巡り巡る -4ページ目

巡り巡る

    想い
     気づき
        変化
          行動


どうもー!
おかちゃんです!


更新遅れました!
先週の末から今週始めにかけてオープンキャンパスがあったのでちょっと更新遅れちゃました
ごめんなさい!


そのことについても次のブログで書いていきたいと思います!


今回合わせて計5日間広田の町の街にはお世話になりました。

その中でSETという団体とともに現地入りした記録が以下の【1】~【3】

陸前高田市広田町現地入り報告【1】
陸前高田市広田町現地入り報告【2】
陸前高田市広田町現地入り報告【3】


ここから書いていくのはそこから広田町にとんぼ返りをした記録。



まさかのお盆期間。w




これで計5回目(石巻含め)の現地入り。


今回は10~12日にお世話になったのとは別に法政大学のそうちゃんとゆうじと友達2人と計3人でっ向かった。


そして今回はなんと初めて下道から行くという過酷な日程で挑んだのだw



そうしてもう一つ初めてだったのがSETあるいはみっちーさんを介さないでの現地入りだったということ。


正直、ここが一つ大きな違いだったんじゃないかな?




今回は流しそうめんをするということで
そのお手伝いそれから現地の方との交流がメインだった。
その他もろもろ何かやれることを小さく小さくやることしか出来なかった


でも


友達の二人には
現地の方の生の声をできるだけ聞いてもらいたかった。


五感で感じられることのほかにしっかり心で受け止めて欲しかった。




受け取ったものはやっぱり二人とも違うはずだからしっかり暖めて欲しい。


今回受け入れてもらう中で
本当に今までお世話になった現地の方にまたご迷惑をかけることがたくさんあったと思う。



冒頭にも書いたとおり本当に不安だった。


いままで現地に行く際に行かせてもらえていた中で自分が向こうにとってSETあるいはみっちーさんありきでの存在なのではないかということがすごく心に引っかかっていた。


そんな中での現地入り。

ずーっと行く間も不安だった。

それでも広田の町の人たちはいつもの笑顔で自分達を迎いいいれてくれた。

みんなが集まる夕飯にも呼んでもらったり


時間が無いから夜に話そうってことで


夜も一時ごろまでお話をしてくれた。


すごくいい雑誌をわざわざ買ってくれたりもする。



単純にそれが


それだけのことかもしれないけど


すっごいすっごいうれしかった。




これから広田の方々と関わっていく中で自分にとって大きな一歩を踏み出せた気がする。



そしてもう一つ思ったこと。
それは、これからはより多くの人が広田を好きになっていくきがする。


それはSETだったり現地の方のがんばりだったりすると思う。

んで!


また来たい!って思えることで



よりたくさんの可能性が見えるんじゃないかな?


それがこの町には出来る。



それをすっごく感じる2日間になった。



以上が今回現地入りをして感じたこと。


でも今回の現地入り全体をを通してたくさんたくさん吸収できた。



ほんとうに今回関わっていた皆さんに「ありがとう」を伝えたい。


ありがとうございました!














どうもー!
おかちゃんですー!

