学習の語源
学習の学
これは、テーブルの上で子供が占いの手付きを真似る様子から真似して身につける
学習の習
これは、羽が白いひな鳥が繰り返して身につけること
つまり学習とは繰り返し繰り返し真似て身につけることのようです。
昔同じミスを繰り返す私に親父がお前は学習しないなと言っていましたが、ミスを繰り返すということは習ってはいたということ。
お前は学んでないなが正しいと思います。
で、悩みました。
飲み過ぎの失敗を繰り返す私はお酒の飲み方を誰かから学ばなければならないということですね。
しかしそれでは飲む機会が増え結果的に飲み過ぎてしまう気もします。
困った困った。
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あさってついに河口湖マラソン
今年の目標の一つ、フルマラソンを3時間30分で走る。
1月の若潮マラソンは、直前のインフルエンザが響き3時間40分。
4月のかすみがうらは、順調な調整が進むも震災の影響で中止。
11月の河口湖に向けて8月9月と300kmを超える走り込みを続けましたが、、、
10月の後半に膝を痛めてしまいました。
3日練習を休めば治るか?
1週間休んだら流石に大丈夫でしょう?
と思っていましたが、一か月たった今もだいぶ痛みは治まってきたものの、ほんの数キロ走っただけで膝に痛みが走ります。
1年、また一年と年をとって行く中で、記録の伸びを期待できるのももうあとほんのわずかかも知れないという焦りから、何とかよい状態で河口湖に望みたかったのですが・・・
しかし、思い返せば今まで一度もマラソンを心から楽しんだ事はありませんでした。
もちろん、走るたびに感動があるのですが、その感動は常に時計を見ながら走った感動。
今回は、ゆっくり景色とレースを堪能したいと思います。
周りを熱くさせるには、本気であることを見せる事
先日以来、数々の幕末の偉大な志士を生んだ吉田松陰が、どのようなコーチングをしていたのかという事を調べています。
(関連記事:吉田松陰に学んだコーチング)
講孟余話 ほか (中公クラシックス)/吉田 松陰

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が届き、読み始めました。
しかし、この本今まで私が読んだ本のように
「さささっっ」
と読める類の本ではありません。
多分、2度・3度と読まないと理解できない本だと感じました。。。
始めの数十ページ読みましたが、吉田松陰の熱さが伝わってきます。
この人、とことん理想の状態を極めて考える人だったようです。
そして博識。
「思うに、仁義は道理上なすべきものであり、利益は、なした仕事の功利・効用として期待されるべきものである。道理を主とすれば功利・効用は期待しなくても自然とやってくるものである。」
要は志を持って道理の上に仕事をすれば、必要な利益は自然と付いてくる。と言っています。
そして
「そのうえ功利・効用を主とする者は、やることがみなおざなりになって最後までやりとげることが少ない。またたとえ少しはやりとげることがあったとしても、それを永く持続するだけの執念が足りない。」
と目の前の成否に振り回されるなと説いています。
政治に対しては、
「民を恵むという美しい言葉は耳にするけども、それが民衆にまで及んで実際に民がその恩恵にあずかるところまでいっていない。それゆえに農民・商人・旅人たちも、孟子が述べているような気持にまではなっていないわけである。」
と、今の政治は言うだけで、理想を実行し現実に落とし込んでいないと嘆いています。
「今日、政治の責任ある地位にある人をみると、たいてい量見が狭く、人を容れるだけの器量がない。だから才能・学識・枝芸に秀でた人物がいても、藩内の人でなければ決して招いてその意見を聞こうとしない。」
と、なんか今の日本の事を言われているような気がしないでもありません。
この吉田松陰という人、昔ハエが顔に止まって痒くて掻いたら
「痒いというのは私心だ!」
と言って気絶するほど殴られたという幼少時代を過ごしているので、
理想を追う厳しさは一級品です。
「まぁ理想はそうだとしてもさ、やっぱりなかなか上手くいかない事もあるじゃん・・・」
と言おうものなら、吉田松陰は実際行動も起こす人なので必ず論破されてしまいます。
高い理想を掲げて自らもそれに妥協することなく突き進んでいく。
これが松陰の魅力のひとつだと感じました。
吉田松陰はどのようなコーチングを行い幕末の志士を育てたか?
