この缶珈琲の広告戦略が面白い。新旧問わず週刊少年ジャンプを登場させているんだけれど、僕ら世代がグッとくるようなキャラクターも起用している。僕にとっては断然「ストップ!ひばりくん」でしょう。江口寿史のマンガではダントツで好き。当時は凄く過激な設定に感じたものなんだけれど、このご時世となると意外とそうでもなかったりして…。ある種、時代を先取りしていましたよね。ファッションとか僕が憧れたものがみんな入っているし。またこういう時代来ないかなぁ(^^;)。今、一番時代の闇にあるところだよね。

学園祭のバンド演奏シーンで、ひばりくんが一風堂の「ブラウン管の告白」を歌っているのが印象に残っています(^^;)。

今夜はBUGY CRAXONEを観に渋谷オーウェストに行ってきました。
http://www.bugycraxone.com/
オーウェスト自体が凄く久々だったのだけれど、良いライヴハウスなんだなぁと今更再認識。6月の終わりには9dwのイヴェントでまた来ることになるのだけれど楽しみ。BUGY CRRAXONEは現在、鈴木由紀子(vo,g)、笈川司(g)、旭司(b)、モンチ(ds)の4人組。札幌市出身で1997年5月結成、1999年にビクターエンタテインメントよりメジャーデビューというから、来年で結成10周年なんですね。2007年からは怒髪天主催のレーベル「Northern Blossom Records」に移籍しており、もうじき最新アルバム『Hello, Punk Lovers』がリリースされるんですが、これがレッド・ゾーン振り切りっぱなしのパンキッシュでちょっとニューウェーヴィなロックのオンパレードで素晴らしい。端正なルックスからは想像つかない鈴木由紀子の激しいシャウトの魅力が満載です。

今夜のライヴはブリブリのリッケンバッカー・ベースのリフがトレードマークの「COME ON」でスタート。もう乗っけから激しいです。フルスピードで暴走していくようなアグレッシヴなステージングを展開して、フェイントのエンディングを何回も連発。この後どこに行くのかな?なんて思いめぐる暇もなく「FAST」ヘ。「WHY NOT?」では鈴木由紀子の弾くサイレンのようなイントロ・リフで大歓声。ライヴでは人気曲のひとつのようですね。しかも彼女、このリフをほとんど全編弾きっぱなしで歌うという。僕が好きなのはその次に演奏された「GOOD DAY」。小気味良いグレッチ・ギターのカッティングに、鈴木由紀子のシャキシャキのムスタング・ギターのストロークが混ざって世界観を発展させていくんですが、メロディも非常にポップ・センスに富んでいて良い。頭の曲では歌詞が聴きとりづらかったんですが、この辺から出音のバランスも良くなっていました。

続いては『Hello, Punk Lovers』に収録される「Oh Yeah」を披露。何回「Oh Yeah」って歌っているんだろう? 否が応にも盛り上がり必死のアップ・チューン。Aメロのグレッチ・ギターのハーモニクス・リフが良い。笈川司さんのエフェクターの切り替えまではチェックしきれなかったけれど、空間系やハンドメイド系の歪類などかなり個性的な趣味のようでした。というか、現在生産されていないエフェクターを並べていたりとかエフェクター・マニアなのかな? 今夜のハイライトになっていたのは「WATCH YOUR STEP」。Bメロではハンドクラップだけをバックに歌う構成であり、ここでみんなで手拍子するのがお約束になっているようですね。剛球ビート路線はここからノンストップで、「DA DA DA」「I Scream」と絶頂を迎えたまんま走りきります。いやぁ、凄い。全9曲だったけれどかなりあっという間感がありました。

個人的にエラスティカなんかを思い起こさせる、ニューウェーヴィさとパンキッシュさと実験性を感じたんだけれどその辺どうなんだろう? モデル並みに綺麗なルックスの鈴木由紀子さん、物凄いテンション感ながらクールでカッコ良い。ステージではまったく笑わないのだけれど、きっとオフステージではチャーミングだったりするんだろうなぁ、とか思ったり。どうなんでしょうね?

