衝撃! まったく眠らなくても大丈夫なクスリ完成
 まったく眠らなくても、睡眠をとっているのと同じように生活できる新薬が開発された。..........≪続きを読む≫

眠らないですむクスリ…そんな都合のいいクスリがあるのかと、漫画みたいな話に驚いた。こんなもんがドラッグストアに並ぶようならば世も末って気もするけれど、まぁ、僕は買うだろうね。今すぐにでも欲しい。でも副作用あるんじゃないかなぁ。アメリカ国防総省の研究期間DARPAが軍事目的で開発しているらしいけれど、人間の身体ってそんな簡単なものじゃないと思う。仮に副作用なしで世にこんなもんが蔓延しだしたら、過労死するひとが増えるんじゃないかな? いずれにしろろくでもない結果しか招かないクスリっていうのは確かだと思う。だいたいにおいて、誰もが欲しがる都合のいいものっていうのはリスクと表裏一体というか。人間って何処まで疲労って貯めこめるんだろうか? 不眠症の苦しみを知っているひとならばわかるだろうけれど、ある意味では人間は「眠るために生きている」んだよね。

そういう僕も多分いちばんの快楽は睡眠だと思う。人生も折り返し地点を過ぎると、実は快眠っていうのが本当に重要だってわかる。どんな環境下でも眠れる便利な身体を持ってはいるんだけれど、つまらない眠り方をすると損した気持ちになる。

現SPARKS GO GOの前身バンド、BE MODERN。僕はこのバンドがだいすきでした。「眠れない物語」はラスト・アルバム『Be Modern』に収録されています。僕は2nd『Heart of the century』がとりわけ好きでした。「涙の理由」っていうシングル曲があるんだけれど、いまだに好きだなぁ(#^^#)。バンド・スコアも持っているんですが、当時は誰も一緒にコピー・バンドをやってくれるひとがいなかった。…って今もか。死ぬまでに実現できたらいいなぁ。スパゴーのメンツはともかく、天坂くんって何やっているんだろう? THE STANDSまでは追いかけていたんですが…。
ブログネタ:フラれた時の最後の台詞 参加中

ふざけてなんかないよ。ねるとん紅鯨団世代としては(もちろん僕は上海紅鯨団から観ていますよ! チャイヤチャチャイヤ…有頂天のレコードだって持っている!)、これはもう「あばよ!!」以外には思いつかない。なんかバカっぽくてでも笑えていいじゃないですか。もちろん、実生活では使えないよ(笑)? そんなフラれたときの最後の台詞なんて非実用的じゃん! 「あぁ、そうなんだ、うん、ごめんね、変なことで時間とらせて。あ、じゃ、また何かあったら、元気で」とかしどろもどろとかそんなもんだろう、現実は(笑)。やはり柳沢慎吾くらいの瞬発力で笑い飛ばしてこそ芸人だろう、じゃなくて、男だろう。恋人にはなれなくても友達にはなれそうじゃん(笑)。…ってそれじゃ駄目なんだけれど。

「あばよ!!」って言えばこんなアルバムが出ているのをご存知ですか?
<
『柳沢慎吾セレクション あばよ!!』

…。

内容としては、数々の名曲の合間にスネークマンショウのようなショートコント、じゃなかった、ショート・ドラマが展開されるんです。収録曲はもう本当にスタンダード・ナンバーばかりですよ。
チェッカーズ「ジュリアに傷心」、薬師丸ひろ子「セーラー服と機関銃」、松山千春「時のいたずら」、エレファントカシマシ「今宵の月のように」、とんねるず「迷惑でしょうが…」、工藤静香
「慟哭」、木之内みどり「横浜いれぶん」、原田真二「シャドー・ボクサー」、H2O「僕等のダイアリー」、GO-BANG’S「Bye-Bye-Bye」、斉藤由貴「AXIA~かなしいことり~」、崎谷健次郎「もう一度夜を止めて」、T.C.R横浜銀蝿R.S.「哀愁(わかれ)のワインディングロード」、柳沢慎吾「ピエロ」、そして研ナオコ「あばよ」…何処まで本気で選曲しているのかがよくわからん。いや、ひとつひとつは名曲だと思うんだけれど…でもめちゃくちゃだよ、この流れは。GO-BANG’S「Bye-Bye-Bye」、斉藤由貴「AXIA~かなしいことり~」、崎谷健次郎「もう一度夜を止めて」の流れは素晴らしいけれどね。

別に買ったわけでも聴いたわけでもないんだけれど(笑)、J-WAVE GROOVE LINEでこのアルバムの特集をやっていたのをたまたま聴いて衝撃は受けました(笑)。でもって、極めつけっていうのがボーナストラック。な、なんと慎吾ちゃんによる“あばよ!!74連発!”(笑)。しかも74人分の女性の名前を言いつつ「あばよ!」と叫ぶんですよ…なんだよ、その74人っていう中途半端さは。と思ったら、これでギリギリ99トラックのようですね(^^;)。いやぁ、やってくれるなぁ。っていうか、誰だよ、このCDの企画立てた奴は(笑)。

