ケニアのマトマイニ(希望)を育てる

ケニアのマトマイニ(希望)を育てる

1987年から30年続いたマトマイ二・チルドレンズ・ホーム。その卒園生達と共に、貧しさ故に子どもを困窮状態に追いやっているスラムのシングルマザーの自立援助に力を注いでいます。マトマイニ第2章の始まりです。

ケニアから日本のあなたへ伝えたいこと

「おねえちゃん、大きくなったら何になるの?」

「ホープちゃん、ワタシはマラソン選手になってオリンピックに出るの!」

 

様々な国際ニュースが飛び交っていますが、ケニアはあまり取り上げられていません。

 

今、ケニアで話題になっているのが「コロナ・ミリオネア」つまりコロナ億万長者。ケニアのメディアが特集を組んで報じています。この連中は3月にコロナ発症第一号が出る前から、コロナカルテルを作り巧妙な手を使って儲けに儲けているようです。

 

ケニアの感染者総数は既に3万人を超えています。アフリカの国々は、経済活動の再開と共に感染が長期的に拡大するとWHOが警告しています。コロナ対策には大量の医療機器・器具が中国から搬入され、IMF,EU,世銀等から巨額の支援金が相次いで投入され、コロナカルテルが動いてお金も資材も転がり、コロナ・ミリオネアは雪だるま式に太っていく!汚職王国ケニアのいつもの流れです。

 

思い出すのは4年前のリオデジャネイロオリンピックの時、ケニアの選手がパスポートや航空券の受け取りに難渋しスラムのような所に宿泊させられたりして苦労しました。一方、家族連れで豪華なオリンピック旅行を楽しんだ輩がいたのです。怒った国民は抗議の声を挙げましたが、いつの間にかその声はかき消されました。

 

今年、もしオリンピックが開催されていたら、陸上競技で必ずケニアの国旗が掲げられ国歌が流れたはずです。汗と涙のメダリスト達こそミリオンを得て欲しいものです。

マトマイニ留守番組のカマンデ氏に「写真を送って」と頼んだら届いた写真がこれ。

「一羽食べました」とのこと。ガチョウは食料用だからいいのですが、今度はヒトビトを撮ってね。

 

8月。かつて8月はケニアでは暗黒の月と呼ばれていました。1981年にケニアに渡った私は、1982年の未遂クーデターや1998年のアメリカ大使館爆破他、数々の事件の有様を身近で見聞きしましたが、被害に遭わずケニア生活39年を過ごせたのは幸運でした。

 

でも今は、暗黒の8月という言い回しをする人はあまり居ません。不正、腐敗、汚職、暗殺、アルシャバーブというイスラム過激派のテロの脅威等、年中暗黒なのですから。

  

先ほど国際ニュースがアフリカ大陸全体のコロナ感染者数が100万人を超したと報じていました。トップは南アフリカの50万人、次いでエジプト9万人、ナイジェリア4万人。ケニアは26000人とかなり低いとはいえ、毎日500~700人の新規感染者が出ており、今後加速度を増して感染は拡大するでしょう。

 

治安悪化とコロナ禍の中で突然失業したママ達は、日雇い仕事をさがしたりして踏ん張っていると報告が来ましたが、家賃・水・食料の調達はさぞかし大変でしょう。

 

7月、ママ達23人の支援用に国際送金しました。一人当たり4375シリング(約4500円)。

 

8月は来週送金する予定です。

 

特別コロナ支援キドゴ(少しの意)が、スラムの暗い夜を過ごす母子に小さな燈を灯してくれますように!

 

今日7月3日、フェルト工房のママ達23人に特別コロナ支援キドゴ(少し)を国際送金し終えホッとしたところです。写真はラハブさん、2人の娘を持つシングルマザーで、長女が優秀な公立校に入学できたと喜んでいましたが、学校が再開しても復帰できるのでしょうか?心配です。ラハブさんに限らずママ達はみな「学費との闘い」を続けるのです。

 

日本のコロナ感染者数は欧米諸国に比べると少なく、「奇跡的」というような表現をよく聞きました。一方、気になって毎日チェックしているケニアの感染者数も、昨今は急増しているとはいえ、総人口約5000万余人の中、現時点で感染者6941人、死者152人。隠れ感染があるはずですがそれでもよく抑え込んでいると思います。メディアではケニアのキベラスラムの風景が映し出されますが、キベラもクワレ(マトマイニの近くのスラム)もマトマイニ関係者の感染は今のところまだ報告がありません。

 

しかしながら、ママ達の生活が困窮しているのはヒシヒシと伝わってきます。ナイロビ在留邦人の方からメールが入り「政府は外国からの寄付を募っても、そのお金は次の選挙資金として貯蓄したいようです。もうみんな見捨てられた感じです」との一文に胸が痛みました。

