パソコン等で読んでね!
音路96.トルコ花手水と椿の花 ~ ターキーと行進曲
(カエル コネクション.14・改訂版)
今回は、急きょ、昨年書きました「音路96.ターキーと行進曲」に、トルコ南部地震に関連した内容を加え再アップしたいと思います。
一人でも多くの救出と、一日も早い復興を祈って…。
◇トルコ南部の巨大地震
2023年2月6日にトルコ共和国の南部で、マグニチュード7.8と、同7.5(9時間後)の大地震が発生したことは、皆さまもよくご存じだと思います。
おおよそ震度7あまりに匹敵する揺れのようです。
東日本大震災のマグニチュードは9.0、震度7以上ですが、計算法が若干違うようです。
東日本大震災の場合は二回の地震が ほぼ同時に海の沖で発生し巨大津波を引き起こしました。
トルコは、二回目が9時間後だったため、救助中の方々も被害にあいました。
せめて一回であれば、少しは被害を減らせたのかもしれませんが、巨大地震は連動して起こることが多くありますね。
日本の関東大震災もそうでした。
これからくる「東海地震」も「南海地震」も、二か所が連動して、ほぼ同時に「東南海地震」として巨大な被害をもたらす可能性があると予測されています。
今のトルコおよび、隣国のシリアの惨状は、まさに明日の日本の都市を想像してしまいます。
* * *
今回の巨大地震は、トルコのみならず、隣国のシリアにも相当な被害をもたらしました。
シリアでは、巨大ダムが崩壊し、街が洪水にみまわれました。
日本のダム、貯水池、湖の水門は、だいじょうぶ…?
シリアの内戦は、まさに世界戦争の縮図です。
ウクライナにも近く、たいへんな地域です。
危険すぎて、世界各国は救援がなかなか進みません。
よりによって、そんな地域が巨大被災地に…。
人間が被害をさらに巨大化させてしまいました。
* * *
大型や小型の重機、ボートなどを空から地上に送り込む手法や、瓦礫の中からの救出手法、被災地での迅速な巨大テント設営の手法などを、早く確立させてほしいものです。
「発生から72時間は重要だ」とは言われますが、被災者が瓦礫の中で一週間以上 生き延びた例は少なくありません。
今回も、子供だけでなく 大人も長く生存できている例が少なくありません。
簡単にあきらめていいことではありませんね。
なんとか、一人でも多くの人を救出してほしいものです。
◇悲しみをこえて…
アメーバブログでも、トルコ南部地震に関連した内容を書かれている方が少なくありません。
その中から、お二人のブログをご紹介します。
素晴らしい視点、感性、発信力をお持ちのお二人の、この度のご厚情に深く感謝申し上げます。
まずは、すみれ様のブログ記事です。
埼玉県川越市の「最明寺」にある、トルコ国旗を表現した「花手水(はなちょうず)」の写真を掲載しておられます。
すみれさんご本人も「花手水」の製作者ですが、これは生花店業の方が作られたようです。
トルコ南部は、日本人がそうそう簡単に救援ボランティアで行けるような地域ではありません。
「トルコ花手水」を目にしたら、寄付金額も増やしたくなるというもの…。
日本の「トルコ花手水」のメッセージは、遠くとも、きっと届くことでしょう。
日本全国各地に、「トルコ花手水」が増えたらいいですね。
いつか、トルコから届いた「トルコキキョウ」でも、「花手水」が作られることを祈っています。
やさしい花びらの水を、多くの手で分け合う… それが本来の「花手水」。
やさしい「すみれ」の香りのする水です。
素晴らしい「花水」をありがとう! その手をありがとう!
* * *
もうひとつは、「歴音fun」ではお馴染みの、翠(すい)さんのブログ記事です。
赤色の椿(つばき)の花が咲く季節になり、トルコの惨状を嘆いた句が、そこにあります。
花が持つチカラだけでなく、日本の俳諧・俳句の中にあるチカラを感じます。
トルコ国旗は椿色(赤色)に白い三日月(新月)と五芒星、日本国旗は白地に椿色(赤色)の太陽(満月)。
どちらの国も、地震の恐ろしさをよく知る、世界有数の地震国です。
地震多発国では、多発する地震がその国の国民性に大きな影響を与えるといわれていますが、トルコと日本には、共通する民族性が、たくさんあるのだろうと感じます。
両国がチカラをあわせて、巨大地震に立ち向かう精神と能力を伸ばすことは可能だと感じます。
「椿」は、春には花の時期が終わり、秋に立派な実をつけます。
多くの方々の祈りや願いが、どうか実を結んでほしい…。
* * *
ここで洋楽を二曲だけ…
「ごめんなさい」という言葉は、伝えるほうも、受け取るほうも、時に辛い言葉ですね。
ごめんなさい…、助けることができなかった…、どうか許して…、こんな別れは悲しすぎる…。
エルトン・ジョン(1976・昭和51)
♪悲しみのバラード(Sorry Seems to Be the Hardest Word)
次の歌のように、悲しみも、苦しみも、乗り越えていけるだろうか…?
