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朝活読書愛好家 シモマッキ―の読書感想文的なブログ~Dialogue~

読書とは――著者や主人公、偉人、歴史、そして自分自身との、非日常の中で交わす対話。
出会えた著者を応援し、
本の楽しさ・面白さ・大切さを伝えていきたい。
一冊とのご縁が、人生を照らす光になる。
そんな奇跡を信じて、ページをめくり続けています。


三島由紀夫さんの一面しか見ていないのではないかな。

 

 


 

対応する人によって現れる面が違うのではないかな。


 

 

 

場合によっては、多重人格的な箇所があって、その現れた部分で判断しているじゃないかなと思って。

 

 


 

色鮮やかな青春時代を優雅に闊歩するかのような純粋な思いのするさわやかな恋愛小説。

 

 


 

さすが名作だ!

 

 


 

時を経て、時代を超えて読み継がれていくのには、ちゃんとした訳がありますね!


 


 

 

 

 

潮騒の「歌島」は、伊勢志摩と渥美半島にはさまれた小さな島「神島」が舞台だった。

 

 


 

『潮騒』とは、「潮のさすとき波がさわぐ響き」のこと。


 

 

 

 

例えば、平岡公威さんこと三島由紀夫さんの小さいころからの成績や近景、自宅、潮騒の舞台となった神島のことなどをふんだんにとりいれ丁寧にわかりやすく教えてくれます。


 

 

 


 

ぼくは、あえて生徒向きの本を読みました。

 

 


 

理解しやすい明文の解説とともに、その物語の背景などを知って、客観的に、多面的に、色彩的に、臨場感を持って物語を頭の中に描くことができます。

 

 

 


 

こんな楽しい読み方もありだなと。

 

 

 

 

 


 

「第十六章 214P」

 

 

自然も亦、かれらに恩寵を垂れていた。昇りきって伊勢海をふりかえる。

 

 

すると夜空は星に充たされ、雲といえば知多半島の方角に、ときどき音のきこえない稲妻を走らせている低い雲が横たわっているだけであった。

 

 

潮騒も烈しくはなかった。海も健康な寝息のように規則正しく、寧らかにきこえた。

 

 

 


人生において、何か選択するときに迷っていたり、対人関係や仕事関係などで悩んでいたり、

 

 

歩むべき道を選んでいるような時期ってあなたにはないですか?


 

 


 

自分の今までの生き方や考え方などを思い浮かべながら、

 

 

また、これからどのように生きていくべきかなど、それぞれの方がそれぞれ自分の立場に置き換えながら見つめ直して読んでいけるべき本だと思いますよ。


 


 

 

“「美しさ」に必要なのは、心の輝きなのです。”と渡辺和子さん。


 


 

 

 

120万部突破のベストセラー『置かれた場所で咲きなさい』待望の第二弾。


 

 

一本筋が通ったぶれない生き方や精神は、『置かれた場所で咲きなさい』から

この本にも引き継がれています。

 

前の本も良かったがこれもおすすめですね。


 

 

 

 

 <目次>

はじめに 

ほほえみ

 

第1章 ていねいに生きる(小さなことに大きな愛をこめて、面倒だからする ほか)

 

第2章 幸せは、自分が決める(疲れた自分を癒す秘訣、不本意な出来事に向き合うには ほか)

 

第3章 私が歩んで来た道(与えられた試練に耐えるには、忘れられない母の背中 ほか)

 

第4章 相手の気持ちを考える(嫌いな相手でも、その価値は否定しない、叱ってもらえることに感謝する ほか)


 

 


 

◎1927年2月、教育総監・渡辺錠太郎の次女として生まれる。

 

51年、聖心女子大学を経て、54年、上智大学大学院修了。56年、ノートルダム修道女会に入りアメリカに派遣されて、ボストン・カレッジ大学院に学ぶ。74年、岡山県文化賞(文化功労)、79年、山陽新聞賞(教育功労)、岡山県社会福祉協議会より済世賞、86年、ソロプチミスト日本財団より千嘉代子賞、89年、三木記念賞受賞。

