ケニアのマトマイニ(希望)を育てる

ケニアのマトマイニ(希望)を育てる

1987年から30年続いたマトマイ二・チルドレンズ・ホーム。その卒園生達と共に、貧しさ故に子どもを困窮状態に追いやっているスラムのシングルマザーの自立援助に力を注いでいます。マトマイニ第2章の始まりです。

ケニアから日本のあなたへ伝えたいこと

マトマイニの、人が出入りする鉄製の扉(右の矢印)が盗まれ、翌日警察が調べに来た時の写真が送られてきました。釘一本、カーテン一枚でもドロボー市場に並ぶケニア社会ですから、鉄製の扉は良い売り物になります。警察を呼んでもドロボーは捕まりません。警察がドロボーの一味という話も多々あります…..

 

今月一度もブログを更新せずに今日に至りました。ごめんなさい!

 

4月に入って体調を崩しました。まず喉が痛くて唾を飲み込むのも辛い日が続き、鼻水ダラダラ、咳も痰も出始めました。同時に嗅覚も味覚もなくなり、食欲もなかったのですが、「食べなくちゃ!」と頑張って(?)食事はきちんと摂っていました。

 

しかし、市販の風邪薬を飲んでも良くならず、熱を測って37.5度を超えた時には、「もしかしてコロナに感染したんじゃないかな?」と心配になり、PCR検査を受けようと重い腰をあげました。

 

行きつけの病院に電話したところ、「保健所に相談して下さい」とのこと。大阪府や大阪市の相談センターに電話をかけ続けてもずっと不通!やっと区の保健福祉センターに通じて保健師さんに話をしたら、「インターネットで大阪府診察検査医療機関公表一覧を開いて検索して下さい」と言われました。私のガラケーには検索機能がないため、修三が仕事を終えて帰宅するのを待って検索し、とある病院に電話して営業時間ギリギリで駆け込み、PCR検査を受けることが出来ました。

 

翌日「陰性と判明した」と病院から連絡が入りホッとしました。

 

これで一件落着?いいえ、とんでもない。「ウィルスはウヨウヨ蔓延しているから、外に出るな、人に会うな」と病院で言われたので、じっと「ワクチン接種券」が届くのを待っているところです。

 

ケニアから「いつ戻るのか?」とメールが来ましたが、まだ返事ができません。

セカンダリー校4年生のギルバート君。普段は学寮に泊まっていますが、マトマイニに帰省すると買い物や炊事などよく仕事をします。受験うまくいきますように!

 

コロナ第三波が来たケニア。3月26日、ケニヤッタ大統領が規制措置の強化策を発表しました。

 

「ナイロビ郡、カジアド郡、キアンブ郡、マチャコス郡、ナクル郡を「感染地(disease infected area)」に指定し、3月27日午前0時より次の発表まで、同5郡から他郡及び他郡から同5郡への、道路、鉄道、空路での移動を禁止する。―後略」 ロックダウンです。
 

マトマイニはカジアド郡にあるため、ロックダウンの影響を諸に受けます。

 

「あら!学校閉鎖で試験は中止?受験生はどうなるの?」と心配したところ、「全ての対面授業を禁止する。ただし、現在実施中の試験及び医療教育は予定通りに実施する」とあり、ホッとしました。マトマイニのギルバート君はセカンダリー4年生で、KCSE(中等教育修了証)の試験に臨む受験生です。

 

毎年この時期には、カンニング、問題漏洩、賄賂などが起きますが、既に3月25日に始まった今年のKSCEもご多分に漏れず問題続出のようです。

 

特に、女子生徒が試験場で産気づいたり、病院の一室を受験室に替えたり、帝王切開で出産した受験生の快復まで病室に女子警察官を付ける等々、コロナ禍による女子受験生の妊娠出産の話題が多く、KCSEが終了する4月21日まで、まだまだ話題が沸騰しそうです。

 

妊娠受験生の総数は分かりませんが、ミゴリ郡の教育長が「29787人の受験生中、108人が妊娠」と明言しているので、47郡全部では相当数になるはずです。この数字は、既に出産したmother studentsは含まないのデス!

