単刀直入に言いますと。


久しぶりに行った牛角。うまかったです。マジで。


ココリコ黄金伝説でロバートが「牛角」メニューを食べつくすってのをテレビで見まして、久々に行きたいなって事で行ったわけです。


国産牛、フェアー中につきお安くなってます。炙りベーコン、マジうまいです。盛岡冷麺。温玉キムチ。ボンジリ。


言い出せば切りがないですが、社員としての贔屓目なしにうまかったと想います。


牛角に久々に行って。牛角のレベルの高さを再確認して。


「お前の会社って焼肉やだろ」って皮肉いっぱいに僕に言った人たちに。


「焼肉やですが、何か問題でも」って、おぎやはぎ張りにさらっと返してやりたいと想います。





東京とは本当に不思議な街である。


ビル。ビル。ビルの大都会だと思いきや、今日行った浅草のように下町江戸っ子風情が今だ、残っておるわけです。


単純に、東京=都会 といえど、味わい方は多岐に渡るなと感じています。


浅草。とても風情のある街でした。


僕は、浅草に行くのが初めてで、雷門を見たときには外国から来た方と同じ行動をとっていました。


雷門。でかい提灯の下には「Panasonic」の文字が。雷門は広告媒体ですか?それとも協賛(お布施と言う形で)でもとってるんですか?広告掲載料はいくらですか?なんて少し不思議に感じました。僕みたいなミーハーな観光客が必ず雷門で写真を撮るわけですよ。特に、田舎者。海外の方が。「National」は白物家電。「Panasonic」はグローバルブランド。の時代。

雷門の「Panasonic」は、松下電器のグローバル戦略ですな。海外の方の思い出の一枚にちゃっかりとブランド名を残しております。


勝手な妄想から、話を戻しまして。雷門をくくり、浅草寺までの参道を縁日のようにお店が両脇をびっしりと固めています。


人形焼に、モナカ。YUKATA。KATSURA。KATANA。など。


異国からお越しのお客様には大変喜ばれておりました。


浅草の通りには、粋な飲食店が多く存在しますね。


僕は、江戸っ子と言えば、天ぷら。天丼。って勝手に決めてしまったので、実行に行動に移しました。


大学時代、別府の「とよ常」の天丼も、嫁いだおばちゃんが下町の生まれだったからなんだって話です。


うまい。天ぷら。さくっと軽く、素材は本物。天然の海老。じゃりっとする海老。久々に味わいました。白身のきすなんてのも粋な感じでうまかったです。


粋な天ぷら屋から歩き進め、僕のお目当てにたどり着きました。


「浅草演芸場」


落語が生で見てみたい。出来れば浅草で。


僕の東京に来たときの小さな夢でもありました。


実現。


浅草演芸場は、大人3000円で入場できます。時間は昼の部が、12時くらいから16時過ぎくらいまで。夕方は五時くらいから、九時くらいまでとなっております。


昼夜の入れ替え制なしの、事前予約がいらないので、チケット売りの前のおっちゃんに、「今、誰やってる?」なんて聞いてから入るのが粋な感じなんだと、遠目から判断し、田舎者は即実践してみました。


