具体的にどのような勉強をしたのかは、またいつかの機会に譲ることにする。



冬から春にかけては、会計事務所でバイトしながら、淡々と勉強していた。



4月上旬になると、Tacと大原の論文模試があり、まず初めに大原、一週間後にTacの模試があった。


既にそれぞれの模試の感想は、ブログで記載してあるが、戦略通り、租税法・企業法>財務会計・監査論>管理会計・統計学 の順で出来ていた。



大原の結果は、総合の得点比率が52、9と成績優秀者にあと一歩及ばなかったものの、とても嬉しくて涙が出そうになったのを覚えている。



長い長い道のりの中、初めて合格というゴールが見えた気がした。



1年前は恥ずかしながら総合得点比率が40を下回っていた。




それから考えれば、大した進歩だと思う。



翌週のTacの模試では、ある科目が成績優秀者に載ったものの、何故か大原のほうが嬉しかった笑



成長を実感すると、純粋に嬉しいし、勉強が楽しくなってくるものである。



模試の結果を知った頃は、既に本番まで3ヶ月近くになっており、この結果に甘んじることなく、さらに勉強時間を増やしていった。
論文初年度は総合得点比率が50だったので、次は2程度上積みすればいいのだが、確実に合格するためにも、余裕をもって計画する必要があった。




まず、私は何故落ちたのか考えた。




要因は二つ。





勉強不足とマインドの弱さだ。





直接的な原因は勉強不足ではあり、仕事で勉強時間がなかなか取れなかったのもあるが、マインドに弱点があったから、勉強を怠ってしまった。



今になって振り返って思うのだが、勝負事だったり成功する上では、本当にマインドが重要だなと改めて感じる。



それは、受かる前と後の自分の比較もそうだったが、実力はあっても落ちている人を見ても、そう感じてしまうことがあるからだ。



考え方であったり、イメージであったり、心の持ち様は、正直その効果に対して懐疑的であったのだが、今となってはその重要性を強く認識している。



メンタルについてまず取り組んだのは、自分は受かるとか大丈夫だとか、そういう甘い考えは一切捨てた。



そして、自分は落ちるかもしれないという暗示をかけて、常にプレッシャーをかけるようにした。




勉強不足の面は、フルタイムでは働かないことに決めた。


初年度は基本的に定時で上がれたりはしたが、それでも疲れてなかなか勉強出来なかったからだ。


金銭的な事情もあるため、アルバイトで週3日程度が望ましいと判断し、会計事務所を中心に求人を見つけた。




次に、科目ごとに今後どうやって勉強していくか方針を立てた。




そこで私は、各科目ごとの特性を考慮し、監査論でいうリスク評価をすることにした。




まず、以下のように六科目を四つに分類した。


勉強すれば安定して得点が見込める科目
租税法、財務会計、統計学、企業法


実務でよく使う科目
財務会計、監査論、租税法



苦手意識がある科目
財務会計、管理会計、統計学


得点の変動が激しい科目
監査論、管理会計


以上の四つの観点から科目を分類した結果、勉強すれば安定的に得点が取れる科目を最重視し、その他の要素を総合的に考慮した。



こうして論文試験の得点戦略は、以下のように固まった。



得点比率60以上:企業法、租税法
科目合格レベル:財務会計、監査論
平均以上:管理会計、統計学


租税法
不得意の人が多いし、得意にすれば大きなアドバンテージを得られる。論文科目なので、5月組は不利になる。この科目は全科目の中でも最も好きな科目であり、実務上重要な科目でもあるので、得点比率60以上は絶対に取るようにしたい。


企業法
実務ではあまり重要ではないが、定義や趣旨をきちんと暗記すればある程度の点数は安定的に取れるし、元々法学部だったので、好きな科目であり、法律科目は意地でも取りたかった。


財務会計
実務上、この科目が出来ないと話にならないし、他の科目より倍の得点がある科目で足は絶対に引っ張れない。ただ、計算が不得意で得点比率60以上は望めないが、科目合格レベルであったらなんとかいける。


監査論
財務や論文独自科目に勉強資源がいき、監査論を勉強する時間があまり取れなくなるが、そもそも抽象的で実務的な科目であり、苦手な人が多い。財務と同様、実務で重要な科目であり、暗記科目ではあったが、好きな科目だった。だが、この科目の難点は得点の変動が大きいことだ。自分の出来の感触と実際の採点の乖離が激しく、これを最重要視に勉強するにはリスクが大きかった。科目合格レベルまではいくようにすることにした。


管理会計
財務や論文独自科目に勉強資源がいき、管理会計を勉強する時間があまりとれなくなる。おそらく、論文科目の中で最も難易度が高く、リスクが高い科目だ。苦手にしている人も多い。ここで多少失敗しても、財務で挽回すればいい。最低でも平均以上は取るようにしたい。