トルコの皆さまには、どうか乗り越えてほしい…。
バリー・マニロウ(1980・昭和55)
♪悲しみをこえて(I made it through the rain)
2023年は、トルコの共和国建国100周年の年です。
トルコの歴史の中の、ひとつの節目になりますね。
震災の悲しみを乗り越え、新しい歴史をつくっていってほしいものです。
これからは、椿の花や、花手水を見るたびに、思いをはせたい…。
NHKのトルコ支援先一覧サイト
* * *
ここからは、私が昨年の11月に書きました「トルコ」に特化したブログをそのまま掲載させていただきます。
「カエル・コネクション(かえるとつながろう)」の第14回の内容ですが、トルコ応援の気持ちを込めて、再びアップさせていただきます。
トルコという国は、昔も今も、勇猛果敢な軍隊と独特な軍隊音楽(民族音楽)を持っていますね。
トルコ音楽は、ずっとトルコの人々の誇りでしょう。
このチカラ強さがあれば、この国は何度も立ち直ることでしょう。
ここからは、2022年11月5日に書いた内容です。
震災前に書いた内容ですので、愉快に書かれた部分もありますがご勘弁ください。
◇お湯の中のおサルさんに、この音楽を…
「音路94.おサルにかえる ~ Hot spring of the Anthropoids:真猿類の温泉 (カエル コネクション.13)」より続く、連載「カエル コネクション(カエルとつながろう)」の第14回となります。
第13回のコラムでは、信州の地獄谷温泉で、冬の時期に温泉につかりに来る「おサルさん」のことを書きました。
この温泉につかる「おサルさん」たちの映像に似合う クラシック音楽が何かないか考えてみました。
このモーツァルトの楽曲はどうでしょうか…。
晴れた日もあれば、大雪の日も…、疲れた母ザルたちは、湯の中で眠りこけ…、子ザルたちは、湯船の縁で大はしゃぎ…、あれ、細かな雪が舞始めた…、今年の冬は無事に乗り越えられるだろうか…、大雪に囲まれても、温泉の湯船だけは別世界…、みんなで行進して山に帰るぞ…、そんな光景が、ピアノの軽快な音色の中に浮かんでくるような気がします。
ダニエル・バレンボイムさんのピアノで…。
有名な「トルコ行進曲」は第三楽章です(下記映像の18分50秒から)。
さあ、湯けむりの中、自身が温泉につかっているのを想像して…どうぞ第一楽章から…。
徐々に、血のめぐりがよくなって…。
モーツァルト
♪ピアノ・ソナタ 第11番
◇トルコ風
さて、「トルコ行進曲」について…。
クラシック音楽の世界で、「トルコ行進曲」と日本語でついているものは、このモーツァルトのほか、ベートーヴェン、ハイドン(ピアノソナタ第11番第一楽章)の作品があります。
この「トルコ」とは、もちろん、あの東ヨーロッパと西アジアをつなぎ、今、ウクライナ戦争で重要な役割を果たしている、あの国「トルコ」のことです。
前述の三人の楽曲は、実際に、トルコで「行進曲」として使われていたということではなく、あくまで、それぞれの作曲家が、「トルコ風」の雰囲気や手法を取り入れて、トルコ軍隊の勇ましさを、自身の音楽作品として表現したというものです。
* * *
この三人の作曲家が活躍した18世紀は、ヨーロッパから見て異国情緒たっぷりのトルコ音楽が人気でした。
ヨーロッパにはない、エキゾチックなメロディ、刺激的なリズム、独特な楽器編成のサウンドが、そこにありました。
モーツァルトも、ベートーヴェンも、人気の音楽スタイルに挑戦し、その実力を見せつけてくれましたね。
そして、「トルコ風」音楽の中にも、それぞれの音楽家としての個性をしっかりと盛り込み、ヨーロッパでも通じる音楽芸術性を表現しました。
ハイドンも、自身の交響曲「軍隊」の中に、トルコ風(オスマン帝国軍風)を散りばめ、聴衆を驚愕させました。
私たちに作れない音楽スタイルなどない… とでも言わんばかりです。
* * *
ここで、ロシアの面白い指揮者による演奏をご紹介します。
その指揮する姿は、あまりにも他の指揮者たちと異なります。
それはまるで、指揮をしているというよりも、踊っているよう…、指揮者を演じる俳優さんのような動きです。
クラシック音楽ファンの間でも相当な数のファンがおり、その指揮する姿を見たくて、音楽ホールに集まってくる音楽ファンも少なくありませんでした。
サービス精神旺盛な指揮者のユーリ・シモノフさんと、モスクワ・フィルハーモニー交響楽団です。
ロシアの指揮者とオーケストラですが、今、どういう状況なのでしょう…?