 

ノートルダム清心女子大学(岡山)教授を経て、90年3月まで同大学学長。現在、ノートルダム清心学園理事長

 

 

著書に「目に見えないけれど大切なもの」「美しい人に」「置かれた場所で咲きなさい」など

 

 

 

21P「一回一回が仕始めで、仕納め。」

 

毎回新しい気持ちで取り組み、これが最後だと心して、一日一日を丁寧に生きよう。

 

 

 

このように思いながら、日々仕事をしていきたいと思います。

 

 

 

 

◎88P「いろいろな人との出会いやさまざまな経験を通じて、「未だ見えざる我」に気づく。」

 


 

本当の自分とは、見つけるものではない。

 

自分自身を模索し続け、出会いや経験によって、自分で作っていくものである。

 

 

 

 

 

 

この文章がぼくにとって一番こころに響きましたね!

 

 

 

 

 


今ある自分は、過去の自分がそのようになるような生き方をしてきて、実際そのようになってきたからですよねぇ。


じゃあ!



これからの自分は、ご縁を大切にするような、自分が望むような生き方をして作っていけばいいのではないかな








192-193P「私は自分の愚かさにより、大きな犠牲を出したので、一生塀の中にいることにしました。


どこにいようと何か目標を決めて取り組む姿勢だけは社会にいるときと変わりません。

それだけに若い人たちには社会で充実した生き方をして欲しいと思います。


この本がみなさんにとって少しでも役に立つことを心から願っています。頑張ってください。私も、ここでの生活を最期まで全うする覚悟です。」








 <目次>


はじめに 私はなぜ、無期懲役囚と文通をはじめたのか


第1章 人が美しく、羽化するために。(12月12日 イジメにあって、自信をなくしました。、1月15日 必ず変われます。私が保証します。 ほか)


第2章 頭のよさとは、何だろう?(5月11日 はじめまして、弟のヒロキです。、5月19日 勉強しても、一日で七四%も忘れるんですね。 ほか)


第3章 死刑でも構わないと思いました。(9月18日 『一瞬の風になれ』、読みました。、9月21日 人を殺すだけの理由があったのですね。 ほか)


第4章 九九・九九%の人は、自分に甘いです。(2月6日 合格圏内に入りました。、2月12日 自分を疑わないで! ほか)

おわりに





◎1959年生まれ。刑期8年以上で、犯罪傾向の進んだ受刑者を収容する「LB級刑務所」に服役中の無期懲役囚。罪状は2件の殺人。仮釈放を放棄している。


ノンフィクションだけでなく、小説も上梓。これまでに数万冊を読破。今でも月に100冊以上は読む“本の虫。郵送による原稿のやりとりで書評を公開中。


著書に「人を殺すとはどういうことか」など



192P

「勉強は形を変えて大人になっても続きます。


もちろん、そんな努力とは無縁の大人もいますが、若い人たちが自分の夢や希望を持ち、それを追い求めるときに、勉強で培った習慣が大きな武器となります。



勉強でやり続ける習慣を身につけておけば、根拠のある自信、頑張る自分を好きだと思える感情が生まれます。

続けられることは大きな才能です。



誰もが毎日、自分を励ますだけで。それを身につけられます。

真剣に取り組み続けたとき、ダメな自分はどこかに消えてしまうことでしょう。」





☆女子高生サヤカが学んだ「1万人に1人」の勉強法 知的すぎる無期懲役囚から教わった、99.99%の人がやらない成功法則 美達大和 山村サヤカ&ヒロキ プレジデント社(2013/11)☆







自分の居場所を理解しています。






あの明智光秀の子孫が書かれた本です。





例えば、勝者側は物事を誇大化したり歪曲化したりするなどいとも簡単で可能に思われます。



織田信長・徳川家康連合軍と武田勝頼が争ったあの「長篠の戦い」の勝利が、実は大きく吹聴されたことを「BS番組、英雄たちの選択」で歴史家の磯田道史さんらから教えていただきました。





