを買ったときには気が付かなかったが、ICE BOXのメインボーカルだった。
ICE BOXは森永か何かから今も発売されている氷菓子であり、新発売の当初に企画ものの同名のユニットが結成された。
中西圭三(「ぱわあぷ体操」や「ぼよよん行進曲」など、「おかあさんといっしょ」でも有名)や池田聡、伊秩弘将(speedのプロデューサー)と有名どころのメンバーが揃っていた。
だが、一人だけ聞いたことのないメンバーがいて、それがメインボーカルの吉岡忍だった。
一番有名なのは「冷たいキス」で、「キスがーつめーたいーよー」という商品のCMソングであり、散々テレビで放映されている。
キンキンしていない落ち着いた声質で、流行の高音域を張り上げるボーカルとは毛色が異なっていた。


BREITH /吉岡忍」
1.竹田の子守唄
2.春の風
3.翼があるなら
4.この胸でおやすみ
5.遠い空
6.2つの願いが叶うなら
7.Time to go Sleeping(Close Your Eyes)
8.たからもの(Sandmannchen)


以下、各論。


「竹田の子守唄」
なぜこの曲が入っているのかは分からない。
歌った本人に思い入れがあったわけでも、おそらくないであろう。
だが、落ち着いた声質は、この曲にはあっている。


「竹田の子守唄」と言えば、ドキュメンタリー「放送禁止歌」で採り上げられた曲の一つである(同名の著書『放送禁止歌』森達也著もある)。
「放送禁止」と言っても法的な拘束力があるものではなく、民間放送団体が作成した自粛リストであり、それも既に作られていない。
なぜ、この曲が「放送禁止」なのか以前から謎であったし、ドキュメンタリ-を見ても謎は解けなかった。
だが、ひょんなことから「もしかしたら」という事柄にぶつかった。
「盆が来たとて」で始まる2番の歌詞だが、幡ヶ谷の今は無き「たまははき」の前の古本屋で買った「赤い鳥」の楽譜には、別の歌詞が付いていた。

○○の大根飯 ○○の菜めし またも○○の もんば飯

「○○」はそれぞれ地名が書かれている。
もしかすると、この地名のどこかが差別問題に関連しているのかもしれない。
「大根飯」なども、現代ならヘルシー感覚満載なのだが、貧しさか何かにつながっているように受け取られたのかもしれない。
聞くところによるとこの曲はもともと長い曲ということなので、一般には知られていない重い歴史を含んでいるのかもしれない。
だが、普及版は普通にラジオでも流れていたので、おそらく当時の自粛リスト作成者はこの2番の歌詞を問題視したのであろう。
と、ここまで書いて、元唄が検索で引っかかった。
せっかく先ほど地名を伏せたのだが、リンクを貼っておく。
http://moto33osaka.web.infoseek.co.jp/kashicard/takeda.htm
この歌詞について、歴史的な評論を加えられる力量は、自分にはない。
ただ、重みは一般化されることにより、言葉の響きそのものの美しさのみが音楽に融和し強調される傾向があると感じた。


一応、話題を戻すと、このアルバムは、全体的にゆったりした子守唄的な雰囲気の曲が多い(というかほぼ全曲)。
子守唄的なゆったりとした曲で統一するという意思表明として、この歌を冒頭に置いたのであろう。
赤い鳥バージョンと比べると、リズムセクションのアレンジが凝っている。
本来、リカバーはあまり好きではないのだが、流行とはそこまで無縁な曲であり、まあよいであろう。


「春の風」
ZABADAKの吉良知彦の提供曲。
シングルでも出ているので、おそらくこのアルバムのメイン曲であろう(ちなみにカップリングが「遠い空」)。
凝ったピアノのアルペジオの伴奏主体のアレンジで、最初から最後まで不用意に盛り上げないところがよい。
間奏も終奏もピアノの単旋律主体で組み立てているので、あくまでボーカルが主人公だと感じさせる。
歌詞は冷たい雪が解けていく時期の、暖かい春の風を歌った歌である。
小品としては非常にまとまっているが、飛び出したところない分、強い印象を与える曲ではない。
それは、このアルバム全体に言えることではあるが。


「翼があるなら」
吉岡忍の声質は、決して歌詞が聞き取りやすいわけではない。
これは滑舌の問題ではなく、声の倍音の性質による。
高音域の倍音が少なく、安定した音質になるが、言葉が音程としてしか入っていきにくいところがある。
人間の聴覚は、音の強さに関しては「高音:中音:低音」=「1:3:6」ぐらいの割合である。
だが、音の識別については「高音:中音:低音」=「6:3:1」ぐらいの役割分担になっている。


昔、ガッツ石松がボクシングを引退し、タレントとして活動していくことになったとき、興味深いテレビ番組に出演していた。
確かNHKの番組だったと思うが、番組名は覚えていない。
ガッツ石松の声が聞き取りやすい声でなかったため、それを改造しようという企画であった。
人間の聴覚で、一番認識されやすい周波数は2000Hz(ヘルツ)周辺である。
楽器をやっている人に分かりやすく説明すると、440Hzの音叉の音の2オクターブ上が1760Hzである。
訓練前のガッツ石松の声は、音声スペクトルでその一帯の周波数が少なかった。
だが、声を出すことのトレーニングを終えた後、その周辺の周波数の値が増え、確かに聴きやすくなった。
自分でもアナログのエコライザーで試したことがあるが、その周辺を伸ばしてあげると非常に言葉が聞き取りやすくなる。


楽器としては優秀な声も、言葉を発する道具としては劣ることは多い。
吉岡忍の声は、中音域で糖度を増すところはあるが、どちらかというと楽器として優秀な声質である。
だが、この歌は例外的に歌詞が聞き取りやすい。
理由は分からないが、他の曲が、「初めに曲ありき」で音符に歌詞を乗せた感があるのに対し、まず歌詞があり曲の背景の絵の具を塗った感がある。
歌詞の内容も、相手を失うのは怖いが気持ちを伝えたい、という内面的な切なさを表しており、移入しやすい世界である。


曲もゆったりしている割には展開もややあり、繊細な真情を伝える道具としての役割をしっかり果たしている。
個人的には、このアルバムで一番好きかも知れない。
3拍子の曲で、前奏は太田恵資のバイオリンが入る。
印象としては、ZABADAK+斉藤ネコカルテットのような前奏で、吉岡忍の声が入るのが不思議な感があった。


とりあえず、この曲からの教訓としては、次のことが言えるであろう。
「言葉のメッセージを伝えるためには、言葉を伝えるための旋律を用意し、場合によっては言葉を優先しなければならない」
昔、音楽が平面的に聴こえ、何を聴いてもつまらなく聴こえたとき、それを救ってくれたのは篠原美也子であった。
1枚目と2枚目のアルバムは何度も聴いた。
篠原美也子の歌は、音符が先にあるのではなく、言葉を強引に音程に乗せていく力強さがあった。
「今日も明日もずっとずっと」と歌う部分など、歌をそのまま音符に書き起こせない自由さがある。
深夜ラジオ時代もライブのMCでも、とにかくよくしゃべる人であったが、伝えるべき言葉が何よりも優先されたための音楽となっていたのであろう。
柳原陽一郎も「ブルースを捧ぐ」を最初にライブで演奏したとき、「ブルースの本質は字余り」のようなことを述べていた。
実際、「ブルースを捧ぐ」では、1音に4つも5つも文字を入れている。
これが富澤一誠あたりの評論だと、吉田拓郎の「私たちの望むものは」あたりを出してくるところであろう。
1つの音符に「わたしたちの」と多くの文字を入れるメッセージフォークは、おそらく今よりもかなり新鮮であったことであろう。
もっとも、この曲は1音にいくつも音を入れている曲ではないが。


「この胸でおやすみ」
マザーグースの歌で同じ旋律の曲があった。
昔、岸田今日子の朗読やダークダックスの歌で構成されたアルバムでは、インスト曲であった。
だが、上野洋子のナーサリーチャイムスでは、吉岡忍と対照的な声質で英語バージョンが聴ける。
どちらも、アルバム最後の曲だった覚えがある(自信はない)。
上野洋子の声は、極端なほど倍音が多く、歌詞が脳に直接入ってくるかのような特徴を持つ。
吉良智彦や小峰公子の声は倍音が少なく、楽器的な要素が強い。
「アー」だけで音程を取る小峰公子の声には力強さはあるが、やはり上野洋子の声質の要素は貴重であった。


この曲も3拍子の曲で、一音符に一文字充てているので、曲の速さ以上に非常にゆったりしている。
子守唄にしては、しっかり元気に聴こえすぎるところはあるが、これはこれでまあよかろう。


「遠い空」
作詞・作曲とアコーディオンが、柳原幼一郎である。
残念ながら、あまりアコーディオンの音は聴こえてこない。
伴奏としてはチャランゴのような甲高い高音のギターのストロークでゆったりかき鳴らす音が基調となっている。
やはり、3拍子。
「君の住むそばへ」の歌詞のあたりが、和音的には渋めである。
一音符一文字に近いので、やはりゆったりしている。
遠く離れている友人に手紙を書こうという歌詞の内容であった。
ちなみにこの曲を柳原陽一郎が再演するのであれば、WereHouseやPhonoliteよりも、ワタナベイビーや柴草玲とセッションした方が合うと思う。
初期から現在までの柳原曲を探してみても、あまり似た曲はないように思える。
やはり、「他人に書く」という意識が、歌詞から具体性や特殊性を排除させていったのだろうか。
「無難さ」というだけであれば、「ドライブスルーアメリカ」のアルバムとの近さはある。