こんにちは
コーチングを考える上で、初期の総理大臣や大学の創始者を育てた吉田松陰について調べています。
吉田松陰が人を教えるようになったのは、松陰の人生の後半の5年間。
松下村塾は3年間で、その大半は獄中からの指導だったようです。
なんで捕まったかと言うと、黒船襲来で
「欧米を見ようとして」密航を試みたり、
また、倒幕のための計画をたて藩に倒幕の武器を貰いにいったりと、
かなり激しい人物だったようです。
この獄中に説いた講孟箚記とうものがあるらしいのですが、まだ読んでいません。。。
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さて、吉田松陰の教育(本人は「ともに学ぼう」という謙虚な姿勢だったようです)は以下のポイントで行われたようです。
1. 原点教育
長州人とは?日本人とは?といった自分の原点、ルーツに関する教育を施していたようです。
また、吉田松陰は人の長所を見抜く事が大変優れていました。
これも人がみんな持っている「原石」を見抜いていたからだと思います。
コーチングでもその人の持っているスキルを生かす事を大切にしています。自分の持っているスキルがわかるだけで、人は大きく変わることができます。
2.大局観察
大前研一さんの作ったコンサルティングの養成講座、「問題発見法」にも書かれていましたが、何か物事を理解するためには、からなず全体像から把握するのがよいそうです。そして全体を把握した上で小さなところを見ていくというのが大切との事です。
吉田松陰の教育も、大局を理解することにあったそうです。
そのために孟子を題材にしていたとの事。
そして、今後の日本はどうなるのか?を大局から説いていったそうです。
吉田松陰の時代は黒船到来による開国の時代。お隣中国ではアヘン戦争がおこりアジアは植民地化が進んでいた時代でした。そんな中で日本にはどんな未来が待っていて、日本人として志士として何ができるかを問うていったと言います。
3.感動、熱意、本気度、
吉田松陰は喜怒哀楽が激しい人だったそうです。アメリカへの渡航を試みてつかまった獄中には、長年獄中にいたため人としての感情をなくしてしまった人が多かったそうですが、松陰が牢獄に来て「久々に人間を見た」と思われたそうです。
心理学でも辛いことを我慢していると、感情の起伏が無くなってきて嬉しいこと・悲しいことが無くなっていき無関心になると聞いたことがあります。
吉田松陰は、獄中で読んだ本に喜怒哀楽を大いにあらわにし、時には涙を流しながら読んだそうです。
コーチングでも、いいコーチはクライアントの心にアクセスすると言います。
事実に対して質問をするのは、仕事の報告と同じです。
人を動かすためには、人の感情にアクセスするという事が松陰の教育にも生きていたようです。
4. 自己確立の法則
松陰は志につながらない学問は虚学であると言っています。
幕末の偉大な志士で、松下村塾の久坂玄瑞は、高杉晋作、吉田稔麿と共に村塾の三秀と言われていましたが、松陰は久坂玄瑞との最初の出会いで、久坂玄瑞は理論派で行動が伴っていないと痛烈に批判しています。
松下村塾では、
「お前はなんのために生まれてきたのか?」「どのように生きるのか?」「今は何をするべきなのか?」を徹底的に論じ合う事によって大人物が数多く輩出されたと言います。
5. 率先行動
吉田松陰はとにかく行動することを徹底していました。
松下村塾では実学を大切にするため農作業などを率先して行っていたと言います。
自らの死のきっかけとなった討幕を表明して老中首座である間部詮勝の暗殺を計画し、自ら出頭してしまいます。
これは偉そうなことを言っても何もやらなければ誰もついてこないという事を知っての行動だったと思います。
またいろいろ調べて記事を追加していきたいと思います。
※私は歴史に詳しくないので、もしかしたら違っていることを書いてしまっているかもしれません。吉田松陰について詳しい方がいらっしゃったらぜひいろいろ教えてください!