下記の指揮映像は、映画やテレビドラマの、おもしろ指揮シーンではありません!
楽器演奏者たちは、視界にこの指揮者の姿を入れたら、笑ってしまって、たいへんなことになるのかも…。
ロシアには、こんな方もいます。
オーストリア出身のモーツァルトによる、いかにも優雅なトルコ風の楽曲。
♪トルコ行進曲
ドイツ出身のベートーヴェンによる、いかにもチカラ強いトルコ風の楽曲。
♪トルコ行進曲
ユーリ・シモノフさんの、「変幻自在」の指揮演奏集です。
◇ハイドンの 打撃音イッパツ!
オーストリア出身のハイドンが作曲した、交響曲第100番「軍隊」にも、勇ましいトルコ軍(オスマン軍)をイメージして、「トルコ風」が散りばめられています。
有名な第二楽章(下記映像の7分40秒~12分40秒)は、静かに始まって後半に大音響が鳴り響きます。
当時は、「パパ・ハイドンの軍隊交響曲をお披露目するよ! それも人気のトルコ軍だよ!」と宣伝して、多くの観客を呼びましたが、途中の打楽器の大きな音に驚いて失神した女性がいたというエピソードが伝わっています。
これも宣伝フレーズかも…?
それまでのヨーロッパのオーケストラには、大きな音の出る大太鼓やシンバル、トライアングルは入っていませんでした。
下記映像でも、最終盤の部分(21分40秒)で、客席の後ろから… ビックリ仕掛け!
つまり、こういうことです。
♪交響曲 第100番「軍隊」
* * *
ハイドンは、この「軍隊」交響曲(1794年)の後、第103番の交響曲「ドラムロール(連打太鼓 / 1795年)」や、「戦時のミサ(別名:太鼓のミサ / 1796年)」も作ります。
ハイドンは、後に「交響曲の父」と呼ばれ、なんと、108曲の交響曲を作りました。
「108」とは、なんとも偶然とは思えないような数字ですね。
交響曲に、ティンパニなど太鼓の打撃音は欠かせませんね。
いかに、彼が、太鼓などの連打音を自身の音楽の中で活かそうとしたかが伝わってきます。
ハイドンは、仲間と群れない、独創性を追求した孤高の音楽家でしたが、まさにその自由さが、ハイドンが作った 音楽新時代!
景気よく、太鼓の連打と、甲高い管楽器の音で、元気よく軽快に行くよ!
おそらくは、語らう仲間などいなくとも、作曲が楽しくて楽しくて仕方のない人物ではなかったでしょうか。
音楽があれば、一生 楽しい!
ハイドンの、特に交響曲を聴いていると、「作曲 楽しい」という彼の声が聞こえてきそうな気がしてなりません。
あの裕福でなかったベートーヴェンでさえ、後に言いました。
ハイドンの生家を描いた絵を見て、「えっ! ここまでの貧!」
ハイドン先生、一発、反撃の打撃音を皆に食らわせてやってください!
いきなりのドラムロールのオープニング!
♪交響曲 第103番「ドラムロール」
同曲では、こういうドラムロールもあります。
冒頭ドラムロールは、譜面で明確に示されておらず、自由!
ドラマーは、今も昔も、それでいい!
♪交響曲 第103番「ドラムロール」
* * *
オーストリア生まれのハイドンによる、ナポレオン率いるフランスへの怒り爆発!
とにかくドイツ・オーストリア連合に対して、フランスはいつも対抗心むき出し!
ハイドンの六大ミサの一曲。
下記映像の40分30秒からの「アニュス・ディ」で、ティンパニの打撃音が活躍!
ティンパニ奏者がこれほど目立つ位置にいることなど、そうはありません。
♪戦時のミサ(太鼓のミサ)
ハイドンが、強烈な打撃音や、派手な金切り音がいっぱいのトルコ(オスマン)軍隊音楽を耳にして、ハートに火がつかないはずがない!?
