大学という斜陽産業 -167ページ目

ノートPCが逝く

ノートPCが逝ってしまった。


唯一、MSワードをインストールしているものなので、大学関係の書類等が作成出来なくなってしまった。


もちろん、他のPCにインストールし直すという方法もあるが、以前にも書いたけど、あまり使い勝手がよいとは思えないし、マクロとかが使われるのがやっかいだし、ということで、ネットにつないだPCにはインストールしないようにしているので、ちょっと躊躇している。


幸いなのは、壊れたのが液晶。前からちょっと具合が悪いとは思っていたけど、ついに何も映らなくなってしまった。セカンド(サード???)マシンなので、それほど重要なファイルは入っていないので、今度外部ディスプレイにつないでファイルだけを取り出すことにすれば、OKでしょう。


オープンオフィスを使ってみたけど、やはり独自の機能が組み込まれていて、うまく行きません。さてさて、こうなると、明日は大学に行って教員が共通で使えるPCで作業しようかなあ。

確定申告終了

期日間近になって、ようやく、確定申告をすませました。なくしたと思った源泉徴収票(源泉徴収票がない )も見つかったので、再発行をお願いせずに済みました。


とはいえ、毎年のことではあるが、確定申告は面倒である。しかし、税金がいくら取られているのかを改めて知ることになるので、それはそれで良い効果があると思う。


一般的なサラリーマンも、年末調整なんて、自分の知らないところで税金の計算が済んでしまうのではなく、確定申告をすれば、税制改革論議にも色々ともの申す人たちになるのではないだろうか。選挙での投票行動も変わるに違いない。


まあ、昨年は、非常勤以外の副収入があまりなかった年なので、節税しようにも節税すべき対象がないので、普通に追加で納税してきました。あ、もちろん約半分は延納します(金利が上がれば、この行動も、もっと合理的なものと解されることになるでしょうね)。




卒業式

卒業式のシーズンです。


大学によってはもう終わったところもあるのでしょうか。ちなみに、勤務先の卒業式は、まだです。先日の教授会で、当日の役割分担が示されました。


卒業式&学位の授与については、大学によって色々あるようですが、勤務先の場合、卒業式には学部長ぐらいしか出席しません。平の(?)教員は、学位記を渡して、その後のパーティに出席すれば良いのです。


しかも、学位の授与は、学籍番号で機械的に割り振られた教員が担当します。ゼミ等は全く関係なし。


前任校は、規模が小さかったせいか、基本的に全員が卒業式に出なければ行けなかったし、学位の授与はゼミ単位。


勤務先は、卒業する学生の人数も多いし、ゼミも必修ではないので、致し方ないのかもしれませんが、ちょっと寂しい感もあります。ゼミ生なども、(全員とは言いませんが)同じように感じているようです。

ネットワークの停止

勤務先のネットワークが、メンテナンスのため、この週末止まるという連絡があった。


まあ、通常週末は大学に行かないので、別に問題ないよなあ、と思っていたら、何とメールも止まるのでした。


勤務先に届くメールは、基本的に自宅のプライベートアドレスに転送するように設定しているので、今日は何かメールが少ないなあ、と思っていた次第。


この停止中に届いたメールはどのようになるのだろう。単なる不着だと困ります。対外的には転送はおおっぴらにしていないので、返信等は「週末不在なので返信が遅れました」とすれば構わないので、メンテナンス明けに一気に届いてくれないかな。


以前もメンテナンスでネットワークが停止したことはあったはずなのですが、記憶に定かではありません。


しかし、日常生活にすっかりネットが入り込んでいます。何となく落ち着きません。



お色直しですか

教授会の後に、今年度末で退職される先生の歓送会が開かれた。皆が参加するようにと、教授会の後に開くのが慣例である。


教授会の途中で、某先生(♀)が珍しく席を立った。あ、今日は歓送会には出ないのだな、思った。


歓送会会場に着いた。あ、某先生がいる。しかも、ドレスアップしているぞ。


そうか、さっきの教授会はお色直しのために途中退場したんだな。



シラバスのCD-ROM化

いろんな大学で、シラバスがCD-ROM化される傾向があるようですが、勤務先では、学生から使い勝手が悪いと悪評だらけです。で、その声はあまり事務側に届いておらず、これまでと同じ形になりそうで、教員からも不満たらたらです。


