今日の日本株は急落でした。その理由はいくつかありますが最も大きい理由のひとつが、先週末に植田日銀総裁が来月の会合での政策金利利上げをほのめかすような発言をした事です。政策金利の利上げがダイレクトに景気を痛めつけるのは昨日書いた通りです。今日の株価急落は私から言わせれば「植田ショック」です。
さて、全3回にわたって書いてきた金利の話も、今回が最終回です。
皆様ついて来て下さっているでしょうか?
まずは前回の内容をさらっとおさらいします。世の中には様々な金利がありますがその中でも「政策金利」が特に重要で、他では長期金利(ここでは日本国債10年物の金利)もかなり重要。政策金利は中央銀行(日銀)が自由に決める事ができるのに対し、長期金利は市場で決まる…という話でした。
しかし実は、日本ではここ最近まで上記の原則に当てはまらない金融政策がとられてきました。それがイールドカーブ・コントロール(YCC)という政策です。このYCCというのがどういった金融政策なのかというのを詳しく解説しているとやっぱり長くなるので割愛しますが、簡単に言うとYCCとは日銀が意図的に長期金利を低く抑える事を目的とした政策です。長期金利は本来市場で決まるのですが、当時の日銀はそういった従来の常識に捉われず、長期金利も政策金利のように意図的にコントロールしようとしたのです。
YCCによって日銀が定めた長期金利の上限の変遷は以下の通りです。
16年9月…YCC導入
16年9月~21年3月…長期金利の誘導目標は0%前後
21年3月~22年12月…長期金利の上限は0.25%
22年12月~23年7月…長期金利の上限は0.5%
23年7月~24年3月…長期金利の上限は1%
24年3月…YCC撤廃
これを踏まえて、長期金利の10年チャートをもう1度見てみましょう。
長期金利 10年チャート
チャートをを見ると2016年頃から現在にかけて長期金利はずっと上昇傾向ですが、それは当然です。何故ならこの間、YCCによる長期金利の上限金利が少しずつ引き上げられてきたからです。16年9月~21年3月の間は、日銀は長期金利を0%程度に抑え込もうとしていました。だからこの期間の長期金利は当然ながら0%前後ないしはそれより低い水準を推移します。21年3月~22年12月の間は長期金利の上限が0.25%なので実際の長期金利も0.25%より少し低い水準を推移し、上限金利が0.5%に引き上げられた22年12月~23年7月は0.5%より少し低い値で推移しています。つまりYCC導入期間は、長期金利はずっと日銀が定めた上限金利に沿って動いていただけだという事が分かります。つまりこの期間におけるチャートなど、実は全く意味の無いものなのです。
なぜ日銀が従来の常識を破ってまで長期金利を意図的にコントロールする(引く抑え込む)という金融政策をとったのか、それは言うまでもなく「日本の景気を良くしたいから」です。金利が低い方が景気が良くなるというのはこれまで散々述べてきました。本来なら政策金利を引き下げて景気の底上げを促すというのが常道の策なのですが、当時の黒田日銀総裁はそれだけでは足りないと考え、長期金利も低く抑えるという手法を取り入れたのです。実際にYCCで長期金利が0%~0.5%に抑えられていた頃には、もしYCCが撤廃されれば長期金利はすぐに上がるだろうと言われていました。それが何%まで上がるのかは分かりませんが、少なくともYCCによって長期金利が「市場で決まる本来の水準」よりかなり低く抑え込まれていたのは紛れもない事実です。
長期金利が低く抑え込まれているという状況は景気にとってプラスであり、また株価にとってもプラスです。もちろん株価は金利だけで決まる訳ではありませんが、YCCで長期金利が低く抑え込まれている時期の企業業績は軒並み好調で、株価も基本的には右肩上がりでした。
ですが、YCCは先ほど見たように少しずつ上限金利が引き上げられ、そして先日、植田総裁の手によって撤廃されました。なぜ上限金利が少しずつ引き上げられて最終的に撤廃に到ったのか…の理由も本当に色々とあるのですが、理由の1つとしては曲がりなりにも日本の経済状況が多少良くなったから、という事があります。私たち一般庶民からすると景気回復の実感など皆無ですが、様々な指標で見ると日本経済はリーマンショック後の最悪期に比べれば多少は立ち直っており、特に企業業績は絶好調と言うべきレベルになっています。YCCが撤廃へと向かっていった背景には、経済状況がある程度回復しているというのが確認されたからという面があるのです。
以上を踏まえて、この10年弱の間に日本の長期金利と日経平均株価が共に上昇していったカラクリをシンプルに説明すると次のようになります。
2016年9月のYCC導入によって長期金利が0%程度に固定された
↓
その低金利効果もあって企業業績は向上し株価が上がった
↓
株価が上がった(経済状況が良くなった)から日銀は長期金利を0.25%に上げた
↓
とはいえ長期金利はまだ本来の水準よりはかなり低いので株価はさらに上がる
↓
株価が上がった(経済状況が良くなったから)日銀は長期金利を0.5%に上げた
↓
しかしまだ本来の水準よりは低金利なので株価は上がる……以下繰り返し
というサイクルだったというのがここ数年の日本の実情です。長期金利の上昇が株価を上昇させた訳ではありません。そもそも長期金利はずっと低金利であり、日銀が経済状況の回復を確認しながら低金利状態の範疇で少しずつ上げてきただけです。
ただし、もうYCCは撤廃されてしまったので今後は長期金利がどこまで上がるかは分かりません。まあ現状は政策金利がゼロなのでこれを無視して長期金利がだけが単独で上がるような事態は考えづらいですが、もし日銀が政策金利の利上げに踏み切ってそれを加速させていけば、同時に長期金利の上昇も加速し、あっという間に景気を痛めつけるような高金利になってしまう可能性だってあります。なので今後は、長期金利の動向にはとても注意が必要なのです。
最後に、米国の長期金利とダウ平均株価それぞれの2年チャートを載せておきます。株価というのは将来を見越して動く上に金利と違って長期的には右肩上がりになるので注意して検証しないと比較は難しいのですが、長期金利の上昇が見られた22年の8~9月頃や23年の8~10月頃にダウは下落し、その後長期金利の頭打ちを確認するようにして上昇に転じています。また、昨秋からダウが力強い動きを見せている最大の理由は「近い将来金利が下がるだろう」という予測であり、ここ最近また下落したりしている最大の理由も「やっぱり金利低下が遠のきそうだ…」という予測からです。金利は本当に重要なのです。
米国長期金利 2年チャート
ダウ 2年チャート
以上、3回にわたって長編で金利の話を書いてきました。ここまで読んで下さって本当にありがとうございます。
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