◇ジェッディン・デデン
さて、ここで、トルコの伝統的な音楽と行進の映像をご紹介します。
オスマン帝国(後のトルコ共和国)で、伝統的な軍隊音楽として存在している音楽を「メフテル」といい、その音楽隊を「メフテルハーネ」といいます。
オスマン帝国時代に、この音楽隊は、戦場にも趣き、自国軍隊を鼓舞し、敵には威嚇効果をもたらしました。
今では、軍隊用のみならず、トルコの古くからの伝統音楽のひとつとして、文化活動や観光で大きな役割を果たしています。
14~16世紀のオスマン帝国の歴史的最強軍団「イェニチェリ軍団」は、日本でいえば「織田信長軍団」か!?
17世紀の最盛期は、今のトルコの10倍以上の領土がありましたね。
ハイドン、モーツァルト、ベートーヴエンが活躍した1700年代の18世紀に、ヨーロッパ各地に、トルコ軍の勇ましさと強さ、異国情緒漂う文化、独特のトルコ軍隊音楽が知れ渡り、後にヨーロッパ各国の軍隊にも、この「メフテル」を参考に、音楽隊と軍隊用楽曲が作られていきます。
ハイドン、モーツァルト、ベートーヴエンは、この音楽に、どこで、どのようなかたちで触れたのでしょうか…。
彼らの「トルコ風」とは、トルコ軍の、まさにこの打楽器リズムだったのですね!
トランペット、シンバル、大太鼓、ピッコロ、トライアングルなどの楽器は、18世紀の頃まで、ヨーロッパのオーケストラに含まれていませんでした。
目に耳に したことのない、トルコ軍音楽隊特有のこうした楽器編成と、華やかで勇壮なサウンドが、まさに「トルコ風」として、大人気になったようです。
こうして考えてみると、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンと続く、交響曲の誕生・成長・発展の背景に、トルコの音楽隊のサウンドが重要な役割を果たしたのかもしれません。
世界の音楽の歴史において、トルコの果たした役割は相当な大きさでしたね。
西洋の「進軍ラッパ」「突撃ラッパ」は、なんとトルコから!?
日本の江戸幕府軍は、1800年代にフランス軍から、「突撃ラッパ」演奏を学んでいます。
* * *
1979年(昭和54)~1980年の、NHKテレビドラマ「阿修羅のごとく」(脚本:向田邦子さん)の主題歌にも、この印象的な伝統トルコ音楽が使用されましたね。
下記の映像は、はっきりとはわかりませんが、1910年代の「第一次世界大戦」での「中央同盟軍(オスマン〔トルコ〕・ドイツ・オーストリア・ハンガリー・ブルガリアほか)」対「連合国軍(イギリス・アメリカ・フランス・ロシア・イタリア・ルーマニア・日本ほか)」の頃の映像かもしれません。
オスマン軍による、ロシアの黒海艦隊への砲撃映像なのかもしれません。
山岳映像は、今のブルガリアあたりなのか、あるいは、アジア側でのイギリス・インド軍とオスマン軍の戦闘の様子なのかもしれません。
今のウクライナ戦争で、トルコは、中間的(武装中立)、時に欧米よりの役割を果たしていますが、とにかくロシアとトルコは、断続的に500年近く争っていますね。
トルコ軍は、いつの時代も、わが道を行く!
♪ジェッディン・デデン(祖父も父も)
今、世界は、過去の二回の大戦とも違う、ロシア側、反ロシア側の二つの大きな陣営に分かれていく途中の段階のようにも感じますね。
まだまだ様子見の、たくさん中立の国がいます。
不気味な行進曲の足音が… その行進の行方は…。
皆さまにも、太鼓の連打が聴こえてきていませんか?
◇私は「ターキー」「ホロホロ」どっち?
さて、18世紀以前から、ほんの少し前まで、トルコという国の英語表記は「Turkey(ターキー)」でした。
18世紀当時のヨーロッパでは、異国情緒漂うものを、ひとくくりに「Turkey(ターキー)」と表現したようです。
日本でも、明治時代に、見たこともないもの、海外から来た新しいものなどに、「西洋」「舶来」「新世界」「ハイカラ」「電気」とか、やたら付けていましたね。
今でもある東京・浅草名物のあの「電気ブラン」… 感電して、キク~! ウィ、もう一杯!