ちなみに以下が74人分の女性の名前。
アイ、アイコ、アキ、アキコ、アケミ、アサコ、アサミ、アヤ、アユミ、イズミ、エツコ、エミ、カオリ、カズコ、カスミ、キョウコ、クミ、クミコ、ケイ、ケイコ、サオリ、サチコ、ジュンコ、セイコ、セツコ、タカコ、チエ、チエコ、、ヒサエ、ヒトミ、ヒロコ、ヒロミ、マイコ、マオ、マキ、マサコ、マミ、マユミ、マリ、マリコ、ミカ、ミキ、ミチコ、ミツエ、ミツコ、ミホ、ミワコ、メグミ、モモコ、ユウ、ユカ、ユカリ、ユキ、ユキコ、ユミ、ユミコ、ユリ、ヨウコ、リエ、リカ、レイコ、ワカコ。
どう、あなたの名前はありましたか? 慎吾ちゃんに「あばよ!!」と言われたい淑女のかたはぜひお買い求め下さい(^^;)。

それにしても今日のブログ、書くのめちぇくちゃ疲れた(T_T)。当分macbookのキーを叩きたくない…あばよ!!
ブログネタ:犬と猫、どっちが好き? 参加中

犬と猫のどっちが好きか? そんなもんどっちも好きに決まっているじゃないですか。特に僕の実家は飲食店を経営していることもあり、ペットは御法度だった。だからいまだも憧れがありますね。猫ちゃんのふんわりさに癒されたいときは猫カフェだってそりゃ行きますよ。結構男性客だって多いんだ、馬鹿にするな。ただ一緒に生活するならば気持ちが通じやすい犬のほうかな?なんて思ったりもする。どっちとも選べないよ! 無理だよ! 犬や猫だけに限らず、動物はなんでも好きです。蛇とか爬虫類でも僕は大丈夫だし、昆虫や軟体動物も興味ありますし。ペットがいなかったから幼少時代はとにかく動物図鑑や昆虫図鑑、水生生物図鑑などなど、そういうのを観て育ちました。それは今も大きな影響があって、いまだに暇があるとウェブでもろもろの写真や動画を観たりとかします。やはり生物って興味深いんだよね。

僕の中で犬と猫の対比っていうのは、そのまま男性と女性っていう概念に通じるところもあって。たまに犬と猫を飼われているんだけど、双方ともに仲睦まじかったりする特殊ケースあったりしませんか? ああいうのっていいなって思います。愛って気がします。見かけとか区別とかそういうんじゃなくてね、共生していく同士が温もりを確かめ合うかのような、ささやかな奇蹟。もっとそんな風に僕もいろんなひとたちとつきあえていけたらいいなって思うんです。思ってはいるけれどなかなかこれができない。心が開けない。世界から戦争がなくならないのは、僕みたいなタイプの人間がいるからなんです、きっと。

「犬と猫」っていう時点で思い浮かべるのはやはりこの1曲。中村一義のデビュー・シングルである「犬と猫」。

犬と猫  作詩・作曲:中村一義
どう? どう?/町を背に僕は行く 今じゃワイワイ出来ないんだ/奴落とす もう さぁ行こう! 探そぜ 奴等 ねぇ/もうだって 狭いもんなぁ/同情で群れ成して 否で通す(ありゃ マズイよなぁ)/難解な その語意に 奴等宿る んで どう? どう?/僕として僕は行く 僕等 問題ないんだろうな/奴は言う こう あぁ ていのう もう けっこう!/奴等 住む場所へ行く 全て解決させたいんだ/僕は僕 もう 最高潮! 落とせ あんなもんは ねぇ/インチキばっかのさぁ/単に 皆 損で あっさり 振り回されたんで 我欲成したんだ/歴然に いざ 吐いて死ぬと どう? 妙な冗談で撒いて/笑えやしないんだ 大変 もう ねぇ どう?/こんなんで ええんか?/調教で得た知恵で 世を焼く(僕 マズイかなぁ)/状況が裂いた部屋に 僕は眠る みんな どう? どう?/のんびりと僕は行く 痛みの雨ん中で/“痛み”なんて どう? 最近どう? あぁ そう
皆 嫌う 荒野を行く ブルースに殺されちゃうんだ/流行りもねぇ もう 伝統 ノー/んで行こう! ほらボス落とせ!/そう 皆 そう 同じようなもんかねぇ/犬や猫のようにね

今僕は多重録音マルチ・プレイヤーの記事を作っているのだけれど、中村一義なんてデビュー当時はまさにその典型と言えるミュージシャンでしたね。彼がデビューしたのって大学時代だったかなぁ?  ロッキングオンジャパン辺りが大絶賛していたのが印象に残っているけれど、たしかに周りが大騒ぎしていたのは印象に残っている。でもセールス的には周囲の期待ほどは行かなかったりして、本人も含めてそれにはがっくり来たみたいな話も聞いたような。…何処でだったかなぁ? 今は100sで活躍中ですが僕は初期ソロが好きだった。「状況が裂いた部屋」なる自室でA-DATで録られたちょっとローファイな宅録サウンド。でもドラムが独特のビート感があって、彼ゆえの音世界を決定づけていたんですよね。自分でドラム叩いたほうがいいと思うんだけれどなぁ。

でたらめ英語的に出てきたメロディの音感にジャスト・タイミングで日本語詩をあてはめていく作業と、説明過多を回避した洋書の翻訳みたいな語彙がズラリ並ぶ独自の世界。コレクターズの加藤ひさしさんのもっとくだいて自由度を盛り込んだというか。僕の世代だとこれほどまで「どう」「もう」「そう」「こう」「ねぇ」といった言葉が乱出するのは抵抗があって、音に逃げすぎている気がして抵抗感も同時におぼえたものです。でもデビュー・シングルだしそのトライアルは見事だと思いました。現在では和製ヒップホップ・ミュージシャンの台頭により、「日本語をジャストにハメ込む」っていう文化も相当進化しましたよね。今では「ロックのリズムに日本語は乗らない」とか言っても、若い子は「はぁ?」って感じだろうからね(笑)。そういう概念も僕ら世代で風化していってしまうんでしょうね。犬や猫のようにね。あ、犬と猫は風化することないか、失礼失礼(^^;)。