統計学

完全に理解が試される試験であり、ある程度勉強すれば少しのメンテナンスで実力が維持できる科目である。初年度にある程度理解が進んでいたため、勉強時間は全科目中最小限に抑え、その時間を苦手な財務に充てることにした。得点比率は平均以上取れれば充分だと判断した。




仮に本試験で致命傷を負ったとしても、耐えられる得点を取れるように、総合得点比率は55以上を現実的な目標に考え、論文二回目の勉強が始まった。

試験後一週間は、疲労と頭痛で殆ど横になっていた。




三日間の緊張と疲労は想像以上だった。




疲労が回復した後、監査法人で説明会があり、あまり参加する気はなかったのだが、来年にも役立つと思い、三大の監査法人は各一回ぐらいは参加した。




私は既に不合格を見込んでいたため、その後はすぐに別の行動に移すことにした。




10月からの仕事を見つけるため、9月は新しいバイトを探した。




会計事務所を探したのだが、未経験は面接すら受けさせて貰えず苦戦した。



だが、なんとか面接を通過できた事務所が一つあり、縁があってそこで働くことになった。




監査法人の説明会、バイトや旅行をしてるうちにあっという間に合格発表を迎えた。




合格発表はネットでは9時半からわかるが、自分では不合格だと分かりきっていたのに、30分経っても開くことが出来なかった。



財務会計や企業法は悪くなかったし、もしかしたら合格してるかも。




淡い期待を抱いてしまい、かなり緊張してしまった。






しかし、結果は不合格。






結局、自分の番号は見つからなかった。






会計士試験を諦めようか。






ふと頭よぎった。





既に勉強開始から2年半近くになっており、精神的にもきつかった。




5月短答に落ちたときから1年頑張ってみたが、結局成果は出なかった。




来年だって受かる保証はない。




撤退なら今か?




しかし。





しかし。。




ここで諦めたら、本当に失敗ばかりの人生になってしまう。






だが、まだ二十代半ばだし、景気は回復してるし、就職するなら撤退は今がチャンスではないか?




撤退か継続か大変迷ったが、ある一つの通知が決断を後押しした。



論文の成績が返ってきたのだ。




総合得点比率は50。




財務会計は約53で、合格基準を超えている。





思ったより悪くなかった。




これなら次回はいけるのではないか。




成績表が私の背中を後押しし、継続を決意した。




受験勉強を再開する前に、私は戦略を考えることにした。





絶対合格するための戦略を。


こうして全然勉強が完成しないまま、前日を迎えた。



流石にこのままでは受からないと思っていた。



ホテルで前泊したのだが、緊張して深夜3時ごろまで眠れなったと思う。




だが、いつの間にか眠ることができ、睡眠自体は3時間ほど確保できた。




迎えた本番当日。




各科目の感想は、既に過去のブログでも書いたが、改めてまとめると、




監査論は、確認など予備校の予想が当たり、終わった直後は得点比率55はいったのではないかと思っていたのだが、監査報告書の意義など、基本的な論点にもかかわらず、正確な意義が書けなかったりしたり、勉強不足が早速露呈した科目だった。




租税法は、理論が壊滅的に出来なかった。計算は消費税がほぼ全滅で、わりとよく出来たのは所得税法のみだった。




管理会計は、第2問が本当によくわからず、全滅に近い状態だった。第1問のABCの計算が簡単で、小問4までは完璧に出来たぐらいだった。



財務会計だけは、理論と計算ともそこそこできた。惜しむらくは、計算の総合問題でもう少し点を稼げたのではないかと心残りが残った。



企業法は、まさかの社債管理者が出たが、他の受験生も出来ないと思うから気にしていなかったが、第1問を93条類推適用で書いてしまい、失敗してしまった。どれくらいの致命傷になるか未知数だった。



統計学は、思ったよりは出来たが、平均よりはやや下回るくらいか。得点比率50弱いけば上等だと思っていたので、自分的には健闘できた。



終わった直後はもしかしたらいけるかも、と若干の希望を抱いていたが、自己採点してみると、すぐにその希望は消え去った。




管理会計、租税法、統計学が特に足を引っ張ったからだ。





科目の足切りはないと思ったが、合格可能性はほとんどないと見込んだ。





他の財務会計や企業法、監査論は、上記3つのマイナスを補えるだけの点数はなかった。





後悔してもしきれない、第一回目の論文式試験は、こうして終わった。

5月に仕事が終わり、6月から勉強に専念出来る環境が整ったのだが、すぐにはエンジンがかからなかった。



だが、直前答練がすぐに始まり、勉強のペースを戻すことが出来た。



それからは答練の日々。



答練を解いては解説講義を聴く毎日を過ごした。



アウトプットを重視したため、実力は上がっていった。



7月の論文模試は、得点比率を40の後半まで伸ばすことができた。



それでも合格基準までには全然至らなかった。



Tacの全答の成績を見たときは、本当に今年は諦めようかと思った。




今年は手を緩め、来年で確実に受かるようにするか?




