亀田親子の人生は破天荒としか言いようがない。


現代版、「巨人の星」の世界である。一家でボクシング。潔いことこの上ない。


三兄弟。長男の世界戦。嫌がおうにも日本中が盛り上がり、商業的な側面は、試合のかなり前から準備されていた。


19歳の少年に圧し掛かった重圧は、想像を超えるものだったのではないだろうか。


有言実行。世界チャンピオンが、唯一無二の目標であり、彼らの存在意義のように感じた。


僕は、TVで観戦していたわけだが、正直な話、勝っても負けても興味深い試合であった。


勝った場合。有言実行。世界チャンプ。親子の涙。兄弟の今後。


負けた場合。メディアの手の裏を返したようなバッシング。フェイクであったという実証。亀田一家の今後の方向性。


誰でも想像がつくような話である。


どちらに転ぶかで、天と地の差がある。これは、19歳の彼が一番わかっていたんだと想う。


背水の陣。この言葉が負けたことのない彼に一番ふさわしい言葉だと重ねて想った。


闘いの終盤。僕が見る中では初めて、彼はフラフラの足で相手にクリンチをし、かっこ悪くても相手に食い下がった。泥臭くポイントを稼ぎ、最後には勝利を拾った。


僕は、素直に感動した。この一瞬のために7年間の親子の時間を集約させてきたわけである。ストーリー性。彼らにはそれがあった。昨日、王者陥落、引退した越本親子にも同様のことは言える。


僕は沢山の大切なことに気づくことが出来た。


僕がなぜ飲食業を目指したのか。あんなに嫌っていたのに。誰を?飲食業をしている父親を。である。


幼稚園の卒業文集で書いた人生で初めての僕の夢は、「うどん屋になること」であった。


小学生の時に、尊敬する人の絵を描くとき、モスバーガーの制服の親父の絵を描いた。


大学四年の時、自分が働く姿を想像したとき、親父の姿しか想いつかなかった。


入社式の時、親父から貰った、人生で初めての手紙には、「私は飲食業に志望しようとするあなたには当初、大反対であった。私の苦労を一番近くで見ていたからである。しかし、今は誰よりも応援している。」と書かれてあった。


僕は親父に憧れてこの世界に入った。彼もそうだと想う。


そして、彼は19歳にして親父に対する感謝を大きな形で表現することが出来た。


僕は24歳で、まだ何も始まっていない。親父にありがとうのあの字も言えていない。


この差はなんであろうか。


僕は、「目的・目標」だと想った。


彼には人生に対する目標が明確にある。僕には明確にはない。


彼は目標に向かって、ひたすら7年間努力してきた。


僕は苦労を知らない。


一日、一日と目的を持って過ごしている人間と、そうでない僕とは差が開く一方だと想った。


亀田と自分を比較して、このブログを書いている人間を皆はどう想うだろうか?


しかし、本質は同じだと想う。


人生の本質を19歳の彼に教えてもらったような気がする。


親父。目的。目標。


彼が我を忘れて泣き崩れたとき。僕も、飲食業を志した原点に戻れたように感じた。