失敗の果てに。謝り行脚の旅を終えて。やっと精神的に少しゆとりが出てきた。


失敗することがどんなに苦痛を伴うのか。失敗後もこんなにもしんどいものなのか。


本当に失敗は人生の糧となると想った。


しかし、失敗体験はアンチテーゼを沢山与えるだけで、結局は何も生まないような気がしている。


この失敗を生かすも殺すも自分次第である。肝に銘じて、またリプランニングすることにした。


今回の失敗は、明確に理由がある。


①商品を開発前のマーケティング調査が不十分であったため。


今回のコンセプト= 「女性=野菜、ヘルシー」 → カレーに落とし込み → ベジカレセット


このコンセプトは上司の考えや思い込みが実際に色濃く出ていた。


僕はこのコンセプトの検証を実際の販売でしてしまったのである。


上のコンセプトは、仮説段階であり、検証をして販売に至るべきであった。言い訳になるが、本当に時間がなかった。僕はその検証を、今まで習ったマーケティングの知識で補い、確証に変えて、自分を納得させた。


「プロダクトアウト」 = 商品や業態を開発する側が、ニーズに関わらず商品を世に送り込むこと。シーズとも言いがたい、自己満足的な行為。時たま、当たるが、それは偶然である。


「マーケットイン」 = 消費者のニーズに見合った商品を開発し、お客様の満足を得る。


僕の行動はどちらだったのだろうか?


答えは簡単である。「プロダクトアウト」であった。お客様のニーズに合わない商品を開発し、必死に販促していたのである。


売れるわけがない。いくら販促しても。


本当にそんな大事なことさえも、毎日が忙しく、上司から圧迫された状況では、ふと頭から消えていたのである。


そして、僕の学んできたマーケティングの勉強により、日ごろから僕は頭でっかちであるが、それ以上に頭でっかちになっていて、感覚的なニーズを掴む能力が著しく欠如していた。