朝からすごい雨。
いやーこの雨で暑いのが
だいぶ和らいでくれればいいな~。


本当に蒸し暑いのはきらいやー
蒸し人間になっちゃうー。


汗が滴るいい男やー。



ってなかんじで
現地入りレポートしていきましょー。


現地入り報告【1】【2】はこちら



三日目の朝はお世話になった公民館の掃除をした。

40人で協力してサーっと片付けが完了。


そのあとは小学生と中学生に勉強を教えるために二手に別れた。


自分は小学生がわでサポートをすることになった。


はじめの一時間半は言ってしまえば遊びの時間になってしまったのかもしれない。

クイズ形式で学ぶことの面白さを教えることが目的であった。


そこは本来の要望と多少ずれてしまったことが少し残念だったが、


やっぱり楽しんでくれる中学生たちの顔が一番だと感じる。


それは親御さん方もわかってのことであったと思う。

そのあとはがつっと大学生と中学生とのペアになって一時間半みっちり勉強を教わっていた。



勉強に対して意欲を沸かせるために
大切なことは自分で考えること。


その点では今回のクイズ形式での体験は大きな経験になったのかなと感じる。
あとはその意味をしっかり理解してもらう必要があったのではないかと思った。


そのあとにまさかの参加者側からのサプライズがあった。


自分は参加者と運営メンバーのちょうど中間的なポジションにいたと思っている。

その中で感じたことは
今回のプロジェクトを必死に取り組んでくれた運営メンバーさることながら参加者のみんなもすげーってこと。


やっぱりその影には運営メンバーのたゆまない努力があった。


でも今回ばかりは参加者のがんばりがこのプロジェクトを成功に導いたんじゃないかな?


正直いろんなストレスがいい方向に動いていたと感じる。


それはすごいこと。

本当に。

多分それはみんな感じてることかな?


あの空間に生まれた一体感はとても居心地がよかったな。


今回のプロジェクト。
3回目にしても本当に内容の濃いものだったと思う。


自分の肌で感じたリアルな被災地の状況。


一つ一つ。


一人一人が、

きっと自分の中に積み上げるものは違うから。


多くのひとがあの場所を見ることに意味があるんだと思う。


そして忘れないこと。


叫び続けること。


きっと今回訪れたみんなは広田のことが大好きになったかな?


それにはたくさんの地元の方の想いがのっかってる。


おれたちは無力だけど無力じゃない。


できることを少しでも。



次からは13~15の報告です。
12日の夜に帰宅して13日の夜中からした道で広田の町にとんぼ返りしました。
ファッキンスケジュールの
現地入り報告【4】へ


















どうもー!
おかちゃんです!

今日も暑いなか新聞の営業に勤しんでいまーす。

ファミレスでお昼を食べてさー出ようと思いきや暑いので体をかばいブログを書くことにしました。


ちゃんと仕事をしろと言われるひともいるかもしれませんが体調管理も仕事のうちです。

やるときにやればいいんじゃないですかね?

そんなもんです笑



じゃあ現地入りレポートの続きを書いていきましょうか~ねっ!

現地報告【1】はこちら


SETの現地入りプログラムに準スタッフとして10~12日まで参加した中で感じたことを書いていきます。

二日目の朝6時半に起床。
田舎の朝は早いw


それから社会福祉協議会のほうに向かう。
そのあとの清掃についての注意事項があげられる。
社会福祉協議会からは怪我のないように十分説明をされた。


清掃の内容は今回お世話になった公民館の周りの草刈と大陽地区の海岸の清掃だった。


めっちゃ厚かったw
長袖長ズボン。。。


どうなっちゃうんでしょーか。

燻製にでもなっちゃうかと、、、


大変でした。

草刈と海岸清掃。


本当に小さなことだと思う。
瓦礫をたくさん取り除いているわけでもない。
一日中掃除をしているわけでもない。

それでも地元の方は笑顔になってくれる。


きっとこれはおれらにしかできないことなんだと思う。
たくさんのありがとうをいただいて
学生だってちょっとでも役に立てると実感できる瞬間が
大切なんだと感じた。

この連続がきっともっとたくさんの人の笑顔につながっていく。






午後は高田高校で大学の進路相談をさせていただいた。
法学部に来たいって子は一人もいなかったけども


高校生はすごく楽しそうだった。
個人的にアドレスを交換してる人もいておれとしては
このつながりからまた新しいActionが生まれれば面白いなと感じた。

今回だけにとどめないでほしい。



そのあとは待ちに待った温泉!
いや~生き返ったよねw
ぢゅぢゅぢゅぢゅーん!