アメブロでベタするときに可愛い犬や猫の写真を使っているひとのを発見すると、全然面識なくてもついつい見に行ってしまう僕…。「誰だよ、こいつ」って訝しがるペット愛好家のかたもいらっしゃるんしょうがそういう理由でございます。すみません、勝手に写真みて癒されています。これからもよろしくお願いしますm(_ _)m。

坂本龍一さんを筆頭にBOREDOMS、コトリンゴ、□□□(クチロロ)、そして細野晴臣トリビュートやHASYMO(「ライディーン」の新録、おそろしく良かったなぁ! またやらないかなぁ~)などの作品を輩出しているレーベル、commmons(コモンズ)。僕の大好きなレーベルのひとつです(^^)。「環境の日」である6月5日の今日、スペシャル・コンテンツがサイトに立ち上がっています。
http://www.commmons.com/
「commmons for GREEN!」ということで様々なひとがコメントを寄せているんですが、僕のコメントも実はあったりしますのでぜひ探してみてください(^^;)。
http://www.commmons.com/forgreen/messages.html
…偉そうなことを書いちゃったかな。

なおcommmonsは6月リリースの作品からカーボンオフセットを念頭に置いたかたちになることを提言しています。カーボンオフセットっていうのは、たとえばCDの制作/装丁において二酸化炭素が発生した場合において、その二酸化炭素の量を相殺するだけの植林であるとか、クリーンエネルギー事業に携わることで、最低限プラスマイナスゼロにしようというものです。彼らの作る音楽は僕らが死んでも残って行く「文化的遺産」でもあり、それを未来に聴くひとたちに僕らのツケは回したくない。相当な借りを作ってしまっているわけですが、できる限りこの環境をまともなものに戻したいっていうのはみんな思うと思うんですよね。

commmonsのアイテムは以前より環境問題を重要視したうえでのパッケージなり装丁が行なわれていました。今回の声明はさらにそれを押し進めようとする誓いです。今はCD制作もコストパフォーマンス競争で、コストダウンのために隣国でプレスしたのを輸入したりとかみんなやっているご時世。ただcommmonsは多少コストがそれ相応にかかったとしても、紙製のデジパックだったり、リサイクルできるビニールを装丁に使ったりということに努めてきているんですよね。それはやっぱり素晴らしいことだと思うし、でも当たり前になっていかなければいけないことでもあります。

環境にとってもっとも有害な人種である僕がこういうことを書いても矛盾もいいところなんですが、それでも少しずついろいろと考えて取り組んで行きたいとは思っています。「環境の日」はそのひとつの節目としても熟考するいい機会ですね。

ブログネタ:あなたが考える「男らしさ」「女らしさ」って何? 参加中

ガッツだぜ/ウルフルズ
作詞・作曲 トータス松本

ガッツだぜ パワフル魂/ガッツだぜ すいもあまいも/ガッツだぜ Do the ど根性/男は汗かいて ベソかいて GO!/モテない できない 言えそーもない/このチンケなオイラに 愛をちょーだい/逢えない 抱けない できそーもない/このザンゲを神様聞いてちょーだい/そんな弱気でどーすんの/グッと飲んで パッとやって Try Try Try/たまにゃはずして Feel So Good/万が一 金田一 迷宮入りする前に/ガッツだぜ パワフル魂/ガッツだぜ すいもあまいも/ガッツだぜ Do the ど根性/男は汗かいて ベソかいて GO!/モテたい ハメたい ナンパされたい/このSoulが売りよ 燃えてちょーだい/イキたい 抱きたい 愛しあいたい/ムチャでもいいからやってちょーだい/恋をもっと 腰はHot Try Try Try/ウソも方弁 Feel So Nice/グッと行って 押しの一手 命中するまで/ガッツだぜ やまとなでしこ/ガッツだぜ 老いも若きも/ガッツだぜ Do the かわい気/女はかわいく きびしくね/行くか もどるか どーしようか/ちょっとチューチョ だけどいっちょ Try Try Try/燃える想いは Beautiful/あんたがった その他大勢 永久 Lovin' You/ガッツだぜ パワフル魂/ガッツだぜ すいもあまいも/ガッツだぜ Do the ど根性/男も女も 盛り上がって GO!

この曲を最初聴いたときはコミックソングかと思っていました。その後に彼らが大滝詠一の「びんぼう」なり「福生ストラット」ならぬ「大阪ストラット」などをカヴァーしていて、なおかつ伊藤銀次のプロデュース! なるほど、大滝詠一が提唱するノヴェルティ・ソングを彼らが銀次さんとのタッグで新たに生み出したものだったのか! と、気づくのはナイアガラの96年リイシュー劇のときでした。それまではとりわけノヴェルティソングなんて言葉を気にしていなかったし、という以前に知らなかったんじゃないかっていう気がする。とにかく音楽的なリズムの面白さ、ユーモアたっぷりの韻にこだわった歌詞の作り方…そういう歌詞がノヴェルティソングと呼ばれるものです。一般的にいうコミックソングよりも作為的にリズムに着眼点があるんですね。その意味では「ガッツだぜ」は完璧なクォリティ。さすがであります。“万が一 金田一 迷宮入りする前に”とか“男は汗かいて ベソかいて GO!”とか、“あんたがった その他大勢 永久 Lovin' You”にいたっても“あんたがった”になっている部分とか、曲を知らないで歌詞だけ目で追っていてもリズムが鳴ってくるような 、いまだ独自の高揚感を保っているポップ・マジックあふれる1曲です。二番煎じの「それが答えだ」は好きになれなかったけれど、「侍ソウル」とかトータスさんじゃなきゃ書けない歌だと思うし本当に素晴らしいバンドです。バカ殿様的なPVも面白かったですよね(笑)。大滝さんは「ちょんまげは私のほうが先ですから」とか言っていたけれど(笑)。

