ガムラツイスト
ガキのころ、「ガムラツイスト」というシールのおまけつきのお菓子があった。
名前が示すとおりお菓子はガム。
田んぼの用水路に、ガムラツイストの透明なプラスチック容器を浮かべる。
かみ終わったガムを人型に作成し、名前をつける。そいつをプラスチックケースに載せる。
当時小学校3年生だった僕の担任は平○先生。
平○先生はスケベ顔で針金のような鋭く太い鼻毛を出していた。
忘れ物などをすると、
生徒の両ほっぺをつねったまま体を持ち上げるという恐ろしい技を持っていた。
僕たちはほっぺをつねられ、足はちゅうぶらりんで恐怖政治に耐えていた。
冬に長ズボンを履いていくと、
みんなの前でズボンをずり下げられ太腿に強力な平手打ちパチーンの刑がまっていた。
そんな平○先生が嫌いだった。
ガムラツイストの噛み終わったガムで作る人型はもちろん平○先生。
「じゃあ、これは平○先生な。」
友達たちと僕はニヤリと微笑み、ガム製平○先生進水式。
用水路の波にか弱く揉まれ、平○先生の乗ったプラスチックケースは流されていく。
そして、僕たちは石をひらってきて、上から平○先生に速射砲の嵐。
チャポン!チャポチャポン!!
チャポチャチャポン!!カポーン!!
「うわー、平○先生が沈んだー」
ガム製の平○先生は用水路の底で永遠の眠りについた。
ガムラツイスト、永遠なれ。
改装前夜
蔵の闇カフェオープンにむけてようやく動き出した。
あくまで闇だけど。
蔵にはものがいっぱい。
春ごろ謎の婆さんに江戸~明治のころの器などをけっこう売ったんだけど、いまだ来客用などの食器類がいっぱい。
2階はご先祖さまの衣類やらなんやら、開けたことのない箪笥や木箱もあるし。
とんでもないものが出てきたらどうしよう・・・。
超過激な春画とか、
手榴弾とか(ばあちゃんは2次大戦のときに手榴弾工場へ動員されていたらしい。)、
いわくつきの宝石とか、
幽霊の描かれた掛け軸とか、
奇妙な仮面とか・・・。
まずは工房の方へ蔵の荷物を移すため、そちらから掃除。
小さいころからの絵などが出てきて楽しむ。
ガキのころは絵で賞状を総ナメにしていたので、どんな絵だったのだろうと思って改めてみたら、
別に大したことなかった。
文学全集もいっぱい出てくる。
ボールズやカザンザキスを探したけどなかった。
ヘッセがあったので手元へ。
今西錦司も手元へ。
なぜかエマ二エル坊やの缶ペンケースが出てくる。
むしろ、缶ペンケースになっていることに驚く。
小学校の卒業記念で作ったオルゴールの木箱があった。
開けると海援隊の「贈る言葉」がポロンポロンと流れてくる。
そこでしみじみ・・・するわけはなく、中に入っていたデッドストックもののキーホルダーに興奮する。
あのころのキーホルダーはデザインセンスがサイテーでいてサイコーだ。
蔵のいらない食器類をゴミ捨て場に持って行くため仕分けをする。
仕分けしながら、改めて日本は豊かな国なんだなあと思った。
使ったことのない食器がいっぱい。
時間をみつけてちょっとづつやっていこう。
改装の様子はまた報告していきます。
天然石・手造り家具・インド雑貨・民族楽器の豊玉堂商店さんに手作りの雑貨類を置かせてもらっている。
やることやりたいことがいっぱいだけど、ちょっとづつ商品を増やしていこうと思う。
新商品をいくつかアップしてもらった。
からすが帰るから
近所の人が亡くなったので葬式の手伝い。
田舎なので近所の人々が集まって手伝いをする。
葬式の途中、マンガ、「特攻の拓」の鰐淵サンが事故った時のセリフ、
「不運(ハードラック)と踊(ダンス)っちまったぜ・・・」というセリフが思い浮かび、
笑いをこらえていた。
そしたら、お経をあげていた坊さんが、
「渇ーツ!!!!!」
と叫ぶと、うしろでバターン!!外で立っていた参列者のジイサンが倒れる。
周りの人に抱きかかえられながら、開始1Rで退場していった。
本人は「大丈夫、大丈夫・・」と言っていたが、周りがタオルを投げ込みドクターストップ。
誰かが車に乗せて家まで連れていったらしい。
遺族が火葬場へいってから夕方まで空き時間があったので、