関節も痛めていたようです。
今日通勤で走ってやっとピンポイントでどこが痛いのかはっきりわかりました。
左膝の外側、ちょうど関節の境目。
どうやら、靭帯炎だけでなく関節も痛めていたようです。
接骨院にいき、症状を見てもらったところが、関節を痛めていると診断されました。
今までは痛みが全体に広がっていたので、痛みの場所を特定できませんでしたが、やっと痛めている場所が特定できました。
超音波治療をしたところ、患部がとても痺れました。
ちょっと来週の河口湖マラソンは厳しくなってきました。
1ヶ月近くまともな練習ができてなく、まだ痛みもあるので接骨院の先生も無理はしないでくださいと言っていました。
人の筋肉は一日寝たきりでまったく動かないと1.5% - 3% 減るそうです。
マラソンのための体を作るためにはできれば6ヶ月欲しいです。とその先生は言っていました。
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思い通りにならないときのチャンス
仕事でもコーチングでも、「こうなってくれたらいいのにな」と感じることが多々あります。
ところがそんな都合よく思い通りにならない場合は、私はつい「イラっ」としてしまう事があります。
「なんでわかんないの??」
というように
先日コーチングをしていても、質問をしながら相手の答えを想定してしまっていました。
本当はこの時点でコーチングとしてはよろしくないのですが。。。
しかし、相手の答えをは私の想定していた答えとちがう。
しかし、実はここに大きな宝が眠っていました。
答えに至った経緯を聞いてみると、そこにクライアントがいつも失敗してしまう行動パターンがあることがわかりました。
「あー、そうか。ここでいつも迷ってしまっているんだ。じゃあ、その迷いを乗り越えるにはどうしたらいいか考えようよ。」
この質問ができたことで、クライアントは「漠然とできない。なんだかわからないけどなんとなく不得意」という状態から、
「ここさえクリアすればステップアップできる、超えられる壁」に変化しました。
「え”、、なんでそんな答えなの?」
驚きを怒りや戸惑いではなく、相手への興味にすると大きなブレークスルーにつながると感じました。
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よい作文を書く5つのポイント
受検生のうちの娘、公立中学の受検を目指しているため、試験に作文があります。
で、作文は正解がないので親として見ていてもやっかい。
どのように書けば「よい」作文になるのかというのが中々伝えられません。
まずは、何が「よい作文」なのかを考えてみました。
1 テーマに沿った作文になっていること
2 何が言いたいのか(主張)がはっきりと読み取れること
3 主張を具体例を用いて説明をしていること
4 全体として綺麗な流れになっている事
5 誤字・脱字が無く、言葉の選び方が優れている事
こんな所でしょうか?
1. テーマに沿った作文になっていること
まずは問題の「テーマ」を正しくくみ取れるか、が大きなポイントになると思います。
どんなに優れた文書を書いても、テーマと全く関係ない事を書いていても読み手(採点者)は、
「はぁ???何を言いたいの?」
で終わってしまうと思います。
どんな文書でも500-600字程度ならば読み手は1分位で読んでしまうでしょう。
(ちなみに話し言葉は350字/分のスピード)
読み手は「これがテーマだ」という前提で読み始めているので
「なんかどうやら違うテーマを書いているぞ」と途中で気がつくと、それまでの主張が
どれだけ優れていても大きな減点になってしまうと思います。
2. 何が言いたいのか(主張)がはっきりと読み取れること
これは良い本の書き方と似ているかもしれません。
一言で言うと何が言いたいのか?がタイトル
タイトルを説明する構成が目次
そして各目次の項目の説明が文書。
ブログでも似ているかもしれませんね。
テーマがブログのタイトル
目次が記事のタイトル
そして記事。
作文の場合は題を工夫することは難しいですが、読み手から見て
「どこが主張か?」「どこが主張の説明か?」が分かりやすい文書になっていることは大事だと思います。
