アトピー性皮膚炎は、人側の変化と、菌の変化があいまって、病気は軽快あるいは増悪していきます。

人は遺伝子が変化しないようになっていますが、アトピー性皮膚炎につくブドウ球菌の遺伝子は変化していきます。

 

コロナウイルスが頻回に遺伝子塩基を変化させ、新種のウイスルをつくりだせるように、人に寄生する菌も同じようなスキルを持つ現象を紹介しましょう。

原核細胞においては、一塩基単位の遺伝子変化が菌の性状を変化させます。

 

今、遺伝子のSNP変異(1塩基多型)が、どの位の頻度で起きるものなのだろうか?が話題になってますね。
どの位の頻度で起きるかについては、一定のものでなく、細胞ごとに多様なんですね。

まずは、細菌についてのデータの紹介を紹介したいと思います。

生命現象の基本として、生命体は、生存に適切な条件を常に探していまず。
そして、基本知識として、生命現象は、多様であることで生存が可能になる基本知識を押さえましょう。
ヒトにおいても、腸内細菌、皮膚細菌叢において、多様性を常時維持していることが健康保持に必須なんです。

多様性が破綻すると病気になります。

今回は、アトピー性皮膚炎を例に考えていきます。

アトピー性皮膚炎では、高頻度で病原性の黄色ブドウ球菌が増殖しています。
皮膚の細菌叢マイクロバイオームの変化が起きています。

健康人皮膚の細菌叢は、黄色ブ菌はそれほど多くはない状態で、ブ菌以外にも、多様多様な無毒性の菌から構成されています。

一方で、アトピー性皮膚炎においては、黄色ブドウ球菌が増えている現象は、かなり以前からわかっていました。
このブ菌の増加は、ADの原因なのか、あるいは、結果なのかが議論の途上でした。


病原性の黄色ブドウ球菌が皮膚で増殖すると、皮膚の一番上にいる、表皮角化層の細胞が黄色ブドウ球菌の増殖を感知します。
ブ菌が増えすぎてくれれば、ホストの免疫皮膚は、ブ菌の排除に開始ます。

黄色ブドウ球菌はフェロモン様の毒素を産生ます。
そうしたブ菌由来の毒度を、皮膚の表面の角化層細胞が感知して、Il-1 IL-16などのサイトカインをだします。
ブ菌由来の毒度は、アラーミンシグナルとして働きます。

次に、その情報は、表皮の下の真皮で待機するマスト細胞に伝わり、マスト細胞はTh2型の反応を起こします。
Th2型の反応は、アレルギー反応に特徴的な反応ですから、アトピー性皮膚炎を持つ人の皮膚ではこの反応が強くおきます。


ところが、こうした人の免疫反応に対抗する生存のためのスキルは、ブ菌側も備えています。
菌側も、菌の生き残りをかけた戦術を持っています。

それがクオラムセンシング(QC)と略と呼ばれる、菌側の感知力です。
英国議会での票により議決が左右されるというところから語源のクオラムが来ているようです。

ブ菌は、Agrと呼ばれる複数の遺伝子群(ACDB)を持っていて、この領域をArgクオラムセンシング(QC)領域と呼びます。
この領域から作られる物質があり、これらを利用して、ブ菌は周りの状況を感知して、自らの増殖速度や性状を変化させることができます。
つまり、ブ菌が自ら作りだす物質を使って、ブ菌は、周りの環境を感知して、ブ菌自らが増える環境にあるかどうかを見るということです。

この感知のための遺伝子領域の近傍には、毒素δトキシンを出す遺伝子もあります。
両遺伝子は、共通のプロモーターで動くため、毒素(δトキシン)の産生と、クオラムセンシング(QC)機能が一体化しています。
ブ菌は、トキシンをだしながら、生育環境を見ています。

トキシンの一種であるδトキシン欠損株を、マウスの皮膚に塗りつけると、δトキシン欠損株は、皮膚に生着できるものの、炎症惹起力は低下します。
つまり、δトキシン欠損株は、ホストの真皮マスト細胞を活性化することができなくなりますので、皮膚に炎症が起きません。
δトキシン欠損株の感染では、ホストのTh2型反応が低下し、OVA(卵白アルブミン)感作能が低下します。
ホストの免疫細胞として、皮膚真皮のマスト細胞が関与しているということです。
こうなったマウスにマスト細胞を補うと、Th2型炎症は復活します。
(Nakamura et al、Nature論文)

少し難しくなってしまいましたが、マウスは野生株のブ菌では炎症を起こしてしまいますが、菌からその毒度産生能を一部を欠損させると炎症が軽快するというストリーです。


ブ菌は、皮膚の外にしかいないことに注目しましょう。
つまり、ブ菌が皮膚の深部まで入らないように、人やマウスの皮膚の細胞がブ菌の増殖を抑えるために、活躍しています。
皮膚細胞が炎症を起こすことで、ブ菌を外に置いたまま、皮膚深部に入れないようにしているのです。