ブログネタ:失恋の傷の癒し方 参加中

失恋を描いた映画なんて数えきれないほどあると思うのだけれど、現在進行形の失恋とそれを受け入れて行く様子を執拗なまでに描いた映画となるとちょっと特殊だ。そしてその特殊な映画と言えるのが「落下する夕方」。
http://www.nifty.com/cinelier/list/200705/03.html
江國香織の原作は読んでない。だから僕はただ映画を観ただけ。当然、作品に思い入れがあって観たわけではなくて、だいすきな原田知世ちゃんが主役だからっていうただそれだけ。銀座まで舞台挨拶も観に行ったもんなぁ。でも結果としてこの映画は良かったと思う。だから原作は読みたくない(笑)。基本的に苦悩しつつもクールでいる知世ちゃんが(役名忘れちゃったから)、ある瞬間に凄い取り乱したりしてね、そのコントラストが非常に印象的だった。淡い色合いながらもしっかりと血に浸透していくような描写というか、合津直枝という女性監督がゆえの構成だった気がする。

僕の中では失恋のツラさっていうのはもう何年も味わっていなくて、記憶から薄れていこうとしているのだ。それは幸せなことなのかもしれないけれど、他方ではそこまで恋愛になんて期待していないというか、凄く現実趣向なのかもしれないし。単純に人間らしくないんだろうとも思う。たいてい僕が責められるのはそういうことだ。でもどうしたらいいかわからない。いろいろ考えざるえないことが押し寄せてきたときに、僕は感情のスイッチを冷静にオフにしてやり過ごすのだけれど、きっとそんなに都合よく考えたり、振る舞えるひとなんて特に女性にはいないんだと思う。なのに、「落下する夕方」はわりと冷静だ。知世ちゃんのひとつひとつの何気ない仕草にいろんな意味がこめられていて、あとは風景描写なんかも見事に心象表現とマッチさせていたり、また、あえて真逆に照らし合わせていたりもしたけれど、もの凄い静かなイメージが観終わった後に残る。時間をかけて彼女は傷ついていくし、最後にそれが薄れて新しい気持ちに着替えるのかな?と思いきや、思いがけない不条理が訪れて永遠に終われない妙な結末が待ち受けているのだ。

大切なことってそう簡単には忘れられないし、失えないし、受け入れられない。僕は体質的にアルコールも駄目だから飲んだくれることもできない。何があろうと毎日の暮らしを繰り返すしかないわけで、恋人がいなくなろうが、妻が出て行こうが、ただそこに生ずる感情にうまく蓋をすることしかできない。それだけでもずいぶんマシだろうけれど当然何も解決しない。別れた恋人とはまったく連絡をとらないし、友達にもなれない。そこは「落下する夕方」とは違うところだ。僕の場合、徐々に傷を癒していくなんてことはせずに、ぶっつりと止めるというか、中断させてそのまんまっていうね。ゆえに、何処かでばったりと逢えばまたそこからやり直せそうな錯覚にも陥るけれど、時間っていうのはそんな単純なものではないわけで、結局僕は孤独なんだなって認識する。でも、それでいいとも思っている。

所詮、永遠に片想いの詩を綴っているのが性に合っているんだろうな。一方的な想いならばいくらでも美しく描けるから。

ブログネタ:自殺について考える 参加中

誰彼何度かは死にたいとは思うもの。でもなかなか死ねるものじゃないし、自殺できる勇気があるひとっていうのはたいしたもんだと思う。と同時に、もう精神錯乱状態でそういう状況に陥っているひともいるんだと思う。なかなかそのひとの立場にたって考えるというのは易しくない。僕なんかは「なんで死ぬんだろう、その勇気があれば…」とか思っちゃうひとだから特に。個人的に宗教に興味持てない理由のひとつに「あの世」の感覚っていうのがわからないっていうのもある。「あの世」なんてないっていうのが僕の考え方で、いずれにしろこの世だけで勝負するしかない。生きるっていう意味では一度しかチャンスがないんだっていう。まずこれが僕の考え方。

だいたい僕らはラッキーなんだよ。そりゃ僕らが想像を絶するような不幸な状況の方はいっぱいいらっしゃるわけで、例えば日本に生まれているだけでもかなり幸運の持ち主だとも思う。四川で瓦礫の下敷きになった母体から産まれてはすぐ死に絶える命もあるわけで、そういう状況にいないだけでも幸運に感謝しなきゃいけない。けれど、そういうことひとつひとつがまったく判断できるような精神状況がなくなった際に、自らの意志を知らずのうちに絶つ状況っていうものを制止できるのか? それは難しい。自殺マニュアルでも自殺サイトでもさ、命を絶つことに救いを見いだしている連中に、いったいどんな救いの手を差し伸べることができるんだろう? 見ず知らずの自殺志願者が集まって一緒に死んで行くという様はかなり僕の理解を超えている。