そして大船渡の「ライトアップ日本」という花火大会を見に行く。

場所と安全の確認のために先に現場に入るスタッフとして選ばれた。
場所をとるという<font color="#FA8072">大役
をまかされたw

しかしバスの到着が遅れ
今年初の花火。。。


植松さんと見ることになってしまった。

植松さんと二人きりの花火ふぁっきーん最高でしたw


そんな花火を見ている会場の周りには平然と瓦礫が横たわっている。
おれたちはその花火の意味をしっかり考えなくちゃならない。


たくさんの人が泣いていた

それでもおれはその花火に

とっても力強さを感じた。


東北の人たちにとって特別なお祭りが今年はできないかもしれない中で
あの花火を打ち上げられたことは本当に大変なことだったと思う。


だからこそ多く人がそれを見て涙する。
いろんな感情が渦巻く中で
やっぱり今回の花火はたくさんの希望を届けてくれるものになったんだと思う。



その後は公民館に戻る。
飛び入りで地元の消防団の人のお話が聞ける機会にめぐり合えた。


その中で当時のリアルな現実、言葉一つ一つに大きな重みがある。
死体がそこにあるのにもかかわらずそれを救えないもどかしさ。

多くの人の歩みが今回の震災で奪われてしまった。
それは命も同様に、残された人の生きるすべもすべて流されてしまったということ。
本当に厳しいのはここからだってことを語ってくれた。


でも諦めない。
絶対復興してやるからまってろ。



この言葉が強く強く心に突き刺さった。
そのためにおれたちができることも必ずある。

この地区で。

ともに歩んでいく。




次は現地報告【3】へつづく


どうもー!!
おかちゃんです~!


今日も暑いですね!
半端ないw

普通に立ってるだけで汗が噴き出してくる感じがたまんなく・・・

うっとおしい・・・


早く秋になってほすぃ。

話は本題に入って!
8月の10~12日と13~15日に陸前高田の広田町のほうにお伺いしました
これで陸前高田にはいっったのは五回目です。


10~12日のほうではSETさんのプロジェクトに参加させていただく中で準スタッフとして
色々やらせていただきました。

【SETのブログ】


その中で感じたことを報告していきたいと思います。



今回で現地入りしたのは4回目になる。
今回はSETのプロジェクトとして参加させていただくと同時に準スタッフとして動かせていただいた。
現地に入ってまず感じたこと

瓦礫がなくなっているということ。


本当に驚くぐらい無くなっていた。
小友という地区は津波が両側から来てぶつかった場所
その結果何もない田んぼに瓦礫が散乱しているという状況だった。
7月の頭に現地入りしたときもまだ積み上がっていた状態だった。
そんな場所にはずーっと何もない更地が広がっていた。
ところどころに見える緑が多くなっていた。


なんでこんなに片づけが早いのか。


「ぜーんぶ持ってかれた。
残ったのは持っていかれた残骸。
だから固めて捨てればいいだけだからほかの地区よりも早いんだ。」

高田という地区の被害の大きさが改めて実感する一言。



そのあとははじめてくるメンバーとともに現地視察に入る。
藤田さんと忠一さんがポイントを押さえてお話ししてくださった

藤田さんのお話のなかに
子どもがBBQを炊き出しでやったときに本当に笑顔になったときのことと
お年寄りが温泉に入ってきて本当にうれしそうにしてくしてくれたというお話を聞いた。


はじめて聞いたお話だったけども藤田さんの気持ちが痛いほど伝わってきた。
そのお話のなかにもやっぱり癒えないものというか
心にどうしても残り続ける傷があるということをひしひしと感じた。

瓦礫の山の片づけが進んで何もなくなっていく土地。
いい意味では片づけは進んでいる。
時間がたてばその土地に家は立って、町になっていく。

でもやっぱりそこにいる人たちは
心に大きな何かを抱えて生きていくことになるんだ。


それを忘れてはいけない。
どれだけの時間が過ぎても
どれだけその場所が形を取り戻しても
この震災で取り戻すことのできない多くの大切なものが
失われたということを忘れてはいけない。



そのことはできるだけリアルに多くの人が共有していくことが必要なんだと思う。


時間がたてば解決はしてくれるの?

