ダイアモンド☆ユカイさん。
最近のバラエティ番組で垣間見える優しい素顔には、こういうこうことがあったのかと納得してしました。
彼は、若いころの絶頂期と、その反対のどん底を経験されました。
ロックンロールで狂乱の日々を駆け抜けてきた彼が、なぜ、育児なの?と疑問を持って読み始めました。
21-22P「閉塞性無精子症」精巣で精子が製造されるものの、精管が塞がっているため、精液に精子が送り出されないということだった。
しかしながら、壮絶な不妊治療の末に、50歳にして3人の乳飲み子を育てることとなったその経緯が書かれてあります。
また、彼は、ある意味においてイクジイを通じて人生の悟りを啓いています
さらに、ぼくは、子どもたちや奥さんへの温かい彼の思いが詰まった本だと思います
27P「セックス、ドラッグ&ロックンロール」を体現してきたこの俺が、いかにして一人前のイクジイになりえたのか ― その一部始終を聞いてもらえないか?
ぼくは、ユカイさんからその一部始終をぜひ聴きたくなりましたよ。
第1章(タネナシ、父親になる、イクジイ、最初の試練 ほか)
第2章(イクジイが「三.一一」に考えたこと、ニーチェ、ふたごの気配に不安になる ほか)
第3章(娘の「運命の日」を思い、すでに憂鬱になる、イクジイ、手を抜くことを覚える ほか)
第4章(子供たちの将来を考える、親は子供たちのプロデューサー ほか)
あとがき
◎1962年、東京都出身。86年、伝説のロックバンド「レッド・ウォーリアーズ」のヴォーカルとしてデビュー。人気絶頂の中、わずか3年で解散。
90年にソロデビューを果たし、96年には「レッド・ウォーリアーズ」を再結成。
日本武道館に15000人を動員するなど、その伝説ぶりを見せつけた。
97年、結婚。4年後の2001年に離婚。歌手として活動する一方、テレビのバラエティなどタレントとして活躍するほか、声優、ナレーター等としての活動の幅を広げている。
2009年、再婚。翌年には待望の第一子、11年には双子の男児が誕生。
個性的な俳優としても存在感を示す。タレント、ナレーター等、活躍の場を広げている。
150P
出産と育児で俺が教わったことは、いろいろある。
子どもを思う愛のおだやかさ、無垢という言葉の意味、シンプルな感情の大切さ。妊娠・出産の尊さも、イクジイの大変さも知った。
それから、『有難う』という感謝の気持だ。
153P「有難う」って、まさに字のとおり、難有りて感じるものだよな。
苦しかった不妊治療も難、夜泣きで寝不足も難、イクジイならではの体力のなさも、難。そんな難を共に乗り越えてきた妻に心から有り難うといおう。
人生はマラソンだ。
これから先も、俺たちの人生に待つ難に感謝を込めて共に乗り越えていこうぜ。
転がる石のように。OK!
2013年6月 ダイアモンド☆ユカイ