* * *
18世紀のヨーロッパでは、トルコを経由して輸入される、アフリカ原産の風変りな姿と鳴き声の「ホロホロ鳥」を、トルコには生息していないのに、「トルコ鶏(ターキー・コック)」と呼んでいました。
その後、ヨーロッパ諸国は、北アメリカ原産の「七面鳥」をヨーロッパにどんどん持ち込み、食用として販売しました。
「ホロホロ鳥」によく似たイメージの鳥として、こちらも「ターキー」と呼んでいました。
実は、北アメリカの「七面鳥」と、アフリカの「ホロホロ鳥」は、別々の鳥です。
ただ両者とも、鳥綱(鳥類)の「キジ目」には入りますので、親戚のようなものです。
もともと、アフリカ大陸と南北アメリカ大陸は、ひとつの大陸でした。
両者の姿をよく見ると、少し違いますが、一般庶民がイメージする中では、大した違いがない、妙な姿と鳴き声の大型の鳥ですね。
区別できるほどの知識もないし、必要もないといったところかもしれません。
何か、風変わり姿で、妙な鳴き声、顔色が七色に変化する大型の鳥を、ひとくくりに「ターキー」と呼んだのです。
もちろん、学術的な正式名は別々にあります。
アマガエルも、ヒキガエルも、トノサマガエルも、区別なく「カエル」と呼ぶのに似ていますね。
* * *
日本の呼び名「ホロホロ鳥」は、江戸時代に入って来たオランダ語の「ホロホロ鳥」の意味の「ホルポラート」が、その後、あの妙な鳴き声「ホロホロホロ…」とともに、変化していったのかもしれません。
私は結構、好きな名称です。
個人的な見解ですが、日本には古くから「けんもほろろ」という言葉表現があります。
これは、日本の鳥である「雉(キジ)」の鳴き声が、その由来です。
日本の「ホロホロ鳥」という名称と関係がないとは思えません。
一応、日本では、「七面鳥」と「ホロホロ鳥」は使い分けられていますね。
でも、たいていの方は、違いがよくわかりません。
日本では、魚の「サケ」と「マス」は別々の魚なのに、ビジネスなどさまざまな事情で、ひとくくりに「サケ」にされていたり、一般庶民は「ニワトリ」も「チャボ」も「シャモ」も、養鶏場や農家の庭にいたら、みな「ニワトリ」とひとくくりに呼んでしまったりしますね。
「ウルトラマン」も「仮面ライダー」も、姿や名前もみな細かく分かれているのに、ひとくくりに「ウルトラマン」「仮面ライダー」と大人は呼んだりしますね。
「恐竜」と「怪獣」の区別ができないママもたくさんいますね。
「トカゲ」「イモリ」「ヤモリ」「アカハラ」…もういい!
ビジネス上は、細かく名称を分けた方がいい場合と、分けないほうがいい場合に分かれますね。
* * *
先ほど、「18世紀当時のヨーロッパでは、異国情緒漂うものを、ひとくくりに Turkey(ターキー)と表現した」と書きました。
今でも、原産地、生産地、養生地、育成地、製造国、包装地、組立地、本社地など、多くの種類の表示がありますね。
海外生産なのに、「日本製」「日本産」を偽装するケースもよくあります。
うなぎや魚介類、果物、肉、家電、化粧品、酒など、今でも たくさんの問題が起きますね。
今、衣料品の末端の製造地が本当はどこの地なのかで、衣料メーカーは大わらわですね。
商品についている地名は、場合によっては、絶大なチカラを持っています。
信頼であったり、安全であったり、保証であったりしますね。
その地名で、商品の売れ行きが大きく違ったりします。
18世紀当時、アジアやアフリカの産品が、ヨーロッパに輸入されてくる場合に、「ターキー(トルコ)」という地名が、輸入の中継の貿易国名として、いかに絶大なチカラを持っていたかがよくわかります。
人目を惹く、目新しい、異国情緒ある、これから売れる可能性のある商品…、それがまさに「ターキー」だったのかもしれません。
「ターキー」を通ってきた商品なら、安心だし、売れる…!
「ターキー」じゃなくちゃ、モノは売れねぇよ!
かつて「china(チャイナ)」も、中国という国の意味と同時に、東洋の磁器を意味していました。
「japan(ジャパン)」も、日本という国の意味と同時に、日本の漆器を意味していましたね。
欧米から見たら、18世紀の中東やアジアは、まだまだ未知の地域でしたね。
国名こそが、まさにその商品の信頼の証しという時代であった気がします。
* * *
ともあれ、クリスマスの時期の欧米では、「七面鳥」も「ホロホロ鳥」も、「ターキー」として食卓に並びます。
たいていの方は、元の鳥の姿など知らないと思います。
さすがに、日本には貴重な「ターキー」はなかなか入ってきませんので、各種「ニワトリ」が、ひとくくりの「チキン」になってクリスマスの食卓に並びますね。
東洋には、「ターキー」どころか、「鳥の唐揚げ」「モモの照り焼き」「焼き鳥」など、ものすごい対抗メニューがありますね。
弱虫の私は、どちらかというと「ターキー」よりも、チキン!