昨年3月まで警備の仕事をしてもらっていたババムサウです。

この写真はケニアでコロナ感染第一号が出る寸前に撮りました。

コロナで失業しながら何とかサバイバルしていたようです。

 

ケニアの野党党首のオディンガ氏のコロナ感染以上に、3月17日タンザニアの人間ブルドーザーことマグフリ大統領急死のニュースは驚きでした。数年前、女生徒が妊娠し出産した後の学業継続を認めないと発言し物議を醸したのを覚えています。

 

また、コロナウイルスの威力に懐疑的で、検査もほとんど行わずワクチン接種計画もなく、「祈りと薬草で我が国をコロナから守る」と豪語していました。2月27日以降、公の場に姿を見せておらず、実はケニアでコロナ感染の治療を受けているという噂があり、公的には「ダルエスサラームの病院で心臓病により死去」と発表されましたが、「コロナにやられたんだ」「さもありなん」と頷く人も多いのではないでしょうか。

 

さて、コロナ第三波が来たケニア。マトマイニのカマンデ氏のメールは、「みな元気です」の後に「政府の規制が厳しくなる一方でガソリンや食料品が値上がりし、庶民は悲鳴をあげています。バイクを使ったひったくり、押し込み強盗、殺傷事件も頻繁に起きてます。特にスラム地区では子ども達は学校に戻れず麻薬に溺れ、少女の若年妊娠も増えてます。

 

マトマイニもやばいです。毎晩ドロボーが来て物を盗って行きます。我々留守番組だけでは防げません。ババムサウに声をかけて警備の仕事を頼んでいいですか?」「オーケー仕方ないでしょう」

 

というわけで、フェルト工房閉鎖と同時に一旦解雇していたババムサウを警備員として再雇用することにしました。

マトマイニのカマンデ氏は諸事情有りでシングルファザーとして一人息子を育てています。

息子のアイダン君は10才で4年生。学校の成績も優秀。アクロバットのプロになれるのではないかと思うほど身体が柔らかです。植林や畑仕事が大好き。

 

マトマイニの留守番組の責任者カマンデ氏からメールが来ました。「ケニアはコロナの第三波に襲われているけど、私達はみな元気です」

 

暫くケニアのコロナ感染状況に注意を払っていなかったので慌てて検索しました。

 

3月19日の新規感染は、7ヶ月の乳児から上は100才の合計1354人、死亡は28人。これは昨年3月コロナ感染第一号が出て以来、最多の数字です。

 

また、ケニアの野党側のトップであるライラ・オディンガ氏も陽性反応が出てナイロビの病院に入院していたのが、6日目で退院し自宅で自粛生活を送るというニュースも。政府の要人の中にも感染者が出ているようです。

 

感染力・死亡率が高い変異型ウイルスが確認され各国が警戒を強めていますが、ケニアも例外ではなく、夜間外出禁止他の厳しい措置が続いており、感染状況次第で今後さらに規制が強化される可能性ありとか。

 

時を同じくして、日本政府の発表によれば、国内で変異型ウイルスの感染者が確認された国・地域からの入国者を対象とする日本における水際対策強化に関する新たな措置(昨年12月26日決定)のうち、検疫の強化の対象国にケニアも指定されました 。

 

この変異型ウイルスに対してワクチンの効果があるか否かは「検査中・検証中」だそうで、ワクチン接種は収束への鍵だと思っていたのですが、どうなのでしょうか?

ナイロビのヒルトンホテル。このビルの一角にバブ小父さんのお店があって、ナイロビに出ると必ず寄っておしゃべりしたものです。懐かしいなあ。

 

ケニアに40年住み、紆余曲折を経てやっと納得できるプロジェクトの形が出来たかな、と思った矢先のコロナ禍。フェルト工房を閉鎖し、急遽日本に帰国して10ヶ月が過ぎました。

 

2007年からこのブログを通じてケニアの「今」を伝えてきましたが、日本に居ると、思い出話や、「ああでもない、こうでもない」と思い巡らして、先行きの不安や心配事を書いてしまいがちです。

 

昨日、ナイロビで旅行会社を経営している友人のチャールズ氏からメールが来ました。「俺も家族も元気に暮らしているよ。仕事はないけどオフィスは閉鎖してないんだ」

 

元々雑居ビルの一室に机一つを構え細く長く続けてきた小さなオフィスは、コロナ禍による揺れが少ないのでしょうか?

 

「大企業の倒産も多い。タスキーズも閉鎖した」のニュースに驚いて検索しました。タスキーズはケニアだけでなくウガンダにも進出している大手のスーパーマーケットですが、64店舗のうち5軒のみ残して他は閉店。その5軒も電気代滞納のため電気が切られ発電機を使っているとか。風前の灯のようです。

 

「コロナのせいだ」と経営陣は言っていますが、実は醜いお家騒動が数年前から話題になっていたので、倒産は必至でコロナで加速化したのでしょう。

 

そんな話なのにチャールズのメールのタイトルは「Sending Happiness from Kenya」 これいただき!