「2つの願いが叶うなら」
どこかで聴いた曲だと思ったら、「コサックの子守唄」と曲が同じであった。
昔、テレビのロシア語講座で、今月の歌として紹介されていたのを覚えている。
当時は義務教育の最中だったが、トルストイの民話集への憧れもあり、毎週見ていた。
上智大学の宇多教授の講師のときで、当時の上智の学生が生徒役として一緒に学んでいたのがよかった。
最近の語学系講座は、芸能人が登場するシリーズのことが多い(あんじのときのロシア語講座は見ていた)。
だが、あの時代の雰囲気が、学びとしての雰囲気としては一番よかった。
もっとも、ロシア語講座ではないが、中国語講座で乗りのよい男性講師(古畑の真似をしたコーナーもあった)と慮思が出ていたときは楽しかったが。


曲に戻るが、この曲も3拍子。
「叶うなら」の部分の和音が、「おっ」と思わせる和音を用いている。
歌詞は、「2つの願い」が「二人でいられる」「あなたを忘れる」と、両立しないものであるところは面白い。
「静かな気持ちで眠る」ことが、結局の願いのようだ。
この曲だけは、このアルバムの他の伝承子守唄と異なり、子守唄的な歌詞を充てていない。
原詩にはないオリジナリティが、見られる。
シンプルなアレンジだが、4番までだんだん音が増えて、5番でまたシンプルに戻っている。


「Time to go Sleeping(Close Your Eyes)」
3拍子。
英語の歌詞。
同じ歌詞でのリフレインが続く。
1コーラス16小節だが、ほぼ同じ8小節が2回続く感じで、3・4小節が5・6小節と7・8小節でリフレインされる構成である。
マザーグースで言えば、「ドゥ ユー ノー ザ マッフェンメン」の歌を3拍子にしたのと同じ構成であった。
てっきり伝承民謡かと思ったら、作詞も作曲も外国人の作者がいた。
せめて訳詩をして、「2つの願いが叶うなら」ぐらいまで創作性を入れないと、BGMの域を出ないところはある。


「たからもの(Sandmannchen)」
このまま「竹田の子守唄」が始まってもおかしくない前奏から、聴いたことのない別の旋律が始まる。
「遠く離れた」シリーズとしては、「遠い空」の内容に歌詞は近い。
ただ、何度聴きなおしても印象に残りにくい。
ゆったりとした曲ばかりのこのアルバムの中でも、一番刺激音が少ない。
聴きながらよく眠れるという点では、一番子守唄的な素養を持っているかもしれない。


アルバム全体を総括すると、
・ゆったりとした子守唄的アルバムというコンセプト。
・8曲中5曲が3拍子。
・流行歌とは一線を画した、アコースティック編成のアレンジと抑揚や展開が少ない旋律。
・必要以上に盛り上げず、メゾフォルテまでの音量で音楽を組み立てている。
といったことが言えると思う。


個人的には3拍子の曲が好きであるので、ここまで揃っていることは正直嬉しい。
3拍子といえば思い出すことがある。
楽譜で4拍子の場合、「C」という文字を4/4の代わりに書くことがある。
4拍子が「C」で始まる単語の頭文字であるのであろうと、想像していた。
だが、「C」で始まる言葉に、4を表す言葉は見つからなかった。
これが、アルファベットの「C」ではなく、欠けた○であるのを知ったのはだいぶ後のことだった。
キリスト教で「三位一体」という概念がある。
経緯はいろいろあったことが世界史の教科書には書かれているが、長い間「3」という数字が調和の取れた完全な数字であるという意識があったらしい。
聖歌や賛美歌の類も、3拍子の曲が多く見られる。
3拍子というのが大きな個性になってしまうため、流行歌に有名な3拍子曲は少ない。
だが、TOMOVSKYや上野洋子、滝本晃司など、比較的3拍子の音楽を作っているアーティストもいる。
自分がイベンターなら、3拍子音楽の縛りを設けたライブ企画を行ってみたいものである。
完全なる3拍子が「○」、不完全な4拍子が「C」、その1/2の2拍子が「¢」で、3拍子の「○」はいつからか使われなくなった。
いつの記憶か忘れたが、昔の手書き譜(多分バッハのリュートのタブラチュア)で、3拍子の「○」が書かれていた気がする。


アルバムに話を戻すと、眠れないときの本を読みながらのBGMなどにはよさそうである。
他の女性シンガーとは毛色が違うので、iPod Shuffleなどでたまに出てくるにはよいかもしれない。
だが、本当は吉岡忍の声はユニット向きだったと思う。
ICE BOXは残りが男声だったが、倍音の多すぎる女声数人と組めば、ハーモニーに基調ができてよかったと思う。
シングルリードの木管楽器のような声質は、実は女性シンガーには少ない気がする。
表舞台から吉岡忍の姿を見ることはあまりなくなったが、真価を発揮できる場での再登場を願いたい。


ライブレポと違い、アルバムレビューはライブに行かなくてよい分ちょくちょく更新できると考えていた。
だが、あれもこれも書こうとすると、なかなか更新できないものだと感じた。
カレーやネット関係ならもう少しさくさく更新できると思うので、テーマの配分は今後考えていきたい。









知久寿焼なま歌ソロライブ/西荻窪ビストロサンジャック 2008・12・28夜の部


1.あるぴの
2.みもふたもないうた
3.おるすばん
4.いちょうの樹の下で
5.らんちう
6.ロシヤのパン
7.電車かもしれない
8.ちょっと今ここだけの歌


9.夢見ているよ
10.いわしのこもりうた
11.月ロケット
12.夕暮れ時のさみしさに
13.えんどうの花(カバー)
14.冬ごもり(カバー)
15.326
16.月がみてた


17.ど根性ガエル(袴田声出しの練習)
18.駒場北4丁目(袴田)
19.ひとだま音頭


20.死んじゃってからも


ビストロサンジャックには、初めて行く。
元は荻窪にあったようだが、ライブの音出しができなくなったので、西荻窪に移転したらしい。
メールの予約時間きっかりに送信したのに、結構後の方の番号になる。
西荻窪には「ニヒル牛」「ニヒル牛2」があるが、残念ながら時間がなく足を運べなかった。
「ニヒル牛2」には大海赫作品コーナーがあり、少し前には石川浩司とのジョイントイベントがあったのだが、売り切れで行けなかった。
今度は、少し大きめの会場でやってほしいと思うが、来年期待できるであろうか。


ビストロサンジャックの中は、ネコの絵やライブをしたアーティストの似顔絵などが飾られている。
馴染みのある原マスミ画伯の絵葉書なども、貼ってあった。
原マスミ画伯といえば、座布団ライブと稲生座クリスマスライブと連続して行きそびれている。
柳原陽一郎のJIROKICHIライブと自分の母校の演奏会とがそれぞれ被ったためだが、正直稲生座はクリスマスバージョンのメドレーを聴けるので行きたかった。
だが、この日のビストロサンジャックの出演者も同じである。
一般の客以上に原マスミ音楽を愛好し、稲生座やSPC、南青山マンダラなどで、普通に客席に来て、原マスミワールドに浸っている。
だが、自身のライブと被り、この2回は足を運んでいないはずである。
あとは大晦日のライブを残すのみだが、どのような曲を演奏するのだろうか。


この日は昼の部と夜の部があったが、こちらは一足早い年内最後の知久寿焼ライブであった。
会場も狭い中ぎっしり椅子が並べられ(グランドピアノは外に出せないようだったが)、40人前後で満員であった。
なま歌ではあるが、楽器は電気を通していた。
「あるぴの」でスタート。
「みもふたもないうた」は、「はげ頭」という単語がやたらに印象に残る。
そういえば、柳原陽一郎も「毛毛毛」という歌があり、石川浩司もそんな歌があった。
そのあとは「おるすばん」。
原マスミと昔阿佐ヶ谷のザムザで共演したとき、最後にこの曲と「さよなら(原マスミ曲)」を演奏した。
二人と近かった矢川澄子も遠くからきっと聴いているだろうと、感じずに入られなかった。
原マスミとの競演は、そのあと目黒美術館でもう一度あったが、そのときの方がギターやコーラスの役割分担がしっかりし、よいできであった。
ぜひ、毎年共演してほしいものである(チケットは非常に取りにくいが)。
「いちょうの樹の下で」で、ウクレレステージはひとまず終了。


ギターの部に移るが、6弦をオクターブさげて、「らんちう」「ロシヤのパン」。
「ロシヤのパン」は土樽山荘で下げるバージョンを弾いていたが、「らんちう」はこのバージョンは初めてである。
一人で弾いているのに音に広がりが出て、なかなか効果的な演奏である。
「らんちう」の間奏、「あに」「いぬ」に続き、「うね」まで行ったのも初めてであった。
「ロシヤのパン」は、柳原曲も含めてたま曲で一番好きなので嬉しい。
当時の曲は、「嬉しい」とか「悲しい」とかの心情を書き連ねることは少なく、一つの絵画のような世界を描くことが優先されていた。
一つの世界を提供し、聴き手に中に浸らせ自由に考えさせ、その上で表現意図を汲み取らせるという壮大な作業があった。
「おるがん」などもそうだが、語らずして心の中を伝えること、それが「秘すれば花」に通じる芸術があった。
このような作り方は「分かる人だけが分かればいい」という、ある意味開き直りにも通じるが、自分の世界や国を作り出していこうという力を感じる。
ところで、トラピストクッキーは記憶の中でぼそぼそしているイメージがあったが、大きな誤解であった。
去年の福袋(実質2年前)にトラピストクッキーが入っていて、思いもしない美味しさに驚かされた。
北海道の土産物は種類が増えているが、トラピストクッキーはぜんぜんぼそぼそしていなくて本当に美味しい。
だまされたと思って、買って食べてほしい。
「電車かもしれない」「ちょっと今ここだけのうた」で1部終了。


ちなみに、ここは一応ビストロなので、料理も美味しい。
最初から付いてきたパンのサンドも凝っていたし、注文したテーブルなしで食べられる料理も舌を喜ばせてくれる味付けであった。
西荻窪はこけし屋ぐらいしか知らないが、ライブのないときにでも料理を食べに来たいと思わせた。