夕日に染まる空を眺めていた。
カラスの群れが西にある山へむかって帰っていた。
ふざけあって追いかけっこしてるカラスや、
うしろで「カァー(まってくれー)」てな感じで置き去りにされたカラスがいたりして、
なんだか人間にそっくりだなあ、などと思った。
夜は遺骨を囲み、みんなで半径5mぐらいの環になって、
これまた半径5mぐらいのバカでかい数珠をお経を唱えながらグルグルまわす。
僕はアニミスト(に近いかな)ではあるけども、ブディストという意識は薄い。
だけど、こういう行事などでは日本は仏教国なんだなあと考える。
葬式は死へのイニシエーションで、
結婚式は生を育むためのイニシエーション。
友達が言ってた。「20代後半になると結婚式も増えるけどそれに比例して葬式も増える」って。
生と死のイニシエーションに立ち会う瞬間が増えるわけだ。
だけど、人間ってすぐ死んじゃう。
ちっぽけな生き物だ。
そこで必死にあがいてもがいて滑稽なぐらい生に執着している。
動植物は生死の恐怖がないから、達観したような目をしているのかな。
流転
母校である大学へ行ってきた。
電車で近づくにつれて懐かしさがこみ上げる。
久々にくる大学はあのころと変わらない雰囲気だった。
場所場所にいろんな思い出があって、
仲の良かった友達たちを思い出したりする。
その後、車で4年間住んでいたアパートの前を通る。
近づいてきたときにかなりテンションが上がる。
コンクリート塀がなくなっていた。
そして、アパートもなくなり、更地になって車がいっぱい止まっていた。
4年間世話になっていたおんぼろアパート。
雨漏りしたり、キノコ生えたり、入り口の扉が壊れて窓から出入りしていた時期もあった。
家で友達と遊んだ思い出。
11~13人が一気に押しかけてきたときもあった。
座れずに立っている人もいたし、全く話したことない人もいた。
向かいの部屋の作家みたいな人。
横の部屋に住む就職浪人で深夜でもおかまいなく「ウォー!!」と奇声をあげてたガ○キチ。
2部屋借りていたヤンキーファミリー。
深夜に原付スクーターを、ブーココ!ブーココ!と鳴らしながら帰ってきてた。
田嶋陽子に風貌も性格もそっくりな大家さん。
寝てても、ドアをガンガン叩いて家賃の取立てに来ていた。
そのすべては過去であり、ちっぽけな思い出だ。
思い出は壊されたアパートの更地が象徴するように、そういう類のものだ。
今、僕が生きているのはPCの前でキーボードをタイプしている現在(いま)だからだ。
田舎町に帰ってきて、近所のコンビニに寄った。
ドレッドヘアーの黒人が立ち読みしていた。
こいつが噂の地元にいるリアルアフリカンだろう。
なぜか愉快な気分になる。
そのドレッドアフリカンが今を生きているという象徴であるかのように感じた。
コンビニで雑誌を立ち読みしてるドレッドアフリカンなんて完璧に非日常だし。
過去は過ぎ去ったものであり、未来は永遠にまだ訪れぬもの。
唯一悔やまれるのは読んでいた雑誌が何なのかチェックしなかったことだ。
秋晴れの休日
昨日は快晴、秋晴れだった。
昼ごろ友達が来て、工房にて楽器つくりを手伝う。
ナイスでグルーヴィーな時間が流れる。
夕方、別の友達と映画を見に行く。
地元の街では映画祭をやっていた。
目的の映画の会場は公共施設の会議室。
パイプ椅子がならべられていて、しかも寒い。
客は20~30人てところだろうか。
閑散とした中映画が始まるが、字幕が出ないため2度の中断。
「この手作り感がいい!」
と最初は場の雰囲気を楽しんでいた。
しかし内容はイマイチ。
パイプ椅子のクッション性が悪くお尻も痛くなり、
ちょっとした拷問を受けた気分になり、ラーメンを帰りに食べて帰宅。
弟が彼女を紹介すると言ってきた。
緊張して、どこかに逃げ出したくなる。
人面犬みたいに「ほっといてくれよー」なんてセリフをぐっと飲み込み、
ご対面。
しかし、会ってみると気さくな感じの明るい子だったので安心した。
弟は堅気な感じで、ごく普通の爽やか好青年だけど、
片や兄貴は髪の毛バクハツの弟には頭の上がらない放蕩息子。
そんな兄弟を彼女はどう思ったのだろう・・・