一見コミックソング風ではあるんだけれど、ちゃんとメッセージを根底に敷いているのがトータス流。“ガッツだぜ Do the ど根性/男は汗かいて ベソかいて GO!”とか、“ガッツだぜ Do the かわい気/女はかわいく きびしくね”っていうのは、うまいこと言い当てているなぁという気がします。このご時世、そこらの男性よりも男らしい女性もいれば、女性よりも女性らしい男性もいる。いわば性差と性っていうのはイコールにならない時代になってきているわけですが、いかんせん肉体的な違いっていうのだけはどう頑張っても追いつけない。そこは不幸なことに思う人もいれば、当然のものであるように捕らえているひともいる。お互いをフォローしあっての「男女関係」であるわけですが、「父性」っていうのはやはり頼りがいのある抱擁感と言えるだろうな。どっちが入れ替わってもそこは変わらない気がするんですがいかがでしょうか? とはいえ、「男らしさ」「女らしさ」の感覚っていうのは今は明らかに変貌しました。僕は古い世代になってしまうので昭和時代の感覚って気がします。現代は核家族化が進んでなおかつ共働き時代ですよね? そうなるとユーミンの名曲すらもちょっとしたズレとして写るのかもしれません。

守ってあげたい 
作詩・作曲:松任谷由実

You don't have to worry.worry 守ってあげたい/あなたを苦しめる全てのことから/初めて言葉を交わした日の/その瞳を忘れないで/いいかげんだった私のこと/包むように輝いてた/遠い夏息をころしトンボを採った/もう一度あんな気持ちで夢をつかまえてね/So,you don't have to worry.worry/守ってあげたい/あなたを苦しめる全てのことから/'Cause I love you,'Cause I love you./このごろ沈んで見えるけれど/こっちまでブルーになる/会えないときにもあなたのこと/胸に抱いて歩いている/日暮れまで土手にすわりレンゲを編んだ/もう一度あんな気持ちで夢を形にして/So,you don't have to worry.worry/守ってあげたい/他には何ひとつできなくてもいい/'Cause I love you,'Cause I love you./So,you don't have to worry worry/守ってあげたい/あなたを苦しめる全てのことから/'Cause I love you, 守ってあげたい

「守ってあげる」ではなくて「守ってあげたい」っていうのがポイントだよね。設定しているのはティーンエイジでやや振り返っているような眼差しも感じますけれど、僕なんかはこの歌に長らく「母性」を感じていました。“日暮れまで土手にすわりレンゲを編んだ/もう一度あんな気持ちで夢を形にして”とかね、今の女性シンガーソングライターではまず描かない気がします。肉体的な性差を踏まえた意味での「男らしさ」「女らしさ」なら、僕はこの抱擁感の差異なのかなって思うわけです。ちょっと古すぎる感性かもしれませんが…。先述のように今はいろんな生き方の自由があるわけですし、パートナーによっては容易に「男らしさ」「女らしさ」を語れないシチュエーションもときにはあるんでしょうね。そのときのパートナーシップであったり、シチュエーションによって「男らしさ」「女らしさ」っていうのは性差に関係なく入れ替わる時代というか。一概に「男らしさ」「女らしさ」って言いにくくなってきているんだろうなって思います。男性でも女性でも愛するパートナーのためにそのときがくれば闘うときは闘うんでしょうし、じっと耐えるときは耐えるんです。何かのときにパートナーが頼ってこれるような抱擁感は持ちたいですね。人間関係…それこそ親子関係ですら希薄で理解しがたい事件が起きてしまうような世の中です。根本的な人間ならではのリレーションシップを死守することが重要であり、その上で「男らしさ」「女らしさ」を各々で認識した上でいたわりあえる…当たり前のことを当たり前であるように努めていきたいものですね。こればっかりは真摯にそう思ったりします。
ブログネタ:星座・血液型の相性は気にする? 参加中
本文はここから
Ameba×TBS アナCAN 連動ブログ
TBS アナCAN 公式HP
Ameba×TBS アナCAN 連動ブログ

血液型と星座云々かぁ…個人的にはまったく信じていないなぁ。だいたい血液型なんて適当なイメージだと思うよ。僕なんてひとによって言われる血液型違うものね。「北村さんって絶対に●型でしょう?」とか全部の血液型言われたことがあるよ(^^;)。だいたい人類を4分割してどうするんだよ、っていう。星座にいたっても数が増えたところで同じようなもの。誕生日で運勢がきまってたまるかっていう。ただ占星術でも古代から伝わるようなやつだと、それなりに重みもあるとは思うんだけれど。占星術師ならいざしらず、素人のおまえにひとの人生判断されたくないよっていう(笑)。こんなこと書くと怒るひといるけれどさ。現に僕の人生、当てられたひといないもの。現に今もひとによっては絶頂期だって言う奴もいるし、「今年から北村さん駄目だから気をつけたほうがいいですよ」とか言うひともいる。いずれにしろ、今まで生きてきて良かったことなんてないんだから一緒なんだよ(笑)。

