タイトルを読んで驚かれた方もいるかも知れないが、これは本当の事である。しかも大昔の話ではなく現在も実際にそうだし今までもずっとそうだっただろうと思う。下記はまさに今年の大晦日(今日12月31日)の実際の写真だ。敢えて正確に記載するなら「大晦日の朝の明治神宮はガラガラ!」ということかも知れないが・・・。

 

【西参道から参宮橋口も閑散(午前10時半頃)】

【私が大好きな宝物殿前広場も無人】

【臨時おみくじ売り場もオープン前】

【西神門も本殿もスッカスカ】

 

明治神宮といえば、のべ一億人が詣でる初詣の人手全国No.1で推定300万人とも言われる。そして初詣は大晦日の夜から年明けにかけて2年分のお参りする「二年参り」が殆どなので、夕刻からは物凄いことになるのだろう(経験ないので不明だ)が、大晦日の朝(午前中)は人が殆ど居ないガラガラ状態なのである。

 

私は幼少期の自宅や母の店(注文婦人服店)が参宮橋に近かったこともあり明治神宮は幼い頃からなじみが深い。カミさんの実家(長野)に帰らない年末はいつも明治神宮に詣でており、退職後は毎月末、御礼参拝もしている。大晦日の今日も12月の御礼を兼ね今年一年の御礼参拝をした。そして神社詣では通常午前だろう。

 

「御礼だけなら大晦日でもよいが新年の願掛けは元旦だろう」と仰る方もいるだろう。そして大晦日と元旦と二度も行けないから「二年参り」で大晦日の夜から行く人が多いのだろう。でも年賀状には「旧年中はお世話になりました。本年もよろしく」と記載しているはず。ならば神様に対しても「本年は~。来年も~」でいいのでは?

 

私自身は「神仏は敬えど頼らず」という宮本武蔵を気取って、御礼は述べてもお願い(願掛け)はしないことにしている。よく「祈り」というが、我々凡夫の「こうあって欲しい」という祈りや願いは(仮にそれが自己中心的我田引水的なものでなくとも)、神様に対して働き掛けるのは僭越で不敬ではないかという思いもあってのことだ。

 

ま、その辺りは各個人の思想・宗教・信仰(無神論も含めて)という、極めてデリケートな部分なので、どう考えようが自由だし、私も決して他人に押し付ける気は無い。ただ、どのみちどこかの神社や寺院に初詣に行くなら、密でベルトコンベアのような状況よりも、清々しい空気の中でゆったり出来た方がいいと思うのである。

 

コロナパンデミックで明け暮れた2021年(令和3年)も今日で終わる。今年は読者の皆様にとってはどんな年でしたか?最後に私の「今年の重大ニュース」を添え、今年一年、私の拙いブログをお読み下さった読者の皆様への感謝を申上げると共に、来年の皆様のご多幸をお祈りします。

 

【Saigottimoの2021年の重大ニュース】

音楽療法カウンセラーの資格取得(1月)

オーディオドラマ11本参加(2月12月)

サラリーマン卒業サンデー毎日に(3月末)

岡本太郎の書籍と出会う(4月)

高齢者としてワクチン2回接種(6月)

テレビ買換え4Kテレビの凄さに驚く(7月)

やまなし絵手紙朗読動画参加(5月~9月)

初めて作詞をする(10月)

一年半ぶりにライブステージ復帰(11月)

5Thanksで小学校の朗読会を実施(12月)

 

Saigottimo