客席は、一階と二階に分かれておりまして、キャパは200人くらいやないかと想います。


落語は創造性をかきたてます。話の情景がスクリーンで見るよりも鮮明に見える場合もあるのです。


昼間のとりは、笑点でお馴染み、「三遊亭小遊三」師匠。笑点の青い人です。


素人目にもホントに話が巧妙で、間がうまく、聞いてて、話に入り込んでしまいました。


満足。寄席。


僕は、小さな夢を実現しました。


今度は林家一門会に参加して、林家正蔵師匠を見たいと想います。そうです。こぶ平、こぶちゃんです。


浅草で、落語を堪能。


粋を感じるには最高の一日だった。

亀田親子の人生は破天荒としか言いようがない。


現代版、「巨人の星」の世界である。一家でボクシング。潔いことこの上ない。


三兄弟。長男の世界戦。嫌がおうにも日本中が盛り上がり、商業的な側面は、試合のかなり前から準備されていた。


19歳の少年に圧し掛かった重圧は、想像を超えるものだったのではないだろうか。


有言実行。世界チャンピオンが、唯一無二の目標であり、彼らの存在意義のように感じた。


僕は、TVで観戦していたわけだが、正直な話、勝っても負けても興味深い試合であった。


勝った場合。有言実行。世界チャンプ。親子の涙。兄弟の今後。


負けた場合。メディアの手の裏を返したようなバッシング。フェイクであったという実証。亀田一家の今後の方向性。


誰でも想像がつくような話である。


どちらに転ぶかで、天と地の差がある。これは、19歳の彼が一番わかっていたんだと想う。


背水の陣。この言葉が負けたことのない彼に一番ふさわしい言葉だと重ねて想った。


闘いの終盤。僕が見る中では初めて、彼はフラフラの足で相手にクリンチをし、かっこ悪くても相手に食い下がった。泥臭くポイントを稼ぎ、最後には勝利を拾った。


僕は、素直に感動した。この一瞬のために7年間の親子の時間を集約させてきたわけである。ストーリー性。彼らにはそれがあった。昨日、王者陥落、引退した越本親子にも同様のことは言える。


僕は沢山の大切なことに気づくことが出来た。


僕がなぜ飲食業を目指したのか。あんなに嫌っていたのに。誰を?飲食業をしている父親を。である。


幼稚園の卒業文集で書いた人生で初めての僕の夢は、「うどん屋になること」であった。


小学生の時に、尊敬する人の絵を描くとき、モスバーガーの制服の親父の絵を描いた。


大学四年の時、自分が働く姿を想像したとき、親父の姿しか想いつかなかった。


入社式の時、親父から貰った、人生で初めての手紙には、「私は飲食業に志望しようとするあなたには当初、大反対であった。私の苦労を一番近くで見ていたからである。しかし、今は誰よりも応援している。」と書かれてあった。


僕は親父に憧れてこの世界に入った。彼もそうだと想う。


そして、彼は19歳にして親父に対する感謝を大きな形で表現することが出来た。


僕は24歳で、まだ何も始まっていない。親父にありがとうのあの字も言えていない。


この差はなんであろうか。


僕は、「目的・目標」だと想った。


彼には人生に対する目標が明確にある。僕には明確にはない。


彼は目標に向かって、ひたすら7年間努力してきた。


僕は苦労を知らない。


一日、一日と目的を持って過ごしている人間と、そうでない僕とは差が開く一方だと想った。


亀田と自分を比較して、このブログを書いている人間を皆はどう想うだろうか?


しかし、本質は同じだと想う。


人生の本質を19歳の彼に教えてもらったような気がする。


親父。目的。目標。


彼が我を忘れて泣き崩れたとき。僕も、飲食業を志した原点に戻れたように感じた。



築地という所を何度もテレビで見ておった。和歌山で。大分で。


「東京でこの値段でウニがイクラが食べれるなんて(ビックリ)」みたいな感じのTV。


はて、すごいところなんでしょうねえ。って自分は想っておりました。


ついにこの日が来たのです。検証、築地。


僕の家から、電車で一本。40分くらいでありましたが、想像してたより近くてビックリだった。


着いたら、正面に築地本願寺。親父が本願寺系の大学に行ってたので、親近感があり、京都の大学なのにデカデカと看板まで出ておりました。


築地の市場には、卸と場外市場があるようです。


卸市場は、業者向け。場外市場は個人向け。みたいな区分でした。


注目は、テリー伊藤の兄貴がやっている「卵焼きや」さん。試食をもらって食べましたが、あま-い卵焼きは、舌触りよく、ふっくらとした食感で、老舗の味って感じで美味しかった。その通りには、有名はラーメン屋も数件ありますよ。


んで、歩いてくと、卸市場の入り口右側に「吉野家」があるんです。


「吉野家」一号店。現在も国産牛で、牛丼出しておるわけです。日本でここだけ。吉野家の牛丼です。


ホンとはこいつが食べたかった。だいぶ前だが、吉野家の牛丼が一日だけ帰ってくるってなった日、僕は並んででも食べたほど、この牛丼が好きである。しかし、この時風邪を引いており、あんまり味を覚えていないのである。


現状から言って、輸入牛がアメリカから入ってきて、牛丼解禁になってすぐに食べれるかって言ったら、僕は根性がありません。


築地の安全な国産牛で食べたいと以前より想っておったわけです。


仲間は築地まで来たんだから、もちろん海鮮でしょう。って言うわけです。


多数決の結果。僕は儚き牛丼の夢となりました。


総じてオモシロかった。築地は。


商品開発のヒントを探しに。また、原価計算する上でも仕入れ値を押さえたいと想っておりました。


貴重な食材が安く手に入り、食材の勉強も出来、満足な時間を過ごすことができました。


デートに築地なんてのも粋な感じではないでしょうか?


