ブログネタ:失恋の傷の癒し方 参加中

失恋を描いた映画なんて数えきれないほどあると思うのだけれど、現在進行形の失恋とそれを受け入れて行く様子を執拗なまでに描いた映画となるとちょっと特殊だ。そしてその特殊な映画と言えるのが「落下する夕方」。
http://www.nifty.com/cinelier/list/200705/03.html
江國香織の原作は読んでない。だから僕はただ映画を観ただけ。当然、作品に思い入れがあって観たわけではなくて、だいすきな原田知世ちゃんが主役だからっていうただそれだけ。銀座まで舞台挨拶も観に行ったもんなぁ。でも結果としてこの映画は良かったと思う。だから原作は読みたくない(笑)。基本的に苦悩しつつもクールでいる知世ちゃんが(役名忘れちゃったから)、ある瞬間に凄い取り乱したりしてね、そのコントラストが非常に印象的だった。淡い色合いながらもしっかりと血に浸透していくような描写というか、合津直枝という女性監督がゆえの構成だった気がする。

僕の中では失恋のツラさっていうのはもう何年も味わっていなくて、記憶から薄れていこうとしているのだ。それは幸せなことなのかもしれないけれど、他方ではそこまで恋愛になんて期待していないというか、凄く現実趣向なのかもしれないし。単純に人間らしくないんだろうとも思う。たいてい僕が責められるのはそういうことだ。でもどうしたらいいかわからない。いろいろ考えざるえないことが押し寄せてきたときに、僕は感情のスイッチを冷静にオフにしてやり過ごすのだけれど、きっとそんなに都合よく考えたり、振る舞えるひとなんて特に女性にはいないんだと思う。なのに、「落下する夕方」はわりと冷静だ。知世ちゃんのひとつひとつの何気ない仕草にいろんな意味がこめられていて、あとは風景描写なんかも見事に心象表現とマッチさせていたり、また、あえて真逆に照らし合わせていたりもしたけれど、もの凄い静かなイメージが観終わった後に残る。時間をかけて彼女は傷ついていくし、最後にそれが薄れて新しい気持ちに着替えるのかな?と思いきや、思いがけない不条理が訪れて永遠に終われない妙な結末が待ち受けているのだ。

大切なことってそう簡単には忘れられないし、失えないし、受け入れられない。僕は体質的にアルコールも駄目だから飲んだくれることもできない。何があろうと毎日の暮らしを繰り返すしかないわけで、恋人がいなくなろうが、妻が出て行こうが、ただそこに生ずる感情にうまく蓋をすることしかできない。それだけでもずいぶんマシだろうけれど当然何も解決しない。別れた恋人とはまったく連絡をとらないし、友達にもなれない。そこは「落下する夕方」とは違うところだ。僕の場合、徐々に傷を癒していくなんてことはせずに、ぶっつりと止めるというか、中断させてそのまんまっていうね。ゆえに、何処かでばったりと逢えばまたそこからやり直せそうな錯覚にも陥るけれど、時間っていうのはそんな単純なものではないわけで、結局僕は孤独なんだなって認識する。でも、それでいいとも思っている。

所詮、永遠に片想いの詩を綴っているのが性に合っているんだろうな。一方的な想いならばいくらでも美しく描けるから。