大学という斜陽産業 -168ページ目

年を越せるか?

先日、学内の研究費の執行期日がついに来てしまった。以前にも書いたけど、最後は役人のように、まさに消化した、という感じである。


科研費のプロジェクトは、来年度も継続する。でも、今月の研究会の出張旅費には使用できない。もちろん、前もって期日を定めて、あらかじめ申請しておけばよいのだが、年々多忙になっていくメンバーのスケジュールを調整するのは結構難しく、多分に流動的なところもある。そんな状況だから、不便この上ない。


ということで、今月の出張を伴う研究会はすべて自腹。おそらく、確定申告で税金を納めなければならないし、勤務先でも、退職される先生の歓送会(慰労会?)の会費も払わねばならないし・・・。年度末って結構物いりです。


年度で動くこの業界。この3月がまさに年末。ちゃんと年を越せるだろうか。3月のボーナスが懐かしい。


教授会の座席

教授会では、皆さん、どのように座っていますか?


自分は今まで恵まれていたのか、前任校でも今も、学部長(通常は議長だと思います)など、偉い方々を除いて、着席場所は自由。もちろん、何となく座る場所が決まってくるということはあろうかと思いますが。


ちなみに、今の会議室は、机が会議室の形に添って長方形に並べられていて、自分はまるで学生のように、(議長席から見て)後方の方に座っています。たまに誰かにその場所を取られると悔しかったりして(ガキですね)。


でも、これも大学によって大部事情は異なるようで。聞いた話では、次のようなパターンがあるようです。


(1)着席場所が指定されている。もちろん、職位によって場所が異なり、教授の方が上座らしい。


(2)場所が決まっているだけでなく、名札がある(国会みたいな感じでしょうか)。


(3)机が二重の長方形に並べられている(前の列だと後ろに人がいるので苦痛らしい)


(4)まるで教室のように机が並べられている(よくある刑事ドラマの捜査会議のような配置)


まあ、勤務先の場合、さらには、途中退室(一時的なものを含む)が多いのが特徴でしょうか。(1)や(2)だと、途中退室だけでなく、休みづらいですね。ちなみに、途中退室で一番多いのが、喫煙組のちょっと一服。あと、トイレかな(結構長々とやっていることが多いので)。


そういえば、前任校では、長老の先生が、「教授会は最も大事な仕事だから、きちんとした服装で出席するように」と言っていました。きっと、ドレスコードが決められている大学もあるかもしれませんね。


校正はお好きですか?

原稿を書いていて嫌なこと、それは校正です。推敲ではありません。校正です。


もちろん、由緒正しき(?)学術雑誌の場合、内容の手直しはほとんど認められないようですが、学内紀要とか、商業誌なんかだと、(先方は嫌がっているのだと思いますが)結構手を入れちゃうこともあります。


まあ、一部の文系に言えることなのかもしれませんが、論文は締め切りが完成させてくれます。締め切りがなければ何時までもズルズルと書き直したいと思うし、結局は終わらない訳で。


となると、ゲラを見ると、直したくなりますよ。でも、全面的に書き直すことはできないので、部分的修正で終えなければならないと、あそこもここも直したいのに直せないというフラストレーションが溜まる訳で。


つい先日、年頭に掲げた今年の目標の「某先生の退職記念論文集」の原稿の校正を終えました。今回は、エイヤっと、結構手を入れてしまいました。でも、もっと直したかった。


その前にもっと完成した状態で原稿出さないとね。

勉強させてください

「勉強させてください」


「(レポート等)どんなことでもやりますから」


試験、特に卒業がかかった学生が再試験が終わった途端、自分を訪ねてきて言う台詞。今年も今までのところ、数名やってきました。中には集団で同じことを言うというか、代表者が皆の気持ちを代弁するパターンも。


