よく道を尋ねられる。
ぼくはよく
道をたずねられる。
町を歩いていて、
ふと声をかけられる。
よっぽどマヌケな顔をして
歩いているからだろう。
アテネの街角でも
道をたずねられた。
あきらかに東洋人のはずなのに、
なぜ、アテネで道を聞いてくるのか?
このあいだ、
いつものように仕事帰り、
南海なんば駅の
改札を通って
入場したとたん、
「黒門市場はどこですか」
と声をかけられた。
東洋人のお兄ちゃん二人づれだった。
ちょっと「市場」の発音が、
「シチャン」みたいに
聞こえたから、
中国人かと思って、
「你说黑门市场吗?」
と中国語で訊き返してみたら、
キョトンとしていた。
「Korean?」とあらためると、
「コリアン、コリアン」という。
韓国ボーイズだった。
南海なんばの中央改札から、
黒門市場に行くには、
「千日前から味園の前通って、
堺筋渡ったところにあります」
って、通じるのは、
大阪人相手だけだ。
この道順を、
韓国語がたとえできたとしても、
口で言うのは難しい。
しかたがないので、
黒門市場のわかる場所まで、
行くことにした。
「改札を出て待ってて」
と英語で伝えた。
ぼくは入場の記録を解除してもらうために、
有人の改札でなければ出られないのだ。
走って戻って、
韓国ボーイズを連れて歩いた。
なんば駅を出て、
道を渡れば、
すぐ裏なんばだ。
そして道具屋筋に出る。
そのころから
韓国ボーイズは
フハフハ言い出して、
興奮してきた。
今日、ソウルから着いたばかりらしい。
関空から南海でなんばまで
来たのだろう。
はじめて見る、
日本の商店街に、
異常に興奮してる様子。
NGKの前で、
「日本の喜劇場だよ」
と説明したが、
これはあまりピンとこないみたい。
「たこ焼きは知ってる?」
と聞けば、
「知ってる。どの店がいい?」
と言われたので、
とりあえず、
「ぼくは『わなか』が好きだよ」
と教えておいた。
千日前を過ぎたあたりから、
韓国ボーイズたちは、、
「スゴイな、スゴイな」
と日本語で興奮を語る。
黒門市場の入り口が見えたところで、
韓国ボーイズたちと別れた。
さあ、家に帰ろう。
同じ道を戻る。
と、NGKの前で、
男性2人、女性2人、
白人がスマホの画面をのぞきこんで、
明らかに道に迷っている様子。
ぼくはいったん通り過ぎたが、
ふと足を止めた。
ぼくがドイツで道に迷って
地図を広げていたら、
何度も親切に声をかけられた。
あるときは路側に止めた
車の窓を叩いてまで、
通りがかりの歩行者が
「どこに行きたいんだい?」
と声をかけてくれた。
ナウムブルクでのことだ。
旧東独の街は、
特に親切な人が多いように思う。
そのドイツ人は、
「家から車を出してきて、
先導するから、ここで待ってて」
といいわざわざ車で戻ってきてくれた。
いろんな町で、
ドイツ人は親切にしてくれた。
ぼくは、踵を返し、
NGKの前まで戻った。
「何かお手伝いできますか?」
と声をかけると、
「英語はできるの?」
と聞かれた。
「ちょっとね」
彼らはイタリア人だった。
この住所はどこかと聞かれたが、
見れば「中央区」とあるが、
その後の記述がない。
「ホテルの名前は?」
と聞いたが、
民泊らしくホテルの名前はない。
電話番号を示されたので、
ぼくが代わりに電話をかけた。
「NGKの前で、
イタリア人が四人、
迷っていらっしゃいますが、
どちらに行けばいいんでしょう?」
「あぁ、すみませんね。
近鉄日本橋なんですがね。
住所を言います。
上野マンションというビルです」
その住所をググってみれば、
黒門市場を過ぎたところだった。
今度はイタリア人たちを、
連れていくことにした。
道々、聞けば、
ミラノから来たそうだ。
「ミラニスタかインテリスタか?」
と聞けば、
「サッカーは興味ない」
という。
うまく話が続かない。
ともあれ、
黒門市場を通り過ぎ、
上野マンションの前まで
たどり着いた。
彼らは部屋のカギを持っていた。
「ぼくたちはこれから夕食に出るけど、
いっしょに飲まないか」
と言われたけど、
「お家に帰らなきゃならないので」
と別れを告げた。
ちょっとは民間外交に、
役立っただろうか。
日本のこと、
好きになってくれたらいいな、
と思う。
長々とした文章、
最後まで読んでいただいて、
ありがとうございます。
それにしても、
いざ会話をするとなると、
韓国語やイタリア語が、
うまく出てこない。
「今日は暑いね」
と韓国ボーイズに
英語で言ったが、
韓国語ではたしか
「ヲヌル・トプタ」
だったんじゃないか
と後で思い出した。
イタリア人と別れるときも、
ありがとうと言われて、
「プレーゴ。チャオチャオ」
とは言えたが、
「アリヴェデルチ」
の方が良かったな、
と後から思った。
とっさには、なかなか
ことばが出てこない。
もっと勉強しなければ。
トシちゃん、カンゲキー!