後半はギターの部からスタート。
「夢見ているよ」に続き、「いわしのこもりうた」。
「いわしのこもりうた」は、音楽的には他の知久曲とは違う色彩を放っている。
うまく表現できないが、音楽が外に広がっているような感がある。
他の曲は、籠って、小さく収束していくイメージが強い。
「ロシヤのパン」あたりの曲に、特に閉じられた写実的な世界が見える。、
その中で、一つの小さな特殊世界を写実的に作り上げていくところがある(ように感じる)。
だが、「いわしのこもりうた」の家には窓があり、それが開いていて風が通っているような空気がある。
曲も詞もぜんぜん違うが、柳原曲で言えば「ふしぎな夜のうた」が同じような存在に思える。
他のアルバムに似た曲がなく、曲調にも歌詞にも風通しのよさと開放感がある。
「月ロケット」は、脚韻を踏んだ言葉遊びと淡々とした曲調が面白い。
言葉遊び的な歌詞が、知久寿焼的世界のもう一つの形だが、個人的にはこの方向性は嫌いではない。
英詩も漢詩も韻律の縛りがあり、それを行っていないものは詩と見なされなかった。
日本では韻律についてはあまり重みを置かれていないようだが、音としての言葉を大事にする精神からはもっと評価されてよいであろう。
高木完など、知的なラップの歌詞は韻も言葉の重みも、よく考えられた緻密さを感じる。
知久曲からは、「ギガ」を最後にあまりこちらの方向の歌はあまり聴かれないが、またこちらの方向も出てくることを期待したい。


ここでウクレレステージに突入。
ウクレレは新し目の曲に多いのだが、意外に「夕暮れ時のさみしさに」であった。
ここでも、「スポーツマンシップ」を船になぞらえて、新しい世界を作る強引さがある。
TOMOVSKYやワタナベイビーとの企画でも、サードクラスの伴奏で演ったのを聴いたことがある。
たま時代に聴けなかった曲というだけでなく、掛け声が入るという点で、あの演奏はよかった。
曲名は似ているが、NSPの「夕暮れ時はさみしそう」とは、曲調も歌詞の世界もまるで別の曲である。
「えんどうの花」と「冬ごもり」の2曲、カバー曲を演奏する。
「えんどうの花」はたまに演奏するが、「冬ごもり」は初めてで、楽譜を最前列の客に持ってもらっての演奏であった。
梅津和時の率いる、こまっちゃクレズマの多田葉子の作った曲であった。
おおたか静流・こまっちゃクレズマと競演したときによい曲だと感じ、演奏したとのこと。
今はなきたまははきで、「昔むかし」を初演したときもよい曲だと感じたが、その後もよく耳にすることができた。
「冬ごもり」も、定番カバー曲となりそうな予感を感じさせる。
リクエストを募るが、控えめな客が多く、やっと出たのが「326」。
よく演奏される曲で、悪い曲ではないが、リクエストにしてはレア度は低い。
柳原陽一郎のオールリクエストライブだと、「ビリビリ」とか「交差点音頭」とかが出てくるところだが、紙でないと勇気がいる。
「月がみてた」で本編終了。
「おばすて」と「オーバースティ」を掛けている。


MCは、ハンバートハンバートの人とバリに行ったことや、実在する好きなバンド名が「動き忍者牛乳」「味見」だということなどがあった。
アンコールで、前回の仕返しとのことでサードクラスのはかまだ卓を舞台に上げる。
今日初めて声を出したとのことで、発声練習のために「ど根性ガエル」。
当然、ビヨーンと音の鳴る口琴と口笛(専用の口当てがあった)が鳴り、好演であった。
知久リクエストにより「駒場北4丁目」。
はかまだ卓は、その多くの歌詞の世界が私小説的である。
だが、等身大の自分を隠さずに、自分をよく見せようともせずに歌い込める姿は好感を与え、忘れていたものを思い出させる力がある。
サードクラスの曲は、「輪になって」や「愛くらら」あたりが、上品で繊細な展開で好みだが、こちらはこちらでよい。
昔の記憶への郷愁は誰しも少なからずあるものであるが、自身の体験とそのときの映像をさらけ出せることができるのが強みとなっている。
ギター1本の方が、この曲の土着感が際立っているように感じる。
今度ははかまだが盛り上げ役に徹して、「ひとだま音頭」。
普段、手拍子も合いの手も入ることは少ないのだが、この曲は普通に盛り上がった。
はかまだ卓の無駄な動きも、盛り上げに花を添えていた。        


再度のアンコールで「死んじゃってからも」。
たまははきのマスターへの追悼曲である。
たまははきは一度だけ行ったことがあり、秋刀魚ご飯が美味しかった。
店をたたんで、一ヶ月もしないうちに亡くなったらしい。
年明けの知久ライブであるが、お正月は沖縄に呼ばれていると聞く。
アムリタ食堂などから、東京のライブは始まるようだ。
来年の更なる活躍に期待したい。
できれば、原マスミとの競演も観たいものである。




師走にヒキガタル in JIROKICHI(柳原陽一郎)/高円寺JIROKICHI 2008・12・13
ゲストギタリスト:加藤一誠(From ヒカリノート)


1.妄想ヘルスメーター
2.訳ありの人
3.恋人はサンタクロース
4.おろかな日々
5.回れ糸車
6.愛のSOLEA
7.徘徊ロックNo.5


8.ゴーイングホーム(家へ帰ろう)
9.毛毛毛
10.クリスマスベル
11.はじまりの歌
12.ブルースを捧ぐ
13.マリンバ
14.決めないの知らないの
15.泣いているのはきみだけじゃないよ


16.満月小唄
17.金返せ


18.さよなら人類(ナゴムバージョン)~プライムミニスターのブルース


前回に引き続き、ヒカリノートの加藤一誠にギターを任せ、ピアノのみの演奏に徹したライブであった。
今回のリストの複線として、柳原陽一郎のブログ(安愚楽days http://nico-vu.air-nifty.com/yanagihara/ )があり、その中で「自分で書いた曲を自分で弾けないというのは~」といった記述があった。
普段演奏しない昔の曲の再演が期待され、季節柄「クリスマスベル」あたりが有力であるとは考えていた。
期待を胸に秘め、整理番号をもらうためにJIROKICHIに並ぶ。
整理番号はまずまずで、立ち見も出る中、よいポジションで鑑賞することができた。
この日は原マスミの座布団ライブもあったが、JIROKICHIの柳原ライブに外れがないので、こちらに行くことにした。


加藤一誠は、前回のJIROKICHIでも好演を見せた。
前回、無料でヒカリノートのCDRを配っていたので、ためしに聴いてみた。
若く、見た目もかわいい少年と好青年の間ぐらいの印象なので、若々しい音楽を想像していた。
ところが、ぎっちょんちょんであった。
音楽は、フォークもフォーク、どフォークであった。
叙情派フォークよりさらに古い音楽と歌詞で、高田渡の再来のようであった。
「かみさん」という名詞を普通に使う感覚は、どこか別の世界のものであるように感じた。
楽器の腕はなかなかよいので、吉祥寺音楽祭あたりに出して、フォーク黎明期の面々とジョイントしてほしいものである。


開演前は普通、BGMが流れるものである。
だが、この日は違い、客がどんどん入っていく中、延々とピアノの調律が続く。
前回も調律したてのピアノだったが、今回はリハーサルの後に調律なので、響きの純度もさらに高い。


冒頭は、「妄想ヘルスメーター」。
いないはずの柴草玲の声が聞こえる。
最初に掛け合いバージョンを聞いてしまうと、いつまで経ってもその印象が強い。
その柴草玲に曲を作ってもらった競作、「訳ありの人」。
カバー曲「恋人はサンタクロース」に続く。
「背の高い」をずっと「手の早い」だと思っていたとのこと。
今回はクリスマス特集とのことで、「クリスマスベル」の演奏が予感される。
とは言え、クリスマスは仏蘭西料理屋で朝から深夜まで働いていた思い出しかないとのこと。
ブッシュドノエルは、今でも食べないとのこと。


「おろかな日々」から一誠君登場。
素早い左手の動きと、歯切れのよいカッティングが冴え渡る。
チョーキングも力いっぱいで心地よいのだが、弱点も一つ見えてきた。
「回れ糸車」「愛のSOLEA」あたりでは、柳原の演奏と比べテンションの強さに差があるように感じた。
最大の弱点、それは「脱力」である。
力を抜いて、さらりと行きたいところでも、全身全霊を込めたチョーキングと速弾きで立ち向かう。
これはもちろん長所でもあるのだが、ステージ全体の単調さにもつながる要素を持っている。
高音でのハモリはなかなか安定しており、この音程でのコーラスが美しいのは長所であるが。
「徘徊ロックNo.5」で前半終了。
ダウンのリズム刻みをギター一本でよくがんばっていた。


後半は、新曲の「ゴーイングホーム(家に帰ろう)」でスタート。
高みに上っていたところでそれが途切れさせられ、元のところに返ろうという内容である。
工場を解雇になった労働者のニュースから思い付いたようだが、原点回帰の志向が見て取れる気もする。
成長型社会から循環型社会へのパラダイムの転換とでも言おうか。
「その人にとっては地球温暖化より株価の暴落より深刻な問題がある」という語りから「毛毛毛」。
その日の衣装(サボテンのアップリケ付き)にもマッチしたラテン調の明るい曲であるが、テーマは抜けゆく頭髪である。
大きなテーマとしては、井上陽水の「傘がない」に通じるものがある。
だが、「頭の砂漠化」「毛髪の合理化」などと、社会問題のキーワードを巧みに主題に結びつける力量は見事と言うしかない。