以前は、


「勉強は自分でするもので、こちらからしてください、とお願いするものではありません」


「どんなことでもするのなら、勉強してね」


なんて、いろいろ言った(嫌みも入ってるのかなあ)ものですが、最近は、こんな感じかな。


「講義ちゃんとでてる?講義でも言ったように、特別レポートとかは一切しないって言っているからね、あなただけを特別扱いすることはできないんだよね」


この時期、自分を訪ねてくる学生は、名前も顔も知らない学生で、言うことと言えば、こんなことばっかりです。


そういうときは在宅勤務作戦をとって、大学に行かないようにしても、事務を通して「連絡してほしい」と言って、携帯電話番号を残していく学生までいます。


ということで、今や大学に行ってもいかなくても、状況は同じという訳です。

源泉徴収票がない

さて、この時期、毎年確定申告でちょっとばかり苦労します。


え、何でそんなに苦労するのかって。それはもちろん、節税のため。決して脱税ではありません。


毎年、本務校の他に非常勤を学内規定の上限の週2コマをこなしていますので、確定申告義務が生じます。でも、これは給与所得なので、追加で税金を払うだけ。節税も何もありません。


問題は、報酬、原稿料、印税など、経費計上が認められるもの。以前はおおざっぱな概算計上が認められたようですが、今はうるさいようです。


個人的には、領収書の裏付けのあるものに限ってしか計上しません。だから、普段からせっせと領収書をもらっています。これを計上するわけですね。


ちなみに、自分を含め、自分の周りの人たち(同僚とか共同研究者)にはベストセラー作家はいないので、原稿料・印税は雀の涙程度の額でしかありません。だからというわけではないのでしょうが、この部分については赤字申告にする人が多いです。その結果、源泉徴収された分が戻ってくる(もしくは非常勤手当に対する税金支払額から差し引く)ことになります。


さて、今年も申告書を書くか、と思ったところ、肝心の源泉徴収票が見あたりません。それを除いて申告するとさすがに脱税になってしまいましので、やめておきました。


源泉徴収票は再発行してもらうしかないので、今年の申告は期日ぎりぎりになりそうです。

無駄な努力、あるいは悪あがき?

この時期、こんなネタしかないのかなあ。


自分の担当する科目の中には、成績評価を平常点と試験を半分ずつ行う、とシラバスで明示しているものがある。講義の第一回目のガイダンスの時にも、「平常点が零点の人は、試験を受けても単位を認定しません」と明言している。


ここでの平常点は、単なる出席点ではなく、小テストやレポートによるもの。


受講生には、こう説明している。平常点は努力を評価します。だから、出来不出来は二の次です。ちゃんと取り組むことが大事です、と。だから、小テストの採点結果が仮に零点であっても、平常点は加算されます。もちろん、小テスト中寝ていて、名前しか書いていないような白紙には加点をしません。そして、試験は結果のみを評価します。答案用紙に書かれていることがすべてで、プロセスは関係ありません。


にもかかわらず、平常点が零点でありながら、試験を受けて不合格となり、さらに再試験を受ける者がいる。


はっきり言って、無駄なのに、「この単位がなければ卒業できないんです」なんて答案用紙に書いてある。だから、もう、この科目の単位は無いんですって。


今年はそんな学生がいないことを祈ってます。なにやら、最近祈ってばっかり。

再試験を前にして

今日、教員の共有スペースで一息入れていると、某先生が隣に来て、そっと耳打ちをしてくる。嫌な予感。

「○○先生から昨日電話があったんだけど、△△(学生)はちゃんと勉強しているのかなあ。」

「△△ですか?う~ん、実は年明けには講義に来ていたようですが、その他はあまり来ていなかったように思いますけど。」

△△は、学内ではちょっと有名なスポーツ選手なのである。四年生で、実業団にその競技で就職が決まっているらしく、その探りが入ったらしい。

「で、実際のところ、どうなの?」

「はっきり言って、厳しいですね。」

実は、この前の定期試験のテストは、零点だったりする訳で、これまでの経験上、再試験で一転合格点に達する学生は、非常に難しい。まあ、その先生は、どうにかして欲しいと頼まれた訳ではなく、状況を探って欲しいと頼まれたらしく、あと一言二言交わしただけで、話は終わった。再試験の受験科目の選択に当たっての情報収集と信じたい。

△△よ、自分の科目の再試験受験は避けてくれ! 

