ベルマークの収集を変える 2
ベルマークの回収方法を変えて、
第一回目の集計を行った。
回収方法自体に問題はないようだったが
それを徹底できなかったという事が起こった。
締め切りになっても、いつもより数が少なすぎるので
校内放送で呼びかけたところ、
担任の先生のところに 回収袋が滞っていることがわかり
結局、仕分けのほとんどを、いつも通り親がやることになってしまったのだ。
校長先生と、教頭先生に
「先生方にも回収方法が変わるということをお伝えください」
「子どものほうにも指導お願いします」
と言ったんだけどな。
回収方法が変わります、というプリントも、教職員に回しているはずなんだけどな。
「こんなところにこんな入れものが置いてあったんですか」
「全然知りませんでした」
あのね
PTAのPは親、Tは教師で、先生も立派にPTA会員で
PTA会費も支払っていただいておりますのよ?
ただの保護者会だと勘違いしないでいただきたい。
最初の試みというものは、なかなかうまくいかないものですね。
次回は、今回の反省をふまえていきます。
この一年で、いろいろなことを試し、PTAを変えていきますぞ。
ベルマークの収集を変える
今までは、子どもは 回収袋に入れたベルマークを
家庭から持ってきて、担任の先生に提出するだけで
ベルマークを番号ごとに分けて点数を数えまとめるのは
PTA役員とお手伝いの保護者で行っていた。
親と子どものどちらにも、負担の少ないベルマーク回収ができないか。
そこで作ったのが、これ。
牛乳パックを利用して、番号ごとの入れものにした。
子どもたちは、休み時間など空いている時間に、ここに来てベルマークを番号ごとに入れていく。
今日は初日で、ちゃんと集まってるか心配だったが、きちんと分かれて入っていた。
まかせれば、できるのだよね^^
収集期間は、2~3日。
締め切り日には、保護者が来て、計算することになっている。
初めての試み、まずはやってみよう!
C A P
毎年5年生を対象に行っているCAPプログラム。
CAPとは、 Child (子ども)Assault (暴力) Prevention(防止)の
頭文字をとったもので、あらゆる暴力(虐待・いじめ・誘拐・性暴力など)から
自分たちの身体や心を守るために、子どもに何ができるかを伝える
教育プログラムのことである。
このプログラムには、「おとなワークショップ」と「子どもワークショップ」があり、
おとなワークショップは、子どもが受けたワークショップの内容を理解し
子どもからのS・O・S発信を受け止めることができるように目指すものである。
当然、5年生が子どもワークショップを受けるので、5年生の保護者が
同時におとなワークショップを受けると、効果的なのだ。
CAPは、子どもが暴力から自分の身を守るために何ができるかを
子どもたち自身で考え、身に付けることを目的としていて
「~してはいけない」「~しなさい」と言う風に、押し付けの対処法を
教えるものではないところが、ユニークな点である。
寸劇(ロールプレイ)やディスカッションをしながら、子ども自身が実際に
ワークショップに参加・体験していく方法なのだ。
具体的には、人権が侵害される(=暴力を受ける)場合にどうするのか。
NO・・いやだという意志を表明する。
GO・・その場を離れる。
TELL・・だれかに相談する。
一人ではできないときは、友だちや、信頼できる大人に手伝ってもらう。
知らない人に話しかけられたときは
・知らない人には、自分の情報を話さない。
・相手から腕2本分伸ばした位の距離をとる。
・危ない目に遭ったときには、特別な叫び声をあげて逃げる。
など、危険を回避するための方法なども伝えていく。
CAPはアメリカから生まれ、子どもを狙った犯罪が増えてきているため
日本でも、急速に広まっている教育プログラムだ。
私がCAPを初めて知ったのは、今から8年前のことである。
その頃は、まだCAPはそれほど知られていなかったし、引越し先の今の学校で
担任の先生にCAPをしてはどうか、と言ったときも、先生は無反応だった。
この数年間で、子どもへの犯罪がどれだけ増えたことか・・・・
本当は、CAPのような講習会を開く機会は少ないほうが良いのだろうが
ワークショップの講師の方々は、あちこちの学校や公民館などをまわり
忙しく活動されているのが現状だ。
子どもたち自身で、自分を守るといっても、やはり最後には
大人の助けが必要だ。
周りの大人たちは、子どもの信頼を裏切る事がないように
子どもの話しを聴く(※聞く、ではない)ことが大事である。
信頼できる大人がいること、それが何より子どもを勇気付け
子どものチカラを引き出すのである。
<参考図書>
- 森田 ゆり, 平野 恵理子
- あなたが守る あなたの心・あなたのからだ