それは、当たり前なのでしょうが、現在にはあまり残らない、残ると伝えた自分の身が危うくなるからでしょうか。



あまりにも敗者側、そして中立的な立場側から伝わってくる歴史が少なすぎるというような思いがあります。





勝者側、敗者側そして、中立的な立場の書物などによって、その歴史の真実は、本当はどうだったのかを客観的に、多面的に自分で判断していきたいのです。




それが歴史から学ぶということになるのではないかなと思います!






敗者側から語る歴史から、赤裸々な真実がすこしでもわかるのでないかと思い、ぼくはとても惹かれるのです。



 <目次>


プロローグ 問題だらけの本能寺の変の定説


第1部 作り上げられた定説(誰の手で定説は作られたか、定説とは異なる光秀の経歴、作られた信長との不仲説)


第2部 謀反を決意した真の動機(土岐氏再興の悲願、盟友・長宗我部の危機、信長が着手した大改革)


第3部 解明された謀反の全貌(本能寺の変はこう仕組まれた、織田信長の企て、明智光秀の企て、徳川家康の企て、羽柴秀吉の企て)


第4部 叶わなかった二つの祈願(祈願「時は今あめが下なる五月かな」、祈願「国々は猶のどかなるとき」)


エピローグ 本能寺の変の定説を固めた国策



◎1947年生まれ。

明智残党狩りの手を逃れた光秀の子・於寉丸(おづるまる)の子孫。


慶應義塾大学大学院工学研究科修士課程修了後、大手電機メーカーに入社。一貫して情報システム分野で活躍する。


長年の情報畑の経験を活かした「歴史捜査」を展開し、精力的に執筆、講演活動を行っている。


日本歴史学会会員。土岐会会員。情報システム学会員





















いま、熊本県庁は面白い!



「できない理由より、できる方法を探し出す」



例えば、天皇皇后両陛下の前でくまモン体操を踊る、くまモンを県庁の庁議に出席させる、くまモンを熊本県の営業部長兼しあわせ部長にする、くまモンのキャラクター使用料をとらない(楽市楽座制度)、くまモンを吉本新喜劇に出演させる、


等々の発想力とその実行力がすばらしい。




このような雰囲気のもとで上司や同僚たちといっしょに、その自由な発想を提案し実行しながら働くことができたなら、


幸せだな、楽しいだろうな、面白いなと。




「何もしなければ皿は割れません。皿を割ってもいいから、とにかくたくさん皿を洗おう。


リスクを恐れずにチャレンジしようという意味で、私は職員にこのメッセージを繰り返し伝えています。」



「リスクを恐れずにチャレンジする土壌が堅調にできているので、職員は大胆なアイデアを次々と出しますし、私もくまモンの政策を通してチャレンジしてきました。(中略)



強制してやらせるのではなく、部下が自ら行動したくなるような環境を作るのが、現代のリーダーに求められていることだと私は考えています。



それでも大きな改革はできる、チャレンジする集団はつくれるのだと、本書を通してお伝えしたいと思います。」「はじめに (3-5P)」から抜粋



 <目次>


はじめに

第1章 熊本の営業部長のくまモンは、最初は臨時職員だった

第2章 くまモン、日本から世界へ

第3章 合い言葉は、「皿を割れ」

第4章 リーダーとしての仕事術

第5章 逆境の中にこそ、夢がある

第6章 私の使命は熊本県民を幸せにすること




◎1947年熊本県生まれ。ハーバード大学大学院博士課程で政治経済学を研究、博士号取得。筑波大学教授、東京大学法学部教授を経て、熊本県知事に就任。現在2期目。
















よくこういった面白い小説がかけるのかと百田さんの懐の深さには、ほんと感心しますね。


彼が毎回全然違うメニュー(本)を出してくれるからこそ、ぼくははまるのです。


「夢を売る男」とは、お客さまが本を出版させる夢を叶えさせる男のこと。



191P「客にとって、本作りは夢なんです。自らの虚栄心や自己満足を満たす夢なんです。」


213P「(本を書くこととブログを書くモチベーションと)共通しているのは強烈な自己顕示欲だ。根底にあるのは、自分という存在を知ってもらいたい!という抑えがたい欲望だ」