鳥は、恐竜の進化した生物といわれていますね。
今の地球上では、あの程度のサイズですのでいいですが、もし恐竜並みのサイズであったら… 食べられるほうは人間だということです。
遠い未来に、巨大ターキーの逆襲がないことを祈ります。
◇トルコ国の英語表記の変更
さて、実は、トルコ国の意味の英語表記「Turkey(ターキー)」は、「七面鳥」の「Turkey(ターキー)」と同じ綴りと発音で、あまり良くない、侮辱を含んだ意味あいで使用されることもありました。
第二次世界大戦の頃までは、他国や敵国を侮辱する時の言葉表現の中に、よく、風変りな動物や昆虫の名称を使ったりしましたね。
サル、カエル、クマ、ヘビ…、その中に風変りな姿の妙な鳴き声の七面鳥も入っていました。
定着した動物の呼び名を変えるのは、さすがにたいへんです。
せめて、英語のつづりと発音は、「国名」と「七面鳥」を区別させたほうがいいと考えるのは道理ですね。
そこで、トルコからの要請で、2022年から、トルコの国名の英語表記が「Turkiye(テゥルキエ / 「u」の上に点が二つ付く)」に変更され、国連公用語と決まりました。
たしか、スペイン語やフランス語でも変更されたと思います。
日本語の、ポルトガル語由来の呼称「トルコ」は変更ありません。
これで、英語のつづりと発音という意味では、「トルコ国」と「七面鳥」の数百年の縁が切れました。
これから、トルコの国名を表現する時には、注意したいですね!
Türkiye(テゥルキェ)!
◇アトランティック・レコード
さて、特にロック音楽ファンに親しみのある、1970年代に世界で大人気だったレコードレーベルの「アトランティック・レコード」は、実はトルコ人の創業者が1947年に作った、それまでにないタイプの音楽レーベル・ブランドでした。
当初は、黒人のリズム&ブルースやジャズを中心に会社が成長し、70年代はたくさんのロックスターが所属していましたね。
特に、プログレッシブ・ロック分野のイエス、ELP、キング・クリムゾン、ジェネシスは、その独特なレーベル・ブランド・マークとともに思い出します。
そして、なんといっても、レッド・ツェッペリンのレコードには、この「アトランティック・レコード」のマークが輝いていましたね。
音楽ジャンルにこだわらず、チカラ強い、新しいタイプの才能ある新人たちを、次々にデビューさせるレコード会社でしたね。
リズム&ブルース、ジャズ、ポップスの分野でも、スターの名前がキラ星のごとく並びます。
音楽の世界での、中世の頃からの「トルコ パワー」と関係ないとは思えませんね。
* * *
レッド・ツェッペリンの1971年(昭和46)の曲。
この楽曲のタイトルは、英国の、作家で軍人のトールキンが書いた、ホビット、ガンダルフ、ドワーフたちが登場する「ホビットの冒険(後の 指輪物語)」の中に出てくる「霧降り山脈(Misty Mountain:ミスティ・マウンテン)」からとられました。
この楽曲の「ミスティ(霧)」は、麻薬の煙。
このタイトルを直訳すると、「霧の山の小旅行」「霧の山をひょいと跳び越える」といったところ。
オレたちは気づいてなかった…正気じゃなかったのさ。
ダメダメ、麻薬ダメ!
その山に行ったら、オレたちは、知らねぇぞ!
…という意味あいの歌。
先日、この曲を、今の時代の文化祭で演奏する日本の女子高生バンドの動画を見ました。
同級生たちに、意味が通じていたのだろうか?
実は、真面目で、しっかりとした女子高生ロックバンド!
1968年から1990年あたりまで使用された、オレンジ色と緑色を基調とした「アトランテック・レコード」マークのレコード盤。
1960年(?)頃から使用された「ブルズアイ」と呼ばれる黒い牛の眼のような渦巻マークは、今も使用されています。
♪ミスティ・マウンテン・ホップ
1973年の、ZEPのライブ。
トルコ風(?)打撃音炸裂!