お店もピン切りだし、雰囲気もいいしね。駅の横にはスタバもあるし、充実した時間が過ごせるでしょう。


僕なら、牛丼食べて、ラーメン食べるね。女性には、粋を感じる暇もないでしょう。あっ、カツカレーもうまそうなとこあった。


最後になりましたが。ぶっちゃけた話ですが。


僕は、魚が。海鮮が。


総じて、少し苦手です。


築地さん。


ごめんなさい。

最近、ドラマでウエトアヤさんが出てる、「下北なんとか」の舞台、下北沢。


東京に憧れを抱いていた僕の、また憧れの土地であった、下北沢。


実際に、日曜に行ってみたんです。


雑貨屋さん。古着屋さん。飲食店。


なんやかんやがとっても小さい面積に凝縮してる不思議な街でした。


個人的には、とっても好きです。下北沢。


おしゃれな雰囲気だと想っていたら、逆になんかダサい、抜けた感じのお洒落感。


良いです、この抜け加減。


最近、下北下北言うもんやから、ちょっと商業的な面もある街な気がします。


ってか、僕が一番ミーハーですが。


上戸さんがドラマ撮影してましたよ。でも警備員に、覗こうとしてしっかり怒られました。


僕は、オモシロい雑貨屋に夢中になり、財布の紐が緩みっぱなし。


アンティークな前掛け ⇒ 「熊本の缶詰やさんの」前掛け。


タイパンツ。⇒ 「ゆったりと薄い生地で、両足を通し、片側に生地を織り、結び、上の余った部分を折り返す」もの。 現地生産してるらしく、ポッケがついて、細身でなかなかオサレな一品。


等々。


今まではあんま興味がなかった商品を衝動的に買っちゃうんですよ。これが。


下北、住みたいです。僕


なんか、はまりました。僕


今度は飲めない酒をはしごで、下北で飲んでみたいです。(家まで、川崎までちと遠い。)


下北LOVEな一日でした。



最近、僕の頭には、ブランドファクトリー湯澤社長の言葉が忘れられない。


社内報、「KANDO」のコーナー、一語一会のコーナーで書かれていた言葉である。


「下手の考え 休むに似たり」


この言葉の意味は


「下手な人(名案が浮かぶはずのない人)がいくら考えても、時間を浪費するだけで何の効果もないということ」


である。


該当者、ここに一名。


僕である。


最近、新商品を四六時中考えていても、まったく案が浮かんでこない。


考えて、考えて、音楽を聴いて、カフェに行って。


気がついたら時間が経ってたりする。


非効率とはこのことである。


レインズでは、仕事の成果=質×効果 

                  効率・効果×時間


と定められている。


僕は下手である。だからこそ、足で情報をかき集めて、パクって、アレンジして、必死になって行動に移さないといけない。


湯澤社長はこうも言っておられます。


アイデアの判断は、良いか悪いかのどっちかだと。


微妙なものはどんなに考えても、微妙なんだと。


ホンとにそう想った。


自分が納得するまで、事象を分解、分解、分解して考える。


その深さ、理論の深彫りさ下限が、熱意であり、相手に伝わる想いである。


「佐藤 可士和」


といデザイナーをご存知でしょうか?


時代を動かす、新進気鋭のデザイナーである。


TSUTAYAのデザイン、キリンレモン、「FOMA N702iD」のデザイン、


恩師のおられる、ヴィッセル神戸の新デザイン、楽天のロゴ、体質水、極生、明治学院大学


など、挙げればきりがない仕事ぶりの方である。


この方がおっしゃっていた言葉である。


「プレゼンの際に、どんな質問がきても、答えられる自信がある。いつもトレーニングしているから。

1000通りの答えを常に用意している。」


1000通りである。


時代を動かす、選択肢が1000通りあるのである。


僕は悩んでる前に、実行しようと想った。


そのアイデアがボツかどうかは、僕の判断かもしれないが、相手側の判断である場合もある。


考え、行動。考え、行動。


僕に欠けているのは、アイデアに至るまでの論理の深堀。


事を調べ上げ、あらゆる方向から事象を検証する、熱意と執着心である。


アイデアと思いつきは違う。


アイデアには、根拠と論理的展開が必要である。思いつきは、「あ、マック食べたい」である。


僕は今からでも変われる。


今日より明日。


日々、精進しようと想う。


新たなプロジェクトが始まりました。

今回はリベンジをこめて、商品開発一本に絞りたいと想います。


商品開発をすると、体重が激増する。ベンチマークという名の下に、うまいものを食べ歩き、気づけば体に貯蓄していく。


そんな日々が続くわけです。


個人的には、近くのローソンに現れた、新商品に夢中です。(僕の商品開発には直接は関係ないですが。)