お礼参り
就活に苦しんでいた次男が
先だって内定をもらってきました。
それから二週間ほどして、
義母が亡くなりました。
義母はぜんそくと糖尿病と、
それらの薬が原因の
肺炎に悩まされ、
もう何年も
入退院を繰り返していました。
そのたびに
どんどん体力が衰えて、
いつも「もうこれまでか」
と、悲しい覚悟を
してきたものです。
義母にとっては、
一番下の孫の
就職が決まるまで、
待っていてくれたのだと思います。
就活の途中だったら、
おちおち、
お通夜や葬儀に出席するのも、
気が気でありません。
内定のもらえたことの
お礼参りに高野山に
行ってきました。
葬儀の宗派は
違いましたが、
義母の冥福も
祈ってきました。
お昼は、
ブログ友の
さださんに教えていただいた
「とんかつ定」
がいいなと、
行ってみたら、
本日定休でした。
仕方なく、
千手院橋付近の
丸万というお店で、
カツカレーを食べました。
カツカレー870円、
観光地価格としては、
ま、こんなもんでしょうかね。
おまけ
スーパーでこんなもの見つけました。
「プチUFOビッグ」
「少し食べたいけど、少しじゃ足りないな」
という人向けなのでしょうか。
結局、多いんだか少ないんだかわかりませんね。
リアル山手線ゲーム
もう1ヶ月以上も前になります。
今年の3月28日
歩いて山手線を
一周しました。
出発点は高田馬場。
7:55 高田馬場
8:18 新大久保
8:38 新宿
8:51 代々木
9:16 原宿
この駅舎も取り壊しになるとか
9:39 渋谷
ここはいつも工事だらけ
10:20 恵比寿
10:45 目黒
11:05 五反田
「私五反田いただくわ」
ということでカレーを食べました。
11:46 大崎
12:15 品川
大崎・品川間が線路の距離は最長です。
12:49 田町
13:12 浜松町
13:33 新橋
13:56 有楽町
あなたと私の合言葉
14:09 東京
14:31 神田
14:49 秋葉原
15:06 御徒町
15:13 上野
上野はおいらの心の駅だ
15:32 鶯谷
鶴光でおま。
16:00 日暮里
16:13 西日暮里
鶯谷からずっとアップダウンが続く。
16:23 田端
16:43 駒込
16:59 巣鴨
17:20 大塚
17:54 池袋
線路沿いに道がないので、
ずいぶんジグザグに歩きました。
時間も大幅ロス。
日も暮れてしまいました。
18:18 目白
ガン極まってきました。
18:35 高田馬場
やっと帰ってきました。
ぜんぶで10時間半。
距離は測ってないのでわかりません。
だいぶジグザグに歩かなければ
ならなかったので、
時間的にみても
40キロ以上は
歩いてると思います。
フェイスブックでは同時中継的にアップしていきました。
フェイスブックの仲間からは
たくさん励ましのお言葉をいただきました。
フェイスブックを見た後輩が、
新橋駅まで応援に駆けつけてくれました。
遅くなりましたが、アメブロのみなさまにも
やっとご報告させていただきます。
お遍路の夢
ぼくの夢は将来、
八十八か所巡礼に
出ることです。
いつの日か
必ず、
お参りしたいと
思っています。
今は
旅立つことが
できませんので、
脳内で
巡礼気分を味わおうと、
今日、
こんな本を
買ってきました。
地図もついてますし、
これを片手に
『水曜どうでしょう!』
を観たら、
もっと身近に感じられるかな。
家には認知症の両親がいるため、
長期間家を空けられないので、
旅行じたい出られない現状です。
この春に東京に3泊で出かけただけで、
帰宅したら怒鳴りちらされました。
もちろん、不在中の
食事の手配は、
姉と弟に
交代で面倒みてもらうよう
手配しました。
夜間に両親二人だけになるのが、
不安だったのだそうで、
それで、怒鳴りちらされました。
何か自分の気に食わないことがあると、
すぐに怒鳴りちらすんです。
困ったことです。
ホントなさけないです。
Omegavispen
スーパーカブ
陶芸家半角斎一門
本物の食通になるためには、
器から自分で作らばならない。
なんてことは
ぼくのキライな
魯山人が言ってそうなことですが。
ぼくの好きな
「水曜どうでしょう」
でも、シェフ大泉は、
自分たちで器づくりをしてましたね。
なんだかんだ言いながら、
みごとに備前焼を作ってました。
こちらが彼らの作品です。
一番大きいのが、
半角斎作「世紀末大革命恋愛大皿」
その右が同じく半角斎作
「ビィーナス誕生」
でした。
以上は前フリ、
ぼくも陶芸に挑戦しましたよ。
目指したのは、
砥部焼のうどん鉢。
で、出来上がったのがこちら。
直径約18センチ
高さは約8センチです。
模様はロイヤルコペンハーゲンの
メガを真似っこしました。
左側のほうが綺麗な円になってますが、
右側のほうがゆがんでます。
ろくろは難しいですね。
こちらが左側のやつ。
こちらが右側のゆがんでるやつ。
まったく同じものを目指したのですが、
なかなかそうはいきません。
でも、そのほうが
手作り感があって、
いいのかも。
今回の陶器制作を指導してくれたのが、
「藍窯」さん。
関西テレビ「となりの人間国宝」にも
認定されたことのある、
ぼくの高校の同級生です。
土をこねて用意する
面倒なところとか、
糸切の削り出しのような
難しいところは、
全部やってもらいました。
おまけにこの色合いを
出すために、
「還元焼き」という
非常にややこしい
焼き方をしてくれました。
指導者のおすすめで、
小さなお猪口も作りました。
直径約8.5センチ
高さは約3.5センチです。
こちらは上から見たところ。
左が薄手、
右が厚手に
なりました。
自分で作ったお猪口で、
お酒を飲むと、
これがなかなか
美味しく感じるんです。
やっぱり、
本物の食通になるには、
器から自分で
作ったほうがいいのかな。
というわけで、
今回は、
陶器作りに挑戦
のお話でした。
また、さださんに教えてもらった
レシピで、うどん打たなきゃ。

























































