音楽が好きか、と聞かれてキライと答える奴はいないだろう。オレだってスキだ。でも、暑苦しくなることがある。真剣に聴けばそれだけ音楽は底が深い。例えばスネアの位置。ドラムが通常2・4拍目に鳴らすメインの太鼓のことだ。これがテンポの通りか否かで、その楽曲は表情を変える。通常はインテンポだが、R&Bなどではわざと遅らせて演奏される。「タメ」というやつだ。これの有る無しで音楽は大きく変わるのだ! そんな細かいところにシビレて音楽を聴きだすと、聴き流せなくなる。オムレツを焼きながらとか風呂に入りながらとか通勤しながらとかツレと話しながらとか、そんなイージーな状況で音楽を聴けなくなる。




音楽を聴くのが命懸けになるのだ。


それで食っていこうとするなら当たり前でショ。今、オレは小さな音で音楽を聴く。細かな音まで聞こえないように。そうやって米を研いだり、ネットサーフィンをしたり。真剣に聴くときは、他の作業をしない。サウンドのバランスやノリ、楽曲がイメージするものを聴き取るために必死になるからだ。それでもオレは音楽が好きだ。命を張ったものだから、そうカンタンにキライにはならないんだよ。





ひと昔まえのことだろうか。アンプラグドという言葉が流行ってバカがそれに追従していた。オレは鼻で笑い、そんなものはアコースティックでいーじゃねーかと心底バカにしていた。今でもバカにしている。なーにがアンポンタンだ、オレのほうが勝ってるよ、と。で、ナニを血迷ったか日本のバカがマネをした。ホントに情けない。機材を使わずに済むからライブなどは安く上がるのだな。恥だ。



同じようなことにカバーがある。ワンランク上のバカはカヴァーなどと表記している。そこに言いたい!




他人のふんどしで銭儲けをするな!


と。だいたい、カッコ悪いでショ。他人のシゴトをパクるのは。「あまりにいい曲なんで歌いたくて」とかコメントしてるけどそんなの素人と一緒ジャン。カラオケボックスか!? 自分の曲ならまだしも、他人の曲をカバーするんだからドロボーじゃん。恥というものはないのか。いい曲を創るのがプロのシゴトだろーが! 





以前に書いたことだ。音楽が溢れている環境では、聴きたい音楽を取捨選択できるので、好き嫌いができると。でもそれは、時間の経過や状況の変化で変わるので、毛嫌いする必要はない、と。時が経てば、好き嫌いにも変化が生じると。では、音楽に良い悪いはあるのだろうか。



一般的に、意志をくじくような、つまりマインドコントロールするようなものは、情報操作という観点からも悪いとされている。フツーはそう思う。オレもソー思う。しかし軍歌はどうだ。戦時中、戦意高揚のため軍歌もしくはそれに準じる歌曲以外は聴けない状況があった。人々は否応なしにその音楽を聴かされていたのだ。そんな状況を乗り越えて今の日本があるのだ。では、その状況の中を生き抜いてきたヒトは今、その音楽を聴いて涙を流すのではないか。二度と聴きたくない、と思うヒトもいるだろう。しかし、純情な青春時代に友と枕を並べて聴いた音楽は甘い感情を呼び覚まし、聴くヒトにカタルシスをもたらすのではないか。それを悪い音楽と他人が断定できるのか。




このように、音楽はヒトの意識をコントロールするチカラを持っている。ウソだと思うなら今の日本の状況を考えてみればいい。誰もがみな、恋愛バカだ。ラヴソングがマーケットを席巻し、悲しいことにそれが売れてしまうのだ。あのヒトとの想い出の歌だから、といってその歌を新しいパートナーの前で、堂々と唄う。切ない、悲しい、この苦しさを癒してほしい、といってカラオケでそんな歌を下手糞が唄う。そんな奴らに軍歌の世代をバカにする資格はない。




音楽は生活に直結するから、上記のような現象が起こる。音楽そのもののチカラ+環境が、音楽の好みや、良し悪しを決めてしまうのだ。これは音楽という純粋な芸術にとっては不幸なことである。そこでオレはひとつの考え方を思いついた。オレ独自の視点である。