とはいえ、僕にも何度かヘヴィな精神状況だったことがあって、今から振り返ると本当お恥ずかしいことばかりで振り返りたくないけれど、それでも当時は追いつめられていたから。彼らの気持ちがわかるとは言えないし、思わないけれど、そういう状況にいると冷静な判断ができないっていうのは体感しているところもあってね。で、結局そういうときに何が救いになったのかというと、凄くありがちな解答なんでしょうけれども、音楽だったり文学だったり映画だったりってことだった。僕自身がそうだったから、そういったものから救いを得られることは多分にあると思う。別にそれが宗教であってもそいつが幸せなら構わないんだろうし(他人様に迷惑をかけなければね)、もし本気に死ぬかどうかの瀬戸際にいる奴から相談を受けたならば(幸いにもそういう機会はありませんが)、それこそ死ぬほどヘヴィな音楽や文学や映画を紹介してやりたい。例えばこんなもの。

Don't trust anyone over Thirty/ムーンライダーズ
鈴木博文・作詩 E.D.MORRISON・作曲

昨日の朝 トーストを食べて/子供に言った パパは帰らないよ/外は寒く 吐く息は白いよ/いつか贈るよ小さな手袋/きみはわがままをそれで包み込め/一生今のパパの気持ちが/解らなくてもいいから/昨日の夜 ちょっとしたバーで/彼女に言った ぼくはいなくなるよ/そして冬は 瞳に流れた/彼女の夕暮れは いつでもブーツに/涙をあふれさせてやって来た/ぼくは けものみたいにやさしく/今まで抱きしめていたつもりさ/Don't trust anyone over 30 憎むよりも先に/Don't trust anyone over 30 悲しむよりも先に Don't trust anyone over 30 怒りよりも先に/Don't trust anyone over 30 嘆くよりも先に/おとといの夜 行為を終えて/女房に言った きみを愛してる マイ・ラブ/だから ぼくの好きにさせてくれ/冬の海まで車をとばして/24時間 砂を食べていたい/長い線路をひとり歩いて/そっと枕木に腰をおろしたい/Don't trust anyone over 30 憎むよりも先に/Don't trust anyone over 30 悲しむよりも先に/Don't trust anyone over 30 怒りよりも先に/Don't trust anyone over 30 嘆くよりも先に

僕がムーンライダーズを聴きだしたのは野田幹子経由で、当時は活動休止中だった。いわゆる後聴きしていったわけだけれど、当時の最新アルバムが『Don't Trust Over Thirty』。当時は今と違って情報が少ない。野田幹子のような地中海ポップ・サウンドが聴けるのかと期待して聴いてみれば、理解不能な精神破綻ロックばっかりで最初はまったく理解できなかった。何処まで本気かもわからなかった。けれど、この曲の歌詞に関しては妙なリアリティを感じたんです。当時高校生くらいで親の心情なんてわかるわけないんだけれどね。そしてそのリアリティって、あれから20年近く経ってもあんまり変わらないどころか、より鮮明さを増しているのだから恐ろしい。ほかにも「バックシート」「鬼火」「悲しいしらせ」「ただ僕がいる」etc...ムーンライダーズの曲ってそんなんばっかり(^^;)。応用編で大滝詠一「名月赤坂マンション」っていうのもありますけれど、その辺を聴きだす頃にはレコード・ジャンキーっていう生き甲斐を見いだせていることでしょう。

以前、オジー・オズボーンやマリリン・マンソンの曲が契機で自殺で云々っていう事件もありましたけれど、あんなことはとんでもない話で、結果的に彼らは命を絶ってしまったのかもしれませんが、オジー・オズボーンやマリリン・マンソンを聴いてどれだけ救いになったのかわからない。たとえ一瞬だったとしてもね。アートっていうものはそういうもんなんです。自殺を促したくて歌を作っているロッカーなんていないよ。アリス・クーパーにそんなことを言ったら怒られるぞ。アートは凶器にはなりえないし遺書にはならない。そうと見せかけるものがあるとするならば、僕らはその奥底に込められたメッセージを読み出す努力をするべきだし、そこには感動的な何かがある。どうでしょうか? 死んでしまう前にそういうメッセージを読み解いてみませんか? 死ぬのはいつだって死ねるんだからさ、急ぐことはないでしょう。