とても共感。確かにそうだと思いますね。



本を出すことで自分が世の中でここにいることを、ほかのみんなに知ってほしいから。




全体を通じてけっこうブラックなお話ですよ!


自費出版業界の裏話をこんなに世間一般に赤裸々に露わにしてよいのだろうか!と疑問に思っています。


156P「印刷所がやっている自費出版は、基本的に著書からの受注で作るもんだから、刷った本は全部著書のものだ。


だから著書はそれを友人に売ろうが配ろうが自由だ。


しかしうちの本は丸栄社のものだから、著者は友人に配ろうと思えば、うちから買い取らないといけない。


もちろん、著書特典ということで、八掛けくらいで売ってやるがね」




ここが面白い、百田尚樹さんが自分のことを卑下して書いているところ。


206P「かといって、元テレビ屋の百田何某みたいに、毎日、全然違うメニューを出すような作家も問題だがな。前に食ったラーメンが美味かったから、また来てみたらカレー屋になっているような店に顧客がつくはずもない。しかも次に来てみれば、たこ焼き屋になってる始末だからな―」


「馬鹿ですね」


「まあ、直に消える作家だ。後世に残る作家というのは、常に新しい読者を生み出す小説が書ける作家だ。ある世代の人たちに熱狂的に受け入れられても、その世代が消えたらお終いだ。」



百田さんが後まで残り続けることができる小説家をこうなんだと定義しているところがいいですね!


179P「まあ、そんなわけで現代では、表面的なことに憧れて小説家や物書きを目指す人間は多い。またそういう奴でも、運がよければなれてしまうのがこの業界なんだ。


しかし本来、小説家なんて職業は物語ることに取り憑かれた人間がなるものだと思う。


面白おかしいホラ話を語らずにはおれない異常な情熱を持った人間だ。本当に才能のあるのはそういう人間だ」


 <目次>

第1章 太宰の再来

第2章 チャンスを掴む男

第3章 賢いママ

第4章 トラブル・バスター

第5章 小説家の世界

第6章 ライバル出現

第7章 戦争

第8章 怒れる男

第9章 脚光

第10章カモ



◎1956年大阪生まれ。同志社大学中退。放送作家として「探偵!ナイトスクープ」など多数の番組構成を手がける。「永遠の0」で作家デビュー。他の著書に「海賊とよばれた男」など



321P「苦しくても生きなければいけない。


生きていれば、いつか


苦しさを忘れることもできる。


そう信じてる」


池井戸さんが、多くの登場人物を通じて語っている言葉のなかに、何度か救われたことがある。



人生で迷っているときなど、空いたピースがぴったりとそこにはまるときにだいたいこう思う。



「やっぱり読書っていいな!」と。



☆「この作品は、銀行員だった私が実際に体験した出来事をモチーフにしています。


企業の一員として生きていくうえでの、さまざまな矛盾や苦しみ。自分の考えを貫き通そうとする主人公の苦闘―。銀行という職場が舞台になっていますが、ここに描かれた人間関係は多くの人に共通するテーマです。(中略)


