大学という斜陽産業 -167ページ目

ネットワークの停止

勤務先のネットワークが、メンテナンスのため、この週末止まるという連絡があった。


まあ、通常週末は大学に行かないので、別に問題ないよなあ、と思っていたら、何とメールも止まるのでした。


勤務先に届くメールは、基本的に自宅のプライベートアドレスに転送するように設定しているので、今日は何かメールが少ないなあ、と思っていた次第。


この停止中に届いたメールはどのようになるのだろう。単なる不着だと困ります。対外的には転送はおおっぴらにしていないので、返信等は「週末不在なので返信が遅れました」とすれば構わないので、メンテナンス明けに一気に届いてくれないかな。


以前もメンテナンスでネットワークが停止したことはあったはずなのですが、記憶に定かではありません。


しかし、日常生活にすっかりネットが入り込んでいます。何となく落ち着きません。



お色直しですか

教授会の後に、今年度末で退職される先生の歓送会が開かれた。皆が参加するようにと、教授会の後に開くのが慣例である。


教授会の途中で、某先生(♀)が珍しく席を立った。あ、今日は歓送会には出ないのだな、思った。


歓送会会場に着いた。あ、某先生がいる。しかも、ドレスアップしているぞ。


そうか、さっきの教授会はお色直しのために途中退場したんだな。



シラバスのCD-ROM化

いろんな大学で、シラバスがCD-ROM化される傾向があるようですが、勤務先では、学生から使い勝手が悪いと悪評だらけです。で、その声はあまり事務側に届いておらず、これまでと同じ形になりそうで、教員からも不満たらたらです。


ところで、勤務先の場合、紙資源の節約、というお題目の下でCD-ROM化したわけですが、資源全体の消費ということでは、本当にCD-ROM化の方が合理的なのでしょうか。


大学には、環境問題の専門家の先生が何人もいるのですが、彼らからは賛成とも反対との声も聞こえてきません。


大学的には、シラバスの作成費用は節約できているようです(印刷・製本代>CD-ROM製作代)。


個人的に「そりゃ、おかしいだろ」と思うのは、「紙資源を節約するために、シラバスをCD-ROM化します。そのため、WEB入力にご協力ください(強制ではないのは、お年寄り対策な訳で)」、というから協力したというのに、校正が紙できたわけです。


WEBならすべてWEBでいいじゃないの。入力画面と出力が違うというなら、出力をpdfにでもして電子メールで送って、チェックせよ、ですむんじゃないの、とあきれている次第です、はい。



履歴書

今、学内での様々な自己評価や審査等のため、例の文科省様式の書類をせっせと書いています。といっても、業績欄を追加する作業がほとんどですが。


ところで、勤務先の場合、応募者に提出してもらう書類は、この文科省の書類です。以前は、学部独自の履歴書等を使っていたのですが、本部での審査等で書類を統一したいと言うことで、この様式に統一されました。


ところがどっこい、困ったことが。あの履歴書等には、自宅住所は書く欄はあっても、電話番号欄がない。面接の予定を電話連絡しようとしたら、困った困った。


さらに、写真貼付欄もない。顔がわからないよ~。


何でも統一すればいいってもんじゃないでしょ。使いやすいように統一してよ。

研究室は私設図書館?

4月から大学院に進学する学生が、研究室を訪れた。


「先生、○○について大学院にはいるまでに勉強しておきたいんですけど、良い本ないですか?」

「これとか、これとかが定番かな。」

「どっちがお薦めですか?」

「う~ん、内容的にはあまり変わりないので、あとは好き嫌いかな。まあ、(学生の経済的負担を考えて)安いこっちで良いんじゃない?」

「そうですか、じゃあ、この本貸してください」


おいおい、大学院に進学するんだから、自分で買って勉強するんじゃないのかよ。まあ、今は特に必要としていないから良いけど、普通、先に図書館行くだろ?