遺書ではないけれど、死に直面したがゆえの壮絶な作品で浮かぶのは正岡子規の「仰臥漫録」。生きたくても生きられなかったひとの苦しみ、痛み、恨み、真摯さに触れる勇気があるならばご一読オススメします。

って歌っていたのは尾崎豊だっけ? 今は100円で缶ジュースなんてなかなか買えないもんな。環七沿いの中原街道手前に安い販売機があってよく利用するけれど、そういうのって探さないとない。

マクドナルドの100円コーヒーが美味しく生まれ変わったそうで配布していたよ。ラッキー。今まで軽視して飲まなかったんですが、意外とまぁいいかと思える味。100円のコストパフォーマンスと考えたら、企業努力を感じるよ。コーヒー豆も高騰しているから。

とはいえ、わざわざマクドナルドに並んで100円コーヒーを買う気にはならないが…。ブラック党としてはもうちょい濃いといいんだけれどなぁ(^^;)。

今日は午後にヤムヤムオレンジの取材をして(KUMIちゃん、相変わらずギザカワユス)、その後は石橋英子さんの撮影。この後、石橋英子さん、山本精一さん、鈴木慶一さんのライヴ!楽しみ~(^^)。先ほど久しぶりに架空楽団の黒瀬先生にもお会いできました。夏のアニバーサリー・ライヴは行かなきゃね!

開演前に腹ごしらえ。話題の麻婆カレー食べましたがなかなか。麻婆とカレーを混ぜて、麻婆に軍配が上がったような味でしたね。時間ないときにさっと食べるには助かります。
ブログネタ:何人の人を同時に好きになれる? 参加中

AXIA~かなしいことり~  銀色夏生・作詩・作曲
ごめんね 今までだまってて 本当は彼がいたことを/言いかけて言えなかったの 二度と逢えなくなりそうで・・・/すずしい夜明けの青い海辺で あなたは子供みたいね/私はぼんやり遠くを見てた ふたりはかなしいことりね・・・/ごめんね 今までだまってて 本当は彼がいたことを/でもあなたと同じあの時に 私も恋に落ちたのよ・・・/今ではあなたを好きだけど 彼とは別れられない/それでもあなたを忘れない ふたりは迷ったことりね・・・/打ち寄せる波から逃げて あなたの腕に抱きついたのに/なぜ見つめたら目をそらすの いつものようにふざけていて・・・/いつまでも こうしていたいけど 帰れないけど帰るわね/これから誰を愛しても ふたりは胸が痛いのね/ごめんね 今までだまってて 本当は彼がいたことを/でもあなたと同じあの時に 私も恋に落ちたのよ・・・/優しい言葉とため息で そっと私を責めないで・・・/優しい言葉とため息で そっと私を責めないで・・・

異常なまでにせつないこの曲が斉藤由貴のデビュー・シングルです。「卒業」じゃないんだよね。斉藤由貴はとりわけ歌手として大好きなんですが「AXIA」は完全に後聴きなんです。というのも、当時はAXIAといったらカセットテープのブランド名なわけで、タイアップだから当たり前だとはいえ、なんかタイアップ・ソングみたいなのに抵抗があって聴かないようにしていました。当時斉藤由貴のカセット・インデックスとか配られていて集めたなぁ。多分今でも机の引き出しの奥にありそうです。レタリング・シートとか(笑)。エアチェック&オリジナル・カセット作りが当時の楽しみでした。愛読雑誌はそう、FMステーション。写真が全部カセットテープ・サイズだったからね。

ところで後聴きながら衝撃受けたこの曲。印象的なシンセのメロディも良いんですが、作詩のみならず作曲も銀色夏生っていうのにまず驚きました。あの斉藤由貴の舌足らずな純朴な歌い方を何処まで意識したのかはわからないけれど、“いつまでも こうしていたいけど 帰れないけど帰るわね”“これから誰を愛しても ふたりは胸が痛いのね”とかあえて稚拙な表現を混ぜているのがもの凄いリアリティを醸し出しているんです。そのくせ末尾を「え」「お」音でまとめていたり、むちゃくちゃシステマティックに編まれた完成度の高い歌詩なんです! 相当時間がかかったんじゃないかな? 「時間がかかった」とは夏生さん、言わないだろうけれど、彼女自身にも何か特別な事件があったからこそ生まれた特別な歌なんじゃないかな。僕にはそう思えます。もの凄い感情移入できちゃうんだよね。

