ケニアのマトマイニ(希望)を育てる

ケニアのマトマイニ(希望)を育てる

1987年から30年続いたマトマイ二・チルドレンズ・ホーム。その卒園生達と共に、貧しさ故に子どもを困窮状態に追いやっているスラムのシングルマザーの自立援助に力を注いでいます。マトマイニ第2章の始まりです。

ケニアから日本のあなたへ伝えたいこと

フェルト工房のママの子ども達はスラムの家で何をしているのでしょう。コロナがクワレスラムに広がりませんように!

 

日本に住んでいてもケニアの各方面と交信を続けています。一昨日、ジラフセンターからメールが届きました。

「3月の売上を銀行に振り込んだ」というもの。金額は8000円。

 

 

3月13日ケニアでコロナ感染第一号が出た直後にケニア政府が全教育機関の休校、次いで夜間外出禁止令を発出した時は驚きませんでしたが、修三が外出から帰って来て「ジラフセンターが閉鎖されてる」の一言には衝撃を受けました。これは大変なことになる!

 

治安悪化のため観光客が激減したケニア。それでも数件は注文が入っており、ジラフセンターも毎月平均5,6万円の売上金が銀行に振り込みされていました。ジラフセンターは、「ずっと続くだろう」と思い込んでいました。その閉鎖は、フェルトアニマルのケニア国内の注文ゼロを意味します。

 

フェルト工房の総売上の40%はケニア国内が占めていました。あとの60%は日本とアメリカやカナダでしたが国際便の運航が停止されたため、注文があってもケニアの国際郵便が機能しないので発送できません。

 

ケニアの今の感染者は715人、死者は36人。増え続けています。

 

いつかジラフセンターが再開されケニアの人々が訪れるようになっても、外国からの大勢の観光客が戻らなければフェルト工房に注文は入りません。8000円の振込みはケニアでの最後の収入ってことになるのかな?

 

 

マトマイニを発った朝の風景。今から1ヶ月前のことです。

 

4月7日に成田空港に到着し、感染症が少ないケニアからの帰国者はPCR検査はなし、ただし14日間は公共の交通機関を使用できない上、その間自主隔離と言われ成田のホテルに2泊。ネットで検索した東京の民宿までレンタカーで行き、やっと14日が過ぎて大阪に来ました。新幹線の自由席は修三と私以外には乗客は2人でした。その後電車とバスを乗り継いで、ここ兵庫県川西市のとある方の留守宅に泊めていただき、以来ひっそりとこもっています。

 

週に2度マトマイニのカマンデから報告が入ります。また、在ケニア大使館の注意喚起メールも届きます。

 

最新は、「ケニア各地で雨季の豪雨による地滑りや鉄砲水による被害が発生し、100人以上の犠牲者が出ている」という情報。昨年から雨期でもないのに雨模様の日々がずっと続いて、そのまま大雨期に入って被害が広がっているのです。

 

マトマイニを発った朝も、前夜の大雨のため道はドロドロで、空港に行くタクシーのドライバーさんから「マトマイニへは車が入れないので荷物を持って大通りまで来て欲しい」と電話が入りました。

 

ゴム長を履いて靴を持って200メートル歩きました。籠城10人組の中の5人が荷物持ちを手伝ってくれました。

「ステイ・ホーム」「マスクも手袋も沢山置いたから使って」「元気でまた会おうね」と皆と別れました。

 

目下、4月24日から始まったイスラム教のラマダン月の真っ最中であり、ケニアではアル・シャバーブというイスラム過激派組織によるテロ敢行の脅威もあります。

 

豪雨とテロ、それに加えてコロナによるロックダウンの隙間をねらって起きている数々の犯罪等、ケニアの治安は悪化の一途をたどっているようですが、今から寒さに向かう南半球。「スラムにコロナ感染が拡大すれば大変」という最悪の事態が今後起きるのでしょうか。

 

ケニアの今の感染者は581人、死者は26人。

 

マトマイニは無事に守られています。

 

 

 