書きたかったというよりも、書かなければならなかった小説ともいえるでしょう。」“著書の言葉”池井戸 潤さんから抜粋



読んでいると、ココロに強く訴えてくる文章がある。



とても印象的な内容や素敵な箇所だ。



ぼくにとっての名言になるのかもしれない。



この小説の題名となった「果つる底なき」の文字を見つけた時は、正直うれしかった。



やっと見つけたという風な感激や解放感もある。



ぼくはこの箇所にとても惹かれる。




250P


私は閉じた瞼の裏側で、……に対峙する。


形もなく、概念もないもの。あるのはただ、醜い思念のみ。



まさに暗渠だ。塊の深淵、果つる底なき暗澹たるもの。



それは単に価値観などという尺度で説明しうる範囲を超越している。


始まりも終わりもなく、きっかけすらつなめない狂気、これ以上、こいつを生かしてはおけない。


坂本のために。紗絵のために。曜子のために。菜緒のために、柳葉のために。古河のために。そして―私のために。



 <目次>

第1章 死因

第2章 粉飾

第3章 依頼書

第4章 半導体

第5章 回収



★1963年岐阜県生まれ。慶応義塾大学卒業。三菱銀行を経て、98年『果つる底なき』(講談社文庫)で江戸川乱歩賞、2010年『鉄の骨』(講談社文庫)で吉川英治文学新人賞、11年『下町ロケット』(小学館)で直木三十五賞を受賞





これらは、今から考えても早くもないし、遅くもないと思っています。


楽しい「老活」とは?


理想的な「終活」とは何なの?


と今から探し続けています。


それらのヒントは、人生の先輩たちが書かれた本の中にあるものと信じています。


187P「自分自身で『老活』と『終活』を行い、若いときにはなかった輝きを増しながら齢を重ね、人生を終えたいと思うのです。」


坂東真理子さんは、富山県生まれの大先輩。



彼女のように、周りに輝きを放てるような人になりたい。


彼女のように、イキイキとした生き方をしていきたい。


彼女のように、存在感のある人生を歩んでいきたい。



 <目次>


はじめに 


第1章 老前整理のすすめ(人生の新しいステージの扉を開く、老前整理は元気なうちに、肩たたきはギアチェンジの好機と考える ほか)


第2章 健康と長寿を保つ生活習慣と老い支度(健康は最大の老い支度、バランスよく、ほどほどに、少し量を減らして食べる、ストレスをコントロールする ほか)


第3章 老後のマネープランと品格のある生前整理(老後の生活資金は分散して守る、高齢者を狙った詐欺に注意する、独居無言が詐欺につけいる隙を与える ほか)


おわりに


巻末図録 MYエンディング準備ノート


◎昭和女子大学学長。1946年富山県生まれ。東京大学卒業。


69年、総理府入省。内閣広報室参事官、男女共同参画室長、埼玉県副知事などを経て、98年、女性初の総領事(オーストラリア・ブリスベン)。


2001年、内閣府初代男女共同参画局長。04年、昭和女子大学教授となり、同大学副学長を経て、07年、同大学学長。また、04年より同大学女性文化研究所の所長も務めている。


著書に「女性の品格」など多数



9P「本書は、明晰な判断力と意思があるうちにしなければならない心の整理、また、品格ある老い方とはどういう生き方なのかを一緒に考えることを主目的にしています。


また、高齢化が進むなかで、子どもと親がどうつきあうか、老いて介護が必要となった親子がどうつきあうかなど、テーマごとにまとめてあります。


ひとりでも多くの方の「老活」と「終活」にお役に立てれば幸甚です。」


ダイアモンド☆ユカイさん。

最近のバラエティ番組で垣間見える優しい素顔には、こういうこうことがあったのかと納得してしました。




彼は、若いころの絶頂期と、その反対のどん底を経験されました。




ロックンロールで狂乱の日々を駆け抜けてきた彼が、なぜ、育児なの?と疑問を持って読み始めました。




21-22P「閉塞性無精子症」精巣で精子が製造されるものの、精管が塞がっているため、精液に精子が送り出されないということだった。





しかしながら、壮絶な不妊治療の末に、50歳にして3人の乳飲み子を育てることとなったその経緯が書かれてあります。




また、彼は、ある意味においてイクジイを通じて人生の悟りを啓いています




さらに、ぼくは、子どもたちや奥さんへの温かい彼の思いが詰まった本だと思います




27P「セックス、ドラッグ&ロックンロール」を体現してきたこの俺が、いかにして一人前のイクジイになりえたのか ― その一部始終を聞いてもらえないか?