 

去る6月18日、国連総会は安全保障理事会の非常任理事国15ヶ国のうち任期が終わる5ヶ国の改選でケニアが選出されたと発表しました。2年間の任期です。

 

安保理参加が何になるのでしょうか?コロナ後のケニア社会。庶民とは関係のないレベルで政治が動いていくのはますます顕著になり、貧富の格差が拡大するのは火を見るよりも明らかと言っても過言ではないでしょう。

 

僕たち元気です!でも学校はまだ始まってません。

左前ムバラㇼ、左後パトリック、スティーブン、ギルバート、アイダン。

一日100人以上の感染者が相次ぐケニア。現時点で4478人死者121人。

 

テレビに映るとふと涙ぐんでしまうサバンナの風景や植林を続けて森になったマトマイニ、そして長年共に歩んだ子どもやフェルト工房のママ達は、1万キロ離れていながら、とても身近な存在です。

 

留守番組の筆頭はピーター・カマンデです。彼は20年前スラム住民の生活改善を支援するプロジェクトを実施していた頃、マザレスラムの青年団のリーダーでした。諸事情ありでシングルファザーになり、今は10才のアイダン君と共にマトマイニに住み込んで働き、防犯、建物の補修管理、食料調達他、雑多な仕事をしています。

 

4月はじめ修三と2人で日本に帰国するという、突然の決断を下せたのは、カマンデのような信頼できるスタッフやイザという時に頼みごとが出来る在留邦人の方々のおかげです。

 

先日、日本大使館から注意喚起メールが来ました。

「最近、ナイロビ市内において、屋外でジョギング中の人が路上強盗の被害に遭う事例が増加傾向にあります。バイクを利用した犯人が、拳銃やナイフで武装し、財布や携帯電話等の貴重品を要求する模様です。-中略-

新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、一層の経済活動の落ち込みが見込まれ、失業者増加等の要因によるさらなる治安悪化が予想されるところ、健康面に加え、防犯面にも十分配意して頂きますようお願いいたします」

 

同時にカマンデからもメールが来ました。「一人暮らしの田舎の老母の様子を見に行きました。そしたらドロボーにやられて家具や衣類を盗まれていたのです。コロナ禍で失業した輩による犯罪が急増しています」「まあ、とんだ災難ね。でもお母さんに危害がなかったのは幸いだったけど気を付けて」

 

実はカマンデの5月と6月の給料は未払いです。給料の件で苦情も言わず治安悪化の中、しっかりマトマイニを守ってくれている彼に、息子のアイダンの学校が再開するまでには、何とか支払ってあげたいのですが…

 

ママの子ども達は元気にスラムで遊びまわっているのでしょう。

世界保健機関(WHO)は、重症化しづらいとされる25歳以下の割合がアフリカ各国で約60%を占めていることを死者数が少ない理由の一つにあげています。若い大陸なのです。

 

アフリカ大陸54ヶ国の中、最後の聖域と呼ばれていた人口200万人の内陸国レソトで5月中旬感染者が確認されました。

 

スラムで感染が拡大すれば悲惨な事態になると言われ続けながらも、現時点ではアフリカ大陸全体で感染者数12万人、死者3500人。ケニアは感染者1888人、死者63人。よく抑え込んでいます。

 

ケニアの場合、感染第一号が出た直後、政府が夜間外出禁止、学校閉鎖、国際線の運航停止等の強硬措置を取ったのも感染に歯止めをかけた要因でしょう。医療体制が整っていない分、3月から相当数の医療器具が続々と特別機で搬入されています。勿論中国からです。それが庶民に行き渡っているかどうかは疑問ですが。

 

いわゆる3密のど真ん中のスラムに住むママ達。今のところ助け合ってたくましく生き抜いているようです。彼女達の知恵と生活力はたいしたものだと感嘆しています。

 

そんなママ達23人に、昨日、一人約5500円ずつのコロナ給付金を、労務担当のカマウ氏からMpesaという携帯電話の送金システムを使って支払ってもらいました。

 

「思いがけない収入をアサンテ」「日雇い仕事がなくて困っていたところ、助かった」「子どもに食べさせられる」「家賃が払える」との声が寄せられているとカマウ氏からメールが来ました。

 

全世界で起きている失業という突然の災難に遭い、困窮状態に陥ったママ達が、今夜はウガリとスクマとチャイを料理して子どもと夕餉を楽しむ姿が目に浮かびます。

 

フェルト工房のママの子ども達はスラムの家で何をしているのでしょう。コロナがクワレスラムに広がりませんように!