そして、いよいよ「クリスマスベル」。
難しいために、今まで一度しかライブで演っていないとのことである。
昔、このカップリングの「私は音楽家」を演ったときに、「カップリングの方は自由に作らせてもらった」ということを述べていた気がする。
難しい前奏を一度弾きなおす。
このメロディーは白井良明が作った、と一言。
驚くのは、歌詞の暗さである。
これから死んでいく(おそらく自殺)人間のモノローグが、クリスマスのベルがにぎやかな中、歌い込まれている。
世界で一番暗いクリスマスソングという意図はおそらく達成させられているだろうが、人口に膾炙すとはとても言えない。
「売るため」ということがコンセプト曲の第一義だとすれば、この曲のコンセプトは最大公約数から離れていくことであり、これでは売れない。
アルバム「one take ok」辺りまでの試行錯誤と開拓者精神の源流は、このあたりの曲にあるのかもしれない。
曲自体は込み入った作りなので、Warehouseかphonliteあたりと競演すると、洒落た仕上がりになることが予想される。


「はじまりの歌」も、本日はピアノでの演奏であった。
ギターの一誠君もここで登場。
相変わらず速いパッセージと完全な消音は、心地よさを与えてはいる。
だが、普段に比べて水の流れが速く感じた。
ギターバージョンのときは、水の湧き出す動きやゆったりとした流れなどが肉眼で確認でき、両手ですくい味わう余裕があった。
同じ曲でもピアノになると、水が滴ではなく速い流れを伴った連続体として認識される。
音楽としての心地よさはあるものの、感じる間もなく次の情景へと変化を迎えてしまう。
これは、次の「ブルースを捧ぐ」にも言えた。


ピアノという楽器は、音楽を伝えるには完全楽器と言えるであろう。
それに対し、ギターという楽器は種類は多いが、制約の中で音を組み立てる不完全楽器である。
だが、人間は神ではない。
神を表現するにはパイプオルガンやグランドピアノ、オーケストラがよいのかもしれない。
だが、不完全な人間が不完全な自己を表現するには、作り物ではない手段が必要である。
ギターという楽器は、音楽よりも言葉(思想と言ってもよいかもしれない)を伝えることに力を発揮する楽器である。
そのような思いを、この2曲から抱いた。
もちろん、毎回演るから曲自体のありがたみが減ってきているという意見もあるであろうし、実際「ブルースを捧ぐ」は登場したての方が鮮烈な印象があった。
だが、ギター主体とピアノ主体とで大きく印象が異なるのは間違いないことであった。
ピアノ主体、音楽主体へとある程度志向させていくつもりがあるのであろうが、ギター1本での演奏も捨てがたいものである。


前回も演った「マリンバ」。
「決めないの知らないの」はカッティングが軽やか。
終わりも定番の「泣いているは君だけじゃないよ」で、本編終了。


クリスマスだから、とのことで、アンコールを募る。
「満月小唄」との声が上がる。
確かに、レイトショーなき今、年末に聴いておきたい曲の一つではあるかもしれない。
久々のピアノでの「満月小唄」、しかもこれ以上ない調律のコンディションである。
歌詞はアドリブ部分もあったが、ピアノの「満月小唄」は逆に流れるような幻燈機的な趣がある。


一誠君がまた登場。
しっとりと、とのことで「金返せ」。
ピアノバージョンは初めてだと思う。
「このねこばば野郎」の部分も、普段は声をひっくり返らせるが、少し大人になり上品になった雰囲気であった。


一度引っ込み、再度登場。
正直、「満月小唄」をやらせてまだ出させるかとも思うが、ピアノに着座。
「ナゴムバージョンで」と「さよなら人類」。
中間部は、漢字を読めない総理大臣をテーマにしたブルース。
この内容を「さよなら人類」に戻った後も即興で歌詞を変えて、再提示するところはやはり才能である。


よく演奏する曲も多かったが、やはり「クリスマスベル」を聴ける機会はそうないので、貴重なライブであった。
昔話や世間話は相変わらず面白かったが、全ては書かない。
今後も、JIROKICHIライブは続くようなので期待したい。















「ボンベイ」といえば、やはり柏の「ボンベイ」が思い出される。
自分にとっても原点の店であるので、この店が存在しないことは大変残念である。
この店は多くの人が取り上げているだろうが(サンプラザ中野とか)、いずれ自分なりに総括したい。

ちなみに、「ボンベイ」はインドの昔の地名で、今はテロのあった「ムンバイ」である。


柏と同じ名前の新宿西口「ボンベイ」は、「カレーと珈琲の店」とある。
だが、前に書いた「エチオピア」や「ハイチ」のように、特に珈琲を推しているわけではない。
高円寺のカレーハウス「コロンボ」のように「インドコーヒー」という特殊化された珈琲があるわけでもない。
インド料理、として認識しておくのがよい店であろう。


昼には行列ができる店であるが、メニューの増える夜はそれほどの混み具合ではない。
だが、昼でもメニューは充実しているので、試しに行くならランチタイムがよいであろう。
飲み物さえ頼まなければ、ナンとサフランライス・カレー1種類・サラダで1000円でおつりがくる。
カレー2種類にしたり、チーズ入りのナンのメニューにすると、1000円よりも少しだけ高くなる。
数量限定のバターチキンのカレーは、時間によっては品切れになってしまうが、それ以外の普通のカレーも美味しい。
2種類のカレーを注文するときにお勧めしたいのは、マッシュルームやえのきなどきのこをベースとしたカレーである。
この種のカレーは他であまり見かけないので、肉系のカレーとあわせて注文しておきたい。


この店のカレーの特徴は、「いろいろ入っている」ということである。
インドカレーやインド料理の店の多くは、スパイス主体の比較的シンプルなスープ状のカレーを出す。
食べ放題系やテイクアウトOK系の低料金インド料理の店は、特にこの傾向が顕著であるが、これはこれで美味しい。
「ボンベイ」の場合は、コリアンダーか何か細かく刻んだ「いろいろなもの」が入っている。
このあたりが、一言で片付けられない、複数の要素が入り混じった他にない味に結びついている。
コルマやバターチキン系よりも、普通のカレー(ガラムマサラ系)の方がその傾向が強い。
前述のきのこのカレーも、オクラなどいろいろな具財が確認できる。


難点を少し書く。
これは好みによるのだろうが、サラダは温野菜を冷やしたものに見える。
インド風のサラダは、多くの店で生野菜に薄橙色のドレッシングをかけている。
コーンを乗せていることも多い。
カレーの辛さにもマッチして、食が進む相乗効果があることが多い。
だが、ここのは位置づけが中途半端な気がする。
温野菜なら温野菜で、温かいままペッパーなどを効かして出してくれた方が、個人的にはよい。
だが、少し酸っぱめの味付けで、カレーとの相性にも疑問符が付く。
確かに、他にはない組み合わせであるが、独自性を出すことによる弊害にも感じる。
このサラダが好きな人がいれば、申し訳ないとは思うが。


値段は、それだけのものではあるが、やはり安くはない。
他店の皿をはみ出す大きなナンや、こんもり盛られたサフランライスを見ると、ボリューム的には物足りなく見える。
内幸町(新橋)の「SAMOSA」などは、もっと安くもっと大きいナンが出てくる。
ドリンクを追加すると、ランチタイムでも400円前後プラスになった覚えがある。
肉料理も追加すると、2000円近くなる。
チキン・ティッカも、1ピースで300円以上した。
肉はある程度大きく、柔らかく、付ける緑色のソースとの相性も悪くない。
おそらく、「本場」の味なのであろう。
だが、1000円弱でチキンティッカもラッシーも付いた上で美味しい店(以前触れた「ニューデリー」)に行ってしまうと、「たまに来る店」の位置づけになってしまう。
感心はし美味しいとも思うが、感動まではいかない。
「エチオピア」のカレーのルーのように、皿に少し残ったものを直接掬って口に入れたいという衝動も起きない。


とは書いたものの、他店との差別化は間違いなくある。
似た雰囲気の他店を回った後にここを経由すると、一つのアクセント符号としてこの店は記譜される。
特に、自分でインド料理を作る愛好家には、参考になる味付け、組み合わせがかなりある。
この店は、「食べる」だけの店ではなく、文化全体として「味わう」スタンスを持つのが、正しい接し方なのかもしれない。
知識や思考をフル活用し、インド文化全体を食する心持で接することにより、ありがたみが出てくるかもしれない。


説得力はまるでないが、一度行って損はない店である。











アド街ック天国で登場するらしいので、せっかくなので取り上げてみる。
前回の「エチオピア」は国名との関連は分からなかったが、「ハイチ」は関連はある。
コーヒー豆はハイチからの輸入で、料理もカリブ海系、旧フランス領系の調理である。


ハイチという国は、カリブ海の小国である。
世界史の教科書では、トゥサン=ルーベルチュール(クーベルチュールチョコレートとは関係ない)が「黒いジャコバン」として独立に貢献したとある。
もっとも、山川の世界史用語集の中でも1つの教科書しか取り上げられていない項目ではあるが。
あと、絵画もなかなか特色がある。
昔、東京八重洲の大丸で「グランマモーゼスと素朴画展」という企画展があり、その中でハイチの画家の絵も展示してあった。
グランマモーゼスは毒にも薬にもならない画家だが、ハイチの画家は一癖あってよかった。
ブードゥー教の文化を背景とした内容で、原色の色彩を細かく散りばめた、目がチカチカする絵画だった。
作家の名前は忘れたが、またどこかで展示されることがあれば観てみたい。
そういえば、昔はデパートの展覧会は今より多かった気がする。
今は「一番力を入れて売っているのがセゾンカード」となり下がってしまっている感のある西武なども、昔は文化の担い手であった。
初めてピサロ・カミーユ展を観て美術に関心を持ったのも、今は亡き船橋のセゾン美術館だった。
また、何度も足を運んだ今は亡き池袋の西武美術館の横には、新鋭のモダンアートの作品を集めて紹介する一角があった。
その後、両美術館ともになくなってしまい、船橋西武の一時期はレストラン街までなくすなどの衣料デパート特化が進んだ。
その結果、昼間には誰もいないゴーストデパートになり果て、数年後あわててレストラン街を復活させた。
デパートの企画展は決して単独で黒字になるようなものではないかもしれないが、非常連客が店に足を運ぶほぼ唯一の要因である。
昔ながらに展覧会スペースを常設しているデパートもまだあるが、多くはいわゆる「勝ち組」で資金的な余裕があるところのようだ。
また、デパートが芸術と生活の架け橋となる時代が来てほしいと期待したい。