マスク着用命令に違反すると2万円余の罰金が課されます、一枚20円程で売るよう政府が指導してもヤミで値段を釣り上げている上、何処に行っても売っていない。困った地方の女性達は「ブラ・マスク」を作って着用しているそうです。マトマイニのナマノさん(警備員の奥さん)が付けているのは、れっきとした手作りマスクです。ちなみにマトマイニには買い置きしていたマスク50枚を残してきたので、ご安心を。

 

マトマイニで籠城するつもりでしたが、諸事情ありで、4月7日修三と一緒に成田に着きました。ケニアから国際便は全部停止しているため、日本大使館紹介・韓国大使館手配のチャーター機に乗りました。

 

大使館から「ケニアにおいては,医療リスクや医療アクセスリスク以外にも,暴動や政情不安,食料確保やアジア人への偏見等の社会不安要素もあり,リスクの高まりが予想されます。このような背景を踏まえ,堀江良一大使からは,在留邦人の皆様におかれましては,短期,長期,永住を問わず,可及的速やかな帰国を至急ご検討いただきますようお願いします」のメールが届いた翌々朝、封鎖寸前のケニアを発ちました。

 

緊張して成田空港に降りた時の気持ちは「ホットした」ではなく、「ゾットした」というのが正直なところです。同便に搭乗していた知り合いの邦人は15名(乳幼児含め)おいででしたが多分同様に感じられたのではなかったでしょうか。 世界コロナ大戦争の真っ只中だのに緊張感も緊迫感もなし。検疫の職員のマスクもチョロい。周りはコロナウィルスがウヨウヨしている~~と。

 

ケニアではこうはいきません。

 

3月末、ケニア政府は感染者数が4月中旬に5千人、月末には1万人に達すると発表しました。しかし実際には4月1日感染者110名が今日4月14日は208名死者9名。数は少ないのですが、それでも「検査数が増えれば月末には1万人に達する」と繰り返し警告しています。

 

当初から、アフリカの貧困層にコロナが蔓延すれば1千万人以上が犠牲になると言われていました。それを阻止するため各国は独自の施策を講じています。ルワンダなどは、まだ感染ゼロの時から空港で全員にスクリーニング検査を行っていると聞き、「ケニアは打つ手が遅い」と思いましたが、感染第一号が出た時点で夜間外出禁止次いで都市間移動禁止、入国者全員の14日間の隔離とPCR検査実施をする等、次々に厳しい措置を発しています。

 

容赦ないやり方を批判すると、保健長官が「命令を守らない方が悪い。後で感染したから政府に何とかしてくれって言ってくるなよ!」と怒鳴り返してます。

 

人類の歴史がウィルスやバクテリアによる疫病との闘いだったのは、周知の事実ですが、アフリカの国々のコロナ対策を見て来た私には、悪鬼羅刹・妖異幻怪ともいうべき目に見えない敵との闘いに挑むにしては、日本はあまりにも無防備です!

 

スーパーマーケットの入口。ゴム手袋を無料でもらいました、買い物カゴやワゴンも頻繁に消毒していました。足元には1.5メートルの印がつけてあります。

広いマトマイニの敷地内では、social distanceは2メートルから50メートルというところかニャン!

 

一昨日銀行に用があり、お天気も良かったので久しぶりにショッピングモールに修三と2人で出かけました。

 

モールの入口に消毒液が置いてあり、まず手を消毒します。消毒液はモールの彼方此方に置いてあります。スーパーの入口では顧客一人一人にゴム手袋が渡されます。

 

銀行員も警備員も店員もマスクと手袋を着用しています。「social distanceを守るように」と、床には1.5メートル毎に印が付けられていています。修三と私はマトマイニを出る時に「マスクを付けたらコロナを持っていると疑われて嫌な思いをするかな?」と話していたのですがモールに入った途端マスクをつけました。

 