「ビックリマン チョコ プロ野球」


夢のコラボレーションとはこのことである。


松阪。金本。小笠原。上原。なーんてカードがビックリマンから出てくるわけです。


僕は毎日買ってますよ。それ。


小学校時代を思い出しました。一番の悩みは、チョコの行方。誰かに食べてもらおうか。自分で食べようか。


「飽きたな」っていつも想うあの味に久々にはまっています。


近くのローソンで、買い捲っていたら。


ビックリマンチョコプロ野球の陳列の下に。


「今、売れてます」ってポップが昨日から張られだした。


そうです、僕の仕業です。


僕が買い捲っているからです。


「大人になったら箱買いしたいな。」って小学校の時に真剣に夢見た日々がありました。


しかし、僕は一個ずつ買うことに決めています。


ローソンのおばちゃんに、「いいの、当たってる」って聞かれるわけです。


僕は今何歳なんでしょうか?


小学校の時と同じように、好きなものは変わりないようです。お恥ずかしい限りです。


僕はロッテの商品開発部の方には、一本やられました。


感動した。ホンとに。ローソンで初めて見たときには。


こんな商品開発がしたい。


マジかよって想うような驚きに満ちた仕事を。


ライセンス契約、大変だったでしょう。ロッテさん。


ビックリマンの固定概念。壊すの勇気いったでしょう。ロッテさん。


自分の球団(千葉ロッテ)の選手のカード、あんまり出ませんよ。遠慮がちなロッテさん。


やっぱ、この商品が世に出るには並大抵の努力ではないのです。


僕は、コンビ二であらゆる商品を見るとき。


大変な苦労をされたんだろうと、商品の向こうにいる開発者の方に、頭が下がるようになりました。


商品開発とは、ホンとに奥深いものであり、何気なく手に取るものでも、手に取っていただくために、何度となくプレゼン、試作、プレゼン、試作を繰り返すわけです。


何度となく、開発者は駄目だしされ。


何度となく、頭を抱え。


その先に、確約された成功はない。


失敗の連続。


そんな中に、商品開発の泥臭い魅力。


お客様に手に取っていただいたときの喜びを思い浮かべて仕事をする、商品開発という仕事に対する魅力があるような気がします。



旅の終着駅に実家に少し帰ってきた。


自分の家の新しい店が出来ていた。


厨房。設備。半端なく使いやすい。親父のこだわりを感じた。


働く兄貴が輝いとった。


親父や兄貴の頑張りに、僕はいい刺激を受けたなと想う。


帰りしなに、親父が「いつでも実家に帰って来い。一緒に事業をやろう。」って言ってくれた。


ホンとにうれしかったし、「感動創造」を理念に掲げる企業に入社して、自分が実家に勘当されて以来、胸につかえていた魚の小骨が取れたような感覚がした。


夜行バスに乗ろうと、大阪駅で。


安堵しすぎて体調不良になり、実家に逆戻りで静養する羽目になった。


図体でかいのに気のチッチャイ僕に、おかんは変わらず優しかった。

東京で病気したときの半端ない心細さとは雲泥の差だった。


実家って天国や。肉じゃがも、卵焼きもほんまにうまいし。


そう感じた。


こっちに帰ってきたら。


半端なく忙しい日々が始まった。


企画書。企画書。提案書。


その違いはなんやねん。


自分に言い聞かしながらも、タイピングの嵐。


ってか、今も本来ならやらないといけないんやけど。


ってか、本屋に情報収集に言ったときに、ビビットくる新しい趣味に出逢いました。


「将棋」


マジで、奥が深く、おもしろい。


「駒の動きが図でわかる 早わかり 将棋 入門」 永岡書店


P.65ページまで読みましたが、理解しやすいし、はまります。


時間があれば、読んでます。昨日から。


みんなも始めてみませんか?


