この記事は若干長期になる予定です。

時計好きの方には気になる内容かもしれませんが、詳しく無い方はご興味のある方のみご覧下さい。

基本的に、簡単な専門用語には意味を説明してませんので……。

第一回目は、ETA及び、スイスの時計事情について簡単に触れたいと思います。

腕時計ファンでなくとも、一度は聞いた事があるでしょう、『スウォッチ』という、プラスチック製の廉価なカジュアルウォッチの名前を。

1980年代は、ゲス、フォッシル、スウォッチという、三大カジュアルウォッチが、若者達の心をグっと掴みました。

理由は、現在のアラフォー世代よりも上の方々がよくご存知かと思います。

クォーツムーブメントを使用し、廉価に大量生産。

しかしながら、その腕時計とは思えないデザイン、カジュアルファッションにも合う、使いやすさや買いやすさが、爆発的な人気を生み出したのです。

時代を経て、ニクソンやG-SHOCKなどの強敵は現れましたが、現在でもその三社は独自の路線でカジュアルウォッチを生産しており、高い人気を誇っております。

さて、最初に書きましたスウォッチ。

この名を冠するグループがあります。

スイス内でいくつか存在する巨大グループの一つ、『スウォッチ・グループ(リンクは日本法人のスウォッチ・グループ・ジャパンのHP)』です。

傘下のメゾンはブレゲ、ブランパン、グラスヒュッテ・オリジナル、ジャケ・ドロー、レオン・アト、オメガ、ロンジン、ラドー、ティソ、カルバン・クライン・ウォッチ、ハミルトン、そして、スウォッチ。

超高級メゾンから、カジュアルラインのメーカーまで、あらゆる価格帯のメーカーを傘下に置く、超弩級グループです。

しかし、一般的には、電池製造メーカーのRENATA(レナータ)や、ムーブメント生産を行っているETAが傘下にある事は意外と知られていません。

たとえ、そのETAが、世界最大のムーブメントメーカーであったとしても。


現在のETAは、過去に存在した17のムーブメント、もしくはムーブメントの部品を生産する会社を、全てETAが吸収合併して存在しています。

日本でも有名なのが、ア・シールド、フォンテンメロン、ヴィーナス、ユニタス、フルリエ、プゾー、バルジューあたりでしょうか。

各社、歴史に残る名ムーブメントを生産し、各社に配給して来たメーカーです。

ETAはそれらのメーカーのノウハウを全て吸収。

いわば、スイスのムーブメントメーカーの集合体と言える会社なのです。

当然、以前からそれらのメーカーのムーブメント及びエボーシュ(未完成の部品)を、各腕時計メーカーは購入し、使用していました。

これは、自社でムーブメントを開発・生産するのは多大なコストがかかり、なおかつ、そのムーブメントが成功するかと言うリスクを伴うためであり、サプライヤーであるETAの存在は、スイス時計界において、欠かせない存在だったのです。

現在、ETAを構成するサプライヤーのムーブメントおよびエボーシュを使用する事を早くから決めたのは古参のユリス・ナルダン。

ゼニス共々、日本で初期に舶来時計を販売されていたメゾンの1社です。

その後、クオーツ・ショックなどの影響から、自社で高額なコストの掛かるムーブメント生産を一部の廉価なモデルで廃止し、これらのサプライヤーに頼るメゾンが続出しました。

代表例を挙げるだけでも、(現在のスウォッチ・グループ傘下のメゾンを除く)古参ならIWC、タグ・ホイヤー、ブライトリング、ボール・ウオッチ、チュードル、エドックス、オリス、フォルティス、その他、若いメゾンであるウブロ、クロノスイス、シャウアー、フレデリック・コンスタント、エポス、90年代から民間用腕時計を生産開始したパネライまで、様々なメゾンがETAのムーブメント及びエボーシュを頼ったのです。

意外と知られていませんが、例えば完成品のETA7750でも、部品の素材や精度によって、3種類のものが用意されています。

この様に、優れたサプライヤーとして、高品質で廉価なものづくりを行っているETAが、各メゾンに支持されたのは当然の結果だったでしょう。

しかし、21世紀に入って、スイス時計界を激震が襲いました。

前会長であった故・ニコラス・Gハイエックの方針から、『完成品以外のムーブメントを、例外を除く他社には順次供給を停止して行く』事を決定。

当初は、『2003年から停止する』となっていましたが、独占禁止法違反であるとの裁定が下り、『2010年までに』と変更になりました。

いわゆる、時計界の『2010年問題』です。

各メゾンは三つの選択肢を迫られました。

1.ETAの完成品ムーブメントを購入する。
2.他社のエボーシュを使用する。
3.自社ムーブメントを開発・生産する。

エボーシュを購入していたIWCやユリス・ナルダンは、元々ETAの下請けであり、現在はETAのジェネリックムーブメントを生産しているセリタに鞍替え。

その他、オリス、エポスなども、3針モデルを中心にセリタに鞍替えしました。

現在もETAと友好関係にあるのはボール・ウオッチ等でしょうか。

自社でムーブメントを生産する事に踏み切ったのはウブロ、ブライトリング、タグ・ホイヤーが代表的でしょう。

それまでに、既にパネライなどはマニュファクトゥーラとして、エントリーモデルからハイエンドまでのムーブメント生産を初めていましたし、元々マニュファクチュールだったジャガー・ル・クルトやゼニスなどは、問題なく生産を続行しています。

新たに自社でムーブメントを生産開始した、ブライトリングとタグ・ホイヤー。

元々、友好関係にあり、かつて、この2社も参加して、自動巻きのクロノグラフ・ムーブメントが開発された事はあまりにも有名です。

同じ頃、ゼニスとモバードがエル・プリメロを共同開発。

セイコーも自動巻きクロノグラフ・ムーブメントを開発しており、現在の各社のムーブメントにもそれらのムーブメントの血は、流れているのです。

名前が変わっていないのは、ゼニスのエル・プリメロのみですが、ETA7750には、かつてブライトリング、タグ・ホイヤーらが共同開発したムーブメントの血が流れているのです。

両社とも、ETA7750を使用しており、これはかつての血が途絶えていない事を意味すると言っても過言では無いでしょう。

ただし、ブライトリングはエボーシュを自社で組み立て、ブラッシュアップしてクロノメーターを100%取得するのに対し、精度は確かに良いものの、そこまでのコストを掛けないでムーブメントそのものを搭載するタグ・ホイヤー(カレラ等)……と言う差はありますが。

この2社の考え方の違いは、完全に自社のオリジナルで自社ムーブメントをリリースしたブライトリングに対し、ベースをセイコーにしたタグ・ホイヤーと言う差にも出ています。

あくまで、完全自社にこだわるブライトリング、対して、良いものは良いとして認め、先人の知恵を応用して、コストを抑えた自社ムーブメントを生産したタグ・ホイヤー……。

どちらも決して間違った選択は行っておらず、そのスタンスに両社の矜持を感じます。

今後、ETAを頼らないメゾンが、どの様な道を辿って行くか……それは、時の神であるクロノスのみが知っている事かもしれません。

さて、次回から、ETAのムーブメントそのものに迫って行きます。