 

不景気や政界の汚職にもコロナ禍にもめげず、ひとつひとつ小さな幸せをみつける力こそサバイバルの秘訣かも知れません。

羊毛加工の仕事人は5名です。右はエバ、非常に丁寧で綺麗な仕事をします。現在、バナナなどを路上で売り歩いています。右から2番目がマグダリン。彼女は建築現場でコンクリート配合の土木作業員として働いています。2人とも男の子と女の子2児の母です。

 

フェルト工房のジェーンやモニカは確かな腕と良いセンスを持ち合わせています。そして努力家。

 

しかし、どんなに努力してもダメなママもいます。以前、不良在庫が溜まって困り果てて、皆に「売れる作品を作ってよ。来月から売上高払いにする」と言い渡しました。翌月から給料が激減し、「やっていけない」と2人が辞めました。エバは「羊毛加工の仕事に替えて欲しい」と申し出ました。アニマルを仕上げる仕事から羊毛加工に移るのは

大関が幕下に落ちるような感じです。

 

困ったのはマグダリン。彼女はフェルト工房に最初から在籍していた「生え抜き」メンバーなのです。なのにどんなに頑張っても不細工アニマルしか作れない!辞めるとも他の仕事をするとも言わずダメ作品を作り続けるのです。

 

丁度日本から修三が手伝いに来たので、2人で厳しい品質チェックを始めました。マグダリンを呼んで「もう貴女にはアニマルを作らせない」と最後通牒を渡しました。

 

その直後、背後でバタンと大きな音がして、振り向くとマグダリンが倒れていたのです。失神!タクシーを呼びスタッフが付き添って病院に運びました。3日目にケロリと退院し、開口一番「私にも羊毛加工の仕事を下さい」で一件落着。

 

その後、羊毛加工も「汚れが多い、やり直し」と突き返されたりしながらも、次第に手慣れて仕事が上手くなり、給料も以前とほぼ同額を取るようになりました。

 

地に倒れて起き上がったマグダリン。2児の母です。

 

ドキュメンタリー映画「ゴゴ94歳の小学生」のプリシラさん。題名を見ただけで触発される思いがしました。

 

他にもおいでです。ケニアがイギリスから独立を勝ち得るために戦ったマウマウ団の元戦士マルゲ氏。84歳で小学校に入学し、2004年のギネス世界記録で「世界最高齢で小学校に入学した」と認定されました。彼の話は「おじいさんと草原の小学校」という映画になりました(2011年7月ブログ掲載)。

 

マルゲ氏は2007年の総選挙後の暴動で、住んでいたエルドレッドの町を追われた、いわゆるIDP(国内難民)の一人でした。晩年はナイロビの下町の老人ホームに住んで決して恵まれた生活ではなかったものの、「聖書を読めるのが人生最大の喜びだ」「学校に行けてハッピー」と、テレビで満面の笑みを浮かべて語っておいででした。癌で息を引き取る寸前まで夢を追い続けたマルゲ氏は2009年90歳で没。

 

さてもう一人。次女光子のオーストラリアのカレッジの卒業式にケニアから参加した時、私は学寮に泊まり学食で食べたのですが、車いすの年配の男性をよく見かけました。若い学生さん達と談笑中の彼に挨拶したら「オー、ジャパンの刀の歴史を研究したいと思っているところだ」とおっしゃいました。車いすの大学生チャールズ氏は当時95歳。

 

学校だけが学びの場ではありませんが、It is never too late to learn! です。

 

以前貧困層の自立支援プロジェクトを実施していた頃撮ったマザレスラムの寺子屋の風景。

机などありません。超密状態で、長椅子に座れず床に座る子どもも大勢いました。

後部中央の白いスカーフ姿はかなり年配の女性でした。ゴゴのような方なのですね。

 

緊急事態下の大阪で「ゴゴ94歳の小学生」を観ました。ドキュメンタリーとはいえ、多分誇張やヤラセ的な場面があるはずと思っていましたが、主人公のプリシラさん(94歳)と小学生達の学校生活が淡々と撮られていて、監督の意図するメッセージが明確に伝わってきました。

 

朝もやの中でプリシラさんの家の庭を駆けまわる鶏、国旗掲揚と国歌斉唱、煮炊きをする伝統的な竈、プラスチック皿に盛られた豆とご飯をご馳走と喜んで手で食べる子ども達、黄色いスクールバス、カレンジン語の挨拶チャムゲ等、どの画面を取り上げても、シャシャリ出て注釈をつけたくなりました。「スクールバスで修学旅行に行くなんて、私立の学校だから出来るんです」とか、「先生が教室に来てちゃんと授業するのは、恵まれた教育環境です」なんて、ネ。

 