今はそう祈っている。

テキスト執筆依頼

講義がない期間(人によっては平然と休みという)なのだが、大学に行ってもあれこれ会議やらちょっとした打ち合わせやら何かで、研究室の席を温めている暇もない。会議前に10分ほど僅かな時間があったので、今日、送信される約束メールがあったので、研究室にメールをチェックしに行くと、電話が。


学生からの陳情電話だったらやだなあ、と思いつつ電話に出ると、相手は某出版社。来年度のテキストに指定した本の出版社だったから、品切れだとかの連絡かなあ、と思ったら、予想外に仕事の依頼が。


もちろん(?)、単著ではなく、分担執筆なのだが、テキスト用の本を書いて欲しいとのこと。編者となる知り合いの某先生が、自分を推薦してくれたらしい。


その先生の性格やら、これまでの経験からいうと、その先生から事前に一言あるのだが、今回はいきなり出版社からだったので、ちょっとびっくりした。せっかくの推薦は、お断りしない主義なので、これまた受けることにした。


カチカチ山が燃え尽きないことを祈りたい。

カチカチ山状態

よく、期限等が差し迫ってから物事を始めたりするような人を、「尻に火がつかないとやらないタイプなんだから」などと揶揄したりしますが、最近の自分は、尻に火がついてもやる気が起こらず、背中が燃えだしてかろうじてやり始める始末。


学生には、余裕持ってやりなさい、とか、そんなぎりぎりになってから始めるからいけないんだ、って説教するくせにね。


このような状態を、個人的に「カチカチ山状態」と呼んでいます。


燃えているうちはまだいいのかもしれません、近いうちに燃え尽きて朽ち果ててしまうかもしれません。


そんな状態なのに、ブログを書いている・・・。そう、気分転換も必要ですよね。

そんなこと相談されてもねえ

後期の試験の成績が学生に知らされる今日この頃、色々と学生が訪ねてきます。


先日も、卒業を控えた学生が研究室を訪ねて、こんなようなやりとりをしました。


学生「先生の授業の単位がもらえないと、卒業できないんです。テストもできませんでした。何か特別にレポートを出すなどしてもらえませんか。」


大抵、こんなこと言ってくる学生は、普段の講義で顔を見たこともない人物であることが多い。だから、(テストができなかったのは、おまえがちゃんと勉強しなかったからだろうが。ちゃんと講義に出席して勉強している学生はできてるぞ。)と思いつつ、



自分「もし君に特別にレポートを課して、それで単位を認めた場合、同じような状況なのに、研究室に来ないでレポートを出してもらえなかった学生は、不公平感を感じるんじゃない。もし、そういうのを認めるなら、受講生全員に認めなくちゃいけないと思うので、君だけに特別なことはできないしなあ。」

学生「そこをなんとかしてもらえませんか。」



実は答が決まっているのだが、ここで即答はせずに、少し考えるふりをして、



自分「う~ん、やはり、それはできません。」



こんなようなやりとり、毎年、数人とは行いますねえ。その結果、あきらめて帰る学生もいれば、粘り続ける学生、悪態をついて帰る学生など、いろいろいます。


一応、このようなスタンスなんですけど、困るのが、教員が直接依頼してくること。ゼミの担当教員、体育会系のクラブの顧問など(そういえば、文化会系のクラブの顧問からは頼まれたことはないですね)。でも、やんわり「無理なものは無理」というスタンスで返答しています。幸いなことに、「どうしても頼む」と拝み倒されたことはないけれど、そうされたらどうしよう。でも、やっぱり断るんだろうな。


もしかして、自分は血も涙もない人間なのかな?