大学という斜陽産業 -169ページ目

入試判定

この2月の頭に行った入試の合否判定の教授会があった。もちろん、募集定員は建前で、合格者数の決定はいろいろと考慮しなければならない要因があります。


明らかになれば文科省は文句を言うけれど、実質的にかなりの数の推薦入学者がすでに決まっています。指定校推薦なんて、人数が公表されていませんからね。そうなると、一般入試の募集定員のうち、数%(数割?)はすでに決まっています。ですから、仮に100人募集となっていても、確保したいのは70人だったりします。


そして、この数字をベースに、合格者が実際に手続きをし、入学してくれる可能性、すなわち歩留まりを予想して、合格者数を決定するわけです。だから、この歩留まり率の予想が外れると、とんでもないことになります。読みがはずれて入学者が少ない場合だけでなく、多くなってしまっても、実質倍率(大学教員の実態28) (最近、TB機能がうまく働いていない感じがします。だからではありませんが、一応、「お、このネタがあった」と思ったので、リンクを張っておきます。)にもありますように、文科省がうるさいのです。


しかし、入学辞退者に対して入学金等を返還しなければいけなくなって、予想が難しくなってきたと言っていました。自分は今のところ、予想に関わったことがないけど、勤務先を見ている限り、今年の予想は、昨年データに基づいているようでした。おいおい、それってどこが難しくなってきたの?

修士論文の審査

キャンパス内をぶらぶらしていたら、「修士論文公聴会」の張り紙を発見。


う~ん、勤務先の文理の違いの一つだ。所属研究科では、主査と副査2人の計3人で、修士論文の口頭試問は行うが、出席者を広く募る公聴会は行わない(博士論文の審査は別)。まあ、あまりにもひどいのもあるので、「あんな内容でも修士になれるんだ」と思われないようにするためなのかもしれない。


さて、ここ数日、修士論文(主査、副査分とも)を読んでいたが、ひどかった。お勉強しましたというレポートなら十分及第点はあげられるが、研究論文としては・・・・・・。


と思いつつ、お互い様で認め合ってしまう悪しき慣習。それを打ち破る勇気のない自分。だから、批判する資格もないのだが。

トリノ・オリンピック

開幕しましたね。


これで勤務先の学生が代表選手だったりすると、多少は盛り上がるのかなあ。むかし、高校時代の友人がオリンピックに出たときは、それは食い入るようにテレビを見たものです。もちろん、その競技ばっかりですが。


余談ですが、冬季オリンピックって、代表選手を決めるのが結構ぎりぎりですね。


なかなか厳しいぞ、勤務先の公募

よいタイトルが思い浮かばないので、何となくです。


自分の所属する学部は、今年度、計3名の公募を行いましたが、なんとそのうち採用に至ったのは1名分の枠のみ。なかなか強気ですねえ。


来年度再募集するようですが、うち、1名は専門を変えてはどうかと学部長から言われています。さて、当事者の皆さん、どうするでしょうか。通常は自分たちの勢力縮小になるようなことは受け入れられないということで、同じ分野での募集を主張するのでしょうね。


しかし、この流した2名の枠。いずれも研究業績的に物足りないというのが理由。しかし、応募者からみて望ましい大学であるかどうかは反省していません。まあ、そんなもんでしょう。でも、就職先としてはそこそこの大学だと思うんだけどなあ。


実は、自分の関わった採用案件も、実は流しました。本当にいい人(業績的にも人物的にも)がいなかった。ただ、結構いいかな、という人は、他の公募が決まったからと辞退されたのも痛かったかも。


なお、人事の業績の評価に当たっては、自分の業績は棚に上げておきます。決して自分よりだめな人を、なんて視点は持っていませんよ、念のため。

採点-入試編

入試の採点も無事終わりました。守秘義務があるので、科目等はあきらかにできませんが。

全体の出来はわかりませんが、限られた範囲での印象は、漢字が書けないということ。年々悪化している感じです。

ワープロとか携帯とかで、変換はできても、実際に書くのが苦手になっているのは自分も同じかな。少し反省しようっと。

解答不能、という答は駄目なのかなあ

入試シーズンだけに、入試ネタ。


今年の入試は、監督をしていた範囲だけであるが、去年よりも問題訂正が多かったように思う。


大学関係者なので、その立場に立った言い訳でしかないかもしれないが、試験期間中に見つかったからまだまし。これが試験終了後や、合格発表後に見つかった日には、大変なことになる。