私はストーリーにはあまり関心がありませんでした。友人から「貴女は涙涙でしょう」と言われていました。その通り。

 

修学旅行の行く先がマサイマラ、眼下に広がる大サバンナ、寝そべるライオン、枝を広げる大樹。

 

そんな風景に逢うと涙が出るのです。アフリカ大地溝帯。そこは人類発祥の地ですから、ホモ・サピエンス・サピエンス(ヒト)として呼び覚まされる感情が噴き出すのでしょうか。アフリカ大陸が人々を惹きつけてやまない最大の魅力です。

 

観客一人の貸切の贅沢を味わいながらシネマを出た時は、ケニアで毎日飲んでいた甘くて濃いチャイを頂いたような気分でした。

2018年にマサイマラに行った時はかなり沢山の動物を見ましが

遠からず象もライオンも昔話になるだろうといわれています。

 

 

今日はドキュメンタリー映画「ゴゴ94歳の小学生」のことをお伝えします。大阪のシアターで14日まで上映中なので私は来週コロナ予防対策に十分留意して観に行くつもりです。

 

以下は映画情報です。

「プリシラは、3人の子ども、22人の孫、52人のひ孫に恵まれ、ケニアの小さな村で助産師として暮らしてきた。昔からゴゴと呼ばれる人気者だ。ある時、彼女は学齢期のひ孫娘たちが学校に通っていないことに気づく。自らが幼少期に勉強を許されなかったこともあり、教育の大切さを痛感していたゴゴは一念発起。周囲を説得し、6人のひ孫娘たちと共に小学校に入学した。年下のクラスメイトたちと同じように寄宿舎で寝起きし、制服を着て授業を受ける。同年代の友人とお茶を飲んでひと息ついたり、皆におとぎ話を聞かせてやることも。すっかり耳は遠くなり、目の具合も悪いため勉強するのは一苦労。それでも、助産師として自分が取り上げた教師やクラスメイトたちに応援されながら勉強を続け、ついに念願の卒業試験に挑む!」

 

ケニアでは時々80代や70代の方が小学校に入学して頑張る姿がマスコミで取り上げられ話題になりますが、94歳は初めて。しかも女性。

 

きっと教育、民族問題、地域格差、ジェンダー等モロモロを見つめ直すきっかけになるはずです。

 

そして、マトマイニの南西に広がるアフリカ大地溝帯やサバンナの風景が広がるとなると、映画の説明を読んだだけで、 私は涙ぐんでしまうのです。

 

マトマイニ出身のシナイ君が一昨年結婚し、電気も水も無いマサイの村のシナイの実家に大勢の人がお祝いに駆け付けました。写真のご老人は彼がお世話になった地域の長老。「またお会いしましょう」の約束を果たしたいのですが、いつの日か.

明けましておめでとうございます。2021年、どうぞよろしくお願い致します。

給付金おすそわけキドゴで買った小麦粉や食用油等を前に3人の娘とモニカ。

紙に「THANK YOU」と書いてあります。

クリスマスとお正月は、チャパティを焼いていただくのでしょう。

今、彼女はピーナッツバターを作って売って何とかサバイバルしています。

 

昨年のクリスマスの前日、「コロナ給付金おすそわけキドゴ」を送金したことはお伝えしました。確かに届いたという報告の写真が欲しいのですが、それがなかなか届きません。給料をMpesaという携帯電話のシステムを使って送金していたので、読み書きが出来ないママもお金の受け取りはできるのです。送金はスムーズでも写真は来ない、この一方通行に少々ジレンマを感じていました。

 

マトマイニのカマンデ氏にママ達へ伝言を頼みました。すぐに反応があったのが、ジェーンとモニカでした。次いでエリザベスからも写真が届きました。

 

モニカはフェルトボールの表面に模様を入れて仕上げる、いわゆるサバンナボール作りが得意です。彼女とは長い付き合いです。マトマイニ孤児院を卒園した後、結婚して「女の子が産まれました」と挨拶に来た日。暫くして「あの子は髄膜炎で亡くなりました」と泣きながら来た日。「どんな仕事でもいいから」と求職に来た日。

 

「じゃあ、ビーズ細工でもやってみて」、「フェルトボールを試作して」、「小包の発送を手伝って」等、色々頼みました。何度も「こんなのダメよ」と厳しく当たりました。愚痴も言わず反発もせず、黙々と仕事に取組み、誰にも真似の出来ないサバンナボール作りの名人になったのです。それがコロナ禍で中断。残念です!

 

でも、モニカが歩んだ道は示唆に富んでいるように思えます。

 

あせらず慌てず諦めず、ケニア的ポレポレでいきましょう。丑年ですから。