吉田松陰はどのようなコーチングを行い幕末の志士を育てたか?
こんにちは
コーチングを考える上で、初期の総理大臣や大学の創始者を育てた吉田松陰について調べています。
吉田松陰が人を教えるようになったのは、松陰の人生の後半の5年間。
松下村塾は3年間で、その大半は獄中からの指導だったようです。
なんで捕まったかと言うと、黒船襲来で
「欧米を見ようとして」密航を試みたり、
また、倒幕のための計画をたて藩に倒幕の武器を貰いにいったりと、
かなり激しい人物だったようです。
この獄中に説いた講孟箚記とうものがあるらしいのですが、まだ読んでいません。。。
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さて、吉田松陰の教育(本人は「ともに学ぼう」という謙虚な姿勢だったようです)は以下のポイントで行われたようです。
1. 原点教育
長州人とは?日本人とは?といった自分の原点、ルーツに関する教育を施していたようです。
また、吉田松陰は人の長所を見抜く事が大変優れていました。
これも人がみんな持っている「原石」を見抜いていたからだと思います。
コーチングでもその人の持っているスキルを生かす事を大切にしています。自分の持っているスキルがわかるだけで、人は大きく変わることができます。
2.大局観察
大前研一さんの作ったコンサルティングの養成講座、「問題発見法」にも書かれていましたが、何か物事を理解するためには、からなず全体像から把握するのがよいそうです。そして全体を把握した上で小さなところを見ていくというのが大切との事です。
吉田松陰の教育も、大局を理解することにあったそうです。
そのために孟子を題材にしていたとの事。
そして、今後の日本はどうなるのか?を大局から説いていったそうです。
吉田松陰の時代は黒船到来による開国の時代。お隣中国ではアヘン戦争がおこりアジアは植民地化が進んでいた時代でした。そんな中で日本にはどんな未来が待っていて、日本人として志士として何ができるかを問うていったと言います。
3.感動、熱意、本気度、
吉田松陰は喜怒哀楽が激しい人だったそうです。アメリカへの渡航を試みてつかまった獄中には、長年獄中にいたため人としての感情をなくしてしまった人が多かったそうですが、松陰が牢獄に来て「久々に人間を見た」と思われたそうです。
心理学でも辛いことを我慢していると、感情の起伏が無くなってきて嬉しいこと・悲しいことが無くなっていき無関心になると聞いたことがあります。
吉田松陰は、獄中で読んだ本に喜怒哀楽を大いにあらわにし、時には涙を流しながら読んだそうです。
コーチングでも、いいコーチはクライアントの心にアクセスすると言います。
事実に対して質問をするのは、仕事の報告と同じです。
人を動かすためには、人の感情にアクセスするという事が松陰の教育にも生きていたようです。
4. 自己確立の法則
松陰は志につながらない学問は虚学であると言っています。
幕末の偉大な志士で、松下村塾の久坂玄瑞は、高杉晋作、吉田稔麿と共に村塾の三秀と言われていましたが、松陰は久坂玄瑞との最初の出会いで、久坂玄瑞は理論派で行動が伴っていないと痛烈に批判しています。
松下村塾では、
「お前はなんのために生まれてきたのか?」「どのように生きるのか?」「今は何をするべきなのか?」を徹底的に論じ合う事によって大人物が数多く輩出されたと言います。
5. 率先行動
吉田松陰はとにかく行動することを徹底していました。
松下村塾では実学を大切にするため農作業などを率先して行っていたと言います。
自らの死のきっかけとなった討幕を表明して老中首座である間部詮勝の暗殺を計画し、自ら出頭してしまいます。
これは偉そうなことを言っても何もやらなければ誰もついてこないという事を知っての行動だったと思います。
またいろいろ調べて記事を追加していきたいと思います。
※私は歴史に詳しくないので、もしかしたら違っていることを書いてしまっているかもしれません。吉田松陰について詳しい方がいらっしゃったらぜひいろいろ教えてください!