カフェハイチの場所を記す。
新宿西口のアラジンというパチンコ屋の横だっただろうか、藁葺きの特徴的な飾り付けがしてあるビルの地下である(昔はもっと藁が多かった気がする)。
ちなみに、甲州街道を横断し、1本裏道に入ると新宿2号店がある。
住所的には新宿区でなく渋谷区代々木になるのだろうが、本店とは目と鼻である。
新宿には他にアルタやサブナードなどにあったはずで、牛タンの「ねぎし」並に新宿ではポピュラーである。
新宿以外にも出店されているようだが、やはり新宿本店が一番店自体に味がある。


入口に飾ってある料理のメニューは昔より多く、充実している。
だが、階段を下りて一歩中に足を踏み入れると、昔から変わらず時間が止まったかのような空間が待っている。
20年振りに再訪したとしても、当時と変わらない店の雰囲気は安心を与える(新宿西口では「そよかぜ」というステーキ屋も変わらない、何しろ黒電話とピンク電話が今でも店内にある)。
店内の飾りも、昔の昭和のときのまま変わっていない。


料理で一番有名なのは、「ドライカレー」である。
一般的には「ドライカレー」は、カレー炒飯のようになっていることが多いが、白いご飯の上に濃く味付けした挽肉や野菜を炒めたものを乗せている。
日本人の感覚としては、炊きたてのご飯に美味しいスパイシーなふりかけが山盛りに盛られている感じであり、食が進むことこの上ない。
外務省でとんでもなく物騒な国に飛ばされてしまった友人も、日本に帰る前にはハイチのドライカレーが食べたくなったと言っていた。
カレー炒飯風にしてしまうと味が均一になり、飽きが来そうなところなので、このスタイルにしたのが成功の秘密であろう。
ちなみに、ご飯なしのドライカレーのレトルト版(フライパンで要加熱)が店内販売されているので、自宅で宴を設けるときなどはよいかもしれない。
この商品は、検索すればいっぱい出てくるだろうから、あまり付け足すこともない。
もしかすると、パク森のようにスーパーで買えるレトルトにさえなるかもしれない(なってもおかしくない)。


個人的には、ビーフカレーをよく食する。
食後のコーヒーを飲んだときに、このカレーの後だとコーヒーがものすごく美味しく感じる。
ほどほどに辛く、胃に残るほど重くなく、肉もルーを邪魔しない柔らかさを持っていて、あくまでも個人的には及第点である。
昔のメニューでは、コロッケ(ポアソ・シェクン)かスープ(プレ・ブランシェ)がサイドメニューだった。
コロッケは平目か何かだったと思うが、注文したことがない。
スープは、よく追加オーダーした。
チキンが入ったホワイトクリーム系のスープで、本メニューとして注文すると白いご飯でなくピラフ風のライスになる。
他にも、カリビアンソースの肉料理があったと思う。
どれもそれなりに美味しいのだが、やはり飽きがこないのはある程度のスパイス感のあるドライカレーとビーフカレーであろう。


コロッケで思い出したが、この店で昔食い逃げを目撃したことがある。
その人物は普通にメニューを頼んで、コロッケを追加オーダーしていた。
「まだできませんか」と催促をしていたが、ふらりとテーブルにマンガ雑誌を置いて店外に出てしまった。
今から思えば、その漫画雑誌も店のもので、その後には誰にも食されることのなくなったコロッケが、寂しそうにテーブルに置かれているだけであった。
もう、だいぶ昔のことであるが。


昔といえば、今は消えてしまったメニューがある。
その食い逃げを目撃した頃に、珈琲で「ラパドー(たぶんラバドーではなかったと思う)」というものがあった。
少し前までは、新宿本店に行くと「ラパドーが誕生しました」という木のプレートが、各テーブル脇に貼ってあった。
今はそのプレートの上に別のメニューが貼られてしまっているが、この珈琲は非常に美味しかった。
値段は珈琲をダブルにするよりもさらに割高であったが、現地でもめったにお目にかかれない最高級の豆と製法を使っているらしかった。
味の深さはハイチコーヒーそのままで、決め細やかさと上品さが加わり(今飲めないので具体的に書けないのが残念)、当時の一番の贅沢であった。
カレーの食後に飲むと、寒い冬の日でも多幸感が味わえた。
だが、ハイチが一時期政情不安で国境封鎖をしたとき、材料が入ってこなくなりこのメニューは一時期中止になった。
その後、空港封鎖も解かれたが、未だにこのメニューは復活していない。
当時、自分以外にラパドーを注文する客は見かけなかったので、なかなか復活は難しいかもしれない。
しかし、これだけのクオリティの味の珈琲はなかなかない。
新宿西口の本店だけでもいいので、ぜひ復活させてもらいたい。


やっとのことで書き終えたが、アド街ック天国の放送も終わってしまった。
食い逃げで取り残されたコロッケが、番組で紹介されていた。
もう少し上の順位かと思ったが意外に高い順位ではなかった。
新宿「ボンベイ」は、順位にも入っていなかった。
「酒を飲む」というコンセプトでなかったら、どちらももう少し上の順位だったであろう。
もっとも、新宿「ボンベイ」は取材拒否をしたのかもしれないが。
「ボンベイ」で、インドで起きたテロ事件を思い出したが、これ以上発展させると収拾が付かなくなるのでこのくらいにしておく。




久しぶりに、エチオピアでカレーを食した。

http://www.ethiopia-curry.com/ethiopialink3.html
個人的にはピーマンでなくインゲンが入っていた時代の方が好きだったが、食後の後味がやはり「エチオピアだ」と感じさせる。


ちなみに、「エチオピア」という国は存在するが、関連に関してはよく分からない。
コーヒー豆はエチオピア産のものを使っている可能性はあるが、カレーについてはおそらく無関係であろう。
エチオピアの国は面白い宗教分布をしていて、なんとユダヤ教が一定層いる。
ユダヤ人の定義を「ユダヤ教を信ずる人」と言葉通り取るなら、肌の黒い「エチオピア系ユダヤ人」が一定数存在するのである。
ユダヤ教については、ある程度地域的に広がったが、この「エチオピア系ユダヤ人」については、「さすがにあれは別」とされたらしい。
専門外なのであまり詳しく書けないのが残念だが、様々な迫害を受けマイノリティとして生き抜いていたユダヤ人の中のさらにマイノリティ。
「エチオピア系ユダヤ人」は、真にユダヤ教を信ずることのみにアイデンティティを結び付けている点で興味深い存在といえよう。
ナチスドイツの迫害にも無縁であったようだが、そもそもそんな時代のドイツに究極のマイノリティがいたとは思えないが。


話を、カレー屋のエチオピアに戻す。
場所を記すと、御茶ノ水駅を降り、明治大学のバベルの塔を右手に見ながら車道沿いを真っ直ぐ下りる。
三省堂のある大通りに出たら行き過ぎで、引き返し少し戻るとエチオピアがある。
驚くのは、近くに別のカレー屋があることである。
エチオピアの1軒下流には、スープカレー屋があった。
2軒上流には、インド料理屋があった。
今は潰れたようだが、さらに上流に行き、細い横道を越えたところ(ロシア料理サラファンの向かい辺り)にも、昔カレー屋があった時期もあった。
他に近くには共栄堂やボンディ、御茶ノ水駅沿いにカレー屋ジョニーなど、いろいろある。
「青酸カリー」というメニューを出していたカレー屋(林真須美以前)は行く前に潰れてしまったが、カレーを食べるには困らない街である。
最近、御茶ノ水では、カレー屋ジョニーでカシミールカレーを食べることが多かった。
中央線沿線では、意外とカシミールカレーを食せる店は少ない。
常磐線では、東京でも千葉でも食べたいときに食べられるのだが。
ちなみにカレー屋ジョニーのカシミールは、松戸の「印度」より今は亡き柏の「ボンベイ」に近めの食感の気がする(正直記憶は曖昧であるが)。
トッピングができる店に正直偏見がないとは言えないが、カシミールが食せるのはやはり嬉しい。


話をエチオピアに戻す。
昔は、2階だけが店舗であった。
今でも2階のテーブル席に行くと、当時の面影が残っている。
コーヒーを入れるマシンの写真とか、スパイスの効用の羅列だとか。
二人以上で行ったときには、階段を昇ることをお勧めしたい。
今は、1階も店舗で、一部を除いてカウンター席が並ぶ。
久々に行ったら、奥の方にさらに席が追加されていた。
あくまでも厨房は2階なので、食べるためのスペースとなっている。
壁にはレコードのジャケットが並べられ、おそらくある時期(今かもしれないが)のスタッフの趣味が反映されているのであろう。


メニューは、チキン、ビーフ、野菜、ミックス(肉と野菜)あたりが定番である。
だが、いつの頃だったからか、豆のカレーが加わっている。
他の系統とはまるで異なり、スープカレー的な汁にヒヨコ豆などが入っている。
豆のマイルドな味が、カレーのスパイスのスープとマッチしていて意外と美味しい。
昔、稲毛のシバで、セットで付いていた2つ目のカレーが豆ベースだった記憶がある(別の店だったら申し訳ない)。
だが、それだけで食するにはマイルドすぎて、食が進まなかった。
レンズ豆にしてもヒヨコ豆にしても、基本は柔らかなマイルドな味がベースなので、他の食材かスパイスを効かせたい。
エチオピアの豆カレーは、かなり成功しているといえよう(以前紹介した二和向台ニューデリーの豆のスープカレーは絶品であるが)。