マトマイニに帰ってニュースを聞いたら「エルドレッドの町にあるリバテックスという会社でマスク生産を始めたと写真入りで報道されていました。リバテックスはカンガとかキテンゲなどいわゆるアフリカンプリントの綿布を生産していた老舗です。随分前に一旦倒産しましたが、政府の介入があり、インド政府の助成を得て4年前から操業を開始したようです。

 

「コロナを寄せつけないために」と、マスクをしたり、手を消毒したり、人と1.5メートル離れる等々、気を付けるべき基本的事項を、感染が拡大する中、国民は精一杯心がけています。時すでに遅し!かも知れないのですが。

 

ケニアの感染者は81名死者1名です。

早朝のマトマイニ。

コロナcurfew2日目の夜が明けました。ゆうべも大雨でした。異常気象で雨季も乾季もなくなったケニアでは豪雨の被害が広がっています。特にキスム県のニャンド地区は大洪水。家は水浸し、病院にも行けず薬も買えない所にコロナが入ったらどうなるのでしょう。それとも人々が動けない場所にはコロナも近づけないのでしょうか。

 

ケニアは一昨日からcurfew(カーフュー)が発令され、午後7時から翌午前5時までの間、医療、報道など政府が許可するごく一部の関係者以外の一般人の外出が禁止されました。ケニア全域において7万人規模の体制で取り締まりを強化する方針で、違反した場合には、身柄の拘束や罰金が科されます。

 

curfewという言葉を私が聞いたのは、1982年の未遂クーデター以来です。あの時最も怖かったのは「不当で過剰な警察力行使」と「警察を装った強盗団」でした。当時、私は日本大使館で働いていましたが、同僚の秘書達は、curfewの夜に頻繁に起きる強姦・殺人事件を話していました。

 

今回のcurfew第一夜、警察がバスやフェリーに乗り遅れウロついている人々を棒で殴ったり催涙ガスまで出して取り締まっている風景が報道されています。一方で「こんなに親切な紳士警官もいる」と称賛されている例もあります。

 

情報社会の今、みなが見ています。「コロナから人々を守る」ための警察力行使であって欲しいものです。

 

ケニアの感染者は38名死者1名。死亡したのは糖尿病持ちのケニア人(66才男性)で会社の社長。南ア出張から帰国した後、発病してアガカーン病院の集中治療室で亡くなったとのことです。病院の請求額は2百万円だとか。集中治療室にはお金持ちしか入れません。

 

警察も怖い!コロナも怖い!Curfewの夜が無事に明けますように!

 

ケニアはまだ完全封鎖をしていないため、外国人や渡航帰りのケニア人が入っています。

そんな中の一人がケニア初の感染者でこのオンガタロンガイの町から出たため、この町もナイロビ市と同様に要注意地区として厳しい規制の下ロックダウン状態です。

 

ジラフセンター、シェルドリック動物孤児院、ナイロビ国立公園、ホテル、高級工芸店などすべて閉鎖。

従って国内の注文ゼロ、郵便局から国際小包便が出せないので外国からの注文も受けられません。

 

ベビーシッターのメリーさんも、抱っこされているアビのママのモニカも他のフェルト工房のママ達も全員「コロナ騒ぎがおさまるまで生き延びようね」と言い渡して帰ってもらいました。

 

アフリカ大陸のコロナ感染者は急増しており、国境封鎖、航空便停止、学校閉鎖などのいわゆるロックダウンを決める国が相次いでいます。軍隊が出動して「出歩くな!集まるな!」と、まるで戒厳令のようなやり方で人々を規制している国もあります。

 

ケニアは、22日に8名、次いで23日1名の症例が確認され合計16名になりました。

 

ケニアの感染者16名は、外国から帰国したケニア人か、あるいはスペイン、フランス、メキシコなどの外国人であり、「外から持ち込まれたケース」です。

 

この「外から入ったコロナ感染」は他のアフリカ各国で拡大しており、今日現在、南ア402人ナイジェリア40で今後も増え続ける勢いです。

先日、WHOのテドロス事務局長はアフリカ大陸に「最悪の事態に備える」よう呼び掛けました。

 

