やる気・やり方・やる場
よい仕事をするのに必要なものが3つある。それは「やる気」「やり方」「やる場」である。
やはり、やり遂げようとする意欲(やる気)とやるための能力(やり方)は絶対必要である。
しかし、それだけではよい仕事はできない。その意欲と能力を発揮する場面(やる場)が必要である。
「やる気」「やり方」は本人の努力で高めることができるが、「やる場」は多くの組織では本人ではどうにもできない。
上司からの「やる気」「やり方」に見合った「やる場」の提供が必要だ。
今コロナの影響でせっかくの「やる気」と「やり方」を活かす「やる場」が与えられないケースが発生していることは残念だ。
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心訓
もう30年以上も前、話し方教室を修了したときにもらった福沢諭吉の「心訓」。
改めて読んでみると、・・・。反省!反省!
心訓 福沢諭吉
1. 世の中で一番楽しく立派なことは、一生涯を貫く仕事を持つことです。
2. 世の中で一番みじめなことは、人間として教養がないことです。
3. 世の中で一番さみしいことは、する仕事がないことです。
4. 世の中で一番みにくいことは、他人の生活をうらやむことです。
5. 世の中で一番尊いことは、人のために奉仕し決して恩にきせないことです。
6. 世の中で一番美しいことは、すべてのものに愛情をもつことです。
7. 世の中で一番悲しいことは、嘘をつくことです。
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他人に過度の期待をしない
他人に過度の期待をしない。特に親しい人に期待し過ぎない。
自分のことを一番考えているのは自分である。自分が思っているほど、他人は自分のことを考えてはいない。
仮に愛する人であっても、一番考えているのは自分自身の事である。
自分が考えているのと同じくらいに、他人が自分のことを考えてくれていると思うのは期待し過ぎである。
後で期待外れになって、ショックを受けることになる。
期待のハードルを上げない。
日頃からハードルを下げて、ちょっとしたことでも自分にプラスの事をしてもらったら、感謝しよう。
また、他人とは比較しないことである。自分は自分のすべての行動を知っている。
しかし、他人の行動は一部しか知らない。
自分の行動全部と他人の行動の一部を比較して、「自分の方が頑張っている、努力している」と他人と比較しても意味がない。他人のことはわからない。
他人のことを詮索しない。他人は他人、自分は自分、自分の道を歩けばよい。
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他人を認める、怒らない
世の中には色々な人がいる。自分にとっての常識、知っていて当たり前が、他人にとっての常識とは限らない。「こんなことさえ知らないのか」ということがある。
もちろん、その逆もある。他人にとって知っていて当然のことを、自分が知らないこともある。
色々な人生があり、色々な経験があり、色々な知識がある。
自分の経験、知識だけで他人を判断しないようにしよう。
これは考え方やモノの見方も同じである。いろいろな正義がある。自分の考える正義だけが正しいとは限らない。他人の正義も認める心の広さが必要である。
また、自分から見て「のろま」「ドジ」「間抜け」な行動にイライラしないことが大事である。
怒りの沸点を上げるということである。
すぐにカッとならないように沸点を上げる。
わざとであれば別であるが、本人としては一生懸命やって「のろま」「ドジ」「間抜け」なわけであるから、イライラしても怒鳴ってもどうにもならない。
広い心で応援してあげるのが望ましい。
怒るのは、意図的に攻撃を受けたとき、実害を受けた時だけである。
意図的でなく実害を受けたときは、事実に着目し冷静に弁償してもらうように対応すればよい。
感情的になってもしようがない。
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言ったこととやったこと
言ったことは大事だ。言葉にも強い力がある。自分の発言に責任を持つべきである。
同じように、やったことも大事だ。何をやったか、どのような成果を上げたのかも大事である
調子のいいことばかり言って何もしない人や成果を出せない人と、言っていることは多少おかしくてもやるべきことをしっかりやって成果を出している人。
どちらが評価されるのか?