それは解決なんかじゃない。


忘れるということ。


忘れないためにできることって?


おれは改めてより多くの人がこの現場を見てほしいとつくづく感じた。











そのあとは広田中学校のバスケ部と試合を行った。


単純におれの顔を覚えていてくれたことがうれしかったw


体育館にはたくさんの笑顔があふれてとってもいい空間だったと思う!


それだけの感想だけれどおれの中でとても大きい意味を持っている。


その日は公民館に帰ってすぐに寝た。。。





と言いたいところですが準スタッフとしてやることもやり結局寝たのは3時過ぎw
SETのメンバーがこれを連日連夜やってると思ったら


目玉が飛び出そうになった。

かろうじで飛び出なかったけど。


報告【2】へつづく








どうもー!
ますます岡 田 勝 太なおかちゃんっす。



感情を出せる人って素晴らしいと思う。
感情を隠さずに出せている人を見るとうらやましくなる。
何でなんだろう。



よくおれが言われるのが一定のテンションでしか話さないよねってこと。


そんなに一定のテンションですかね?
そこまで一定のテンションですかね?


基本的に感情の起伏が無いってことですよね。



なんかロボットハート野郎じゃないですか。
自分では表現しているつもりでも周りから見たらただのブリキングですか!?
てーん。


うーん、感情ってどういった過程で沸いてくるものなんすかね?
喜怒哀楽ってよく言うけども


人間の感情ってこんなもので表されちゃうの?
少なくないですかね?


絶対もっと多くないっすか?
困るとか、愛しいとかいろいろあるはずじゃないですか?



やっぱ人間ってそんな単純に出来てないですよね。
色んな現象から色んな感情がわいてくる生き物ですよね。




でもその感情の表現ってなかなか難しい。
ってかおれは人間ってことで話は進めるんで宜しくお願いします。
ブリキングじゃないっすw


人の前で感情をモロに出したことって
本当に数えるくらいしかないな。

まじで感情抑えられなくてキレたのは小学校5年生の時まで遡らないと記憶に無い。




いつの間にかおれは感情をコントロールしてたってことになるんですかね。




なんか前に友達におせっかいで良い人だけど冷たい人間だよねって言われたことがある。
いやーこれは結構ぐさっときましたねw
しょぼーん。


無意識に感情を制限している自分に腹が立ってなりません。
が、その制限をはずそうとしてもなかなか外すことが出来ない。


結構、元気元気ガンコちゃんになちゃってました。
*ガンコちゃん懐かしいなw


そういう自分の心の潜在的な部分って一回癖がついちゃうとなかなか難しい。
いままでそこを守ってた兵隊がが働いちゃう。



多分今までの生きかたとか考え方とか染み付いてきたものが
その兵隊達なんだろうな。


そもそもおれってばすげー冷めてた人間だったから、
その後遺症だろうな。


超現実的なインゲン人間だったしな。



でも人間は想い一つで変われるってことをたくさん近くで見てきた。
おれも徐々にだけど変わり始めてる。のかな?
少なくとも自分ではそうおもってるけどw



感情って人と人との間にすごいパワーをもたらしてくれる。
だからもうそろそろ本当に感情の門番ともおさらばしたいっね。


からだ巡り茶で出ていかねーかな。
ふう。


あ、最近は金色のガッシュベルを読んで久々に涙がほろほろしました。
あの漫画は今のところ兵隊の防御を軽く吹っ飛ばして3戦3勝の連勝中です。


是非皆さんも読んでみてください。


では今日はこの辺で
よんでくれてありがとうです!

あびゅーん



どうもー!!
おかちゃんです!


陸前高田現状報告【2】いきます!



夜はお決まりの地元の方との交流会だったんですね



中学生たちとも話した。

やっぱり青春だな~ってほっこりした気持ちになれた。
部活も勉強も女子の話も中学生っぽくていいな!って思った。
肝試しを約束したからまたいかないとね!