いや、それは単なる逃げであり、とにかく全力で本番まで過ごすことが大事だ。



仮に今年落ちたとしても、来年に繋げられる落ち方をしようと誓った。




そして、以前のブログで書いたが、7月下旬は後悔ばかりしていた。



何故、自分は今まで勉強を怠ってきたのだろう。




何故、統計学を選択したのか。




失った時間は二度と取り戻すことはできないのに、このような不毛な自問を繰り返しながら、さらに時間が過ぎていった。



結局、受かるための戦略が欠けていたのだ。



合格するためのマインドも足りなかった。




このことに気付いたのは、半年後であったが、当時は毎日が必死だった。



だが、既に諦めかけていた受験生で、この生活から逃げ出したい、とも思っていた。




最後まで諦めずに合格まで辿りつく人が本当に尊敬できる。




私はもう一度、原点から考えることをした。




何故、公認会計士試験に挑戦したのか?




答えは、即答だった。




自分を奮い立たせ、最後の二週間はふっきれた。





あっという間に本番を迎えた。
冬から春にかけて、仕事でなかなか勉強できなかったのもあるが、時間があるときでもあまりやっていなかった。



高い合格率と問題の相性が良かった運も忘れ、12月短答合格で慢心していたのだ。




論文は受かるだろう、と。



過去何度も失敗してきたはずなのに、また同じ過ちを犯そうとしていた。




だがさすがに選択科目は、少しずつやっていた。




大学で専攻したことがないにもかかわらず、私の選択科目は統計学だったからだ。




統計学の勉強を開始したのが春からであり、初めて学ぶ概念だらけで理解するのにかなり苦戦した。



あっという間に4月の全国模試を受けることになったが、当然成績は悪かった。




総合得点比率は40そこそこで、足切りを連発していた。




それだけでもかなりやばかったのに、統計学は34ぐらいだった。



たしか最下位だった気がする。




しかし、これから追い上げていけば受かるだろうと思っていた。




5月のゴールデンウィークはほとんど統計学に費やした。




統計学以外の科目は本当に満足に勉強ができていなかった。



5月までに仕事が終わるし、6月以降は専念できると思っていたのが、ようやく5月頃になって気づいたことがあった。



自分の置かれていた状況は、実質的に5月短答合格者と同等ではないか・・?