っていうのは、古い感覚らしい。

退職記念号

先日も書いたけど、今年度末に退職される先生がいるので、紀要の退職記念号に論文を一篇投稿した。


で、いつも気になっているのが、「退職記念」という表現である。「還暦記念号」とか「古希記念号」という場合は、素直に還暦や古希をお祝いするために出しますよ、というように読めるのだが、退職記念号の場合、


退職を記念する → 退職することがめでたい → その先生が辞めることはめでたい


( → おまえが辞めるんでせいせいする → 以下自粛 )


というように連想してしまうのだ。今回の場合は、お世話になった先生なので、そんなこと考えていないけど(と、言い訳しておいて)、本当にそう思ってしまうケースもあることは否定できない。


こんな風に考えるのはひねくれ者の証拠か。

オリエンテーションの準備

来年度というか今年も、4月に入って泊まりがけの新入生のオリエンテーションがある。


同業者と話をするたびに、「今年は当たり」、「今年は無事はずれたよ」などという話題が出る今日この頃である。宝籤ならあたった方が良いのだが、こういう行事に参加するかどうかは、はずれた方が良いようで。


教授会等で役割を決めようとすると、相変わらず「自分は以前から主張しているように、このような行事には断固反対する」などと大声でわめいて、結局仕事をしなくて済む人もいる。


生き方としてはどっちが良いんだろう、なんてたまには真面目に考えてしまうこともある。


しかし、泊まりがけでやっても、普通に教室でやっても、わかる人はわかるけど、わからない人はいつまでたってもわからない。唯一のメリットは、新入生同士で友達になるきっかけを与えてあげることができるだけ。今は、そこまでお膳立てしなければいけないんでしょうかね。

年を越せるか?

先日、学内の研究費の執行期日がついに来てしまった。以前にも書いたけど、最後は役人のように、まさに消化した、という感じである。


科研費のプロジェクトは、来年度も継続する。でも、今月の研究会の出張旅費には使用できない。もちろん、前もって期日を定めて、あらかじめ申請しておけばよいのだが、年々多忙になっていくメンバーのスケジュールを調整するのは結構難しく、多分に流動的なところもある。そんな状況だから、不便この上ない。


ということで、今月の出張を伴う研究会はすべて自腹。おそらく、確定申告で税金を納めなければならないし、勤務先でも、退職される先生の歓送会(慰労会?)の会費も払わねばならないし・・・。年度末って結構物いりです。


年度で動くこの業界。この3月がまさに年末。ちゃんと年を越せるだろうか。3月のボーナスが懐かしい。


教授会の座席

教授会では、皆さん、どのように座っていますか?


自分は今まで恵まれていたのか、前任校でも今も、学部長(通常は議長だと思います)など、偉い方々を除いて、着席場所は自由。もちろん、何となく座る場所が決まってくるということはあろうかと思いますが。


ちなみに、今の会議室は、机が会議室の形に添って長方形に並べられていて、自分はまるで学生のように、(議長席から見て)後方の方に座っています。たまに誰かにその場所を取られると悔しかったりして(ガキですね)。


でも、これも大学によって大部事情は異なるようで。聞いた話では、次のようなパターンがあるようです。


(1)着席場所が指定されている。もちろん、職位によって場所が異なり、教授の方が上座らしい。


(2)場所が決まっているだけでなく、名札がある(国会みたいな感じでしょうか)。


(3)机が二重の長方形に並べられている(前の列だと後ろに人がいるので苦痛らしい)


(4)まるで教室のように机が並べられている(よくある刑事ドラマの捜査会議のような配置)


まあ、勤務先の場合、さらには、途中退室(一時的なものを含む)が多いのが特徴でしょうか。(1)や(2)だと、途中退室だけでなく、休みづらいですね。ちなみに、途中退室で一番多いのが、喫煙組のちょっと一服。あと、トイレかな(結構長々とやっていることが多いので)。


そういえば、前任校では、長老の先生が、「教授会は最も大事な仕事だから、きちんとした服装で出席するように」と言っていました。きっと、ドレスコードが決められている大学もあるかもしれませんね。


校正はお好きですか?

原稿を書いていて嫌なこと、それは校正です。推敲ではありません。校正です。


もちろん、由緒正しき(?)学術雑誌の場合、内容の手直しはほとんど認められないようですが、学内紀要とか、商業誌なんかだと、(先方は嫌がっているのだと思いますが)結構手を入れちゃうこともあります。


まあ、一部の文系に言えることなのかもしれませんが、論文は締め切りが完成させてくれます。締め切りがなければ何時までもズルズルと書き直したいと思うし、結局は終わらない訳で。


となると、ゲラを見ると、直したくなりますよ。でも、全面的に書き直すことはできないので、部分的修正で終えなければならないと、あそこもここも直したいのに直せないというフラストレーションが溜まる訳で。


つい先日、年頭に掲げた今年の目標の「某先生の退職記念論文集」の原稿の校正を終えました。今回は、エイヤっと、結構手を入れてしまいました。でも、もっと直したかった。


その前にもっと完成した状態で原稿出さないとね。