体に拘束された部位はない。明け方とは一転し、午前中には病室の大きな窓から冬直前の最後の暖かい陽射しが差し込み、絶好の散歩日和となっていた。窓から見える、日本で一番公害に汚染されているといわれた川にもキラキラと光が反射し、数羽の水鳥さえ羽を休めている。オレはタバコを買いにでた。病院の大きな車寄せを過ぎ、通りを一本はさんだ向かいには喫茶店がある。その入り口に木のベンチがあり、そこだけ陽だまりになっている。オレはそこに座って一服。店の中ではフツーの人々がフツーに過ごしている。食事をしたりお茶を飲んだり。オレはまだ病院食を摂っている。そんな人々のフツーの姿を見て「オレも早くフツーになろう」と強く思ったのだった。





雨男なのだろうと思う。それをネタにもしているのだけれど。それはさておき11月21日、退院当日は朝から雨が降り、その年一番の冷たい風が吹き荒れていた。しかし予定は変わらない。当たり前だ、運動会ではないのだ、退院に雨天順延はない。そしていただく最後の朝食。なじみのお粥。取り立てて感慨もない。事務員さんに請求書をもらい総合受付へ支払いにいく。ここは巨大な空間で小学生なら野球の試合くらいは充分出来る広さがある。水疱瘡ウィルスくらいいても不思議はないが、今回は見かけなかった。ベッドに戻り領収書がどうこう、高額医療がどうこうといったを整理していると、看護師さんがベッドにやってきて、なんとビックリ、










「点滴ですよ」




とおっしゃった。オレはシカトした。今日は午前中に退院なのだ。今日の昼食は昨日のうちに断ったのだ。ましてや今日はすでに、ドクターが来て退院後のことを打ち合わせ、ありがとうございましたとお礼も言い、薬を処方してもらい、薬剤師さんに薬の説明をしてもらい、大量の薬も受け取っている。何より今朝オレに施されたそれらすべての医療行為は精算が終わっているのだ。なのでこの点滴はオレではない、と確信して知らん振りをしていたのだ。看護師さんはオレの名を呼び再度「点滴ですよ」とおっしゃる。オレは「あのー、ワタシは今日の午前中で退院するんですけど」と控えめながらハッキリ伝えた。当たり前だ、金も払った後でナニが悲しゅうて体に穴をあけられねばならんのか! それとも何か、この病院は退院するときにサービスで点滴をおまけするとでもいうのか? そんなサービスはいらないというのだ。と思わずイカりそうになっていると、看護師さんは点滴準備をドンドン進めながら








「ドクターから指示が出てますからねー」




と爽やかにおっしゃった。気がつくとオレは左手に健康保険証と入退院のしおりと高額医療費控除の案内と携帯電話を握ったまま、ベッドに半身を起こし、利き手に点滴を受けていた。いつになったら退院できるのだろう。外は冬の訪れを告げる冷たい雨が降っている。