僕には学生時代に一方的に好きだった娘が何人かいて、しかももの凄い一方的に引きずってしまって、そしてそういう恋愛に頭が支配されている自分がことごとく嫌になって、ある瞬間から感情に蓋をしてしまったような気がしています。以後、彼女は自然とできるようになったけれど、一方的に想いを募る恋愛っていうのは苦しいだけで成就しないっていうような思い込みすらある気がしますね。もう自分はそういう立ち位置に多分戻ることはないので、周囲の恋愛話っていうのはとっても魅力的で傍観者として羨ましくも思います。が、僕には向いてないね。今の彼女にフラれたら一生ひとりでいいかななんて真面目に思っちゃうくらいにね。年齢のせいかもしれませんが。

そうなると、一度に何人好きになろうが関係なくて、それが誰であっても許容はできる。自分にしても相手にしても…だろうね。ただそれが不倫関係とかさ、社会的なモラルに反するのは冷静に良くないことだと思うし、心情的に許容はできてもNGなんだってクールに思えてしまう。ようは内に秘めている分にはいいじゃんっていう。とはいえ、逆にひょっとしたら誰ひとりも愛することがまともにできていないのかなっていう恐怖感も同時に抱えてもいたり。なんか村上春樹的ですが。恋愛感情的にはパラノイアなんですね。そして恋愛感情と性欲っていうのがこれまた綺麗にというか、まっとうに結びつかなかったり。この辺の話は深くなるからまたの機会にするとしよう。モラトリアムなまま生きてしまうと、こういう中途半端な人間になってしまうんだろうね。僕は圧倒的に「AXIA~かなしいことり~」のあなたのほうだと思うんですが、やはり私がとても魅力的で愛おしく見えてしまいます。でも自分より大事なひとがいるんだとすればあきらめられる。所詮自分はひとりだからなぁって認識が強いせいなんでしょうか。

ブログネタ:付き合うときに重視する3つのポイントは? 参加中

付き合うときに重視するポイントってなんだろう? 3つも定義づけしているだろうか? まず見た目が可愛い娘、綺麗な娘はそりゃ好きです。かといって、過去つきあっていた娘がみんな容姿端麗かっていうとそうでもないんだとも思う。結局長く一緒の時間を付き合うっていう意味では話せるってことが大事だよね。話せるっていうのはその行為自体を指しているのではなくて、やはり価値観が似ていてバリアーも張らずに喋れるかっていう。でもそれもいちいち脳内で判断基準を照らし合わせているわけではなくて、結局空気感とかムードじゃない? 素敵な娘にはそれぞれなんか魅かれる空気感やムードを纏っていて、それにクラクラしてしまうっていうのがきっかけのような気がします。つきあったからって良いことばかりじゃないし、お互いに思い違いだったり想像していたのと異なるところも出てくるしね。そういうマイナス面を打ち消して行くというのは、やはりその本人の持つ特有の何かしらの魅力だよ。マイナス面を打ち消すっていうのも決して現実逃避ではなくて、凄くポジティヴに許容できる、信用できるということ。ここまで行けたらさすがだと思う。なかなか難しいことだからね。一時期うまくいっていても、ぶり返してしまったりとか…そりぁ、生きているといろいろとありますね。

柿原朱美さんの存在を知ったのは2nd『FACE TO FACE』から。1st『MOI』の存在は知らない。っていうか、いまだ一度も売っているのを観たことがない(笑)。彼女は今井美樹さんや原田知世ちゃんの楽曲提供しているというんでも著名ではあるけれど、実際に存在を意識しだしたのはFM NACK5「MISS BROADCAST」から。「それ行け!ホモルーデンス」という今でいう鬼玉的な番組がありました。僕はこの番組の大ファンだったんですが、当時のNACK5の放送指針的な問題から打ち切りとなり、その後鎌として始まったのが完全なる1WAY番組である先述の「MISS BROADCAST」。何故1WAYかっていうと、FAXとか受け付けたりはしているけれど一切紹介しないという内容だったから。当時注目されていた女性パーソナリティをいち早く起用、情報番組としての道を模索した辺りは「チャイム」とも似ている。けれど、あんまり自由度がなくて面白くなかった。これがきっかけでこの時期NACK5離れしちゃうんですよね、僕。この番組の後の時間帯に放送されていた斎藤千夏さんの「HEART BEAT NIGHT」は好きでしたが。