 

日本に住んでいてもケニアの各方面と交信を続けています。一昨日、ジラフセンターからメールが届きました。

「3月の売上を銀行に振り込んだ」というもの。金額は8000円。

 

 

3月13日ケニアでコロナ感染第一号が出た直後にケニア政府が全教育機関の休校、次いで夜間外出禁止令を発出した時は驚きませんでしたが、修三が外出から帰って来て「ジラフセンターが閉鎖されてる」の一言には衝撃を受けました。これは大変なことになる!

 

治安悪化のため観光客が激減したケニア。それでも数件は注文が入っており、ジラフセンターも毎月平均5,6万円の売上金が銀行に振り込みされていました。ジラフセンターは、「ずっと続くだろう」と思い込んでいました。その閉鎖は、フェルトアニマルのケニア国内の注文ゼロを意味します。

 

フェルト工房の総売上の40%はケニア国内が占めていました。あとの60%は日本とアメリカやカナダでしたが国際便の運航が停止されたため、注文があってもケニアの国際郵便が機能しないので発送できません。

 

ケニアの今の感染者は715人、死者は36人。増え続けています。

 

いつかジラフセンターが再開されケニアの人々が訪れるようになっても、外国からの大勢の観光客が戻らなければフェルト工房に注文は入りません。8000円の振込みはケニアでの最後の収入ってことになるのかな?

 

 

マトマイニを発った朝の風景。今から1ヶ月前のことです。

 

4月7日に成田空港に到着し、感染症が少ないケニアからの帰国者はPCR検査はなし、ただし14日間は公共の交通機関を使用できない上、その間自主隔離と言われ成田のホテルに2泊。ネットで検索した東京の民宿までレンタカーで行き、やっと14日が過ぎて大阪に来ました。新幹線の自由席は修三と私以外には乗客は2人でした。その後電車とバスを乗り継いで、ここ兵庫県川西市のとある方の留守宅に泊めていただき、以来ひっそりとこもっています。

 

週に2度マトマイニのカマンデから報告が入ります。また、在ケニア大使館の注意喚起メールも届きます。

 

最新は、「ケニア各地で雨季の豪雨による地滑りや鉄砲水による被害が発生し、100人以上の犠牲者が出ている」という情報。昨年から雨期でもないのに雨模様の日々がずっと続いて、そのまま大雨期に入って被害が広がっているのです。

 

マトマイニを発った朝も、前夜の大雨のため道はドロドロで、空港に行くタクシーのドライバーさんから「マトマイニへは車が入れないので荷物を持って大通りまで来て欲しい」と電話が入りました。

 

ゴム長を履いて靴を持って200メートル歩きました。籠城10人組の中の5人が荷物持ちを手伝ってくれました。

「ステイ・ホーム」「マスクも手袋も沢山置いたから使って」「元気でまた会おうね」と皆と別れました。

 

目下、4月24日から始まったイスラム教のラマダン月の真っ最中であり、ケニアではアル・シャバーブというイスラム過激派組織によるテロ敢行の脅威もあります。

 

豪雨とテロ、それに加えてコロナによるロックダウンの隙間をねらって起きている数々の犯罪等、ケニアの治安は悪化の一途をたどっているようですが、今から寒さに向かう南半球。「スラムにコロナ感染が拡大すれば大変」という最悪の事態が今後起きるのでしょうか。

 

ケニアの今の感染者は581人、死者は26人。

 

マトマイニは無事に守られています。

 

 

 

マスク着用命令に違反すると2万円余の罰金が課されます、一枚20円程で売るよう政府が指導してもヤミで値段を釣り上げている上、何処に行っても売っていない。困った地方の女性達は「ブラ・マスク」を作って着用しているそうです。マトマイニのナマノさん(警備員の奥さん)が付けているのは、れっきとした手作りマスクです。ちなみにマトマイニには買い置きしていたマスク50枚を残してきたので、ご安心を。

 

マトマイニで籠城するつもりでしたが、諸事情ありで、4月7日修三と一緒に成田に着きました。ケニアから国際便は全部停止しているため、日本大使館紹介・韓国大使館手配のチャーター機に乗りました。

 

大使館から「ケニアにおいては,医療リスクや医療アクセスリスク以外にも,暴動や政情不安,食料確保やアジア人への偏見等の社会不安要素もあり,リスクの高まりが予想されます。このような背景を踏まえ,堀江良一大使からは,在留邦人の皆様におかれましては,短期,長期,永住を問わず,可及的速やかな帰国を至急ご検討いただきますようお願いします」のメールが届いた翌々朝、封鎖寸前のケニアを発ちました。

 

緊張して成田空港に降りた時の気持ちは「ホットした」ではなく、「ゾットした」というのが正直なところです。同便に搭乗していた知り合いの邦人は15名(乳幼児含め)おいででしたが多分同様に感じられたのではなかったでしょうか。 世界コロナ大戦争の真っ只中だのに緊張感も緊迫感もなし。検疫の職員のマスクもチョロい。周りはコロナウィルスがウヨウヨしている~~と。