知識や情報は、時に感覚的なものや、自分の感性を否定する。


マーケティングは、知識だけではなく、出口調査や街を歩いたり、数値的な調査を自分の目で、お客様の声で判断し、総合的に判断する行為ではなかったのかと想う。


アンチテーゼになったが、「プロダクトアウト」は絶対にお客様に受け入れられないことが分った。


貴重なアンチな経験であった。


②コミュニケーション能力


僕は、コミュニケーション能力が著しく低い。


人と話すのが苦手である。自分の感情を表現することを拒む体質にある。


連絡を必要以上に取らなかったりする。


めんどくさがりだし、断られるのが極端に恐い。


小心者の最上級である。


だから、自分の殻にこもる傾向にある。


僕はコミュニケーション能力に欠けていた。コミュニケーションを積極的にとろうとする姿勢が欠如していた。


熱さの伝わるものではなかった。


僕は人生の課題に直面している。


この課題を克服しないと、僕の成功はないと想っている。


人付き合いが出来ない。


僕は姿勢から変えないといけないと想っている。


自分がなりたい自分には、コミュニケーション能力が必須だからであり、お客様に感動や満足をして頂くために、またチームで成果を出すためには必須だからである。


まだまだ、課題はあった。


でも、この二点から早速リプランニングする必要があると想う。


そして、自分を見つめなおすために、旅に出ようと想う。


旅に出て、自分を見つめなおしてこようと想う。

商品を開発して、結果的にコケタ。


コケテ、コケにされて、居場所を失った。


現実は何とも皮肉である。


「お前には存在価値がないんだよ。」


面と向かって言われたら。生まれて久しく感じたことのない屈辱を感じた。


商品を開発することは責任の重いことであった。


何も分らないうちに、踊らされていたように感じた。


開発中は、お客様の顔が一瞬でも頭から消えてはいけなかった。


自己満足ではなく、お客様の満足のために考えるべきであった。


マーケットのニーズと、携わった業態のニーズは必ずしも一致しなかった。


全てが後手であった。


「新商品投入後、二週間で大ヒット商品にする」というプロジェクトは失敗した。


失敗は成功の何とかって言うけれど、何で失敗したのかが本当に分らない状態では次はない。


僕に次があるかどうかも分らないけど。


本当にシビアな状況に追い込まれたと想う。


自業自得な日々。


高く果てしなかった売り上げ目標。


自分がここまで出来ないとは正直想わなかった。


それこそが一番の敗因であった。

この世には、毎日沢山の新しい命が誕生していることでしょう。


人間に限ったことではない。


動物も植物も。


この世には命が誕生している。


今月の中ごろに、僕は新しい命をこの世に誕生させた。


新商品としての、「ベジカレセット」である。


社会では日々、沢山の新商品が生まれては消え、生まれては消え、輪廻のように繰り返されている。


コンビ二の陳列を見ていたら、一目瞭然だろう。


人工的に授かった命を持った商品たちは、ブランドとして教育を受け、育てられる。


プロダクトライフサイクルがあるように、商品にも寿命がある。


オモシロいものである。


商品を開発すると、今度は育てないといけない。


商品に対する強い想い、愛情が必須である。


愛情を注ぎ、強い熱い想いを注入する。


今の僕の子育ては、愛情が足りないような気がする。


子供に、「頑張れ頑張れ」って言ってばかりで「どう頑張っていいのか?」「何を目的に頑張っているのか?」を伝えきれていない様な気がする。


頑張れ頑張れでは、商品は困ってしまう。


何のために。誰のために。どのような用途で。


具体的に、子供(商品)に想い、愛情を伝えていかないといけない。


子育てとは。


子(新商品)を通じて、自分の足らないとこを自覚し、改善を繰り返し。


子育てどころか、自分育ての時間なんだと想った。



日本がクロアチアと対戦する数時間前の話。


僕はゲリラ戦に向けての準備をしていた。


大量のカツカレーを仕込み、とある場所に向かうのである。


行き先は、浦和美園駅。


駅の隅っこでパラソルを開く自分。


カツカレーを大量に運搬する自分。


埼玉スタジアムのパブリックビューに観戦に行く、熱心な日本サポーターと真っ向勝負をしようとしていた。


「クロアチア戦に向けて必勝カツカレーいかがっすか。」


「ゲンを担いでカツカレーはいかがですか。」


「クロアチア戦に勝つカレーはいかがっすか。」


僕は、この大事な試合の便乗商売をしていた。


上司のヒラメキは僕を非国民に変えていった。


オーストラリア戦。


凄まじい勢いで完売した。


クロアチア戦。


サポーターの表情が真剣である。当然である。正念場である。


僕に投げかけられた言葉。


「舐めてんのか?」


「便乗商売ってナンやねん?」


「駄洒落かよ。」


「ウザイ。」


「最低。」


僕の心は完全に折れてしまいました。


上司は言います。


「売ってしまえ。」


僕はスポーツが大好きです。日本代表大好きです。


僕の行為は、ある一部のサポーターに不快な感情を抱かせてしまいました。


大声張りながら、心では申し訳なさで泣けてきました。


何してんだろう?


売り上げ至上主義の罪人でした。


スポーツはビジネスの側面がある。


スポーツに便乗した、経済効果もあるのは確か。


何してんだろう?


こんなところで。


自問自答の果てに、やっぱり答えは出ませんでした。


今日の話。


大宮駅前でビラを配ってたら。


APUの友人に遭遇した。


びっくりしたが、彼は立派なスーツ姿。僕はビラ配り。


仕事って、なかなか面白いなって想いましたね。


そして、ついに僕に休暇が与えられました。


明日の一日。


約二十日ぶりの休日。


土日関係なく、平均15時間労働の果てに。


やっと休暇です。


うれしさを超えて、当然の権利だと想った。


就活の時、土日休日の仕事は沢山あった。


しかし、二十日ぶりの休暇を与えられる仕事を選んだ。


オモシロいもんである。


人生は格もオモシロきものなり。





ノルマに終われる毎日は正直、目的を見失う。


数字を追っていたら、お客様の顔さえ覚えていない自分がいた。


何がしたいのだろうか?