定番系カレーを注文して驚くのは、普通盛りでもそこそこ多めのご飯とルーが出てくるところである。
よほど空腹でなければ、大盛りにする必要はないと思える。
辛さは、0倍から70倍までできる。
昔は、少し値段に差を付けていた気がするのだが(別の店の記憶違いかもしれない)、今は値段は同じである。
噂によると、辛さの倍率は辛みパウダー(おそらくガラムマサラ系)を1倍なら1回、2倍なら2回と振っているらしい。
正直、少し辛くしても、カレールーが美味しいので結構大丈夫である。
肉はやわらかく美味しい。
大体、チキンばかり食べているが、野菜も味が染みてよいようだ。


昔、ボルツというチェーン店があり、あちらも確か、30倍ぐらいまであった。
だが、ボルツのカレーは辛さが口の中で籠もるカレーで、辛さの割に食べていて閉塞感のような苦痛を感じた。
ボルツはそのうち見かけなくなり、一時期渋谷のセンター街に復活したときには辛さを売りにした店ではなくなっていた。
センター街のボルツもいつの間にかなくなり、少し前に下北沢のクラブキューの方面の地下で見かけて入った。
スープカレー系のメニューもあり、そちらはなかなか美味しかった記憶がある。
多分、何年も経っていないので、下北沢のボルツはまだ営業していると思う。
初期ボルツのような籠る系の辛さのカレーはあまり見かけなくなったが、祐天寺のカーナ・ピーナで一番辛くしたときがそうだった。
祐天寺といえば、ナイアガラが別の意味で有名だが(入れば分かる)、カーナ・ピーナも独特の特色がある。


話をエチオピアに戻す。
エチオピアのカレーはいわゆる「辛(から)いカレー」であるが、「辛(つら)いカレー」ではない。
辛くても、発汗があり、鼻の奥からスッと抜けていく爽やかさが含まれている。
香辛料は詳しくないので分からないが、コリアンダーシードか桂皮あたりのスパイスなのだろうか。
初期ボルツやカーナ・ピーナ系とは違う、抜ける辛さのカレーなので、17~20倍ぐらいなら辛いのに慣れた人であれば問題はないであろう。
だが、他のスパイスとの調合バランスも含めて辛くなるのならよいのだが、辛みスパイスのみが増量する。
そのため、エチオピアのカレーの程よいスパイスバランスが崩れる気がした。
現在は、10~13倍ぐらいで注文をするようにしている。
なお、最初に別に出されるジャガイモを取っておけば、カレーに入れて楽しむこともできる。


4年前後は昔であっただろうか、レトルトの製品がS&B食品あたりから発売されていた。
意外と元の味に忠実で、値段も店内料金より安めであったので、よく自宅で調理し食した。
ビーフもチキンも、食後の満足感は高く(スパイスによる身体変化も含め)、毎日でも口にしたい秀逸なできであった。
現在、販売を終了してしまっているのは大変残念である。
少々値が張ってもまとめ買いをするので、ぜひ復活させてほしいと思う。
ちなみに、人生に疲れたときに効果があるような、多幸感を与えるレトルトカレーは、このカレーが一番だったと思う。
今販売されているものの中では、ケララカレー (手作り版が有名だが、出来合いのものもある)辺りが一番近いだろうか。


話をエチオピアの店に戻す。
普通、これだけ有名なカレー屋にもなれば、マスターとか店長とかが存在し、常連になれば顔を互いに覚え合うといったことが多い。
だが、御茶ノ水のエチオピアは、いつ行っても若い店員が1階も2階も切り盛りしているようで、マスターらしい人物の印象がない。
もちろん、2階だけの営業の頃は違っていたかもしれないし、高田馬場店にはマスターがいるのかもしれない。
しかし、御茶ノ水店が若いスタッフだけで運営できているのだとすると、あのカレーの味の維持については、しっかりしたレシピができていることになる。
柏のボンベイはマスターがいなくなり消えてしまったが、エチオピアは職人芸で味を維持しているのでない分、100年後もあると思われる。


ちなみに、ここはしっかりと一杯一杯作っているようで、混んでいるときなどは結構待つ。
食後のコーヒーも含め、ゆったりと味わって食べるのであれば、1時間ぐらい見ておいたほうがよい。
当然、持ち帰りカレーにしても時間はかかる。
ただ、玄米にしてもこのカレーはよく合うので、家の好みの炊飯に合わせるのであれば、持ち帰りもよいと思う。


最後になるが、やはりこのカレー屋の一番の魅力はルーである。
皿に少し残ったカレーを、スプーンで掬いそのまま舌に乗せても、離れがたい香辛料の香りと味が染み渡ってくる。
個人的には、ピーマンではなくインゲンが入っていた頃の組み合わせの方が好きではある(繰り返しになってはしまうが)。
だが、このルーがある限り、エチオピアは今後も不滅で、次の世紀に残っていくことであろう。








100円パソコンシリーズ第4弾だが、今回はEmobileは関係ない。
前回、WinXPSP3へのアップグレード後に、デフラグもできないぐらいCドライブの容量が余裕なくなってしまったところまで書いた。
今回は、Cドライブの容量を確保するために少し頑張ってみた。


100MBぐらい食っていたAdobe ReaderをCからDにすることを考えた。
本来、こういったアプリケーションはCドライブに入れておくものかもしれない。
専門的には、Cに入れるかDに入れるかで、いろいろ変わってくるものがあるのであろう。
だが、前回にJAVA(スクリプトでもお茶でもない)をDに入れてみて、将棋倶楽部24が普通に作動した。
だから、Dに入れられるものはとりあえず入れてみて、だめならシステムごと復元しCに入れなおす方針を採ることにした。


自宅にはデスクトップパソコンがある。
DellのDimension8250で、Pentium 4-3.06GHz+RDRAM1.5GB。
RDRAMのため、メモリの増設のときにモノがないわ、高額だわで、えらく苦労した(結局オークションで落とした)。
確定申告上の減価償却の期間は過ぎているのだが(2003年購入)、経費で落とす機会も先立つものもないため、当分メイン機である。
今回は、こちらとセットのディスプレーに活躍してもらうことにした。


前回、EeePC4Gの画面に「同意する」のボタンが表示されなかったので、DドライブへのAdobe Readerのインストールは断念した。
だが、考えてみれば、外部モニター(今後、公的表記は最後の「ー」が付くようになっていくらしい)に出せばよいだけのことである。
EeePC4Gには、向かって右の奥に外部モニターを挿すための15ピン端子がある。
Dellからモニターを拝借し、15ピンに挿し込んでみる。


話は飛ぶが、海外経験が豊富な知人によれば、出先でのネットは結構大変なようである。
我々のPCはごく普通に日本語仕様の設定になっているが、海外ではもちろんそうではない。
キーボードや変換の設定も当然、日本のものとは異なり、入力するまでで一苦労のようである。
ところが、このEeePCを持っていけば、使い慣れた設定で入力ができる。
15ピンを挿した大きなモニターと、NATを咬ましたプライベートIPとをネットカフェで拝借できれば、それなりに快適に利用できそうである。
キーボードは小さく、子音や母音の打ち落としは年中であるが、少なくとも変換での苦労は激減するであろう。


15ピンにモニターをつないでも、すぐにはディスプレーに表示されない。
モニターの外部出力を設定する必要がある。
画面上を右クリックすると、それが現れる。
一番上が「内蔵モニター」で2番目が「外部モニター」。
3番目が同時出力であるが、プライマリをどちらにするかを選ぶことになっている。
設定をするだけならば、どちらでもよいと思う。
最初のままの画質だと、セーフモードのように粗いが、これでも問題ない。
せっかくなので、画質をよくして楽しむこととする。


AdobeReaderは、いったん削除した方がよい。
入っているまま更新すると、そのままCドライブを使うからである。
保存先をDドライブに変え、そのまま保存。
さすがに今度は「同意する」のボタンも、外部モニターに表示される。
当然、ボタンを押し、インストールする。
念のためIE(当時は6)でPDFファイルを開けてみる。
問題なく表示され、意外とあっけなく終了。


当初は少しだけCドライブが空いただけであったが、数日してチェックしたところ、1GB以上の空きが生まれていた。
そこで、調子に乗ってIE7をインストールしてみた。
1.17GBあったCドライブの容量が、800MB台まで減少。
だが、ディスククリーンアップで復元ポイントを最新の地点以外削除したら、1GBまでまた回復した。


今のところ、これで問題なく作動している。
将棋倶楽部24も、前回と同じ手順で一応表示された。
また、何かあれば記しておきたい。





ひかりTVはまだぱっとしない




バッテリーも充電できなくなったし、ノートブックPCをそろそろ買い換えようかな・・・ちょっと待ってください! その前に、バッテリー、ACアダプター、キーボード、内蔵ドライブ等、ノートPCに必要なものなら何でも揃うノートパーツを覗いてください。 少しの費用をかけるだけであなたのPCをまだ使えるマシンにできるかもしれません。

久しぶりに、「わたしのきもち」(NHK教育)の本編(15分番組の方)を見た。
あまり書くことはないが、せっかくなので追記する。


やはり、もっさんのコーナーが終了しており、スキルファミリーのコーナーになっていた。
主人公の男の子は、まあかわいい。
もらっちゃ王の役も、それなりによく頑張っているとは感じる。
だが、やはりこのコーナーは「楽しい教室」からの流れより、ハードルが高い層を対象としているように見える。


