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令和万歳!

みなさま、ご無沙汰しております。

このひと月は、心静かに

平成の御代を見送りながら、

令和の到来を慶賀したいと

思っています。

 

ところで、

いないいないばあっ!」の

ワンワンを観るたびに、

昔のブログ友の、

小山あらんさんのことを

思い出します。

 

このあいだふと

ワンワン

テレビで見かけました。

いつもの

ゆきちゃんじゃない子が

おねえさん役を

してたようでした。

飛行機になろう

ぶーん

と遊んでいたときに、

ワンワンはこっそり

飛びます飛びます

なんて言ってました。

坂上二郎さんかいっ。

いや、ひょっとして

二郎さんのモノマネする

鶴太郎かいっ。

どっちにしても懐かしいわ。

今どきのお母さんには、

ぜったい通じないやろね。

 

 

非常に久しぶりですが、

ぼくは生きてますよ。

現在は仕事も変わり、

仕事じたいは悠々と

してます。

でも、

同居の両親(ふたりとも認知症)

の介護に明け暮れる毎日です。

かなり、つらいです。

ここには楽しいことしか書きたくないのですが、

グチらせていただくかも知れません。

 

 

現代経済学

まだ読了していないが、

瀧澤弘和「現代経済学」中公新書2018の中に、

日産ゴーン事件を考えるときの

指針になりそうな記述を発見したので、

備忘のために、転記しておく。

(以下引用)

 また、コーポレート・ガバナンスをプリンシパル・エージェント理論に基づいて論じることに対しては、異論も多い。ここでは、岩井克人による反論を説明しておきたい。

 岩井によれば、単に営利企業を意味する「企業」と、法人という形態をとる「会社」という二つの概念を区別しておくことが根本的に重要である。法人としての会社はモノとして所有の対象となるという側面と、ヒトとして契約主体になるという側面からなる二重構想を持っている。モノとしての側面は、法人がヒトとして資産を所有し、さまざまなステークホルダーと契約を締結することに示されている。しかし、契約主体になるといっても、法人自体は生身の人間ではないので、誰かに仕事を任せなければならないだろう。この「仕事を任す/任される」という関係が契約関係ではなく、信認関係であると論じるのが、岩井の議論の重要なポイントである。

 岩井によれば、信認関係とは、任される者と任す者とが絶対的に非対称な関係にあるときに生じる独自の法的カテゴリであって、自己利益/自己責任を基盤として成立する契約関係とは異なるものである。たとえば、後見人制度などは絶対的に非対称な関係を前提とした信認関係である。絶対的に非対称な関係に成立すべき信認関係を契約関係に置き換えるならば、仕事を任される者が仕事を任せる者の立場で自分自身と契約することになってしまい、実質的な自己契約をするという矛盾が生じてしまう。

 その結果は、仕事を任されたものが任せる者を搾取できることになってしまうだろう。このような事情があるため、信認関係において信認される者は、忠実義務のような倫理的義務を負うことになる。契約関係が自己利益/自己責任を基盤として成立するのとは対照的であり、信認関係という独自の法的カテゴリが必要となる理由はここにある。

 この観点からは、経営者は会社との間に信認関係を結んでいるのであって、株主との間に直接的な契約関係を結んでいるのではない。株主と経営者の間に、自己利益/自己責任を基盤とした契約関係=プリンシパル・エージェント・モデルを当てはめることは端的に間違いなのである。現在の主流派経済学のコーポレート・ガバナンス論はこの点で誤りに陥っているのであって、しかも理論的誤りが受け入れられることによって、もたらす被害は甚大である。アメリカの所得不平等のほとんどは、高額の報酬を得ている一部の経営者たちの驚くべき高収入によって説明できるからだ。もちろん、この現象は上で述べたような「自己契約」によって生み出されたものなのである。

(引用おわり ibid, p.193-p.195)

 