音楽そのものの良し悪しを問う基準、それは「その作品が100年後に残っているかどうか」だ。例えばイーグルス「ホテルカリフォルニア」は残る、しかし「ロングラン」は残らない。中島みゆき「時代」は残るが「彼女の生き方」は残らない。クラシック古典派ジャズのスタンダード曲がのこっているのは、時代の変遷にも生き残るチカラをもっていたからだ。それに比べ、今の時代の演者、作品はどうだ、あぁん、まったく血が通っていない。「彼女の生き方」なんて血まみれだ。なのに100年後には残らないことが、オレには判る。




音楽に生きるものとしては、そこまで残らない作品を重視しながら、100年作品を見つけるべく老眼の目を養っていきたいのだ。






オレはアルトサックスを20年以上吹いている。当然、上手くなりたいと思って始めたのだが、じゃあ「上手い」ってどういうことだろう。一般的にはもの凄く速いメロディを適切な音量できれいな音で演奏できれば、客は



「ハイ、立派立派」といって手を叩くだろう。しかし、



ジャの世界に足を突っ込んでしまうと、それだけではすまなくなる。そんな演奏をしていると周りの奴から「ケッ、お上品なプレイをしやがって、このバカタレが」と、嫌われてしまう。どういう訳かジャズの世界では




個性が求められる


のだ。例えば音。人間の悲鳴のような音、楽器の構造上はムリなのに演奏できてしまう高音などを織り交ぜて演奏することが良いとされる。そして困ったことに「上手い」より、スイング感の有無が重視される。ではスイング感って何だと問われると返答に困るが、ものすごくカンタンにいうとリズム感の親戚みたいなものだ。だがその血筋の決定的な違いに、一緒に演奏しているメンバーたちと同じ瞬間にイケる能力、がヒトツある。他にもイロイロあるが、決定的な違いはココだろう。まあ、そんな専門的なことは置いといて、このようにジャズの世界ではヒジョーに判らないことをいわれるのだ。



そこで悩んだオレは、とりあえず初歩の間は言われたことをキッチリと、が、他人より大きな音でやろうと思った。ロングトーンという練習だ。このとき独自の思考回路で「100キログラムのものを1時間持ち上げられれば1キログラムのものを100時間持てるはずだ」と閃いて、これを音楽に当て嵌め「大きな音を出すチカラがあれば、小さくてキレイな音が長時間揺れずに吹けるハズだ」とアンポンタンな頭で考え、実践した。その結果、今でも音がでかくてウルサイと怒鳴られそうなら小さな音で吹けば良いので、ヒジョーに具合が良い。




次にジャズではアドリブという即興演奏をするが、コレがムツカシイ。何しろアドリブだから楽譜がない。他のメンバーの演奏を聞いてその瞬間に頭の中に閃いたメロディを、他のメンバーの演奏に合わせて、閃くと同時に音として吹かないといけないのだ。そんなヤヤコシイ理屈が初心者に判るわけはない。そして死んでも出来ない。軽音楽部に入部して5ヶ月目にブルースコード進行をバックに何か吹けといわれて何も吹けなかったとき、理屈の片鱗を理解した。ジャズをやるには、楽器を体の一部のように自由に使いこなせることが必要だと。そして必死の、そして地道なスケール練習に突入するのだ。




何の理論体系もない練習法だが、何かをするには目標があったほうが良い、とヒトの本にも書いてあるでショ。下品な音と自己満足な演奏を目指すなら、オレのやったことはヒジョーに有効だ。そんな情報で良いならいつでも共有いたします。ただし間違ってても責任は取れませんのでヨロシク。




前回、イヤな音楽は聴きたくない、と書いたが、みんなはどんな音楽が好きなのだろう。世界は音楽に溢れている。世界各地の民族音楽軍歌クラシック現代音楽デスメタルJポップテルミンの演奏、はてはクジラの鳴き声なども「音楽だ」といわれ、それを音源で入手できる。ヒジョーに膨大な種類の音楽がある。だからって誰もが「自分にあった音楽」を探して生きているわけではない。アメリカ南部でカントリー&ウェスタンという音楽だけに接して一生を終える人もいる。日本人がすべて演歌好きなわけではない。ビートルズを知らないヒトだって、そりゃあたくさんいるのだ。