その効率が悪いアトピー性皮膚炎では、ブ菌は増えてしまうので、真皮のマスト細胞が活躍して、炎症が増強するという結果に至ります。

それでは、次に菌側からの生存条件を見てみます。菌はできるだけ皮膚に生着しようといます。
つまり、ブ菌側も、ホストの排除能に打ち勝って、皮膚での増殖を維持する必要があります。

そのために、ブ菌は弱毒化していくことができるのです。
ブ菌が弱毒化していくためには、毒素産生の遺伝子が働かなくなることです。
そこで登場するのが、SNP変異です。
やっと、勉強してきたSNP変異のお出ましというところです。

ブ菌は、QSで自分の増殖程度を見ながら、生育の条件が整っていると、毒素をまき散らして、ブ菌だけが増えるように頑張ります。
ところが、ブ菌は、そうした条件が整っていないと判断すると、毒素産生性を低下させて、おとなしくなっていきます。

こうしたブ菌が持っている感知能力を実験で知るために、研究者は、菌を人工的に改変させて毒素産生能を低下させたブ菌株を作ります。
そして、その低下株の増殖能力と、毒性の変化との関係を観察します。

研究者が、いろいろ実験した結果、ブ菌産生毒素成分のうち、特にPSMαと呼ばれるトキシンが大事であることがわかりました。
PSMαを欠損したブ菌では、マウス皮膚への生着はできるのですが、角化細胞への障害能は低下します。
当然の結果、真皮のマスト細胞への刺激性も低下します。
ブ菌は弱毒化して、生存を続けることができます。

人工的に遺伝子を欠損させて弱毒株をつくって実験した結果、知見が得られました。
しかし、こうした菌の弱毒化というは、自然界でもおきています。
つまり、ブ菌は毒素産生を抑えることにより、ホストの皮膚を刺激することなく、ブ菌自身は生着を続けることができるというわけです。

人間社会でもよくある忖度や、長いものには巻かれる思想と同じに、ブ菌側も変化します。
菌は、その場で生き延びることができるような遺伝子改変をして、免疫機能と闘わず妥協するタイプの菌に変身していくのです。


こうした現象が実際におきているが、アトピー性皮膚炎を発症した子供たちの研究からわかってきています。
その方法論ですが、赤ちゃんの頬についている菌を培養し保存しておきます。
そして、生後 1か月、6か月乳児頬から採取しておいたブ菌の性状と、その乳児が1歳になった時のアトピー性皮膚炎症の有無との関連性をみていきます。

赤ちゃんの頬から菌の遺伝子(SNP解析)をして、SNP解析で塩基の変異をどのように積み重ねているかをみていきます。
すると、6か月乳児からでとれた菌においては、ArgC領域を中心にAgrQS領域にわたり、高頻度で塩基変異が生じていました。

健康小児の皮膚は、ArgQS領域における機能喪失型の菌を誘導できることになります。
そして、この菌に変身していくと、増殖能は低下しています。
アトピー性皮膚炎を発症しない健康皮膚においては、ブドウ球菌の遺伝子変異が誘導されているのです。

一方、こうした現象を、ブ菌側から評価すると、自分だけ良かれのブ菌独占はできなくなるものの、生存は続けることができるようになります。菌が自らの性状を変えて善玉菌となっていくことがわかります。

つまり、言い方を変えると、ブ菌のArgQS領域遺伝子において、高頻度で塩基変異が起き、その結果、ブ菌は、AgrQS領域に負の制御をかけることができるということです。



こうした臨床観察から、乳児において、健康皮膚が獲得されていくる能力は、菌が改変されていく過程と関連することがわかりました。

次は、知見から得られた知識を利用して、アトピー性皮膚炎の治療を考える事になります。

つまり、AgrQS領域に変異のある株を使用して、アトピー性皮膚炎の治療に使えないかの研究が進行中です。
弱毒性のブ菌を利用するチャレンジも行われています。

常在性のブ菌(S.epidermitis, S.hominis)の弱毒株も、ArgQS遺伝子は保有していています。
しかし、常在性のブ菌では、毒素が黄色ブドウのものと異なります。
弱毒菌の産生物質は、黄色ブドウ球菌の産生物質を抑えることがわかったので、弱毒菌の産生物質を治療に使えないかの考えが出てきます。
常在性菌のArgQS遺伝子を利用して、黄色ブドウ球菌のArgQS遺伝子の機能を変化させていこうとする治療介入が、今も行われています。

参考文献
Teruaki Nakatsuji et al.
Development of a human skin commensal microbe for bacteriotherapy of atopic dermatitis and use in a phase 1 randomized clinical trial