ところで、勤務先の場合、紙資源の節約、というお題目の下でCD-ROM化したわけですが、資源全体の消費ということでは、本当にCD-ROM化の方が合理的なのでしょうか。


大学には、環境問題の専門家の先生が何人もいるのですが、彼らからは賛成とも反対との声も聞こえてきません。


大学的には、シラバスの作成費用は節約できているようです(印刷・製本代>CD-ROM製作代)。


個人的に「そりゃ、おかしいだろ」と思うのは、「紙資源を節約するために、シラバスをCD-ROM化します。そのため、WEB入力にご協力ください(強制ではないのは、お年寄り対策な訳で)」、というから協力したというのに、校正が紙できたわけです。


WEBならすべてWEBでいいじゃないの。入力画面と出力が違うというなら、出力をpdfにでもして電子メールで送って、チェックせよ、ですむんじゃないの、とあきれている次第です、はい。



履歴書

今、学内での様々な自己評価や審査等のため、例の文科省様式の書類をせっせと書いています。といっても、業績欄を追加する作業がほとんどですが。


ところで、勤務先の場合、応募者に提出してもらう書類は、この文科省の書類です。以前は、学部独自の履歴書等を使っていたのですが、本部での審査等で書類を統一したいと言うことで、この様式に統一されました。


ところがどっこい、困ったことが。あの履歴書等には、自宅住所は書く欄はあっても、電話番号欄がない。面接の予定を電話連絡しようとしたら、困った困った。


さらに、写真貼付欄もない。顔がわからないよ~。


何でも統一すればいいってもんじゃないでしょ。使いやすいように統一してよ。

研究室は私設図書館?

4月から大学院に進学する学生が、研究室を訪れた。


「先生、○○について大学院にはいるまでに勉強しておきたいんですけど、良い本ないですか?」

「これとか、これとかが定番かな。」

「どっちがお薦めですか?」

「う~ん、内容的にはあまり変わりないので、あとは好き嫌いかな。まあ、(学生の経済的負担を考えて)安いこっちで良いんじゃない?」

「そうですか、じゃあ、この本貸してください」


おいおい、大学院に進学するんだから、自分で買って勉強するんじゃないのかよ。まあ、今は特に必要としていないから良いけど、普通、先に図書館行くだろ?


っていうのは、古い感覚らしい。

退職記念号

先日も書いたけど、今年度末に退職される先生がいるので、紀要の退職記念号に論文を一篇投稿した。


で、いつも気になっているのが、「退職記念」という表現である。「還暦記念号」とか「古希記念号」という場合は、素直に還暦や古希をお祝いするために出しますよ、というように読めるのだが、退職記念号の場合、


退職を記念する → 退職することがめでたい → その先生が辞めることはめでたい


( → おまえが辞めるんでせいせいする → 以下自粛 )


というように連想してしまうのだ。今回の場合は、お世話になった先生なので、そんなこと考えていないけど(と、言い訳しておいて)、本当にそう思ってしまうケースもあることは否定できない。


こんな風に考えるのはひねくれ者の証拠か。

オリエンテーションの準備

来年度というか今年も、4月に入って泊まりがけの新入生のオリエンテーションがある。


同業者と話をするたびに、「今年は当たり」、「今年は無事はずれたよ」などという話題が出る今日この頃である。宝籤ならあたった方が良いのだが、こういう行事に参加するかどうかは、はずれた方が良いようで。


教授会等で役割を決めようとすると、相変わらず「自分は以前から主張しているように、このような行事には断固反対する」などと大声でわめいて、結局仕事をしなくて済む人もいる。


生き方としてはどっちが良いんだろう、なんてたまには真面目に考えてしまうこともある。


しかし、泊まりがけでやっても、普通に教室でやっても、わかる人はわかるけど、わからない人はいつまでたってもわからない。唯一のメリットは、新入生同士で友達になるきっかけを与えてあげることができるだけ。今は、そこまでお膳立てしなければいけないんでしょうかね。