じゃあなぜ、好き嫌いができるのか? それは音楽の種類がたくさんあるからだ。食べ物だって同じコトでショ。たくさんの中から選べるから、好き嫌いが生まれるのである。シューマイのてっぺんのグリンピースを残すヒトもいるし、ジャムを塗った刺身が好きなヒトもいる。ヒトそれぞれなのだ。




では、一種類の音楽しかなければどうなるか。日本に民謡しかなければどうなるだろう。それはきっと、少しずつ新しい音やハーモニーやリズムを採り入れ、ユックリと、新しい音楽が、もっと気持ちのいい音楽が生まれてくるでしょう。ヒョットすると雅楽のような音楽ばかりになるかもしれない。何も今の日本のようにテクノロジーが進歩し、テンポが速くなり、音域が高くなるだけが進化ではない。お経を音楽だと考えて悪い理由はない。また、フォークソングのスピリッツとロックのビートが融合してラップが生まれたように、ハイブリッドな音楽が生まれる可能性も充分にある。そう、カレーとウドンからカレーウドンが生まれたように。それに好きだった人を嫌いになったりその逆もあるんだから、何が起こるか判らない。来年のヒットチャートを独占するのはイルカシャチホーミーかも。



世間には「音楽がないと生きていけません」などという奴がいる。バカである。オレもそんなことを言っていたハズカシイ時代があったが、んなものは二十歳ぐらいの頃にドーでもよくなってしまった。聴く側から演奏する側へ、意識が変わったからだろう。今「音楽がないと生きていけない」と言っていいのはプロのミュージシャンか音楽業界の人間、つまり音楽でメシを食っている奴だけだ。オレは音楽がなくてもモチロン生きてゆける。正しくは







「音楽が聴けなくても」



だ。何といっても急性膵炎からほぼ復活したオレのことだ、音楽が聴けないくらいでもない。何故なら、「聴かされる」のがイヤなのだ。イヤなものを聴かされるくらいなら、何も聴こえないほうがいいでショ。



闘病日記が終わった今、そのあたりのことをツラツラと書いていきたい。ヒジョーに抽象的なテーマなので、ハナシはいろいろな方向へ跳ぶだろうがご勘弁願いたい。逆にいろいろな意見を聞かせていただく方が良いかもしれない。






気温は低く風が冷たいが、暖かい日差しが差す日になった。このまま寛いでいては、残り半日が無駄になる。病院暮らしに慣れた体をヨイショと持ち上げ、洗濯を開始した。PCを立ち上げメールチェックとネット検索。外が暗くなる頃に作業は終り夕食を買いにスーパーへ。退院後、初めての食事は「オムそば」になった。炭水化物中心の食事が続いていた中、体が欲するところに任せて選んだメニューである。




膵炎とはどんな病気なのか、それより膵臓とはナニをしている臓器なのか、そのあたりが知りたかった。まず膵臓は膵臓酵素を出し、それが胆汁と一緒になって十二指腸に流れ込み、そこで脂肪やたんぱく質まで分解するらしい。体の中で最強の分解酵素を出す臓器なのだ。そこで宿主の暴飲暴食、まあ酒の飲み過ぎが度を超すと、膵臓はヤケを起こすらしい。で、膵酵素をドカドカ出すのだが、それが最強なものだから膵臓自身を溶かしてしまう、と。こーゆー訳らしい。このあたりは宿主が飲み過ぎていく様に似ており驚いてしまうが、ヤケ酒ならぬヤケ分泌というところか。それで膵臓はメチャメチャになり、出血したり腹水が出たりして他の臓器にも多大な損傷を与え、事態は深刻化するらしい。もっともアルコールの過剰摂取は、それが原因ということは判っているが、なぜそうなるかというメカニズムは判らないらしい。さらにアンポンタンなオレのように飲み過ぎるだけが原因ではない。胆嚢の異常によっても膵炎は発症する。胆石とか胆汁過多とかで胆嚢を切除した方が発症することもあるのだ。なかなかに油断できない。あまり世間に知られていない膵炎の医学的な側面を、オレの頭でこれ以上噛み砕いて説明するのは不可能なので「慢性と急性の違い」だとかムツカシイことはもう書かない。というか、書ける範囲のことをもう少し。