ただ、大して接していないひとと会話を合わすときにネタとしては便利なんだ、血液型とかって。天気の話とかと一緒です。そうやってお互いを探って行くところだってあるしね。業界のひとと話すにしたって、いきなりマニアックな音楽談義ってわけにはいきませんからね(笑)。社交辞令+αの便利な話題ツールって域を出ないな、僕にとっては。

ところで血と星っていう言葉ですぐに連想する曲がありましたのでご紹介します。「また斉藤由貴かよ!」って言われそうですが、彼女の自作詩ではいちばんっていうほど好きな曲が「Where~金色の夜」です。作曲はKARYOBINでもお馴染みの上田知華さん。ゴスペルチックにも感じられるなんとも壮大で美しいメロディがツボです。チェンバロのような音色をフィーチャーしたサウンドもまた新鮮でした。知華さん、最近はあまり名前見ないがするけれどどうされているのかな? 「Where~金色の夜」は『TO YOU』というミニアルバムに収められているんですが(スタレビにも同名のアルバムがありますけれど)、これがなんとも変な作品集なんです。タイトルがみんな「Who」とか「What」とか「How」とかそんなんばっか。斉藤由貴じゃなきゃありえないアルバムだね。またスタッフもよくぞ英断したものだ。素晴らしい。

斉藤由貴「Where~金色の夜」
斉藤由貴・作詞 上田知華・作曲

金色の夜/ふりしきるよ ひかり 満月/蜂蜜のような/恋が終わる 甘く/はりつめた視線を/そのまま 感じて/最後の場面を どうぞこわさないで/金色の夜/Where's my truth?/完成する この世界/この丘の この場所に/暗闇の夜/まよわせないで もう/初めから私は/嘘つき 偽善者/あなたを愛するつもりなどなかった/暗闇の夜/Where's my truth?/きりさかれて 血を流す/恋がただ したかった/金色の夜/ふりしきるよ ひかり...

非常にショッキングな歌詞でしたね。最初は自殺を歌っているのかと思った。それに近いところはあるのかもしれないけれど、ロマンティストの失恋、そしてその不条理さをテーマにしています。平凡たる恋の終焉とともに“きりさかれて 血を流す/恋が”できなかったがゆえの失望…十代の恋愛って似たようなところがありませんか? 初めての性体験みたいなオマージュって目線で読み上げるとまた違った意味に捕らえられるし、何処まで狙っていたのかわからないけれど深い魅力のある歌詞ではあります。“初めから私は/嘘つき 偽善者/あなたを愛するつもりなどなかった”とかって、よくそこまで書くなぁとも思いつつ、ティーンエイジの頃の自分って似たような考えをしていたような気がするんです。当時は占いとか手相とか夢中でしたけれどね。「My Birthday」とか女の子から借りて読んだりして(笑)。あの雑誌、今でもあるんだろうか? 

当時と今の違いってことで考えると、その当時は運勢云々で「やっぱ今はやめておくか」とか及び腰になったり、多少はアドヴァイスとして受け止めていたところがあったかもしれない(といっても、どっぷりつかっていたことはないけれどね)。でも今は周りが反対しようがなんだろうが、「今しかない!」ってチャンスを感じたら絶対行くものね。そして「ほら、占いとかってあてにならないでしょう?」って言ってやりたい。…って別にそういったものを批判する気はないんです。アドヴァイスというか、ひとつの判断材料として使うのは別に構わないと思うしね。ただ必要以上にそういったものに自分自身が左右される状況っていうのは避けたいっていう、ただそれだけです。ほんの些細なことだと思うんだけれど、その些細な差で失ってしまうチャンスっていうのも中にはあって、僕にとってはそれが絶対に避けられないんだっていう脅迫観念があるんでしょうね。そんな射手座のA型ですが、さてこの先に何が待ち受けているんでしょうか?

ブログネタ:大ファンの芸能人の熱愛報道、応援する?許せない? 参加中
最近のアメブロは凄い。何が凄いってアメブロで交際宣言やら結婚の報告をする有名人が増えている! 個人的ショックは最近だと押切もえちゃんでしたが(NACK5「もえラジ」以来のファンなんだよ~^^;)、事務所のコメントみたいな発表とか記者会見みたいなところでなんとなく匂わせるみたいなグレイゾーンではなくて、自身の声明できちんと報告するっていうのは新しいスタイルだと思う。いやぁ、ここんところ立て続いているから、アメブロが後押ししているのかと思うほどだよ。そんなわけないだろうけれど。まぁ、クチコミ番付運営局のジェニーが言うように、「芸能人が恋人を作るのはタブー」っていうのは昔の話だよね。ともなると、岡村ちゃんのこの名バラードも一時代前のものになる!? いや、この曲はスタンダードですね。

イケナイコトカイ  作詩・作曲:岡村靖幸
いけないことかい?/傷ついても二度とはもう離したくない Baby/息ができないほど愛してるよ/あなたが住んでるマンション/床には たぶん バーボン ソーダ グラス/抱きしめてよ 今もしも叶うなら/裸でまだいましょう/週刊誌は ぼくらのことを知らない/おねがいだよ 僕だけのひとになってよ/眠れない夜は屋上にのぼって 風に尋ねてるんだ/「ねえドンファン 虚しいことなのか」/彼女の Love Sex Kiss 朝からずっと待っている/いけないことかい?/傷ついても二度とはもう離したくない Baby/息ができないほど愛してるよ/真夏の雨の様に 18,19が蒸発したけど/このぼくらは 今ならば大人だろうか/切ない夜は屋上にのぼって 壁にもたれてるんだ/「ねえドンファン 正しいことなのか」/彼女の Love Sex Kiss 朝からずっと待っている/いけないことかい?/傷ついても二度とはもう離したくない Baby/息ができないほど愛してるよ

megもカヴァーしていたっけね。なんかドキドキしちゃうジャケット。ちなみに曲名がカタカナ表記になったのは、当時岡村ちゃんがオリコンのチャートを見たときに横文字ばっかりでカタカナがないのが気になったかららしい。それをインタビューで読んで発売翌週くらいにオリコンを見たら、90何位くらいで「イケナイコトカイ」の文字が載っていた記憶がある(笑)。岡村ちゃんがチャート・アクション的にも派手になっていくのは、この次のシングル「Super Girl」以後だったと思います。