3. 主張を具体例を用いて説明をしていること
作文の出来を評価するのは、採点者です。
その採点者に印象に残る文書にするためには、いかに採点者から共感を得るかだと思います。
プロのお笑い芸人のコントも、出てきた瞬間から最後まで爆笑を続けるという構成にはしていないそうです。4分間のコントだとすると、最初の2-3分は場面設定を行い
みんなが「当然次はこうなるよね」っていう流れでその期待を裏切るような面白い事をやるそうです。それまでに、どれだけ相手がリアルにその場面を想像するかで、どれだけ大きな笑いにつながるかが決まるそうです。
作文の採点者から共感を得るためにも、採点者がどれだけリアルに文書から場面を想像するかだと思います。
リアルに想像させる文書にするためには、感情を交えずその情景を記述的に書くこと。
気持ちを表現する時には体の変化を記述的に書く方法があります。
例えばこんな感じです。
その酔っ払いは、突然私に絡んできた。売上をもっと上げろと真っ赤な顔をしてどなり散らしていた。私は瞬きもせずにその男を見た。右手は気がつくとこぶしを握りしめていた。
4. 全体として綺麗な流れになっている事
作文は、書いているうちに、
「あ、ここをもっと詳しく説明しないと・・・」
「うーん、ここを説明するためにはもっとこのことも書かないと」
と書くことが増えてくることがあります。
文書をその場その場で考えながら鉛筆で文書を書くと、それまで書いていた文書を消すのがもったいなくなるのでどんどんどんどん主張と遠ざかっていく文書が増えていくという事がよくあります。
作文を書くことは、タクシーに乗ることと同じです。
書き手自身がどこ行けばよいのかはっきり分かっていないと、タクシーも目的地にたどり着きません。
主張という「目的地」をはっきり意識して伝えずに書き手が迷子になった文書は、読み手も当然迷子になります。
よい文書は何度も何度も推敲を重ねて川の流れのように無駄のない文書になっています。
5. 誤字・脱字が無く、言葉の選び方が優れている事
よい言葉にたどり着くまでは、昔の作家は何度も原稿用紙を丸めて畳の上に散らかしていました。
プロの書き手は、漢字で表現するか、ひらがなで表現するか、句読点はどこに打つかなど一文字一文字にこだわっています。
「だ、である」「です、ます」の統一
未来、今、過去の時制の選び方、等も一致させる必要があります。
語尾も「です」が続くことが無いように工夫すると読みやすい文章になります。
↑、こんな風に「ます」が続くと一本調子になるので、変化を付けるとよいと思いマス。
接骨院のちょっといい話。
左膝を痛めてから2週間。やっと接骨院に行く事ができました。
去年もお世話になった雑色の接骨院に見てもらった所、案の定腸脛靭帯炎と診断されました。
しかし、去年見てもらった右足の方が重傷でしたよとの事・・・
え”、覚えてくれているの??
「前に診断した時は、触っただけでもっと痛がっていましたよね。」
ええ”--!!そうだったっけ??
ほぼ一年ぶりなのに・・・
「でも前よりも足の筋肉ついていますねー。だいぶ走ったんじゃないですか?」
ヒャー、なんていう記憶力!!
ここの接骨院、確か一日で50人から100人位患者さんが来ているって言っていました。
受付の人も、入り口に患者さんが寄ってきただけで
「○○さん来たよー」
と言うし、
(名前覚えているのスゲー)
スリッパいつも間違えて片づけちゃう患者さんに
「あの人らしいねー」と笑っているし。
年配の患者さんも若い先生達をからかって笑ったり、
先生も「痛い痛い」という患者さんの愚痴を笑顔で聞いてあげていたり。
私もいろいろとお客さんと話をしますが、相手の名前は覚えているにしても
細かな会話やまして癖などは覚えているかどうか・・・
この接骨院が本当に患者を大切にしている様子がよくわかりました。
マッサージを受けながら、
「次のレースはあるんですか?」
との事。
「はい。次は河口湖です。」
と私。
「練習は1-2週間は様子を見てくださいね。大丈夫ですよ。月末のレースは出れますよ。ちゃんとストレッチしてくださいね。」
とのこと。
はぁ~い、ちゃんとストレッチするようにします・・・
清川ハーフマラソンに参加しました。
こんにちは。
左ひさを痛めてから2週間。