他に膵炎の恐ろしいところは慢性化すると完治しないと言われていることだとか、回復には刺激を与えないことが一番でそのためには口腔からの食物および水分の摂取は厳禁だとか、恐ろしいことが書かれているのである。ドクターによる報告もかなり読んだが、現在治療中の方のコメントはかなり厳しい内容が続いていた。入退院を繰り返される方、退院して社会復帰しても食事制限が残っている方、あの忌まわしい激痛をかかえて働いておられる方、下手な薬剤師より病気や薬に詳しくなってしまっている方、などいろいろな方がいらっしゃった。



オレがこんな文章を書き始めたのは、この度の奇異な経験を何かに残しておこうと思ったからだ。病気の根絶だとか医療制度の改革だとか、そんなことは考えていない。でもね、ごはんを食べられない病気があるってコトは、もう少し世間に知られてもいいんじゃないかと思う。フツー腹痛でダウンしてれば「早く良くなってご飯を食べて栄養をつけて」って思うだろう。あとドクターがとってくれた措置にしても、膵炎の進行状態が判らないあの状況では適切だったのだろうと思う。




12月10日にオレは病院の前の喫茶店にいた。晴れたり曇ったりの風の強い日で退院して初の血液検査と診察で通院したのだ。退院後、オレは酒を飲みたいと思うことがほとんどなくなった。食べるものも魚が中心になり、肉や油のキツイものは食べたくなくなった。薬の服用は続いている。検査結果と診察の結果は問題なし。再発の見込みすらない。おかげでコーヒーなど飲みながらオレが寝泊りした巨大な建物を眺めている。今後は眺めるだけにしたいもんだ。ホント。





ついに病院側に放置されてしまったわけだ。用がないならさっさと出て行け、と言わんばかりである。何でも年末年始は入院する患者さんが多いそうで、病院としても早い段階でベッドを開けておきたい、のだそうだ。振り回されっぱなし、とはこのことだ。横座りのままのオレの思考が動き始めると、ある約束を思い出した。友人代表3号が車でお迎えに来てくれるのである。ハッキリした退院時間が判らなかったので連絡できずにいたが、急いで連絡しなければならない。で、足確保。入院時は歩いてきたが、大荷物と雨降りと体力および体重の激減と傘すら持っていないという状況では、お世話にならざるを得ない。これまた、とてもとてもありがたいことだ。感謝のキワミである。




連絡したことをきっかけに正気の戻ったオレは帰ることにした。当たり前だ。そこでまずは同病室の方々にご挨拶。当然ながら再会を約束したりはしない。で大荷物を抱え、ヨロヨロと廊下を歩きナースセンターでご挨拶。看護師さんたちはほとんどおらず、放置状態を再確認。喫煙スペースでタバコを吸いながら時間を調節していると3号が到着。帰る道すがらの話の中で、膵炎という病気は致死率が50%(症状による)もある、と聞かされる。病気の詳細を知らないオレは「ハア、ソーデスカ」と答えるのみ。しかし、ひとつハッキリ判ったことがある。それは






皆さん、心配してくれていたのだ。


ということだ。ありがたいことである。何度もお礼を言って13日ぶりの自宅へ。朝から降っていた冷たい雨は止み、気温は低いが薄日が差してきた。これなら洗濯ができそうだ。部屋の中は当然だが入院前と変わりない。荷物を降ろしてテレビをつけるといつものようにタモリが司会のテレビ番組が映し出された。オレはテレビの音を消し、思いつく今回お世話になったすべての人たちに連絡すべく端末を手に取った。