企業の人事考課では、口ではなく成果を出している人が評価されるが、世間ではどうだろうか。
最近は、自分では何もしないで「言う」ばかりの人が優位になっているように思う。
うどん屋の釜か!(湯ばっかり)
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不寛容な時代
昨日(2月8日)のテレビ(羽鳥慎一モーニングショー)で、俳優の石原良純さんが森会長の発言自体は非難されても仕方がないという見方を示した上で、次のように語ったそうだ。
だが「その中で、なにか一つあったときに、今の世の中、不寛容っていうんですか、一つのことで何も許さないと。その中で人はトラブル、ミスもあるけど、それを助け合って乗り越えていく部分があまりにもなくなりつつあるっていうのは、森さんのことだけじゃなく、危惧する」
そして、「森さんの発言云々ではなく、不寛容な時代っていうのが怖いと思ってみている」との思いを述べた。
・ 一つのことですべてを否定するような非難
・ 過去の出来事まで持ち出しての非難
・ 出来事ではなく、人格や性格、人柄など人間性に対する非難
確かにこのような非難については、いかがなものかと思っていた。
その後ネットニュースによると、この発言により良純さんが非難されているという。
発言そのものだけではなく、親や兄弟のことをからめて非難されているとのことである。
本当に、「不寛容な時代」が怖いと思う。
不寛容:goo辞書には「心がせまく、人の言動を受け入れないこと。他の罪や欠点などをきびしくとがめだてすること。また、そのさま。」と書かれていた。
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罪を憎んで人を憎まず
「何かいけないこと」をすると、みんなが一斉に非難する。
「いけないこと」を非難するのはわかるが、「いけないこと」だけではなく「いけないことをした人」を非難する。
一つの「いけないこと」でその人のすべてが悪いように非難する。
「そのような行為(言動)はいけないよ」と非難するのはわかるが、「そのような人はダメだ」と非難するのはいかがなものか。
仲間内での話であればよいが、テレビなど公の場で行動(言動)ではなく人間を非難するのは違和感がある。
ちなみに、私が専門にしている人事考課では次のように考える。
・ 人事考課は職務行動と成果の評価であり、人間の評価ではない。
・ 人事考課は人物評価ではなく、行動と成果の評価である。
・ 人事考課は好き嫌いなど感情ではなく、ルール・基準に基づいた評価である。
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「結果がすべて」でいいですか
結果とプロセスについて、それぞれ「よい」「悪い」の2通りを考えた場合、次の4つの組み合わせが考えられる。
① 結果がよい、プロセスもよい → 当然の成功
② 結果がよい、プロセスは悪い → まぐれ(ラッキーな外的要因があった)
③ 結果は悪い、プロセスはよい → 不運(アンラッキーな外的要因があった)
④ 結果は悪い、プロセスも悪い → 当然の結末
その組織の中で、「結果がすべて」すなわち「まぐれでも結果のよい」方がよく評価されるのか、たまたま結果は悪くても「プロセスのしっかりしている」方がよく評価されるのか?
あるいは、「運も実力のうち」と考えるのか「運はいつまでも続かない」と考えるのか。
この辺をしっかり議論して、その組織として明確にすることが大事である。
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質の高い情報
質の高い情報だけをピンポイントで得ようと思ってもなかなか難しい。
その件に関する情報量が少ないと、何が質の高い情報か判断ができないからである。
まず、その件に関するたくさんの量の情報を集めることからはじめることが必要だ。
情報の質はとる量に比例する。その件に関して、かたっぱしから膨大な量の情報を集めていく。そうすれば、その中から本当に必要な質の高い情報が見えてくる。
その件に関して持っている情報量が少ないと、後から入る新しい情報の影響力は大きい。
新しい情報にほれ込んで、間違った判断をしてしまうかもしれない。
もともと多くの情報を持っていれば新しい情報が入っても、その情報の占める割合が小さいので冷静に考えることができる。
質の高い情報だけをピンポイントで得るような特別な方法を探すよりは、まずたくさんの量の情報を集める努力の方が大事だろう。
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コロナ検査数と陽性者数推移
東京都のコロナ検査数(健康安全研究センター実施分と医療機関実施分の合計)は下グラフの青色棒グラフで曜日によってかなりバラツキがある。
7日移動平均線(青色折れ線グラフ)も、なだらかな曲線ではなく曲がりくねった形になっている。おそらく連休の関係で、同じ曜日でも検査数が極端に違ったからであろう。

それに比べて、陽性者数(オレンジの棒グラフ)はそんなに極端なバラツキはない。7日移動平均線(オレンジの折れ線グラフ)もなだらかなカーブを描いている。
話によると、検査をした1~3日後に陽性者が判明するとのことであるから、陽性者数も検査数と同じようにもっと極端に上下してもよさそうであるが、なぜか陽性者数は同じような数字になっている。
都の職員も集計作業に色々と苦労されているのだと思う。
心配なことは、検査数が下がってきていることである。
検査数が平均12,000から9,000に減ってきている状態で、陽性者数が減ったからと言って安心できるのであろうか。
逆に、安心できる材料として陽性率が減ってきていることが挙げられる。検査数、陽性者数ともに曜日によってバラツキがあるので移動平均の値を使って、検査数は2日前の数字で計算した陽性率が赤色破線の折れ線グラフである。
15%くらいから7%を切るくらいまで下がってきている。
これはうれしい傾向だ。このまま収束することを望みたい。
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