 

ケニアではこうはいきません。

 

3月末、ケニア政府は感染者数が4月中旬に5千人、月末には1万人に達すると発表しました。しかし実際には4月1日感染者110名が今日4月14日は208名死者9名。数は少ないのですが、それでも「検査数が増えれば月末には1万人に達する」と繰り返し警告しています。

 

当初から、アフリカの貧困層にコロナが蔓延すれば1千万人以上が犠牲になると言われていました。それを阻止するため各国は独自の施策を講じています。ルワンダなどは、まだ感染ゼロの時から空港で全員にスクリーニング検査を行っていると聞き、「ケニアは打つ手が遅い」と思いましたが、感染第一号が出た時点で夜間外出禁止次いで都市間移動禁止、入国者全員の14日間の隔離とPCR検査実施をする等、次々に厳しい措置を発しています。

 

容赦ないやり方を批判すると、保健長官が「命令を守らない方が悪い。後で感染したから政府に何とかしてくれって言ってくるなよ!」と怒鳴り返してます。

 

人類の歴史がウィルスやバクテリアによる疫病との闘いだったのは、周知の事実ですが、アフリカの国々のコロナ対策を見て来た私には、悪鬼羅刹・妖異幻怪ともいうべき目に見えない敵との闘いに挑むにしては、日本はあまりにも無防備です!

 

スーパーマーケットの入口。ゴム手袋を無料でもらいました、買い物カゴやワゴンも頻繁に消毒していました。足元には1.5メートルの印がつけてあります。

広いマトマイニの敷地内では、social distanceは2メートルから50メートルというところかニャン!

 

一昨日銀行に用があり、お天気も良かったので久しぶりにショッピングモールに修三と2人で出かけました。

 

モールの入口に消毒液が置いてあり、まず手を消毒します。消毒液はモールの彼方此方に置いてあります。スーパーの入口では顧客一人一人にゴム手袋が渡されます。

 

銀行員も警備員も店員もマスクと手袋を着用しています。「social distanceを守るように」と、床には1.5メートル毎に印が付けられていています。修三と私はマトマイニを出る時に「マスクを付けたらコロナを持っていると疑われて嫌な思いをするかな?」と話していたのですがモールに入った途端マスクをつけました。

 

マトマイニに帰ってニュースを聞いたら「エルドレッドの町にあるリバテックスという会社でマスク生産を始めたと写真入りで報道されていました。リバテックスはカンガとかキテンゲなどいわゆるアフリカンプリントの綿布を生産していた老舗です。随分前に一旦倒産しましたが、政府の介入があり、インド政府の助成を得て4年前から操業を開始したようです。

 

「コロナを寄せつけないために」と、マスクをしたり、手を消毒したり、人と1.5メートル離れる等々、気を付けるべき基本的事項を、感染が拡大する中、国民は精一杯心がけています。時すでに遅し!かも知れないのですが。

 

ケニアの感染者は81名死者1名です。

早朝のマトマイニ。

コロナcurfew2日目の夜が明けました。ゆうべも大雨でした。異常気象で雨季も乾季もなくなったケニアでは豪雨の被害が広がっています。特にキスム県のニャンド地区は大洪水。家は水浸し、病院にも行けず薬も買えない所にコロナが入ったらどうなるのでしょう。それとも人々が動けない場所にはコロナも近づけないのでしょうか。

 

ケニアは一昨日からcurfew(カーフュー)が発令され、午後7時から翌午前5時までの間、医療、報道など政府が許可するごく一部の関係者以外の一般人の外出が禁止されました。ケニア全域において7万人規模の体制で取り締まりを強化する方針で、違反した場合には、身柄の拘束や罰金が科されます。

 

curfewという言葉を私が聞いたのは、1982年の未遂クーデター以来です。あの時最も怖かったのは「不当で過剰な警察力行使」と「警察を装った強盗団」でした。当時、私は日本大使館で働いていましたが、同僚の秘書達は、curfewの夜に頻繁に起きる強姦・殺人事件を話していました。

 

今回のcurfew第一夜、警察がバスやフェリーに乗り遅れウロついている人々を棒で殴ったり催涙ガスまで出して取り締まっている風景が報道されています。一方で「こんなに親切な紳士警官もいる」と称賛されている例もあります。

 

情報社会の今、みなが見ています。「コロナから人々を守る」ための警察力行使であって欲しいものです。

 

ケニアの感染者は38名死者1名。死亡したのは糖尿病持ちのケニア人(66才男性)で会社の社長。南ア出張から帰国した後、発病してアガカーン病院の集中治療室で亡くなったとのことです。病院の請求額は2百万円だとか。集中治療室にはお金持ちしか入れません。

 

警察も怖い!コロナも怖い!Curfewの夜が無事に明けますように!