一つ一つの対応を「スキル」として認識するというのは、やはり大人的な発想である。
その枠組みを親しみ深いドラマ形式で伝達しようという意気込みは評価できるが、やはり「用語」ではなく「行動」に収束させた方がよいのではないか。
「もっさん」のときの「うえだ君としただ君」のドラマは、「どうしたか」という部分に収束し、「もっさん」と「花のコーラス」によってリフレインされていた。
その、繰り返しが必要な行動をなぞり、認識の手助けになっていた。
一つ一つのスキルを、用語に収束させるのは、一見効率のよい指導法にも見える。
だが、一つ一つの行動を一般化できる子どもは、既にそれだけの認識能力や自己対象化能力を持っているわけであり、この番組自体を娯楽として捉えることができる。
この番組を真に必要としている対象は、一つ一つの行動を自身の行動に当てはめていき、長い視野で成長させていく必要があるのではないか。
「謝る」と一つの言葉で収束させるのではなく、それぞれの「謝る」場面を具体的に、何度も粘り強く提示していくことで、自身への置き換えが容易になると考えている。
個人的には、3人の子どもをはべらしている「もっさん」の図が気に入っていたということもあるが、今の方法論は作り手の自己満足で終わってしまう可能性がある。
ここでコロコロ構成を変えてしまうのもどうかと思うが、「長期にわたった視野」も必要なのではないか、と提言したい。


「かおのたいそう」も、的場浩二ではなくピエール瀧になっていた。
ポンキッキーズにも出演していたので、この手の番組への適性自体はある。
だが、やはりもともとが役者でないせいか、顔の表情筋の動きがやや弱いように思える。
この人の適性は、しゃべったり動いたりするところにあると思えるので、もう少し生きる形での出演を望みたい。
ベッキーが降板したかどうかは、まだ確認していない。


テーマ音楽も、若干変わった。
正直、前回の方がよかったと思う。
NHK教育全体の傾向として、番組が始まるときはやや上品に、丁寧に音楽を組み立てる。
だが、番組名を変えずにマイナーチェンジする際に、「ややポップに明るめに」という思考で、原曲の調和を乱して安っぽいアレンジにしてしまう傾向がある。
相当昔の話だが、理科教室小学6年生(5年生だったかもしれない)の音楽が、郷愁を誘う繊細な構成だったのに、電子音の安い薄っぺらい音楽に作り変えられたことがあった。
前回はおそらく栗コーダーの曲で、おそらく関島岳郎と思われるチューバの音(違っていたら申し訳ない)が、聴く者に安定感を与えていたが、今回はどうも落ち着かない。


とは言え、「ぶんちゃかトリオ」も「キモッチ」も健在である。
この番組を応援する気持ちに変わりはないし、相川充教授のさらなる取り組みにも期待をしたい。







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原マスミバンドライブ 2008・11・13 吉祥寺SPC


01.月化
02.海で暮らす
03.フトンメイキン
04.光の日にち
05.人間の秘密
06.も・いちど
07.悲しいのはいやだ
08.夢ならば簡単
09.空


10.耳の夢
11.約束の満月
12.ずっと君が好きだった
13.夜の幸
14.イナフ
15.ブレーメン
16.海のふた
17.教室


18.アイス!アイス!アイス!
19.冬の星座


20.千年にひとり


ライブは生ものなので、放っておくといろいろ忘れてしまい、頭の中で再現しなおした別のレポになってしまう。
ライブが終わって48時間以上経っているが、まとまった文章を書く時間が久しぶりに取れたので、書くことにする。


「月化」は、冒頭に置かれることの多い曲。ピアノの上品な演奏から始まり、ギターのボサノバ調「ズッチーズチー」が被さる。
個人的には、「トゥナイトゥナイ」が一回りした後で入ってくるフレットレスベースのスライド? の音が曲によい彩を与えていると感じる。
ベースの内田ken太郎は昔からフレットレスの演奏家だが、以前のスタインバーガーより音質がよいように感じる。


「海で暮らす」をバンドで聴くのは久しぶりである。
もちろん、弾き語りではよく聴いた。
マスターが健在の頃の稲生座では、毎回アンコールでリクエストされていた。
だが、だいぶバンドとでは印象が異なる。
ギターの弾き語りは、誤解を恐れずに自分なりに定義をしてみると、曲の小節や部分をある一定のコード(和音)に支配させることである。
EmとDの和音で、1弦だけは海の表面の波のように浮き沈みしているが、やはり部分部分を色分けしているように感じるところはある。
だが、バンドバージョンは一つの大きく平坦な海がそこにあるように感じられるのである。
息が詰まるような緊張感の連続体。夜の神々しい海が、確かにそこにあるように感じられた。
キーボードは低音を入れないシンプルなアルペジオ、ドラムは途中までアクセント部分のハイハットのみ。
なぜ、これでこの世界が生まれるのかが分からなかった。
声を神秘的な伴奏に乗せていく作業も、途中からどんどんよくなり、海の中から客席に声を届けているかのような趣があった。
渋谷のクアトロ時代にやっていた頃は、これに太田恵の電子バイオリンが入った。
この音が遠くから聴こえるカモメの鳴き声のようで、絶品であった。今のバンドメンバー+3人をSPCの舞台に乗せるのはスペース的は難しい。
だが、4年に一度ぐらいでよいので、以前の大編成の舞台も見てみたいものである。


「フトンメイキン」は、冒頭にギターとベースのノイズが入っていた。
前回は本調子でなかった声も、今回はレコーディングなどで歌いこんだのか、自在に出ていた。
この曲は一番好きだが、PAのリバーブのかけ方も、絶妙だったと思う(この曲に限らず)。
バイク事故で怪我をした堀越信泰も戻ってきたので、この曲はまた何度も聴くことができると期待している。


普段だと、ここらで雰囲気ががらりと変わってしまうのだが、今回は「光の日にち」につながる。
間奏のボトルネックのギターが、美しい音色を奏で、幻想的である。
おそらく、7カポで、弾き語りバージョンより音が高めだったと思う。


いつものようにアコーディオンが登場し、「人間の秘密」が続くことが分かる。
今まで、この曲(この曲に限った話ではないが)で体を動かしていたのは、曲に乗っているからぐらいにしか捉えていなかった。
手を横に振り子のように振ったり、「ワーイ」で手を真直ぐ上に伸ばす姿を見て、どこかで味わったような既視感を感じた。


10年ぐらい前だったと思うが、五反田のゆうポートでマルセル=マルソー(「マルセル・マルソー」とするよりも、世界史の教科書のように「=」を使いたい人物である)を観た。
マルソー(ソフィー・マルソーとは何の関係もない、念のため)は、パントマイムの神様と呼ばれていた巨匠である。
マルソー(昔、津田沼に丸荘証券という会社があったが、潰れた後ビルの電光時計もなくなり、ずいぶん不自由した)はそのときパントマイム劇もやっていたが、通常のプログラムの方を観た。
その演目の中で、一番強く焼き付けられたのが「青年、壮年、老年、死」であった。
バッハのG線上のアリアが流れ、その中を一人の人間がただ歩くだけ。
だが、微妙に変化していく歩き方のみで、人間が老いていくことはどのようなことなのかを表現していた。
目も離せない程の、人生の表現であったが、あれは他の無言劇役者には真似できない芸当であろう。


「人間の秘密」で見られる身体表現は、歌詞が乗る分直接的な表現形態を採っていない。
だが、片手を真っ直ぐ伸ばし「ワーイ」と叫ぶ姿は、高みの未知なるものにアプローチし、救いを求めようとするようにも見える。
手の動きも胴の動きも、毎回計算されているように正確で、この曲はもしかしたら言葉と身体全体による表現を意図していたのかもしれない。
解釈については、今後のステージを観続けることにより、再検討していきたい。


アコーディオンつながりで、「も・いちど」が連続して演奏されることが多い。
今回もそうで、アコーディオンソロから曲が始まる。
この曲は歌詞はシンプルだが、バンド編成の演奏は時期により大きく変遷している。
小峰公子が参加していたとき(確か表参道のFABが最後、くじらとLoveJoyが一緒のステージ)までは、コーラスの印象が強かった。
近藤・楠両名のコーラスになった後は、派手さが弱まったが、服部夏樹が参加していたときはストロークでなくバリ風のアルペジオであった。
このあたりが全て近藤のアレンジ力であるとすれば、彼の実力はやはり素晴らしいと感じる。


「悲しいのはいやだ」に続き、「夢ならば簡単」が演奏されたのは驚いた。
アルバムとほぼ同じ(終わり方は違っていたが)アレンジで、フォルクローレ調のケーナをシンセが担う。
弾き語りのときのこの曲は、1弦を開放にしたF→G→Cの流れが基調で、メジャーセブンや6の和音が使われるため中間色の色彩が漂い、この曲には合っている。
とは言え、アルバムバージョンも面白く、貴重な機会であった。


「空」で前半終了。
前にも書いたかもしれないが、「人間の秘密」「悲しいのはいやだ」「空」あたりには、作られた当時の原マスミの人生観がふんだんに織り込められている。
「向こう側が透けて見えるくらい~」のあたりには、人生への向かい方が示されている。
また、「なぜ僕はカバンを持って~」あたりの歌詞には、惰性で生きていることへの柔らかな問題提起が含まれていると思える。
この曲は、昔はスティール弦のアコースティックギターで演奏されていた。
原マスミなりのメッセージフォーク的作品であるとも言えよう。


前半はクアトロ時代を凝縮したような、濃いプログラムであった。
息もつかせぬ緊張感があり、時間を忘れさせる名演であった。


後半は、「耳の夢」でスタート。
お召し物も緑の「V」のカットの服から、白い襟付きの「∀」の首元の服にチェンジ。
開襟シャツの上の方に白い帯的な飾りがおしゃれであった。
近藤達郎のシャツも、照明の3色灯のようでよかった。
この曲は小峰公子のときのコーラスも印象的だが、今はなきkuukuuでのクリスマスのコーラスがやはり思い起こされる。
厨房からいきなり大人数のコーラス隊が現れ、「ララララー」と歌う演出であった。
個人的には、たまの解散よりもkuukuuの閉店の方が悲しかった。