ただ「MISS BROADCAST」の中で、柿原朱美さんことカッキーの存在だけは気になっていました。凄く気品があるんだけれど親近感があってどこかぽわーんとしている。育ちが良さそう。まず間違いなくお嬢様育ちのはずなんだよね。モデルみたいに綺麗でさ、高嶺の花みたいな存在。僕なんかは当然傍観者でいるしかないんだけれど、何かのきっかけで話したら凄く話しやすかったりして、「こんな接しやすい娘なんだ!」って感動してますますノボせ上がるという(笑)。彼女にはそんなイメージを抱いていました。先述の通り、「MISS BROADCAST」ではハガキ/FAXは紹介しないコンセプトだったんですが、それでも僕なんかはアルバムを聴いた感想やリクエストカードを送るわけです。そうするときっと彼女は喜んでくれたようだけれど読むことはできない(^^;)。でもほんのりと投稿した内容の話題にそれとなく触れたりと「誰々からのリクエスト」とは言えなくても、リクエストした曲がかかったりと(そのときは「誰もいないハート」だったかな?)、彼女やスタッフがいろんな縛りのなかで懸命に闘っていた様子が伝わってきたんだよね。でもって、当然それは僕にしかわからないわけで(同様の体験しているファンはいるだろうけれど、その瞬間は確実に僕にしかわからない)、これはまさにみんなに内緒で実は付き合っているようなドキドキ感覚と同様である(笑)。馬鹿でしょう? 愚かでしょう? 男なんて所詮この程度のもんだよ(笑)。

ラジオ・ファンっていうのは「声」に魅かれて、そこからすべてを感じ取ろうとします。今はウェブがあるからパーソナリティのルックスをすぐ知ることができるけれど、その当時は放送局のタイムテーブル表に載っていたらラッキーっていうくらい情報の乏しさでしたからね。「秀島史香さん、声とルックスが結びつかないけれど、でもやっぱり可愛くて素敵(はぁと)」みたいなことが、ラジオ・リスナーでは頻繁にありました。話は戻るけれど、柿原朱美さんは正当派美人だったので余計にのめりこんでしまいましたね。同じような感じでいまだに忘れられないくらい好きな女性パーソナリティ/ミュージシャンはいっぱいいます。当時好きだった、っていうんではなくて、番組が終わっても今でも変わらず好きなんです。これもラジオ・ファンの傾向じゃないかな? で、これを知らず知らず引きづっていて、おそらく誰かと付き合うんでも同じような目線で観ていたりするんだろうなぁ。重複するけれど、そりゃ可愛くて綺麗な娘が好きで、でも好きになっちゃえば決してルックス偏向ってわけでもなくて、その娘の持っているムードや空気感に魅かれて、自然と声の魅力にまいっている…これが僕の三か条というか、ポイントになっているんじゃないかと自己分析。いやぁ、ここまで説明するのが大変だった(^^;)!!

現在はAKとしてワールドワイドなミュージシャンになっちゃった柿原朱美さんですが、僕にとっていちばん最高なのは(ずっと2ndアルバムだと思い込んでいた)3rd『Living Together』。カジュアルなファッションのシンプルなジャケットにも驚きましたが、中身も最初聴いたときはびっくりしました。打ち込み主体のシンプルなアレンジなのに凄くハートフな躍動感があって、歯切れの良いアコギの音が妙に肌馴染むという。特にリズムの音は新鮮でした。どう聴いても打ち込みの音だけれどグルーヴは生楽器ぽくて。今のDTM機材ならこれくらいできるんですが、1992年当時では素人の手に入る機材でできることではなかった。そして弦楽器類を弾いているのはポリスター繋がりってこともあってか、清水弘貴、カジヒデキ、鈴木智文(ポータブルロック)という面々…。しっくり来るわけだ。おかげで今聴いても全然古くなってないからね。彼女のアルバムはわりとどれも良いんだけれど、『Living Together』は着飾っていない等身大の彼女で描かれていて本当に素晴らしい。ポリスターさん、再発する際はぜひ僕にライナーを書かせてくださいね。

なかでも好きなのは冒頭の「I Was Seventeen」。この曲は泣けます。
“よろこびは 涙をあふれさせ/幸せは かたちにできなかった/かなしみは 胸のおくにとどき/泣くことは かくさなくてよかった”
そう、僕が彼女に憧れていたのは、ちょうど17歳くらいだったんじゃなかったけ? 