そう自分に言い聞かす。


始発で、川崎から大宮まで行って、帰ってきたら今の時間。


まだやることがあって、実際あんまり寝れていない。


しんどい。


辛い。


しんどい。


辛い。


そんな感情がお客様に伝わっているような気がする。


悲壮感が出ている。


上司にそう言われた。


何がしたいのか?


何が出来るのか?


お客様に。何が出来るのか?


自問自答である。


今日取り組んだのは。


法人営業先からご注文を頂いたお客様にお礼に行かせて頂くことである。


その日のうちに。


小さな花束を持って。


お客様は感激してくれた。


お客様の期待を上回ることが出来たのだろうか。


数字を追って、感情の伴わない仕事などしたくない。


上司に仕事は結果だといわれた。


僕は逆らってやろうと思う。


結果は数字ではない。


結果はお客様の感動であり、満足の総和である。


自分のやり方で結果を出したい。


甘い考えなのだろう。


しかし、自分がやってて楽しくないのなら、お客様はもっと楽しくない。


やるだけやって、失敗だと言われたら、責任をとりたいと想う。



二日前から。


商品企画、開発から販促ツール製作、ビラ配り、法人営業、ポスティングを繰り返し、ついに 「ベジカレセット」が販売開始に至りました。


長かった、辛かった、カレーばっか食ってた日々。


商品開発プレゼンで熱出してやばかったあの日。


商品リリースまでには、険しい道のりがありました。


しかし、僕たちの活動はここからが本番。


開発商品を、 「売り切る」 作業が待っている。


一日、50食。


これがコミットである。


達成できなければ、どんなに頑張ってようが、未達。


プロセスより、結果。


これが仕事なんだと、強調して教えられました。


お客様に喜んでいただきたい。

美味しいといってもらいたい。

感動してもらいたい。


この不動の想いを伝えるためには、まだまだ乗り越えないといけない道のりがある。


ここ10日間くらい、二時間くらいの睡眠時間で、なんだかんだやってきて。


未達で終われる訳がない。


さあ、ミーティングが始まる。


お客様に想いの伝わる、販促戦略をどんどん考えようと想う。


プロジェクトとしてやってきたけど。


商品開発。


成功しそう。


もうじき僕たちの開発した商品がお客様の口に届きますよ。


ワクワクドキドキ。


ワクドキです。


その前に、販促の手法を考えないと。


やさしい夏カレーにサラダにラッシー。


テイクアウトで公園で。


なーんていうのも良いかもね。


今日も寝れません。


頑張んないとね。

最近、女性のことばかり考えている。


特定の女性のことではなく、グラビアアイドルのことでもない。


マスの女性のことばかり考えている。


女性は食事を摂るときに何を重視しているのだろう。


カロリー。栄養。ヘルシー野菜。


女性の嗜好は変化が早い。飽きも早い。トレンドなど存在しないに等しい。


海老ちゃんが、雑誌で服を着たら、その服がバカ売れするらしい。


右にならえ。左にならえ。


そうかと思ったら、そんなもの追い求めない人たちも多数だったり。


アンチ海老ちゃんの人も、アンチ浜アユの人も、なんだかこんだかそんだかどうだか知らないけど、街には溢れているらしい。


どうしたもんでしょうか?


男にとって、女性の心理をつくことは永遠の課題である。


どうしたもんでしょうか。


納期が迫ってきました。


来週の月曜には、女性向け商品の提案プレゼンがありますよ。


女性のみなさん。


皆さんはどこに向かっていかれますか?


行き先さえ教えてもらえれば、エスコートいたします。


マスを取るべきか?はたまたアンチ海老ちゃんを掴むべきか?