ブログ時代の恋愛ってものも岡村ちゃんには風刺してほしいよね。お勤めをはたしてクリーンな身体になったら頼むよ、岡村ちゃん。田代マサシ(まさしではなくてね、あくまで僕はこっち)さんにもクリーンになっていただいていつかラッツ&スターをやってほしいしさ。清水健太郎の失恋レストラン並みに僕はそのときが来るのを待つわけです。大滝詠一さんの新作が出るのとどっちが早いかな。

脱線しましたけれど、大ファンの芸能人の熱愛報道を許すも許せないも、もともと雲の上の人だからなぁ。どういう結果にしろ、応援するしかないじゃないですか。もっとも何処か微かでも仮想恋愛というかプチ片想い的に彼女たちを観ているところもあるだろうしね、ショックはそりゃ受けますよ(笑)。古くは2代目コメットさんこと大場久美子さんの結婚に傷つき、数年前は谷村有美さんの電撃婚に言葉を失い、原田知世ちゃんの結婚に関してはいまだに信じておりません(笑)。宮崎あおいちゃんの結婚にもびっくりしたっけ。でも相変わらず好きだし応援はしている。押切もえちゃんのブログもちゃんと毎日チェックしてベタしているしね(笑)。僕の仮想片想いのケースでは、誰が誰とつきあおうがなんだろうがあまり気にしない。実際、何かの拍子に接するチャンスをつかんだとしても、せいぜいサインしてもらうくらいで終わるだろうからな(笑)。

実際、アイドルの交際宣言がもとでその事務所の株が大暴落したりすることってあるのかな? 交際報道が出てモーニング娘。やめた云々とかってちょっとわからない感覚なのだけれど、そこまで重要なことなんでしょうか。十代~二十代なんて精神的にも肉体的にも恋愛に生きるようなメカニズムになっているんだからさ、もうちょっと大らかでもいい気がする。中居くんとくーちゃんを静かに応援してやればいいじゃん。原田知世ちゃんの結婚についてはいまだに信じておりませんが、心の広いミーハーな僕は真摯にそう思います。

ブログネタ:100年の恋も冷める瞬間は?
星の指輪 作詩・作曲:浜田省吾
髪をとかし 化粧して/一番好きな服を着て/子供達 お袋にあずけて/出かけよう 今夜/歩こう 雨上がりの街/踊ろう 夜が明けるまで/ほら 誰もが振り返るよ 君のことを/今も変わらず 俺 君に恋してる/一番きれいな君を知ってるから…/若い頃の計画(ゆめ)なんて/もう思い出せない/忙しいだけの仕事に 追われているうちに/時には 貧しさの中/夢見る心 捨てたけど/君がいなきゃ たとえすべて手にしても/うつろで孤独な日々が続くだけさ/一番大事なもの気づいたから…/贈ろう 夜明け前の空に/輝く星を指輪にして

浜田省吾の『その永遠の一秒に~ザ・モーメント・オブ・ザ・モーメント』が出たときは驚いた! 「境界線上のアリア」で打ち込みビートを大胆に取り入れたりと、「90年代の浜田省吾」っていうのを先駆性あふれるサウンドとともに提示してみせたアルバム。そしてこのサウンド・アプローチは『SAVE OUR SHIP』まで続くことになります。ただ、ちょっと前にブレイクビーツをオーヴァーダブしてリイシューされた『J.BOY』とかあの辺はなぁ…。そのままリマスタリングするだけで何も問題なかったと思うんだけれどなぁ。と、浜田省吾って常に現在旬の音っていうのをもの凄く意識しているひとです。パブリック・イメージ的にはどうしても和製スプリングスティーンみたいに思っている人が多いかもしれないけれど(『FATHER'S SON』のジャケットはそれを逆手にとってのパロディだったようです…パロディに思えないほどにハマり過ぎでしたが^^;)、このひとは本当に尖っていますよ。だいたいオリジナル・アルバムと、リアレンジ・アルバムを交互にリリースし続けるスタイル自体がそれを物語っています。初期作品を廃盤にしたがったりとか(笑)。

シンガーソングライターの年齢のとりかたっていうのを省吾さんは教えてくれました。40代、50代になってもロックを聴き続けて行く僕らに対して、年齢相応にも聴けるロックっていうのも彼は提示してくれたんだよね。「星の指輪」はとりわけ彼にとっても大きなポイントになった名曲。「親」になっている夫婦における現在進行形の「恋」(あえて愛ではなくて)を綺麗に描写しているんですが、ここまでソフトに綺麗に描いたものはそれまでの日本のロックにはなかった。この視点があるからこそ「I AM A FATHER」とかも描けたんだろうなぁ。省吾さん自身にはお子さんがいないっていう事実を知ると、ことさらにこういった歌が生まれていっている意味の深さを思い知るわけです。それと“時には 貧しさの中/夢見る心 捨てたけど”なんてフレーズ、今の若いバンドにはちょっと思いつかないでしょうね。彼の時代は歌い続けること自体が本当にサヴァイヴァルだったわけで、それこそ彼がレールを敷いてくれたからこそ、僕らのようにいい年齢になってもバンドやったりする文化が根付いたとも言えるんでしょうし。この感動的な歌詞、美しいメロディ、透明感あふれるサウンド、エモーショナルに歌い込んだヴォーカル…「星の指輪」は何度聴いてもジーンと来ますね。