そのあとは大人の方たちとの輪に交じってお話をした。


みっちーさんが今後の街の復興の絵は描き切れているのかということを話題にしてくれた。




まちづくりに興味のある自分としてはとても興味深い内容であったと同時に、
あの場所をどう考えてどうやって立て直していくのかとうことに対して
聞き迷っていた自分がいた。





その話で分かったことは、復興のまちの絵が誰も描けていないということ。


まちづくりに関してだけはそこの土地の人が主体に動かなければ意味がない。


ここにいる人たちでうごきだすことをしなけらばいけないということを
強くみっちーさんが伝えていた。


現地の人であるちゅうさんも佐々木さんも

「お金とお互いの立場が違う」




ということを言っていたし



「公が動かなければ動きだせない」


いう状況であるということもいっていた。




「今あることで精一杯なんだ」




とちゅういちさんが涙を浮かべて言っていたことに対して言いたいことが一つも言えなかった。


けれども住んでいる人たちが動き出さなかったら自分たちは後押しができない。


そういうもどかしさと悔しさがぐっとこみあげてきた。


早期に復興の絵図を描いていくことが求められる。

その協力、後押しはやはり若い力が不可欠だということを肌で感じる場面だった。


異常事態だからこそ今までと同じやり方では遅い。



それに自身のプライドとか云々よりも大切なものはなんなんだろう?



大切なのは協力することなんだと思う。


立場を超えて協力して下から上をボトムアップすることが必要だと強く感じた。






やはりこれが今の現地の人たちの状態である。

そこからどう自分たちで考えて立て直していくか。

あのがれきを撤去するまでが終わりじゃないそこからがむしろスタート地点だ。
その街をどう描いていくかを今まさに考えるべき時なんじゃないのだろうか?


そこに協力できる若い力、ideaは確実にある。そう強く感じた夜であった。


そして


ここにすむこどもたち、次の世代に何を残して何をつないでいくんだろうか。




交流会が終わってちゅうさんに言われた



「よくきてくれたな。よくきてくれたな。」

 

その一言がたまらなくうれしかった。


だからこれからも広田の町ともに歩いていきたいと思った。
どうもー!!
おかちゃんです!



今日はみっちーさんと朝活なんです。


そんななか更新します

陸前高田の現状報告


7月2日から7月4日の3日間陸前高田広田町に再び訪れた。

今回は5人、車1台で現地入りをした。

毎回そうだがみっちーさんの繋がりでSETとして現地に行かせていただいている。
8月の6日から8日にかけてと、11日から13日にかけての打ち合わせが主な今回の目的であった。



今回は高田高校と大船渡高校の二校の先生方とお話しする機会をいただいた。
三井さんのSETの団体概要、今後のどのようにかかわっていくのかという話をし終えた後の先生の顔が印象的だった。


とても答えに困っているような顔であった。
それでも高田高校の先生は前向きに検討してくれた。
お話している中で、生徒とどのように向き合っているのかといいうお話をされていた。


「心に抱えている闇は計り知れないです。でもそれを落とし込んで表現しないといけない。



とおっしゃっていた。震災と向き合っていこうとする姿勢を強く感じた。


その上で私自身が子どもたちの心の深い部分に対して部外者として
触れていくことに対して怖さも感じた。
それでも現状を乗り越えることに小さなことでも、本当に小さいことでも力になれたらと強く感じた。
 




一方、大船渡高校ではあまりいい感触ではなかったと思う。


そのなかで感じたことは、大船渡高校は普段通りの徹底をしているということ。
生徒たち一人一人に対してのアプローチはなく、学校側として今回の震災について取り組んでいくことはしないという姿勢が見受けられた。

それは私たちに対しての学校の内部を見せないための見せ方なのか、
本当にそうなのかということは定かではないが進学校としてやるべきことは
あくまで次に進学させることという姿勢を貫いているように感じた。