♪ミスティ・マウンテン・ホップ
◇トルコ音楽の新しい時代のスター
ここからは、1990年以降のトルコのポピュラー音楽界のベテラン有名歌手をご紹介します。
まずは、ヨーロッパでも知られ、日本でもある曲の日本語バージョンまでが発売されたことのある男性歌手「タルカン」さんです。
タルカンさんを3曲…
♪Bu Gece
♪Ayrılık Zor
♪Dudu
* * *
米国のマドンナさん、日本の安室奈美恵さんを思い起こさせるような、女性歌手のギュルシェンさんを4曲…
♪Bangır Bangır
♪İltimas
♪Kardan Adam
♪Delikanlım
トルコの現代の音楽も、中東の香りがたっぷりの刺激的なトルコ音楽ですね。
トルコの今の時代のポピュラーソングの中にも、日本人が気に入るタイプの楽曲が少なくないと思います。
◇地中海をぐるりと回って…
さて、アフリカの「ホロホロ鳥」がなぜ、トルコを経由して、ヨーロッパに入ってきていたのか…。
世界地図を思い出してみてください。
アフリカ大陸とヨーロッパは、大きな地中海で隔てられていますね。
実は、太古の昔は、アフリカのモロッコと、ヨーロッパのスペインは、大地でつながっており、地中海は海とつながっていない内陸の湖だった時代もあります。
今は、スペインとモロッコの間に、ジブラルタル海峡という大激流の海があり、大陸間を隔てています。
ですから、ロシアの黒海艦隊の軍艦や潜水艦は、黒海から地中海を経て、大西洋に出ること、逆に入ってくることができます。
ですが、トルコと完全に敵対したら、それは不可能になりますね。
今のウクライナ戦争において、いざ戦時の中では 国連は限られたチカラしか発揮できませんが、西側陣営とロシア側陣営の間で、トルコが非常に重要な役割を果たしていますね。
多数の中立国をロシア側と想定すれば、今は、両陣営は互角かもしれません。
世界の戦争の歴史を考えれば、中立の中から最終勝利者があらわれることは少なくありません。
トルコの動き方次第では、世界の様相が一変するといってもいいのかもしれませんね。
ひとまず、ウクライナ戦争を原因とする世界の食糧枯渇問題は、トルコのチカラで、一難去ったようにも感じます。
* * *
さて、今でこそ、アフリカからヨーロッパに、船で地中海を比較的 容易に渡れそうな気もしてきますが、移民や密入国者の船が遭難するニュースもよく耳にします。
アフリカとヨーロッパの間にある地中海は、近い距離だから安心というわけでは決してありませんね。
かつての、最盛期のオスマン帝国(トルコ)は、この地中海沿岸のたいはんを領土としていました。
かつての陸路と海路の物流輸送量を比較したら、やはり陸路に分がありましたね。
アフリカの産物は、エジプトや中東諸国を経由して、今のトルコのイスタンブールにやって来ます。
つまり、地中海を避けて、一端、東に向かい、再び西の地にあるヨーロッパに向かうのです。
アフリカから、アジアの最西端の地である(今の)トルコにやって来た物資は、幅2キロもない「ボスポラス海峡」という海の海峡を渡り、ヨーロッパに向かいます。
この海峡の地にあるのが、トルコの大きな街である、今のイスタンブールです。
ちなみに、2013年に開業した、ボスポラス海峡の海底トンネルは、日本の技術と資金で作られました。
たいへんな偉業なのですが、日本に恩恵は…?
トルコから見たら、世界中の貿易相手のひとつに過ぎない…?