いつかこの歌をシチュエーション的にも本当にシンパシーを抱けるようになったら、僕は幸せになっているってことだと思います。

本当に好きになったら恋ってなかなか冷めないですよね。一度好きになっちゃうともの凄く引きずってしまうタチなので、それこそ意図的に感情に蓋をしてしまうことがあるくらいの僕。ゆえにちょっとやそっとのことじゃ冷めないんです。だからいろいろ問題が起きることもあるわけだけれど…。現にこうしていろいろと思いめぐらせてもちょっと思いつかない。お金の問題とかは度が過ぎると困るけれどね…。と、自分の場合はそんな感じなんですけれど、ちょっと逆の立場になったことを考えてみる。つまり、僕の行動で恋人の恋愛感情が一気に冷めてしまう瞬間…これはいくらでもありえるような気がしてね(^^;)。あぁ、問題点や地雷がそこら辺にあり過ぎです。どうしよう(^^;)。とか考えるとさ、あんまり他人様のことをどうこうなんて気軽には書けませんね。いやはや、本当にすみません。煩悩に常に振り回されて生きるこんな僕を許してください。

ブログネタ:先輩、後輩、どっちから好かれる? 参加中

長方形シングル・ジャケットも今や珍しいものになりましたね(^^;)。レベッカ「MOON」はまだアナログ・シングルもあったと記憶していますが…。「先輩」という言葉で真っ先に浮かぶのが、僕の場合はレベッカ「MOON」なのです。といっても、歌の内容とはまったく関係ないんですが。2コーラス目のBメロ前に「先輩」って謎の女性の声が入るってやつ…あれですね。同世代のひとならばピーンと来るひと多いでしょうが(^^;)。まぁ、いわれると確かにそう聞こえるわけです。検証するとあれはNOKKOの声なんだよね。ヴォーカル・ダヴィングの際になんらかの理由で残ったもののようなんですが。アナログ録りならともかく、一応当時はもうデジタル・レコーディングだったはずで(それでもアナログ・テープに録っているわけですが)、どうしてこういうものが残ってしまったのは謎といえば謎。その意味ではミステリーとも言えるのかな?

「MOON」が収録されたレベッカのアルバムといえば『POISON』。いやぁ、死ぬほど売れたアルバムです。僕にとってレベッカでいちばん好きなアルバムは『TIME』なんですけれど、バンドとしての最高傑作といったら『POISON』かもしれません。『TIME』で確立された乾いたタイトなバンド・サウンドとソリッドに絞られた音数のアレンジがより研ぎ澄まされて、「NERVOUS BUT GLAMOROUS」とか当時の日本のバンドではありえなかった横ノリのグルーヴまで具現化してね。凄いアルバムでした。NOKKOのアイロニカルな歌詞も魅力でした。冒頭「POISON」とか「TENSION LIVING WITH MUSCLE」とか確信犯だよね、今聴いても全然古くなっていない。とにかくシンセ入りロック・バンドのひとつの完成形(スタイルこそ違えど、ビークルなんかもこの延長線上にあると思います)。これ以上の発想のものってできないのかな?

先輩、後輩どちらに好かれるか? どっちなんだろう? どっちにも好かれていないんじゃないのかな(笑)。まず思うのは明らかにタイプとして合う、合わないというのがあるというか、好き嫌いが真っ二つに分かれるっていうのはあります。老若男女関係なくウマが合うひとはいる反面、どう頑張っても打ち解けられない、話が噛み合ないひとっていうのもいる。年齢が自分よりも上だから「上のひとと付き合う方が楽だなぁ」、キャリアが下だから「年齢下が楽」みたいなことはまったく思わないです。仕事では年齢やキャリアが上のかたと接することが圧倒的に多いし、逆に身内のバンド関係だと同世代より下の世代も多い。十代の子とは最近はあまり接点ない気がするけれど、それも別に好かれていないっていうんじゃなくて、出逢うきっかけがないというだけだろうし。ちょっとどっちかとは言いきれないですね、やっぱり。

ただ、今の自分をここまで導いてくれたのは先輩や先生といったひとたちの存在は大きいです。あとは憧れのミュージシャンだったりね。そういうひとたちに逢いたい、取材したい、顔をおぼえられたい…そういうのが原動力になってここまで頑張ってきました。これからもそれは変わらないだろうなぁ。もちろん、若い子たちともどんどん出逢いたいですけれどね(^^)。特に女の子、っておいおい。
ブログネタ:メニューはすぐ決められる? 悩む? 参加中