ブログネタ:最近どんな本読んだ? 参加中

楽器や音楽にのめりこんだひとであれば、一度はほんのりでもプロ・ミュージシャンっていうのは夢みるんだと思います。そしてそれなりに努力してぶつかるのがプロとアマの壁。でもいったいプロ・ミュージシャンって何が基準なんだろうね? ギャラがもらえたら? レーベルと契約できたら? 生計を立てられなくても人前で演奏していたらプロなのかな? いろいろ考えだすときりがないくらい深い問題です。でもそもそも夢みるときっていうのは、輝かしいオンステージなり豪華なレコーディング・スタジオなりを思い浮かべているのではないですか? 少なくても街の小さなレコード店へのキャンペーンって図ではないですよね? でもなかなか現実は厳しいんです。今はインディというか、セルフ・プロモーションでもある程度のことができるようにはなりました。が、それでも生計を立てるまでに育むっていうのはやっぱり大変です。鶴の機織りではないですけれど、意外とみなさんが知っているネーム・ヴァリューのミュージシャンでもウイークデイは働いていたりとか、そんなのは普通にあることなんですよ。

ところで、プロ・ミュージシャンの中でもミュージシャンズ・ミュージシャンと呼ばれるひとがいます。そういうひとはリーダー・アルバムだったりソロ・アルバムだったり、もちろん自身の活動も精力的に行なっています。が、あえてこういう書き方をしますけれど、メインの収入源っていうのはいわゆるスタジオ・ミュージシャンなり、バッキング・ミュージシャンの仕事っていうことも多い。プロデューサーやディレクター業を兼任されていたり、エンジニア系のことも手がけるひともいらっしゃいます。あとは楽器メーカーの楽器開発に携わったり、デモンストレーターを努めたり、音楽教室などを開校されているかた、それこそいろんなことをされていたりするんですよね。

言わばミュージシャンとしての表の顔と同時に、裏方の仕事でも超一流というミュージシャンとなると一握りになってしまいますが、そのうちのひとりとして言えるのがDr.Kこと徳武弘文さんです。
http://rocosmusic.com/drk/
日本を代表するギタリストなので名前をご存知のかたも多いでしょう。とりわけカントリー・ミュージックにおける様々なテクニック、造詣に関しては間違いなく第一人者。僕のレコード棚をひっくりかえして、このひとが参加しているレコードを選び出そうとしたら大変な数だろうなぁ。国内のロック史を振り返るたびに、このひとのギター・プレイがどれだけ多くの名盤を産み出してきたかってことは何度となく思い知らされてきています。そしてみなさんも彼の名前を認知する、しないは別として、絶対に何かしらのかたちで彼のギター・プレイはいつのまにか聴いているはず。

そんな徳武弘文さんが書き下ろした、なんと意外にも初となるエッセイ集が「ぼくらは今もエレキにしびれている」(かんき出版)。
http://www.kankidirect.com/
去年出版された書籍なんですけれど、非常に面白い内容で一気に読めちゃいます。徳武さんのことをまったく知らないひとが読んでも相当興味深いはずです。彼がギターを弾き始めたきっかけなり、これまでの歩みっていうのが書かれているのは当然のことなんですけれど、とりわけ面白いのは現在の音楽シーンの問題点もストレートに描いている。中でも面白いのは、80年代に打ち込みの音楽が主流になっていった際、ミュージシャンとしての仕事のやり方が変わってしまったスタジオ・ミュージシャンとしての苦悩だろうね。実際、そこでドロップアウトしてしまったミュージシャンも多いんです。徳武さんの場合はテクノロジーとの落ち着きどころを見つけて、自身でも打ち込みトラックを導入したソロ・アルバムなども制作したりとサヴァイヴァルしたひとり。その張本人がそういった経緯を自身の言葉で語っているというのは資料的価値も高いです。いわば理想と現実のギャップが描かれているわけですが、サヴァイヴァルしているひとの書く言葉だから、そこには可能性もちゃんと書かれている。そこが素晴らしい。

