流転
母校である大学へ行ってきた。
電車で近づくにつれて懐かしさがこみ上げる。
久々にくる大学はあのころと変わらない雰囲気だった。
場所場所にいろんな思い出があって、
仲の良かった友達たちを思い出したりする。
その後、車で4年間住んでいたアパートの前を通る。
近づいてきたときにかなりテンションが上がる。
コンクリート塀がなくなっていた。
そして、アパートもなくなり、更地になって車がいっぱい止まっていた。
4年間世話になっていたおんぼろアパート。
雨漏りしたり、キノコ生えたり、入り口の扉が壊れて窓から出入りしていた時期もあった。
家で友達と遊んだ思い出。
11~13人が一気に押しかけてきたときもあった。
座れずに立っている人もいたし、全く話したことない人もいた。
向かいの部屋の作家みたいな人。
横の部屋に住む就職浪人で深夜でもおかまいなく「ウォー!!」と奇声をあげてたガ○キチ。
2部屋借りていたヤンキーファミリー。
深夜に原付スクーターを、ブーココ!ブーココ!と鳴らしながら帰ってきてた。
田嶋陽子に風貌も性格もそっくりな大家さん。
寝てても、ドアをガンガン叩いて家賃の取立てに来ていた。
そのすべては過去であり、ちっぽけな思い出だ。
思い出は壊されたアパートの更地が象徴するように、そういう類のものだ。
今、僕が生きているのはPCの前でキーボードをタイプしている現在(いま)だからだ。
田舎町に帰ってきて、近所のコンビニに寄った。
ドレッドヘアーの黒人が立ち読みしていた。
こいつが噂の地元にいるリアルアフリカンだろう。
なぜか愉快な気分になる。
そのドレッドアフリカンが今を生きているという象徴であるかのように感じた。
コンビニで雑誌を立ち読みしてるドレッドアフリカンなんて完璧に非日常だし。
過去は過ぎ去ったものであり、未来は永遠にまだ訪れぬもの。
唯一悔やまれるのは読んでいた雑誌が何なのかチェックしなかったことだ。