読者のみなさま、お元気でお過ごしでしょうか。

ぼくは自由にできる時間が増えたものの、

そのほとんどを

同居する両親の介護のために使っています。

正直、介護疲れもたまってきて、

いつまでもつか、不安です。

さて、今回の記事は、

文字ばかりの長文でつまらないものですが、

日産ゴーン事件の本質を考える

道しるべにはなるのではないでしょうか。

ぼくが大学の一般教養でかじった経済学とは

比較にならないほど、

現代経済学は発展していることに

驚きを覚えながら、

ゆっくりゆっくり読み進めています。

 

読者のみなさまの、

いや益々のご発展を

お祈り申し上げます。

これからも末永く、お付き合いのほど、

どうぞ宜しくお願いいたします。

 

 

四国88カ所巡拝(番外篇)

四国88カ所巡拝(最終日)

四国88カ所巡拝(3日め)

四国88カ所巡拝(2日め)

四国88カ所巡拝(1日め)

砂川奇勝

BEのぶさんが、紹介してた

砂川奇勝」に行ってきました。

在りし日の大「砂川奇勝」と、

雄大な大自然を夢想して、

不思議な世界を

彷徨ってきました。

 

こんな崖も

脳内で加工すると、

グランドキャニオンか

ラシュモア山の

雄大な景色を

髣髴とさせます。

 

今は住宅街の

中の小さな公園しか

残っていませんが、

それでも中には

奇巌がポコポコと

見受けられます。

一部残った崖を見上げて、

昔の大パノラマを

夢想したのでした。

 

 

それにしても、今日は、

メチャクチャに暑かったです。

汗が噴き出して、

熱中症になりそうでした。

すぐに車に戻って

水分補給をしました。

悲しみのブログ

読者のみなさま、

たいへんご無沙汰して

申し訳ございません。

 
この3月に
転職いたしまして、
ドタバタといたしておりました。
その件については、
またいずれ何か書きたいと
思っています。
 
そうこうするうち、
ぼくの愛読していたブログの
作者さんが、
お亡くなりになったと
身内の方から昨日
知らせをうけました。
ブログでのつながりとは言え、
けっこうリアルで有意義な交流であったと
思います。
それだけに
非常にショックで、
哀しみにひしがれております。
 
ぼくは生きています。
そして、これからも
ぼくの拙いブログを読んでくださる、
読者のみなさまと、
せいいっぱい
心の交流をしていきたいと
思っています。
 
ご存知のとおり、
たまにしか更新しませんが、
どうかこれからも
末永くお付き合いください。
 
 
 
改めまして、この場で、
故人のご冥福をお祈りしたいと思います。
合掌。
 
 
 
 

 

南無大師遍照金剛

映画「空海 美しき王妃の謎

を観てきました。

最初から期待はしていませんでしたが、

もしもお大師さまにすがる思いをお持ちなら、

観ないほうがいいですね。

 

中国語の題名が「妖猫伝」というだけに

化け猫の話です。

 

空海も

白楽天も

阿倍仲麻呂も

玄宗皇帝も

楊貴妃も

 

どうでもいいような内容です。

お大師さまが

妖術使いのように

描かれていて、

ちょっと残念な気もします。

 

もっともっと恵果和尚との

師弟愛とか、

いかに留学僧として

すぐれていたかとか、

描かれていてもよさそうにも思いましたが、

化け猫の話なんです。

 

猫好きの方にはいいんでしょうね。

ぼくは猫が許せないぐらい

犬が好きなんです。

 

ちょっとだけ、

長安の様子が、

CGで描かれていたのは

よかったんですが、

あまりに作り物っぽくも

思えました。

 

そんなわけで、

お大師さまを慕うみなさま、

急いで見に行く必要はないと思います。

猫好きのみなさま、

化け猫をお楽しみください。

 

もう一ついい点をあげれば、

空海役の染谷将太っていうのは、

ちょっとお大師さまの肖像画っぽい

味を出してましたね。

でも動作はまったく

ぼくの考える

お大師さまじゃなかったです。