幻であったかのように学校では地震があった、津波があったという事実を
包み隠して受験、部活動に集中力を向けさせ
この場所に来れば少しでも現実を忘れられる空間にするようにしているようにも感じた。




学校に通っている生徒たちの状況も違うということを考えて、どちらが正しいかということは今の段階では難しい問題だと感じた。

対照的な二つの学校であったが

私が思うことは、本当に大切なことって、
本当に生徒を思うってなんだろうって考えるときやっぱり浮かんでくるのは


生徒一人一人に対する優しい思いやりの心なんじゃないかと思う。それはつらいこと、悲しいことも一緒に感じて、一緒に歩いていくことなんじゃないか。そう感じてしまった私は大船渡高校の生徒さんが少し不安になった。


今回も広田町、高田市内をぐるっと回った。1か月前来たときよりは片付いていた。


でも1か月でこれほどにしか変わらないのかと感じてしまった。

photo:04



しかしがれきが山積みで今まで見えなかった部分も見えてきた。
全然ひどい。

がれきとして固められた山は残っている。

冠水した道路もある。

重機が入れないでいる場所もある。


これが震災から100日目の今である。


それでも、雑草がところどころ生えてきていた。

photo:03




その様子を見てこの土地が生きているということを強く感じることができた。



二日目に訪れた体育館のうらのがれきの山を見て


photo:01




現地をいつも案内してよくしてくれる
臼井さんが


「あぁー泣きそうだ」


って言っていたのが心に刺さった。


広田の思い出がごみ山に積まれて燃やされる。そんな現実がそこにはあった。


photo:02




【2】へつづく


どうもー!
おかちゃんです!


先週の日曜日は部活の試合だったんですが
なんかしらないんですが


足がパンパンにはれてしまいましたw



原因は被災地の帰りのパーキングで虫に刺され、
そこから細菌が入ったのではないかと思われます。。。




いやー薬が切れましたが、、、


全然腫れが引きません

 

どうしましょうw

今日の夜からまた被災地のほうに向かって車を走らせます!



とりあえず今から部活です( ̄▽+ ̄*)




わっしょーい!



どうもー!
おかちゃんやで~!



最近だいぶ暑くなってきましたね。
とろけそうですw


月曜日は法政大学の卒業生であるばるぞーさん(@balzo521)と二人でご飯食べにいってきました!( ̄▽+ ̄*)


日本一周の話とか、広告の話とか、やりたいことのはなしとか色々話しましたね~
あっというまに過ぎちゃいましたね!

社会事業というものにばるぞーさんも興味があったみたいで意外でした!
そこで盛り上がっちゃいましたよ!( ´艸`)

また次は広研連れて行かないと肩パンくらいそうです!w


今日はこれから新聞屋さんのバイトっす!

その前に石巻市の被災地レポートを記していきます

前回の記事はこちら
宮城県石巻市現地報告【1】


午後は石巻を中心に女川方面を回って水産加工で有名であった鮎川方面、牡鹿半島のほうをぐるーっと回った。



$巡り巡る




周りを見渡しても山に囲まれた地帯が津波で流されている光景
胴回りを見渡しても海らしきものは見えない場所。


それなのに閑散として壊滅的な状態。


どこから海水が流れ込んだのだろうか?

ここに住んでいた人たちは逃げることができたのか?

ここまで津波がくるとだれが予想していたのだろうか?