メニューという言葉ですぐ思いつくアルバムといえば一風堂のベスト・アルバム『LUNATIC MENU』。ミリオンセラーとなった「すみれSeptember Love」が引き金となり、急遽それまでリリースされていた3枚のアルバムで編集された一風堂初のベスト・アルバム。収録曲ははっきり言って微妙。おいおい、って感じ。しかし、CD化されていたのは永年これ1枚だったこともあり、それはそれは大切に聴いておりました。その後シャズナ様のカヴァーのおかげで「一風堂/土屋昌巳ベリー・ベスト」というシングル・ベストもリリースされました。これは良いです! が、僕は割ってしまいました(号泣)。今プレミアついていてなかなか手が出せません。そこそこのがもし中古屋で売っていたり、デッドストックの新品などがありましたらぜひ僕に譲ってくださいm(_ _)m。一風堂は一昨年にボックスセットが出てCD化されるまでは本当にCD化されない大物バンドって感じではありました。このボックスもプレミアついていたりしますよね。名曲だらけなんですけれど、世の中的にはこの曲になるのでしょう。

一風堂「すみれSeptember Love」
竜真知子・作詞 土屋昌巳・作曲・編曲

それは九月だった あやしい季節だった/夕闇をドレスにかえて 君が踊れば都会も踊る/まるでマンハッタンストーリー 君さえいればパラダイス/昔見たシネマのように 恋に人生賭けてみようか/You You You 誘惑の摩天楼/You You You 夢が花咲く/すみれ September Love/踊ろう September Dancing/明日は明日 ライラライラライラ/君は夢か幻/すみれ September Love Again/今夜は September Dreaming/ゆら ゆら 揺られて ライライライライ/君は奇跡だった 優しい天使だった/あきらめをおぼえかけてた 僕の心に触れた微笑み/You You You 許されるものならば/You You You 夢の続きを/すみれ September Love/踊ろう September Dancing/明日は明日 ライラライラライラ/君は夢か幻/すみれ September Love Again/今夜は September Dreaming/ゆら ゆら 揺られて ライライライライ

ボックスセットが出たときに土屋昌巳さんに取材ができて、初めてお逢いすることができました。あれは嬉しかったなぁ! 僕にとっては本当にギター・ヒーローなので、ギターを持って行ってサインしてもらったんですよ。「Radio Fantasyって書いてください!」とかお願いしたりして(笑)。「すみれSeptember Love」は一風堂にとっていわゆるシングル・ヒットが求められた初めてのタイミングだったようで、資生堂とのタイアップ諸々のことを考えて初めて外部の作詞家を起用したのでした(それまでは基本的には全部土屋さんの作詞)。それが竜真知子さん。竹内まりやだったり、70~80年代のニューミュージック系をいろいろ手がけている作詞家さんですが、ここでの土屋さんとの出逢いがきっかけとなり土屋さんの2ndソロ・アルバム『東京バレエ』に繋がることとなります。当時最先端の機材とビートにワールドミュージック・テイストが盛り込まれた独自の音世界。トレードマークのヴィンテージ・ストラトを操りながらも、それまで聴いたことがないような繊細なトーンが紡がれたギター・サウンド…目から何度と鱗が落ちまくりました。そしてその先進志向って今も変わっていないんだよね。僕としてはまたソロ・アルバムを作ってくれないかなって思っているんですが…。

『LUNATIC MENU』ってタイトルは考えられているようで結構安直なんだよなぁ。見岳章さんの流麗なピアノ・ソロが繰り広げられる「MORNING MENU」がトップに入っていて、ラストには土屋さんのギター・ソロで泣かせてくれる「LUNATIC GUITAR」(笑)。このふたつを合わせただけじゃん(笑)! 僕から言わすと一風堂の真の意味で最適な選曲がなされたベスト盤というのはまだ出ていないのです。強いていえば「一風堂/土屋昌巳ベリー・ベスト」だろうけれどあれはシングル集+αですし…。っていうわけでEPICさんか、ソニーGTさんか、僕に一風堂ベストを選曲させてくれませんか? 土屋さんのソロ・ベストでも可。みんなでもっと盛り上げて土屋さんに新作を作ってもらおうよ!

「メニューはすぐ決められる? 悩む?」 ですけれど、クチコミ番付運営局のダニーはわりとすぐに決断できるひとのようですね。優柔不断かどうかを判断するときに外食メニューっていうのはよく話に出るけれど、僕もわりかし決められないひとです…。身内で食事するときは特に気にしないので、もう優柔不断丸出しですね。「ご注文よろしいでしょうか?」っていう店員さんを「まだ決まっていないんで…」って追い返してしまうような(^^;)。ただ、これが仕事関係とかだったりすると遅れをとるのが恥ずかしい。そういうときはどうするかというと、ズバリこれです。「真っ先に目に入ったものを選ぶ」! 意外と悩みに悩んでも最終的に最初に目についたやつをオーダーしたりしませんか? 僕は悟ったね。これで問題ない。それで後悔したとしてもさ、悩みに悩んでも似たような結果になっているような気がする。仕事関係だったり、あまり親しくなっていない間柄のひとにはできる限り非は見せたくないものですし、僕の場合はそういう手段をとっています。あと多いのがみんなと同じものをオーダーするという(^^;)。ただこれって見方によっては優柔不断のまんまだよなぁ…。そのとき納得いかなければ、改めて自分で食事すればいいんだよ。大事なのはその瞬間としか接することのできないひとといかに同じ時間を共有するか?だからね。そこの考え方をきちんと捕らえたりすれば、何を実際に食するかなんていうのはたいした問題じゃないわけだし。注文が決まらなくてあたふたしているっていうのは恥ずかしいし、僕は絶対にその事態は避ける。ただ、逆の立場になったとしたら、「別にじっくりと決めればいいんじゃない?」とも僕は言うと思う。自分はそうなりたくないけれども、他人のことは別に待ってもいいよ。逆にその余裕は持ちたいとも思うから。

…計算高いんだろうか、僕は。あんまり人間味ないかな。