「約束の満月」は完成されたアレンジ。
前半も2曲目から気が抜けない演奏が続いたが、後半も早くもピークを迎える。
おそらく、この曲も近藤の編曲だと思われるが、ベースの流動感やピアノの律動で一つの絵画を描き出す力量はさすがと思わせる。


「ずっと君が好きだった」で少し脱力。
堀越のカッティングが心地よいが、息もつかせぬ緊張感はここらで一度途切れる。


「夜の幸」に続き、最新曲「イナフ」。
このあたりで感じたこととしては、アレンジがギターの弾き語りにそれぞれが衣を被せていったような印象を受けた。
よいとか悪いとかではなく、常識的な作りになっているように感じる。
歌詞の世界はまだ掘り下げていないが、曲のエンドレス感は次の「ブレーメン」も含め健在である。
この曲や「ブレーメン」、今回は演っていない「さよなら」あたりは、前半の最後の曲たちと異なり、現在の人生感(人生「観」でなく「感」)の投影であろう。
「夜の幸」を歌う人が「夢を見るのはもう止めよう」などと唱えるのは、自己否定ではないかとも感じるが、作り物でない実感世界を残しておこうという表れなのであろう。


「海のふた」で演目の終わりを予感し、「教室」で本編終了。


アンコールで「アイスアイスアイス」します、とこの曲のタイトルを述べるのはあまり記憶がない。
ピアノが、こんなシンプルな和音展開の曲なのに、凄まじいアレンジであったことに気づき驚く。
「一歩も動かないよ」の後の「母さん」は今回もなし。
一人で歩む自覚から、この件(くだり)を封印したのかもしれない。


「冬の星座」は、内田ken太郎のベースがかっこいい。
フレットレスとは思えない、歯切れのよいラインが心地よい。
個人的には、夏でも聴きたい。
関係ないが、カラオケでこの曲を入れようとしたら、リストになかった(UGA+)。
意外に、忘れ去られていこうという曲目だったのかもしれない。


再度のアンコールで「千年にひとり」。
今まで、必ず演っていた曲なのにどうしたのか、とのメンバーの指摘により演奏されたらしい。
正直、この曲は「フトンメイキン」などの幻想世界の後に置かれることが多く、目覚し時計のベルのように現実に引き戻されることも。少なくなかった
だから、この曲が始まると緊張感が途絶え、がっかりすることも多かった。
しかし、歌詞そのものは言葉にかなり気を使った表現が施されていて、興味深い曲であると今回は感じた。
アンコールの最後に持ってきたのは初めてだが、意外とこの場所が据わりのよい位置ではないかとも思えた。


総括として(何か偉そうでもっとよい言葉がないかとも思えるが)、今回はプログラムも演奏も喉の調子も非常によく、入場料の倍ぐらいの価値があった。
一ファンとしては、毎回同じ演目でも、同じ空間で歌う姿を見られるだけで幸せを感じる方ではある。
それでも、あまり聴けない曲目を、名演で聴けると、やはり来てよかったと感じずにはいられない。
稲生座は日程が予定と被り無理そうだが、大晦日はチケットを入手した。
栗コーダーとの競演も行きたいが(幻燈音楽会は楽しかった)、諸事情もあるので成功を陰で祈りたい。







音楽配信サイト「ミュージコ」




生そば生うどんの店 釜久

久しぶりにNHK教育の「わたしのきもち」(厳密には、「ミニ」が付くカット版)を見たら、構成が変わっていた。
「わたしのきもち」は、昔でいえば「楽しい教室」(水森亜土が出ていた番組)の流れを汲む番組で、本来は養護学校・養護学級の対象番組である。
だが、十分に他の層の視聴者でも楽しめるように作られている。
ちなみに、養護学校には3種類あり、肢体不自由系の養護学校向けの番組には「ストレッチマン2」があり、これについてはいずれ取り上げたい。
病弱系の養護学校向けの番組は当然なく、あえて言えば「今日の健康」ぐらいが多少役立つだろうか。
最近は、「見てハッスル聞いてハッスル」などのように、軽度の適応障碍レベルの番組など細分化されてきている。
だが、一応この「わたしのきもち」あたりが、伝統的な流れの番組だと言える。


以前は、比較的この番組が見やすい休みの取り方をしていたが、ここ2年はあまりこの番組を見ていなかった。
よく見ていた当時の番組構成は、次のコーナーの組み合わせであった。
1)キモッチ(声:阿部サダヲ)という紙コップに顔を書いたキャラクターのコーナー。

 いろいろなシチュエーションでテレビの向こう側に話しかけてくる。
 コーナーとコーナーのつなぎでもちょくちょく現れ、この番組の進行者としての役割も果たす。
2)もっさんというもじゃもじゃの着ぐるみがブランコに揺られ、対人関係でうまくいかなかった独り言を漏らす。
 3人の子どもがもっさんの背中を押し井戸の中を見せる。

 そして、ウエダ君とシタダ君の似たような場面から、コミュニケーションに必要な行動を学習させるコ-ナー。
 この番組の根幹のコーナーであり、対人場面で必要な行動を分かりやすく学ばせるための役割がある。
 女の子の名前はモモちゃんだったが、男の子2人の名前は忘れた。
 「キモキモキーモキーモキモチ」と歌う人形隊(クインテットより安い作り)も出てきた。
3)ぶんちゃか村のぶんちゃかトリオ(アニメ)
 笛とラッパと太鼓をそのまま擬人化させたキャラクターによる、対人行動学習アニメ。
 ラッパ役はややわがままで、太鼓役は口数少ない役回りである。
 対人関係を改善していくためのスキルを学ぶ教育アニメであり、「もっさん」のコーナーと同じ役回りを持つ。
4)顔のたいそう
 的場浩司とベッキーとどちらかの顔の大写し。
 歌にあわせて、気持ちに合わせた表情を作る練習をする。
 コンセプトとしては、コミュニケーションに必要な豊かな表情表現を意識的に身に着けようというものであろう。
 だが、芝居経験のない一般人も、この種のトレーニングを行う意義はあるように思える。
 顔の括約筋の運動や、表情表出のコントロールなどに結びつく効果が期待できる。
5)わたしのワタシーエム
 簡単に言えば、自己紹介のコーナー。
 視聴者層と比べかなりしっかりしたコミュニケーション能力を持つ子どもが、自分の夢などを語る。
 不定期であったりなかったりするコーナーだが、コミュニケーションに必要な自己伝達、表現を目指している。
6)その他
 年度末ぐらいだったか、歌だけが映像と一緒に流れることがあった。
 ボーイソプラノ風の少年の声で、「ポッカーポカポカポッカポカ」という一節があったように記憶している。
 個人的には気に入っており、祝日限定放映の砂遊びの番組の曲と同じくらい楽しみにしていた。


つい先日見た「わたしのきもち・ミニ」は、別のコーナーができていた。
妹のジュースだかおやつだかを取ってしまった兄が謝らず、「謝るというスキルを~に奪われてしまった」と両親が騒いでいた。
戦隊もののように、家族全員が変身し、取り返しに出発する。
その回は、結局「奪われていたわけではない、ごめんよ」ということで、兄が謝り解決となった(妹にしか与えていなかったのが問題の本質のはずなのだが)。
ミニでない方を見ていないので断言はできないが、おそらく「もっさん」のコーナーと入れ替わったと思われる。


まず断っておくが、一つ一つのコミュニケーションスキルをパーツ化し、それらの獲得や完成を方向付けた点は面白い。
このコーナーが、番組誕生とともに生み出され、提示されたのであれば、応援したい気持ちもある。
だが、この手の番組の対象者は、長期にわたって視聴し、徐々にコミュニケーションスキルを身につけていくはずである。
ぶんちゃかトリオのアニメは何度も同じ回が放映されるが、これは作り手の怠慢ばかりではない。
一度見たものを二度三度繰り返し視聴することにより、消化し吸収することができるのである。
学齢に満たない子どもでも、同じ絵本を繰り返し示す効果が同じようにあるであろう。
「もっさん」「ウエダ君とシタダ君」のコーナーは、決して伝達性に優れていたわけではない。
だが、長期にわたって「もっさん」と親しんでいた視聴者にとって、自身を投影化できる媒体がなくなってしまうことはあまりに痛い。
作り手の自己満足のために、番組を作るならばそれでもよい。
しかし、受け手の吸収具合を省みずに、次々とメニューを変えてしまったのでは、番組の目的が意味を成さなくなってしまう。


もう一点、記す。
ストレッチマン2などにも言えるが、この種の番組は他の系統の番組と比較し、2~3クッションほど現実世界との間に入っている。
そのあたりが、現実世界に直接入る厳しさを軽減させ、入口の垣根の低さにつながっている。
この新しいコーナーは、クッションの厚さが1つか2つ少ない。
もっさんのおとぎの国的世界と違い、自分につながる対象世界として認識するには、見る本人に能力を獲得する意欲や意志がなければならない。
だが、コミュニケーション能力の獲得が必要な層は、年代もレベルも幅広い。
楽しく見ているだけで、自然と少しずつ見に染み込んでくる、というのが理想である。
NHKに焦りがあるのであろうか。
結果につなげるべく、最短距離を効率的にプログラミングさせるべきではない。
無駄を多く設け、何度も回り道をすることが、この番組に必要なことである。


ミニだけで本編を見ていないので何とも言えないが、新しいコーナーはあくまでも追加メニューとするべきである。
(もし終了してしまっているのであれば、)もっさんのコーナーを今までの繰り返しで構わないので、再提示するべきであろう。
短いコーナーが多いこの番組は、それぞれが短い分、一つ一つを咀嚼しやすいメリットがある。
このスタイルを守り、ゆっくり成長を待ち続けるスタンスを取ってほしいと考えている。


さすがに、久しぶりに、しかもミニを見ただけで一つの番組を論じるのは乱暴すぎる。
いずれ、「その2」として再検討してみたい。










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