ぼくは、ユカイさんからその一部始終をぜひ聴きたくなりましたよ。








第1章(タネナシ、父親になる、イクジイ、最初の試練 ほか)

第2章(イクジイが「三.一一」に考えたこと、ニーチェ、ふたごの気配に不安になる ほか)

第3章(娘の「運命の日」を思い、すでに憂鬱になる、イクジイ、手を抜くことを覚える ほか)

第4章(子供たちの将来を考える、親は子供たちのプロデューサー ほか)

あとがき



◎1962年、東京都出身。86年、伝説のロックバンド「レッド・ウォーリアーズ」のヴォーカルとしてデビュー。人気絶頂の中、わずか3年で解散。


90年にソロデビューを果たし、96年には「レッド・ウォーリアーズ」を再結成。



日本武道館に15000人を動員するなど、その伝説ぶりを見せつけた。

97年、結婚。4年後の2001年に離婚。歌手として活動する一方、テレビのバラエティなどタレントとして活躍するほか、声優、ナレーター等としての活動の幅を広げている。



2009年、再婚。翌年には待望の第一子、11年には双子の男児が誕生。



個性的な俳優としても存在感を示す。タレント、ナレーター等、活躍の場を広げている。




150P

出産と育児で俺が教わったことは、いろいろある。


子どもを思う愛のおだやかさ、無垢という言葉の意味、シンプルな感情の大切さ。妊娠・出産の尊さも、イクジイの大変さも知った。


それから、『有難う』という感謝の気持だ。






153P「有難う」って、まさに字のとおり、難有りて感じるものだよな。


苦しかった不妊治療も難、夜泣きで寝不足も難、イクジイならではの体力のなさも、難。そんな難を共に乗り越えてきた妻に心から有り難うといおう。


人生はマラソンだ。


これから先も、俺たちの人生に待つ難に感謝を込めて共に乗り越えていこうぜ。


転がる石のように。OK!



 2013年6月 ダイアモンド☆ユカイ





百田尚樹さんは、いまをときめく素晴らしい作家。



はじめから読んでいると最後まで読み切りたい願望に満ちあふれてくる内容です。



たった数ページのなかにも人を惹きつけるドラマがあります。



「解離性同一性障害」-いわゆる「多重人格者」のことを理解したうえで、物語の筋書きを上手に展開しています。



「幸福な生活 祥伝社 (2013/06)」

最後の1行がこんなに衝撃的な小説はほかにない作品。



「モンスター 幻冬舎 (2010/03)」

主人公の美帆と自分が今住んでいる世界とは全く違う!

そんな彼女の生き方を垣間見ながら、彼女の神経の図太さ、すごみさ、狂おしいまでの情念さを感じた作品。



「永遠の0(ゼロ) 太田出版 (2006/08)」

「人は何のために生きるのか?」「誰のため生きるのか?」を問いながら書いた作品。



この作品も気に入りましたよ!



◎1956年大阪府生まれ。

放送作家として「探偵!ナイトスクープ」などのテレビ番組で活躍後、2006年に『永遠の0(ゼロ)』で作家デビュー。

13年には『海賊とよばれた男』で第一〇回本屋大賞を受賞。

ほかの著書に「風の中のマリア」「ボックス!」など





155-156P「プリズムってご存知ですね」



「はい」



「ふだん私たちが見ている光は色なんて見えてないんだけど、プリズムを通すと、屈折率の違いから、虹のように様々な色に分かれます。



人間の性格も、光のようなものかもしれないと思う時があります」



すごくわかりやすい喩えだった。



お酒を飲んだりした時は、混ざっている性格が分離するのかもしれない。



多重人格の人たちは、「虐待」という強引な方法で分離させられたのか―。