- 森田 ゆり, たくさんの子どもたち
- 気持ちの本
会長の仕事
書記と会計には、ハッキリとした仕事がある。
会長と副会長には、これが仕事だよ、というキマリはない。
いろいろな活動に関わる雑用に
気がついた人がこなしていく、という感じだ。
会長には、公の場での挨拶だとか、青少協での役員兼務だとか
一応、会長の仕事というのはあるけど
副会長がしたってかまわないんだよね。
だけど、これだけはイヤだなってことがある。
私がPTA役員に初めてなった頃
今とは本部の雰囲気がちょっと違っていた。
運動会のお手伝いで、私は 来賓席でお茶をふるまう係りになった。
運動会もたけなわ、子どもたちの熱戦に、つい我を忘れて見入っていると
当時の会長が、私たちのところにやってきて
「来賓の方にお茶のおかわりをしてください」と、指示した。
それがいかにも偉そうだったので
私は内心、「あなたの使用人じゃありません」と呟いていたものだ。
PTA役員は使われる立場じゃない。
仕事をお願いするときに、「係りだから、するのは当然」という考えは
私はイヤだ。
というわけで、たぶん私は自分で動く。
お茶のおかわりが必要だと思ったら
運動会を楽しんでいる人に頼むより
自分でお茶を入れたほうが気楽だ。
来賓のお茶のおかわりぐらい、会長にだってできるんだぞ。
ってことで、ついつい自分で動いているから
なんだか、会長という気がしない。
副会長が3人いるみたいなものだね^^
無理しないで
先日の総務会。
仕事をしている副会長から、メール連絡。
お子さんが熱を出し、朝いちばんで病院に行くので
遅くなるとのこと。
彼女は仕事もしていて、毎日忙しい。
病院でけっこう時間がかかり、総務会は出席できないことになった。
彼女はとても真面目な方で、副会長を引き受けるにあたっても
仕事とPTAの両立ができるかどうか迷いつつ、それでも引き受けてくれた。
働いてる方にとっては、仕事と家庭の両立も大変なところに
PTA役員の仕事が増えるというのは、本当に大変。
大変と一言で片付けられないほどに、忙しい日々なのだ。
仕事、家庭、子ども、PTA・・・・・。身体がいくつも欲しいはずだ。
自分の都合の良い時間、都合の良い活動、
それを望んで何が悪いのだろう。
何に気兼ねする必要があるのだろう。
彼女はこれからも欠席することがあるかもしれない、と
申し訳なさそうに言う。
本部役員だからって、無理する事無いんだけど。
他の役員と同じ。できるところだけで良いのだけど。
やっぱり、要らない活動はやめよう。
やって当たり前、なんて活動は 無い。
感謝されない活動だったら、PTAがすることはないと思う。
やってなんとも思われない活動は
やらなくてもかまわない活動なのだ。
周年行事
来年、うちの学校は30周年をむかえる。
30周年行事が、あるわけだ。
周年行事というのは、PTA活動なのだろうか?
当然のように、周年行事の実行委員会や周年行事の費用について
話しをされると、私は「?」と首を傾げてしまう。
周年行事は、子どものための活動と言えるのだろうか。
記念誌や記念品は、ちょうどその年にあたった子どもには
配られても、それ以外の年度に在学した子どもには、何も無い。
PTA会費は、子どものために還元したい、という考えでいた会計さんは
多額の周年行事の積立金に、ため息をついていたものだ。
PTA創設何周年を記念して、ということなら
PTAが動くのも理解できるけど。(そんな記念なんか必要ない)
学校の周年行事はPTA主体で、という話しだったら、私は 即、断る。
教師は忙しくて、というのは理由にはならない。
だったらPTA役員はヒマなのか、と逆に問い詰めたいほどだ。
周年行事をどうするのか。
それは学校が主体で決めることであって、
PTAはお手伝いとして、協力をするだけのことである。
周年行事の年は、役員のなり手がとくに少なくなると言う話しも聞く。
ハッキリ言って、周年行事は、負担が大きすぎるのだ。
かなりのお金と時間を消費するものである。
学校側と、PTA役員が協力して、なるべく負担が少ないような内容で、
PTA会費を使うのであれば、子どもに還元できるようにしていきたい。
「そろそろ30周年ですが、周年行事はどうしましょうか?」
なんてお伺いは、私は一切しないつもりだ。
無きゃ無いほうが良い、とさえ思っている。
バザーやおまつりの売り上げを、周年行事に使うなんて
勝手に思われちゃ困る。
他の学校のPTA、他のPTA会長は黙っていたかもしれないが
私は違うよ。
PTAの協力が必要なら、「おまかせします」ではなく
「一緒に、どうするか考えていきましょう」ということから、話し合いましょう。
毎年思うこと
「一日お手伝い」というのは、通年の役員とは違って
その行事のときだけ、PTA活動に参加する役のことである。
ベルマーク集計や運動会などの学校行事、