$巡り巡る



別に海からすぐの場所にあるわけではないのに

三階の屋上に乗り上げているバス。

ここ一帯があのバスのところまで水で一杯だったのだろう。
そこらへんにそれ以上とみられる高い建物は見当たらなかった。



鮎川のほうに入っていく。




$巡り巡る



ここ一帯はすごい嫌な臭いが立ち込めていた。

まだ全然手が付けられていない地帯。


$巡り巡る


腐敗した匂いががきつかった。
ハエも異常な数が飛んでいた。


地獄をリアルに表すならばこんな場所なんじゃないか。
そう思ってしまうほど厳しい光景だった。


この中に人がうまっている可能性だってないとは言い切れなかった。


考えたくはなかったけどそれが可能性としてあるのも事実だった。






$巡り巡る




そこから雄勝町のほうへ向かう。


雄勝町では震災当日にも何度もテレビにでていた雄勝小学校のほうにいった。



巡り巡る

近くに落ちていた上履き


片方だけ。




巡り巡る



学校の中はだいぶ片付いてはいた。
小学校でめちゃくちゃになってしまった持ち物が一つに固められていた。


確かにここにある生活の証。


胸が詰まる。


$巡り巡る



ここで勉強してた小学生たちがいた。



写真が一枚だけ二階の教室の前に張られていた。




$巡り巡る



このお墓はの前には今回の津波で流されてしまった子のお母さんからその子への手紙がたくさん置いてあった。


「巴くんごめんね。見つけてあげられなくて」


「毎日、毎日、おかあさんは巴くんのことを思うとわんわん泣いてしまいます」


「巴くんいつ帰ってくるのかな?お母さんさみしいよ」


「昨日ね、巴くんに夢であえたんだ。また次に夢の中であえた時は抱きしめるからね。」




最後まで読むのがつらかった。


いまでも思い出すたびに涙が溢れそうになる


まだ見つかってない人もいる。


大切な人が突然いなくなっちゃう。

一瞬で何もかも奪い去られる。



これがおれが肌で感じた現実。




復興まで50年?いやもっとかもしれない。


おれたちはこの現実から目をそむけてはいけない。




どうもー!
おかちゃんです!


6月23日(木)の夜中に出発して24、25日と宮城県石巻市に行ってきました!


今回は法政大学の五十嵐ゼミで今回は被災地のほうに行きました。
夜通しの運転は疲れますね!はい!w



今回は24日の午前中はNPO法人だんだんカフェさんに受け入れをお願いいたしまして
ボディケアという名目でマッサージをしながらお話を聞かせていただきました。


場所は宮城県石巻市雄勝町の大須小学校というところです。
ここは石巻からおおよそ車で1時間20分ぐらいの場所にあります。

10時から12時くらいまでの時間この避難でいろいろとお話を聞かせていただきました。


約3か月半の避難所での生活。
少し熱くなってハエがぶんぶん飛んでいる避難所では仮設住宅待ちのおばあちゃんやおじいちゃんが15人程いらっしゃいました。
この避難所は全体で今現在60人程度の人が残っているらしいです。
昼間は働きに出たり、いろんな人が避難所の外に出て4時くらいに行う炊き出しの時間に戻ってくるということでした。

最近はめっきりマッサージに来る人も、ボランティアに来る方も少なくなってしまったということです。

NPO法人の方たちとお話もさせていただいた。

「もうこの場所にきて3か月くれいたつのかな?
ここにいる人たちは家族だよ。
みんなかけがえのないもの。

でも、おじいちゃん、おばあちゃんたちもお話しするのが大好きだから
君たちみたいな若い奴らが来てくれると
嬉しそうにしていい刺激になるんだよ」

って言ってくださった。




一人のおじいちゃんが言っていた
「津波で何もかも無くなちゃったよ。
仕事も家も大切なものは流されちまった。」


最初はそのおじいちゃんは元気に話してくれてたんだけど
その時は悔しそうに涙をぐっと我慢してた。


心の傷はそう簡単には癒えない。



でも変えることのできない事実から目をそらしてはいけないんだ。
 



でもそんなんやっぱり辛いよね。

つらい時こそ誰かの支えが必要で
ほんの少しかもしれないけれど
おせっかいかもしれないけれど、

出会った方にわらってもらえるように!




この避難所から出ていくときにたくさんの人のありがとうをいただいた。


一組の老夫婦は
「今日はここに泊まりなよ」って
「もういっちゃうのかい」って


だから「絶対にまた来ます!」
って言っちゃったからまた行かないと!


おばあちゃん達に住所教えて電話番号教えたし!


宮城県石巻市現地報告【2】へ