将棋。


経営の戦略に。人生の教科書に。


将棋にはこれらに活かせるエッセンスと格言がびっしりと詰まってる。


そう感じる、昨日今日なのです。

ヒーローには誰もがなれるわけではない。


まして、悲劇のヒーローに自分からなることなんて、決して出来ないだろう。


94年アメリカで行われたワールドカップ。


ロベルトバッジオが決勝のPKの舞台で、天高くボールを蹴り上げ、落胆を誘ったとき。


結果として、悲劇のヒーローになっただけだ。


2006年、ドイツワールドカップ決勝。


僕は、試合中一人のヒーローに釘付けになっていた。


僕だけではないだろう。世界の隅々で。何億人という人が、彼のラストダンスを見ていたんだと想う。


執拗なマークやチェックを掻い潜り、彼はワンタッチで局面を打開していった。


フランス代表の他の選手が彼に安心してボールを預け、スペースに走りこむ。


受け手のことを考えた、緩急自在のスルーパスからチャンスは幾度となく生まれ、その柔らかい身のこなしは本当にダンスを踊っているかのようだった。


彼は完璧主義者だろう。


脚本を書いて、絵コンテを描いて。アングルを考えて、選手を動かし、最後の一瞬を迎えるように演出する。


時には、自分自らが主役を演じ、ヘディングでゴールを狙った。


完璧主義者は、世界中の視線と、七万人を収容するスタジアムの歓声を浴び、それらの空間を支配していた。


ゲームを支配し、世界中の視線を支配する。


そんなことが出来るのはヒーローだからだと想う。


しかし、ひょんなことから、彼は悲劇のヒーローになろうとした。


ゲームを支配し、世界中の視線を支配しても。


自分の感情だけは支配できなかった。


テレビを見ていた僕の緊張の糸は、この瞬間に切れてしまった。


試合を作品というならば。彼は自作自演で降板していった。


僕はイタリアの優勝を素直に喜べなかった。


カンナバロが身を粉にしてスライディングし、ヘディングし、キャプテンとしてPK戦の時は腕組みをして表情一つ変えず仁王立ちで静観していた姿には。


とても感動したが、心の中に大きな燻りが残っていた。


スポーツには勝敗以上に大切なものがある。


あんなに相手を思い遣るパスが出せる人が。


ワールドカップ予選の時に救世主として、国家の威信のためにピッチに戻ってきたヒーローが。


何でこんな最後を選んだんだろう。


悔しくて、試合終わったら泣けてきた。


僕はヒーローの気持ちはわからない。


でも、あの一瞬は絶対にヒーローではなかった。


少し前に、日本のヒーローがピッチを去ったとき。


ピッチに大の字になり、サッカーが大好きな自分と向き合っていたと、彼のブログで見た。


彼はどうなんだろう?


本当にあの一瞬。彼がとても小さく見えた。


そして、ロッカールームにさがる彼の後ろ姿は。


もっともっと小さかった。



今、気づいたことがある。


半身浴をした後はすごい勢いで汗をかくってこと。


また気づいたことがある。


あと数時間で、歴史的な瞬間に立ち会えるって話。


とある作家が言っとりました。


「歴史」とは虹である。近くにいるときはただの水滴であるが、離れたときに初めて虹であることに気づくって。


ワールドカップ決勝。ジダンのラストダンス。


この一瞬は水滴かもしれないが、数年後、「ポスト・ジダン」みたいなのが出てきたときに、「あー、あの時のジダンはプラティニを超えてたよ。」なんて話が出てくるんやろうね。


水滴が虹になり、また新たな水滴としてポスト何々が現れる。政治の世界もそう。ポスト小泉に然りです。



ジダン 対 トッティー の司令塔対決って最近よく言われてるけど。


僕の視点は、 ジダン 対 ガットュ-ゾ。


綺麗なものは綺麗でないものがあって初めて、綺麗なんだと思う。


ラストダンスの華麗さを増すためには、ガットューゾの泥臭さが必須である。


硬い試合になりそうな予感。


勝ちにいく試合ではなく、負けられない試合なんだと想う。


まあ、歴史の証人に僕はなりたいので、二時よりネカフェに行こうと想う。


そして、水滴をこの目に焼き付けて。


明日から、旅に出ようと想う。