痛みはまだひかないものの、痛める前に予約していたハーフマラソンに参加しました。
途中で棄権する勇気を持って参加したつもりだったのですが。。。
景色は最高の湖畔コースを2周するコース。ただし、厳しい登りの続くきついコースです。
足切りタイムが130分のため、参加している人達のレベルは高かったです。
400人弱の参加でスタートストレスはほぼなし。
最初の1kmは混雑でkm6分を若干切るペース。
膝の痛みが出ないので、やはり我慢しきれずペースをあげてしまいました。
2km ー3kmはトンネルでガーミンが正しく動作しませんでしたが、楽な呼吸で4分40秒が出ています。
調子がよさそうなので、2週間休んだ呼吸の落ち込みを確認するためにもちょっと加速したら一気にkm4分のペースで4kmまでの1kmを走ってしまいました。
呼吸があがってきたものの、7kmまでは4分30秒のペースをを維持。
当初の設定タイムだった4分30秒でどの位押せるものかを試してみたくなりましたが、この頃から苦しくなってきました。
7kmを過ぎて膝に痛みが多少でてきましたが、まっすぐ足を動かしている限りは痛くない。
と思っていたら8km過ぎてとんでもなく痛くなりました。
あーあ、棄権か・・・
と思ったものの、痛くない走り方をみつけようと、しばらく競歩のような走り方。
これでもkm5分でるんだ。。。
しかし、痛めた膝はどんどん悲鳴をあげていきます。
この頃には次々とランナーに抜かれていきますが、途中
ああいう風に最初飛ばすと持たなくなるんですよ
と悪い見本みたいに言われました。
ちがうよ!!膝痛めてんだよと心の中で悪態ついて、しかし勝負することもできずそのおっさんのだんだん小さくなっていく背中をみていく姿を見ているしかない。
辛いな。。。
11kmを過ぎた時には走ったり歩いたりの状態になりました。
それでも6分~6分30秒が出るので、このペースならば足切りにあわず完走できるかもという欲が出てきてしまいました。
13km地点で一緒に参加した渡辺さんに抜かれます。
大丈夫ですか?と声をかけられ、あー、うー、と声にならないうめき声をあげてしまいました。
本当は、ファイト~ このペースをなら1時間45分いけますよ~と声をかけたかったのに。。。
14km過ぎからは、足切りタイムの残り時間を計算しながらのランニング。
歩いてもゴールできるようにするためには、あと何キロ走ればいいかな?ということばっかり考えていました。
18kmから最後の登り。
1km位登りが続くけしきのあと、カーブで登りの先が見えない。
あの先にも想像できないほど登りが続いているかもと思うとその場でしゃがみこみたくなりました。
19kmを過ぎて、もしかしたら2時間をきれるかもという淡い期待がでてしまいます。
よせばいいのに競歩とjogをおりまぜ、ここでもkm6分30秒で押していきました。
ゴール前は急激なくだり。
いつもならここぞとばかりに加速するくだりも膝の負担でもうかんべんしてください状態。
すると、前から渡辺さんが。。。
なんと渡辺さんも膝を痛めたよう。
なんとかゴールしましたが、その後から膝が大変なことになっていました。
屈伸もできないほと痛く、階段も登れない。
歩くのも厳しい。
帰り道の車の中、膝が大丈夫な頃にノリノリでかけるランニングソングが流れてきて泣きそうになりました。
しかし、なんでランニングってこんなに熱くなっちゃうんでしょうね。
もともと早く移動するための手段として走るはずなのに、走るそのものが目的になっている。
ハーフ2時間、サブフォー、サブ3.5と、冷徹なまでに数字で表現される分、それが達成できなかった人達の苦しみ、悲しみと乗り越えた人達の喜びが痛いほどよくわかる。
ただ走るだけというシンプルな分、仕事の時のようなしがらみや交渉などなく、シンプルに全力を傾けることができる。
だからこそ、いくつになっても熱くなってしまうのかなーと思いました。
あと何年、体力が持つのかという焦りと、ランニング人生はまだまだ続くという気持ちでどうしても怪我を押して走りたくなるけど、痛みの心配なく全力で走れるようになるため、河口湖までの3週間はしっかり休みたいと思います。
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