「最悪の事態」といえば誰もがスラムの劣悪な環境を思い浮かべます、あるホームレスの人が「コロナは上層階級の病気だ」と言ってましたが、確かに、飛行機に乗るなんて貧しい人々には見果てぬ夢。コロナは金持ちが持ち込んだ病気に違いありません。その病気がスラムの貧しい人々の間に入り込むのはもう時間の問題です。最悪の事態が起きます。

 

ケニアは25日から全ての国際航空便が停止になるため、かなりの邦人が駆け込み帰国し、ケニアの人も都会を離れ田舎に疎開しています。ナイロビ市内はゴーストタウン化しています。

 

いよいよコロナ戦争の始まり?マトマイニは10人で籠城です。

カマンデが「ニュース速報です!」と大きなバッタをつかまえて見せに来ました。一匹だけで軍団ではありません。

コロナに押されて話題になっていませんが、砂漠トビバッタの第2波が西ケニアなど穀倉地帯に襲来して大きな被害をもたらしています。

 

15日の日曜日、感染3人目が確認された時点で、「全国の教育関連施設は休校とする」と大統領令が出て、幼稚園、小学校、職練、セカンダリー校の子達が帰宅して来ました。また、「可能であれば、不要不急の人員を除き、在宅勤務を推奨する」の一項もあったので、フェルト工房のママ達は注文があれば家で作業する内職制に切り替えました。

 

3月18日、アフリカ大陸の感染者数は400人を超え、5日間で3倍に増えました。ケニアの感染者は7人です。

 

アフリカ感染第一号がエジプトに入ったドイツ人、次いでイタリア人やフランス人の感染が続き、アラブ系の人々にも

広がりましたが、当初サハラ以南の国々では数名の感染者しか出ませんでした。まことしやかに「黒い肌はコロナウィルスに対して免疫を持っている」「メラニン色素と免疫は関係ある」という話があり、私も含め多くの人が信じていました。

 

ケニアで感染第一号が出たと聞いて、「外国人かアフリカ人か?」とみな気にしました。期待に反して肌の黒い若い女性だったため、「黒い肌はコロナに強い」は、希望的観測に過ぎないと判明した時、落胆と失望が広がりました、

 

貧困層が大半を占めるサハラ以南のアフリカの国々において、最悪のシナリオは阿鼻叫喚のコロナ地獄ですが、今のところ、マトマイニは静かで穏やかな午後を過ごしています。

 

コロナがそれ程遠くない所で発生したのは昨日のこと。

今日のマトマイニのスタイルはこれです。アイダンは学校もこれで行くと言ってます。

左からヌバラリ、パトリック、アイダン、シャリン、ナマノ(ヌバラリとシャリンのお母さん)

 

昨日の昼下がり、メールで「今のところ東アフリカは感染ゼロです」と書いていた傍らで、ラジオからケニア保健長官の「ケニアで第一号感染者が確認された」と発表が流れ、一瞬体が固まりました。

 

長官は、予防対策として

1. 咳をする人から1メートルは離れる。

2. 咳と発熱があり、呼吸困難な症状が出た場合は、自宅にとどまる。

3. 大勢が集まる会合やイベントには参加しない。

4. 学校対抗のイベントは開催しない。ただし学校の休校はない。

5. 公共の交通機関は定期的に掃除消毒し乗客用に消毒剤を用意すること。

6. 30日間は刑務所への訪問を禁止する。

7. 風評に注意する。

8. 特別な緊急事態でない限り、感染の広がっている国々への渡航を禁止する。等々を国民に呼びかけました。

 

この発表後、人々はトイレットペーパーや食料や消毒剤を買い占めに走り回わりました。

 

ケニア感染第一号は米国からロンドン経由で帰った27才の女子学生で、陰性になるまでケニヤッタ国立病院の隔離病棟に入っています。彼女はこのオンガタロンガイ町の住民です。

 

夕方マギーから「ママ、大丈夫ですか」と電話が来ました。「マギーもケニヤッタ国立病院に居るんだから気を付けてね。私達も予防対策を練るわ」

 