バザーやおまつりなど、役員だけでは手が足りない
大きな行事に参加してもらう。
通年の役員の負担が大きいとか、役員にまかせきりな人が多いとか
PTA役員に関して、不公平感がおきているなかで
「全員が、なにかひとつでも活動に参加しましょう」ということで
「一日お手伝い」が導入されたのだ。
「一日お手伝い」をとりまとめる部署から質問があった。
「どうしても、活動ができない、という人はどうしましょうか」
たしかに、全員がなにかひとつ・・とは言うものの
なかには、物理的に無理、という人が必ずいるものだ。
そういう方はしかたないな、ですませられないものなのか。
「逃げている」と見られてしまうのか。
役員を「逃げる」という言い方、私の一番嫌いな言い方だ。
「逃げ切った」、いったい何から逃げるというのだろう。
ボランティアであるはずのPTA活動を逃げる、というのは
どういうことなんだろう・・・・。
イヤイヤしている子どもを無理やりに座らせて
「はい、あなた、これやって!」と強制しているような場面を
思わず想像してしまう。
PTAは、ボランティア活動だ。
決して、強制的なものであってはいけないはずだ・・・
いつも、そう思うのだけど
現実はそうではない。
くり返し伝えたい。
PTA活動は、ボランティアです。
こどものために、という思いが原動力です。
何かしてあげたい、というあなたの想いを
無駄にはいたしません。
会長になって初めての挨拶で言ったことは、変わらない私の気持ちだ。
これからも、気軽に参加できるPTAを、
会長を辞める日まで、模索し続けていく。
どうなることやら・・・
学校評議員
学校評議員なるものになったので
今日は、会議に出席した。
学校評議員とは、地域や社会に開かれた学校づくりをするために
校長が、学校外の意見を聞くためのもの。
町内会の会長や、地域で子どもに関わる仕事をしている方など
教職員とは違う立場で学校を見て意見を述べる事ができる人に
教育委員会が委嘱するものである。
そこでも防犯や地域との交流のことが話題になった。
自治会のまつりや行事に、子どもが参加しなくなったとのお話だった。
最近の子どもは忙しいのか、部活に縛られているのか、と
自治会会長さんが嘆いていた。
防犯の始めの一歩は、まずお互いが顔見知りになることから。
顔の知らない人から話しかけられるのは、恐怖を感じることもあるだろうし
顔の知らない子どもに、うっかり注意もできない。
そう考えて、収益だけが目的ではなく、学校でのバザー開催も考えてきたし
学年活動などの交流活動を重視してきた。
地域の交流や連帯なくして、快適な子どもの学校生活はありえない。
門を作ったり、施錠したり、環境整備は必要だが
最後はやはり、人が人を支えていくのだと思う。
ルールやマナーは、人間同士の交流からしか身につかない。
最近の大人や若者を見て、特にそう感じる。
地域との交流で、もっと子どもは大人と接する方が良いのかもしれない。
もっとも、手本となる大人がダメダメじゃ逆効果だろうけど・・・
学校評議員を、もっと学校側でも活用して欲しいし
うるさい人だと思われるかもしれないが、気のついたことは
もっとどんどん、学校に進言するべきだな・・・と
今日思った次第。
子どもと教師が、安心して学校生活をおくれるように
PTAも地域と連携していかなくてはならないね。
やることはやる
私はけっこう長くいろいろPTA役員をしているけれど
一生懸命やっているわけではない。
とりあえず、目の前にある問題や しなければならない事柄を
順番に片付けていってるだけにすぎない。
モトがぐうたらな人間なんだ。
じゃ、PTA組織を変えるということはどうなのか、と
いうと、やっぱり、ぐうたらだから
面倒な組織はイヤなのである。
誰かが「この活動って、意味あるの?」って言えば
「じゃ、やめよっか」ってすぐ言っちゃうし
「空き教室なくなって、PTA会議室なくなったらどうする?」
と聞けば、
「じゃPTAなくすか」って、ラクなほうに転がってしまうのだ。
他の人たちだって、時間に余裕があってPTA活動しているわけでなし。
みんな、生活してて片手間でやっているんだし。
無駄な活動に貴重な時間を使いたくはないし。
PTAが必要であるなら
なぜ、必要なのか、
PTAがなくなってしまったら
どうなるのか、
細かい事を考えてみんなの意見を取り入れていたら
変えることなんか簡単にはできない。
私の答えはいつもシンプルだ。
「やりたくないなら、やめりゃいいじゃん」
いや、必要なんですよ、これ・・っていう活動なら
やりたくないと思う人の気持ちの底を
上げることが大事なんじゃないだろうか。
自分だけじゃない、役員だけじゃない
必要なことは、やる。
本当に必要な事って
そんなにたくさんはないように、思っている。