頭が痛い。


女性はホンとに分らない。


分らないからこそ、男にとって一生の興味対象であり、「知りたい。」「追いかけたい。」って純粋に純粋に思うんやろうね。


「オンナのケツばっか追いかけてないで」って、そういや言われたことがありましたよ。


わかんねーな。女性は偉大ですよ。


科学がいかに進歩しても、論理的に女性の行動を分析しても。


女性は男性の一歩先を進んでいるような気がします。


男はケツを追っかける。


先回りしたいな。


そう思ってんのです。


出来れば、並んで歩きたいですよ。


「女性は男性の三歩後ろを歩きなさい。」


大正デモクラシー的な、発想のツケが昭和を経て、平成を迎えて16年。


ついにビックバンを起こしてしまいました。


女性の向かう先にビジネスチャンスあり。


男性にとっては、難しい時代が到来しましたよ。



最近、忙しく生きていたわけですが、忙しさの流れに流されているときはさほど感じることはなく、流れが緩やかになった時に、忙しさの谷間に何かを強く感じることがある。


ヒトに逢いたいと思った。


夢に見たヒトに。


逢えないと想うと、実質的な距離を越えて、空間を超えて、逢いたいと想った。


忙しさの谷間には、昔を振り返り、自分の人生を考えたりする。


頑張っている自分を報告したいヒト。


僕の自慢話ばっかして、ずっと聴き役に徹してくれたヒト。


うれしそうに、楽しそうに、頷きながら聴いてくれたヒト。


そんなそんな婆ちゃんに逢いたい。


死んじゃったから逢えないとわかっていても。


電話したら繋がりそうで。


実家に戻れば逢えるような。


そんな逢いたいヒトがいる。


僕の泥臭い頑張りが。天国に届きますように。


また、頑張り続けよう。


忙しさの谷間で。


逢いたい人に逢いたいと想う。




今日は東京の千葉よりの、「新小岩」って店にいました。


周辺は、パチンコ、ゲーセン、風俗店と。駅前にしては、何とも言えない雰囲気が出ていました。


二人組みのお客様は、「おい、おいキャッチがここにいるぞ。」って大声で叫び、自転車で巡回中のお巡りさんに職務質問されました。


そのお客様。俺たちは「893だ」って言ってました。「なんだか分るか?」って聞いてきます。


分っても命が欲しければ言えるはずもありません。


背筋が一気に寒くなりました。


ほろ酔いのお客様には、一時間、「家庭的な味とは何か?」 「現在の食生活に対する提言。」って感じの講義をずっと聴いていたようにも感じました。


「お前を気に入った。一緒に食べに行こう。おごるから。」って手を引っ張られ、仕事中だと断ると不機嫌になり、「講義代を払え」って子供みたいに言ってきました。


なんともオモシロい街です。新小岩は。


さて、本題ですが。


僕は今日、新たに感じたことがありました。


少し前に、立ち読みしていた、サービス業とは何か、みたいな本に書かれていた一文をふと思い出しました。


「お客様に接する前に、心で「ありがとう」って感謝の気持ちを抱いてから、お客様に接しなさい」


って言葉。


実践してみた。


本日、ご来店いただいたことに。数ある外食チェーンから、選んでいただいたことに。

お客様のお支払いが、我々の給料となり、生活させていただいていることに。


本当に深く感謝の念を胸に抱いてから、出口調査の第一声、「本日はご来店ありがとうございました。」って言った。


胸に抱いて言えた。


そしたら、多くの人が、立ち止まってくれて、アンケートにも快く答えてくれた。取得率は跳ね上がり、取得件数も大幅に増えた。何より、お客様のお声を、一人でも多く、深く、聞くことが出来た。


三十分くらい話してくれたお客様。厳しいご指摘を頂いたお客様。


様々だったけど、本当に僕はお客様に近い位置に寄り添うことが出来たと思う。


僕は何事をするにも、「今、僕は何のためにこれをやっているのか?」


っていう目的意識が絶対必要だと思う。


その意味でも、この 「感謝の念を抱いてから行動すること」 は、これからの自分の行動の新しい範疇となると思った。


自分を日々改善し、日々新たな気持ちでチャレンジしたいと思う。


松井秀喜は言ってた。


「頑張り続けられることは。それさえが一つの才能である」 と。


僕は三日坊主である。飽きやすい。


松井の言葉も胸に。


明日も必死にお客様のお声を頂戴しに行こうと想う。