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AXIA~かなしいことり~ 銀色夏生・作詩・作曲
ごめんね 今までだまってて 本当は彼がいたことを/言いかけて言えなかったの 二度と逢えなくなりそうで・・・/すずしい夜明けの青い海辺で あなたは子供みたいね/私はぼんやり遠くを見てた ふたりはかなしいことりね・・・/ごめんね 今までだまってて 本当は彼がいたことを/でもあなたと同じあの時に 私も恋に落ちたのよ・・・/今ではあなたを好きだけど 彼とは別れられない/それでもあなたを忘れない ふたりは迷ったことりね・・・/打ち寄せる波から逃げて あなたの腕に抱きついたのに/なぜ見つめたら目をそらすの いつものようにふざけていて・・・/いつまでも こうしていたいけど 帰れないけど帰るわね/これから誰を愛しても ふたりは胸が痛いのね/ごめんね 今までだまってて 本当は彼がいたことを/でもあなたと同じあの時に 私も恋に落ちたのよ・・・/優しい言葉とため息で そっと私を責めないで・・・/優しい言葉とため息で そっと私を責めないで・・・
異常なまでにせつないこの曲が斉藤由貴のデビュー・シングルです。「卒業」じゃないんだよね。斉藤由貴はとりわけ歌手として大好きなんですが「AXIA」は完全に後聴きなんです。というのも、当時はAXIAといったらカセットテープのブランド名なわけで、タイアップだから当たり前だとはいえ、なんかタイアップ・ソングみたいなのに抵抗があって聴かないようにしていました。当時斉藤由貴のカセット・インデックスとか配られていて集めたなぁ。多分今でも机の引き出しの奥にありそうです。レタリング・シートとか(笑)。エアチェック&オリジナル・カセット作りが当時の楽しみでした。愛読雑誌はそう、FMステーション。写真が全部カセットテープ・サイズだったからね。
ところで後聴きながら衝撃受けたこの曲。印象的なシンセのメロディも良いんですが、作詩のみならず作曲も銀色夏生っていうのにまず驚きました。あの斉藤由貴の舌足らずな純朴な歌い方を何処まで意識したのかはわからないけれど、“いつまでも こうしていたいけど 帰れないけど帰るわね”“これから誰を愛しても ふたりは胸が痛いのね”とかあえて稚拙な表現を混ぜているのがもの凄いリアリティを醸し出しているんです。そのくせ末尾を「え」「お」音でまとめていたり、むちゃくちゃシステマティックに編まれた完成度の高い歌詩なんです! 相当時間がかかったんじゃないかな? 「時間がかかった」とは夏生さん、言わないだろうけれど、彼女自身にも何か特別な事件があったからこそ生まれた特別な歌なんじゃないかな。僕にはそう思えます。もの凄い感情移入できちゃうんだよね。
僕には学生時代に一方的に好きだった娘が何人かいて、しかももの凄い一方的に引きずってしまって、そしてそういう恋愛に頭が支配されている自分がことごとく嫌になって、ある瞬間から感情に蓋をしてしまったような気がしています。以後、彼女は自然とできるようになったけれど、一方的に想いを募る恋愛っていうのは苦しいだけで成就しないっていうような思い込みすらある気がしますね。もう自分はそういう立ち位置に多分戻ることはないので、周囲の恋愛話っていうのはとっても魅力的で傍観者として羨ましくも思います。が、僕には向いてないね。今の彼女にフラれたら一生ひとりでいいかななんて真面目に思っちゃうくらいにね。年齢のせいかもしれませんが。
そうなると、一度に何人好きになろうが関係なくて、それが誰であっても許容はできる。自分にしても相手にしても…だろうね。ただそれが不倫関係とかさ、社会的なモラルに反するのは冷静に良くないことだと思うし、心情的に許容はできてもNGなんだってクールに思えてしまう。ようは内に秘めている分にはいいじゃんっていう。とはいえ、逆にひょっとしたら誰ひとりも愛することがまともにできていないのかなっていう恐怖感も同時に抱えてもいたり。なんか村上春樹的ですが。恋愛感情的にはパラノイアなんですね。そして恋愛感情と性欲っていうのがこれまた綺麗にというか、まっとうに結びつかなかったり。この辺の話は深くなるからまたの機会にするとしよう。モラトリアムなまま生きてしまうと、こういう中途半端な人間になってしまうんだろうね。僕は圧倒的に「AXIA~かなしいことり~」のあなたのほうだと思うんですが、やはり私がとても魅力的で愛おしく見えてしまいます。でも自分より大事なひとがいるんだとすればあきらめられる。所詮自分はひとりだからなぁって認識が強いせいなんでしょうか。