神、空にしろしめし、

なべて世は、こともなし。





退院当日になってもまだ点滴を打たれているわけで、病院というところは本当に最後の最後まで何があるか判らない。だいたい敵は国家資格取得者ばかりなので、油断してはいけないのだ。そのことをすっかり忘れていた。ベッドの上で横座りになったままオレは、「家に着くまで、初めて会ったヒトの言うことは信じない」と肝に銘じた。点滴が終わり次に待っていたのは放置だった。看護師さんが点滴一式を撤収した後は誰も来ない。あれほど検温だ血圧測定だ採血だベッド掃除だシーツの交換だと出入りのあったのに、誰も来ない。心配になったオレは「何かしてください」とナースコールしそうになったが、何とか我慢した。我慢したままこの日の朝一番のことを思い返していた。なんと






目覚まし採血だったのだ。



ハナシが前後して申し訳ないが、とてもステキなことなので、ぜひとも報告しなければならない。先日のこと、ドクター曰く「最終日の朝一番に採血をして、その結果がよければ退院にしましょう」ということだった。そうだ、最後まで何があるか判らないということは、この時点で告げられていたのだ。まあその採血というのは、退院のための最後の確認ということで、今までの経過から見ても良くない数値が出ることはありえない、という前提があったのだが。それにしてもこんなスケジュールを組まれると、こちらの都合がつかない。目論見どおり数値は良好で無事に退院の準備を進めているが、万が一そうでなかったらどうするつもりだったというのだろう。

体に拘束された部位はない。明け方とは一転し、午前中には病室の大きな窓から冬直前の最後の暖かい陽射しが差し込み、絶好の散歩日和となっていた。窓から見える、日本で一番公害に汚染されているといわれた川にもキラキラと光が反射し、数羽の水鳥さえ羽を休めている。オレはタバコを買いにでた。病院の大きな車寄せを過ぎ、通りを一本はさんだ向かいには喫茶店がある。その入り口に木のベンチがあり、そこだけ陽だまりになっている。オレはそこに座って一服。店の中ではフツーの人々がフツーに過ごしている。食事をしたりお茶を飲んだり。オレはまだ病院食を摂っている。そんな人々のフツーの姿を見て「オレも早くフツーになろう」と強く思ったのだった。





雨男なのだろうと思う。それをネタにもしているのだけれど。それはさておき11月21日、退院当日は朝から雨が降り、その年一番の冷たい風が吹き荒れていた。しかし予定は変わらない。当たり前だ、運動会ではないのだ、退院に雨天順延はない。そしていただく最後の朝食。なじみのお粥。取り立てて感慨もない。事務員さんに請求書をもらい総合受付へ支払いにいく。ここは巨大な空間で小学生なら野球の試合くらいは充分出来る広さがある。水疱瘡ウィルスくらいいても不思議はないが、今回は見かけなかった。ベッドに戻り領収書がどうこう、高額医療がどうこうといったを整理していると、看護師さんがベッドにやってきて、なんとビックリ、










「点滴ですよ」




とおっしゃった。オレはシカトした。今日は午前中に退院なのだ。今日の昼食は昨日のうちに断ったのだ。ましてや今日はすでに、ドクターが来て退院後のことを打ち合わせ、ありがとうございましたとお礼も言い、薬を処方してもらい、薬剤師さんに薬の説明をしてもらい、大量の薬も受け取っている。何より今朝オレに施されたそれらすべての医療行為は精算が終わっているのだ。なのでこの点滴はオレではない、と確信して知らん振りをしていたのだ。看護師さんはオレの名を呼び再度「点滴ですよ」とおっしゃる。オレは「あのー、ワタシは今日の午前中で退院するんですけど」と控えめながらハッキリ伝えた。当たり前だ、金も払った後でナニが悲しゅうて体に穴をあけられねばならんのか! それとも何か、この病院は退院するときにサービスで点滴をおまけするとでもいうのか? そんなサービスはいらないというのだ。と思わずイカりそうになっていると、看護師さんは点滴準備をドンドン進めながら








「ドクターから指示が出てますからねー」




と爽やかにおっしゃった。気がつくとオレは左手に健康保険証と入退院のしおりと高額医療費控除の案内と携帯電話を握ったまま、ベッドに半身を起こし、利き手に点滴を受けていた。いつになったら退院できるのだろう。外は冬の訪れを告げる冷たい雨が降っている。