さらに目玉になっているのは、彼の盟友ともいうべき、細野晴臣さん、山本コウタローさんとの対談でしょうか。特に細野晴臣&東京シャイネス/ワールド・シャイネスでは、細野さんって基本的にインタビューを受けていないはず(僕も申し込んだけれど実現しなかった)。徳武さんと細野さんによる対談でシャイネスのことが語られているっていうのも非常に貴重なわけですよ。と、同時に思い出話だけで終わるのではなくて、これからの音楽人生についても語っている辺りも実に良い。だからこそいろいろと考えさせられる部分があるんだよね。

そうそう、さっき「徳武さんのことをまったく知らないひとが読んでも相当興味深いはず」って書いたけれど、実は未発表ライヴ音源が収録されたCDシングルも付属しているんですよ。彼の華麗なるチキン・ピッキングによるギター・プレイを聴きながら読書にひたってみるのはいかが?
by 松尾清憲

かの名曲「愛しのロージー」が収録されている名盤『SIDE EFFECTS』より。「For Your Love」のPVって食肉工場にぶら下げられた肉をサンドバッグ代わりに、松尾さんがボクシング・グルーブでパンチしていたやつじゃなかったかな? …って書くとうーん、グロッキー。♪テューテュッテュルー For Your Love~ムーンライダーズ白井良明さんのアレンジがもの凄く過激ジャジーで素晴らしいんだよ!

ブログネタ:好きな焼き鳥の種類は? 参加中
本文はここから

お酒が飲めない人間だとこういうネタのときに不利だね。だって焼き鳥屋なんて行かないもの。定食屋に行くのでも焼き鳥定食っていうのもあんまり機会ないし…ということでわりとお手上げです。鳥肉はなんでも好きですけれどね。

…ってことで終わってしまうのでは申し訳ないので、美味しい鳥肉が食べられるお店をご紹介しましょう。…って彼女からの受け売りなんですけれど。たまに行くお店で好きなのは石焼 石庵です。
http://www.ishiyaki-issian.com/
池袋や渋谷などに店舗がありますが、僕はわりと池袋のほうに行きます。結構混んでいるので、あらかじめ席の空き具合をチェックしてから行く方が無難ですね。クチコミ番付運営局のゲーリーくんにも気に入っていただけると思うよ。

店内は和風のわりと落ち着いた雰囲気で大人数でいってもいいし、カップルで入ってもいい。タペストリーで仕切ってくれますテーブル中央には長崎県対馬海底の天然石があって、この石の上で朝絞め地鶏だったり野菜類、キノコ類などを焼いていただきます。この食べ方は漁師に伝わっているものなんだそうです。ご存知でした? 僕は知らなかったので初めて行ったときには驚きましたが。

ちなみに鳥肉の焼き方も種類によって全然違うんですね。そこで焼くのも店員さんがやってくれて、「今が食べ頃ですよ」とか言ってくれる。これが非常にありがたい。焼き肉屋とかで「しまった!」と思ったときには黒こげ…なんてことはないですし。すごくゆったりとした時間の中で味わえるのもまた嬉しい。石庵で食事するときは1時間半くらいは見たいですね。僕が好きなのはジューシー“もも肉”、ヘルシー“むね肉”
ズリズリ“砂ギモ”などですね。柚や天然塩やもみじおろしなどなど、食べ方も様々なんですがそれも店員さんが最適なのを教えてくれます。

あと売りは銀シャリですね。熊本県の「七城米」を「竹炭を入れ一晩寝かせた水」を使い「ひと釜ひと釜」丁寧に炊きあげるというのが石庵流。これは当然時間がかかりますのでいちばん最初に頼んでおくと、だいたい「そろそろ締めかな?」っていうくらいに出てきます。おかず要らずに味わえるお米で、一緒についてくる赤出しの濃いめのお味噌汁とマッチングがグ~(エド・はるみ)。単なる飲み会や合コンに使うには贅沢な気がしますが、口説き落としたい女の子や男の子を連れて行くにはいいかもね(笑)。もちろんクチコミ番付運営局のゲーリーくんにもおすすめだよ。

あぁ、書いていたら僕も久しぶりに行きたくなってきた。誰か行きませんか? じゅるるるる…。

そうそう、石庵は「ぐるなび」なり「ホットペッパー」でクーポンをゲットしてから行くことをオススメします。かなりゴージャスな気分で味わえますよ!