人々は嫌な13日金曜日だと嘯いているようですが、コロナはジワジワとアフリカ大陸に広がり始めています。

「ママ達はコロナが怖いって言うけど、コロナってどこにいるの?」

シャリンとアビ2人とも2才。怖いものは「ドゥドゥ(虫)」

 

昨夜、ラジオから楽しそうな音楽が流れ、人々が歌い踊る様子が紹介されました。

♪ビールスをやっつけて嬉しいよ。神様、有難う♪

これはウガンダの話で、エボラ出血熱の患者が快復して最後の一人が退院するのを病院や住民がお祝いしている風景です。「エボラのビールスを克服したんだから、ウガンダはコロナも十分対応できる」と保健省の役員が自信たっぷりに話していました。

 

また今朝は別の楽しそうな音楽が聞こえました。ちゃんと聞いてなかったのですが、

♪コロナのせいで握手もハグもダメ。みんなしっかり手を洗おうね♪

というような歌詞かな?これはタンザニアで作られた「ヴィルシ・ヴィヤ・コロナ」という新曲です。

 

さて、ケニア。「ケニヤッタ国立病院でコロナ感染が確認された」の噂がSNSで飛び交い、人々が騒ぎ、政府を批判し始めました。翌日、大統領令が出て、「コロナに関するデマで世間を騒がせる者は5百万円の罰金に処す」と出ました。

 

そして今日、保健省から「コロナウィルスの問い合わせはこの電話番号に」と一斉メールが来ました。

 

北アフリカのアルジェリア、エジプト、チュニジア、モロッコ。西アフリカではセネガル、ナイジェリアに今日カメルーンとトーゴが加わりました。南アフリカにも感染者が確認されています。

 

しかし、東アフリカにはヴィルシ・ヴィヤ・コロナはゼロのままです。

昨日、マトマイニのOGマギーが来ました。看護師長として地方の病院で働き、その病院から学費支援を得て専門看護師の資格を取るためにケニヤッタ国立病院で日々研鑽を積んでいるマギー。長いおしゃべりを終えて雨模様の中帰途に着いた彼女からメールが来ました。

「ママ、いろいろ有難うございました。ところで、戻り着いて驚いたのは、ケニヤッタ国立病院の警備員さん達がみんなマスクをしているんですよ。こんなの初めて見ました」ケニアはマスク着用をしない国です。ケニヤッタ国立病院の警備員さんのマスクは何を意味しているんでしょう?まさか!

 

「エジプトとアルジェリアに次いでナイジェリアにアフリカで3人目の感染者が出ました。

 

この数日間、ナイロビ市と近郊はコロナウィルス騒ぎで大変です。

 

26日の夜、6月末まで就航取り止めになっていた中国南方航空の飛行機がジョモケニヤッタ国際空港に着陸し中国人239人が検疫を受けずにスーッと入国したのを、驚いたケニア航空職員がビデオに撮りSNS上で拡散したのが騒ぎの発端でした。因みにこの職員は即刻解雇されました。国民は怒りました。

 

27日、政府は「239人は機内でスクリーン検査を受け到着後は14日間の「自主検疫」を受ける手順になっている」と弁明しました。

 

28日、大統領令により「新型コロナウィルス国家緊急対策委員会が立ち上がりました。委員会は感染防止のための留意事項として「咳や鼻水を手で拭かない。発熱や呼吸困難の場合は病院に行く。人との接触は1メートル離れること、等を発表しました。

 

国民は「何を今さら!239人の中国人が入国した後で!」とますます怒りました。

 

29日「ケニヤッタ国立病院では感染が確認された」との噂が流れ、「それ見ろ、239人と一緒に中国からビールスが入ったんだ」の声に対し、政府は「虚偽だ」と否定しましたが、人々の怒りはおさまりそうにない気配です。

 

そんな訳で、今も騒ぎは続いてますが、公式にはケニアは感染者ゼロのままです。