でも、選択肢の中に解答があると思って一所懸命に考えて時間を費やした受験生にとっては、たまらないと思う。


いっそのこと、どの問題にも、「上記以外」といったような選択肢を設けたらいいと思うんですけどね。

試験監督をしながら

結局、今日の入試の試験監督は、合間ごとにトイレに駆け込むという散々なものだった。


試験監督中、内職をする人もいるみたいだが、勤務先の場合、監督者は大抵まじめに監督していたと思う。というか、配置された人数が全員揃うのは、試験開始後5~10分と試験終了前5~10分だけで、交代で休憩をとっているので、試験場にいるときぐらいは内職しないようにしよう、という感じになっている。


例外は、問題を読むというパターン。中には、この監督者の指摘で、出題ミスが見つかることもあるので、あながち禁止にする訳にもいかないだろう。


自分は、ミスは見つけられないけど、このパターンです。そこで気になったというか、思い起こされるのが、一寸前のセンター試験についてのニュース(たとえば、センター試験の政経の問題、類似の教科書が「間違い」 )。


グラフが出てるぞ、地図も出てるぞ。しかし、それ以前に科目によっては、特定の教科書に依存しまくっているという話も聞いたことがある。自分が出題者の時も、教科書べったりだ。


入試は公平に、公正に、というのは理念としてはわかる。でも、無理だって、実際。


今日だって、試験時間中に気分の悪くなった受験生がいた。その受験生は、5人掛けの机を3人で座る形の真ん中に座っていた。だから、途中で医務室に連れて行くには、両側に座ったどちらかの受験生の解答を一度中断させる必要があった。そう、その受験生の解答時間は他の受験生より減らされることになる。幸い、このようなことでクレームが付くことは今まだ無かった。そう思えば、センター試験の試験時間が15秒短かったっていうのは誤差の範囲内じゃない?まあ、確かに15秒あれば、マークを一つぐらい塗れたかもしれないけどね。


席によって、空調の影響だって違うでしょ。試験監督の当たりはずれだってあるでしょ。


もっと言えば、そもそも多様な入試形態が公平じゃないでしょ。指定校推薦のように形式だけの面接はあっても、実質的に学力試験がなかったり、勉強が嫌いでもスポーツで秀でていたら入学できたり、最近は、卒業生の子弟を優遇するのもあるらしいし。


でも、これって、やっぱり大学側の論理なのかなあ。受験生の立場に立っていないって、批判されるのかなあ。

胃腸風邪か?

テーマは入試なのに、タイトルは風邪。別になぞかけではありません。


入試モードに入ったところで、よっぽど試験監督が嫌なのか、胃腸風邪をひきました。学校に行きたくないときにお腹が痛くなる、子供みたいですね。そんな訳で、尾籠な話ですが、トイレに行きまくりです。


受験生には、「試験時間中の途中退室は認めません。ただし、用便、発病の場合は・・・」と説明しておきながら、自分が途中退室か?


と思いきや、どうにか試験時間の合間ですみました。あ~、明日も監督があるのになあ。


さて、これを書いたら・・・・・


あ~春休み

大学は入試シーズン。したがって、講義はない。


学生の自分は、このような時期、当然のように春休みだと思っていた。でも、大学に勤務してわかったのは、この時期、講義がないだけで、休みではない、ということ。学年暦上、春休みに相当するのは、三月末から4月の頭までの10日弱ぐらいの期間。


立場が変われば考え方も変わっちゃって、休みじゃないんだからと言うことで、ゼミなんかで、「サブゼミやるぞ!」と言って嫌な顔されました。


理系だと、研究室での研究が継続されるんだろうけど、文系だと、結構ぶつ切りになったりして、一寸もったいないと思う今日この頃。何かよい方法はないものか。

来年度の時間割確定

ようやく、来年度の時間割が確定した。


自分の所属学部は、事務職員が時間割を作成する。だから、その職員に希望というか、無理な要求を出して、出講日を極端に少なくしようとする輩もいるようだ。


中には、教授会等の会議日に無理矢理講義を押し込んで、週2日しか来ない人もいる。これは、ある意味うらやましくもある。自分の場合、会議日を除いて週2日ということは過去にもあった。会議があれば週3日、無ければ週2日という感じである。


しかし、年々雑務が忙しくなったり、大学院を担当するようになったため、さすがに週2日では仕事がこなせなくなったのが実情である。一応、自宅研究派としては、辛くもあるが、現実は研究でお給料をもらっている訳ではないので、仕方がない。まだタイムカード等で勤務時間が管理されないだけマシだ。