Youtube動画に於けるAIに読ませている日本語が、さらに向上するように、幾つかの傾向を提示したい。
行った = (誤)いった → (正)おこなった
入った = (誤)いった → (正)はいった
安定性 = (誤)やすていせい → (正)あんていせい
他にも誤読の数というより耳に残ったフレーズという意味で挙げると、私はとか、名詞+は と言うときの「〇〇は」や 「こんにちは」 と言う時の「は」は、haと読んでいる様に聞こえる。
つまり、こんにちは(konniti-wa) を konniti-ha
と読んでいても、正しく読んでいるように聞こえるのではないかという疑いである。それが
は = (正)wa → (誤)ha
説?である。他にもで思いついたが、幾つか思いつくままに書く。
他ならない = (正)ほかならない → (誤)たならない
~の要 = (正)かなめ → (誤)よう
〇〇人 = (正)じん → (誤)ひと
「単体の」人 = (正)ひと → (誤)じん・にん
表 = (正)おもて → (誤)ひょう
これくらいにしておこう。
まあ、文句は言いながらも、おじさんはAIの力は大したものだと認めているよ。最近(病気になる数年前)は、古い〝一太郎〟の読み上げ機能を利用して、拙文の9割程度は正しく読めるのかなのと印象を持っていたのだが、その基準で行くと、今のAIはかなり及第点をあげられるのではないかな。
だが、冒頭にも述べた様に、AIの誤読動画が蔓延して、意味は通らなくはないけど、正しい日本語としては「誤読?」という現象を恐れる。
最後に間違いではないけど、その文脈からみると一つの誤読と断定すべきケースを思い出した。
怒る = (正)いかる → (誤)おこる
おじさんの感覚では、「いかる」というのは公的な意味合いが含まれ、「おこる」というのは私的な感覚が強いと感じている。まあ、公憤と私憤の違いかな。それは個々の感覚の違いだから、敢えて挙げないが……。
もうそろそろブロークン・イングリッシュ(Broken・English)的な考えを持つべき時期なのか、日本語の美的部分を残すべきなのか考える今日この頃である。日本語というと衣冠束帯を身にまとい、不器用に歩いているかのような我が心の師、丸谷才一を想い出す。

by 考葦(-.-)y-…