いや、5月短答合格者は、最近まで必死に勉強していたのに対し、自分はほとんど勉強出来ていなかったので、5月組より酷いのでは。。




少しずつ不安が増し、焦りがようやく出てきた頃には直前答練の時期を迎えていた。
マーク式であるにもかかわらず、発表は大体試験日より一ヶ月以上かかる。



発表は1月中旬だった。




当日は出張先にいた。



流石に自己採点で4%ボーダーより上回っていても、落ち着かなかった。




前回のマークミスもある。





仕事をしながらで結果を見れなかったので、出張先のトイレで合格を確認した。




まずは大方の予想通り、ボーダーが70%であった。




合格者は1003名。




そして、無事に自分の番号を見つけることができた。




3回目にして短答を突破した。





10年間、失いかけていた自信をようやく取り戻すことができた。





これで、ようやく論文の勉強をすることができる。




12月短答合格者は、論文の合格率が最も高いことで有名である。



5月短答組より論文の勉強を長くできるし、過年度合格者よりも計算力が高いからだ。




この事実を知っていただけに今年の論文はいける、と思った。




一気に将来に希望が見えたし、これなら2年で合格できそうだ。




とりあえず冬の間は休んで、春から勉強を本格的にしていこう。




そうした漠然とした計画を抱きながら、次の論文試験に向けて勉強することになった。
会場は三回連続となった明治大学である。




建物は一回目の短答と一緒だった。




試験が始まって、企業法の問題用紙を見たとき、かなり驚いたのを覚えている。




おそらく、全国の受験生も動揺したことだろう。




問題数がいつもより少ないのである。




そのため、一問あたりの配点が高くなっていた。





問題用紙を開いたら、選択肢が5択ではなく、6択となった。





初めて企業法が6択となった回であった。





この回以降、選択肢は6択になっているようである。





しかし、企業法の難易度はいつも通りに感じた。






感触では、8割はいった感じだったと思う。




次の科目は、管理会計と監査論である。




これらの科目も問題数がいつもより少なく、6択となっていた。



しかし、監査論はその分易しかった。



管理会計も解きやすい。




私は試験中、初めて短答の合格を確信した。




財務会計論もまずまずの手応えであった。





終わった後は、翌日に出張があったので、前泊するためにホテルへ向かった。





カプセルホテルだったため、短答の自己採点は、狭いカプセルの中でした。




自信があった企業法から採点したのだが、最初から雲行きが怪しくなった。



64点だったからである。





頭が固まってしまった。






やはり今回も駄目か。。





8割近く得点出来たと思っていただけに、これにはショックだった。





不合格がよぎった。




しかし、次の監査論から逆転が始まった。




88点・・!!!




初めて9割近くの点数を叩き出した。





真夜中であったが、企業法の点数が低かった分、最高に嬉しかった。





管理会計




71点



監査論と同様、過去最高の点数を取った。




財務会計




144点



初めて個別の総合問題で満点をとった。



これも自己最高である。



総合は、73、8%。




マークミスさえなければ、間違いなく合格である。




ようやく3回目にして、短答を突破出来ることになった。


12月の短答に向けて、確か8月下旬ごろから徐々に勉強を開始していったと思う。




今回は前回の反省を踏まえ、短答に特化した勉強をした。




3回目の受験であったが、まだまだ知らない論点があり、会計士試験は奥が深いことを思い知った。




10月頃からフルタイムの仕事をしたのだが、想像以上に受験勉強の並行がきつかった。



体力的にきついし、仕事が終わった後は頭が働かない。




平日はほとんど勉強出来なかったし、土曜の午前も疲れて、実質的に一週間で勉強出来たのは、1日半だった。




受験生活の中で、最も苦しい時期の一つだった。




毎夜シャワーを浴びながら、以下のことを思っていた。




何故、自分は会計士試験を続けているんだろう。




だが、既卒となってしまった自分にはこの試験しか残されていない。




しかし、勉強を辞めて、公務員になる道だってあったじゃないか。。




いつまでこの辛い時間が続くのか?




早く試験に受かりたいが、全然勉強が出来ていないし、今回も駄目かも。。




そうした葛藤が、毎夜続いた。





また、孤独の期間が長く、学生時代の友人とも疎遠になっていくのは精神面できつかった。




だが、短答模試をきっかけに受験仲間と知り合うことができた。




幸い同じ年に合格し、同期として今でも彼らとはよく会う。




受験生活で得た知識も財産であるが、こうして出会った仲間は一生の財産になっている。




話は戻るが、試験の1ヶ月前は流石にこのままでは受からないと覚悟した。




直前の短答模試は、300点そこそこであり、5月短答よりあまり進歩はしていない。



今回駄目でも、せめて次に繋げられる試験にしよう。





不安を抱え、5月短答も見据えながら、試験会場へ向かった。


5月短答に失敗し、途方にくれていたが、いつまでもくよくよしてられない。



まず、受験生を継続するか考えた。




この答えはわりとすぐに出た。





継続を選んだ。





ここまで来たのだから、諦めるのは勿体無い。



今まで費やしてきたコストや時間が全て無駄になってしまう。




もう1年頑張り、来年駄目だったら諦めよう。



たかだか1年目で、5月短答がプレッシャーに思っていることがそもそも間違いなのだ。



受験期間が長い先輩に失礼である。




また、ここで諦めてしまうと、さらに失敗を積み重ねてしまい、本当に何も成し遂げなくなってしまう。



そんな人生は嫌だった。




そこで、万が一会計士受験を失敗した場合の保険をかけることにした。



少し保険が多いかもしれないが、備えあれば憂いなし、ということで、公務員試験、税理士試験、民間の就職活動を考えた。




国税専門官は、受かれば3年間名簿に残り、会計士試験と共通する科目があるため、受ける分に負担は少ない、ということで受験することにした。




税理士試験は、簿記論、財務諸表論を受けることにした。



2科目あれば、会計事務所に就職しやすいと判断したためだ。



民間の就活もすることにした。



既に資金が底を尽きており、また、何かしらの実務経験が欲しかったので、就職活動をした。



国税専門官は無事2次試験を突破し、合格者名簿に残すことができた。


税理士試験は、どちらも失敗に終わった。対策があまり出来なかったのもあったが、難しい試験だった。



民間の就活は短期間の契約ではあったが、初めてのフルタイムの勤務の内定を得た。




三本の矢の戦略は、まずまずの結果だったと思う。



これで会計士試験に失敗しても、最悪でも公務員になれる。




こうして、後顧の憂いを無くし、仕事をしながらではあったが、12月短答に向けて、勉強を再開することになった。