* * *
この狭いボスポラス海峡を渡り、アフリカやアジア、中東の産物が、陸路でヨーロッパに向かいました。
この海峡を渡った先もイスタンブールの街ですが、その先に、ブルガリア、ギリシャ、ルーマニア、セルビアなどの国々があります。
さらに先に、ハンガリー、オーストリア、イタリアなどがあります。
つまり、砂の地を通り、海を渡り、ヨーロッパに、さまざまな他の地域の産物が送られていくのです。
トルコのイスタンブールまでは、まさに砂の道でつながっていると言っていいのかもしれませんね。
* * *
18世紀のヨーロッパで、なぜ、異国情緒漂うものすべてを、「ターキー」と呼んだのか…。
それは、トルコを経由したということを意味しているのは間違いありませんね。
このイスタンブールの海峡を行き来するのは、産物や商品だけではありません。
宗教や文化、音楽も、この地を行き来するのです。
トルコ音楽に、中東のイスラムの香りはもちろん、アフリカやアジアの香りがするのは、そのためですね。
今でこそ、物資は、陸路だけでなく、海路も、空路もあります。
文化や音楽、宗教は、インターネット経由もありますね。
◇砂漠のバラ
ここで、アフリカ北部の国である「アルジェリア」の男性歌手シェブ・マミさんと、英国の有名なミュージシャンであるスティングさんが、1999年にデュオで歌った楽曲「デザート・ローズ」を…。
まさに、中東・アフリカ音楽と西洋ポピュラー音楽の融合のような楽曲です。
西洋側と中東アフリカ側の両方の音楽界に、影響を与えた楽曲でしたね。
♪デザート・ローズ
下記は、この楽曲の歌詞と、この音楽動画からの、私のイメージ文章です。
歌詞の概要和訳ではありません。
ビジネスで成功した者たち…どんなに富や名誉を得ようとも、渇いた のどは潤せない…。
音楽、ダンス、女性に囲まれたパーティーのような華飾で虚飾の毎晩…。
運転手付きの高級車に乗っていようとも、それはまるで、孤独な砂漠を永遠に走っているよう…。
目的地など わからない…。
私は、どこに向かっているのか…。
砂漠の中に、私を癒してくれるものは、あるのだろうか…。
私に愛を届けてくれる、甘い香りのバラの花のような女性は、砂漠の中に立っているのだろうか…。
私がこれまで出会うことのなかった、夢にまでみている女性は、いったい どこにいるのだろうか…。
夜の砂漠の空を見上げても、雨はやって来ない…。
大地は砂だけ…、美しい花壇などない。
私のビデオカメラに映るものは、虚飾だけ…。
私は何を見ている? 何を求めている?
私は、砂漠で、甘いバラの花の香りを探す夢を見ている…。
栄光に包まれた成功者たちは、実は孤独かもしれません。
* * *
シェブ・マミさんがメインの歌唱バージョン
♪デザート・ローズ
北アフリカのアルジェリア出身のシェブ・マミさんは、他にも有名なミュージシャンと多く共演していますね。
異国情緒ただよう、魅力的な歌声とサウンド、そして多くの素晴らしい楽曲。
また、別の機会のコラムを書きます。
ここは、一曲だけ…
♪Ana Oualach
◇ロスト・イン・イスタンブール!
以前に、サッカー界のメッシさんと、バスケットボール界の 今は亡きコービー・ブライアントさんが、トルコ航空のCMで共演しましたね。
二人のスーパースターは、まさかのアレに完敗!
トルコ航空CM
2000年代に、日本企業が「トルコ風アイス」を売り出し、日本で ちょっとしたブームを起こしましたが、本場の「トルコアイス」とは異なるものです。
この「トルコ風」は、18世紀のヨーロッパの言葉表現「ターキー」に似たもののようにも感じますね。
トルコからやって来る「風」は、いつの時代も、何か刺激的!
* * *
「世界三大料理」という言葉表現があります。
フランス料理、中華料理、そしてトルコ料理ですね。
とはいえ、日本では、あの屋台の「ケバブ」くらいしかトルコ料理を思い出せない方も、まだまだ多いですね。
トルコの豆料理や、日本の濃い田舎料理のような雰囲気のトルコ野菜料理などは、煮物好き、カレー好き、肉好き、魚好き、ヨーグルト好きの日本人にも相当に受け入れられる気もしますが…。
トルコ音楽を聴きながらなら、独特のトルコ料理を「ガツン」と楽しめるのかもしれませんね。
今年のクリスマス…、トルコ国旗と同じ、赤い色の服を着て、家でやってみますか?
ターキー!
ホロホロ!
私は、赤い色の服を着て、イスタンブールの迷宮に迷い込む…
Briannaさん
♪ロスト・イン・イスタンブール
* * *
ここで、フランスの「カエル沼」のお話しを書く予定でしたが、すでに長文ですので、次回に回したいと思います。
やはり、「トルコ料理」と「フランス料理」を同じテーブルに並べるのはやめておきます。
以上が、2022年11月に書いた内容(一部割愛)です。
クラシック音楽の歴史に絶大な影響を及ぼした「神聖ローマ帝国」とトルコの歴史的関係性や、トルコ共和国建国のお話、1900年代のトルコ音楽界の「トルコ5人組」については、今回は文字数の関係で、2022年掲載内容から割愛しましたので、あらためて別の機会に再掲載したいと思います。
* * *
最後にもう一度…
2023年は、トルコの共和国建国100周年の年です。
トルコの歴史の中の、ひとつの節目になりますね。
震災の悲しみを乗り越え、新しい歴史をつくっていってほしいものです。
まずは、一人でも多くの救出と、一日も早い復興を祈っています。
「トルコ花手水」と 椿の花…、そこに、祈りと願いが…。
* * *
2023.2.15(初回掲載2022.11.5)
天乃みそ汁
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