ブログネタ:私、○○恐怖症です 参加中
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恐怖症と言われてもいまいち思いつきません。が、どうも生理的に鳥肌がたってしまうものがあります。これをどう説明したらいいのか。例を出すなら永瀬正敏の1stアルバム。

人間の身体に穴が空いていたり、びっしりとフジツボみたいなのが肌に取り付いていたりとか、そういう写真をみるのが気持ち悪くて耐えられない。怖いものみたさみたいな気持ちはあるんですが、でも結果として鳥肌がたって身体がむずがゆくなってアレルギー反応を起こす。たった今もそうです(^^;)。

なんなんだろうなぁ、この感覚。似たような症状になるかたっていらっしゃいます?
by 大江千里
しかし、今回はこの曲を取り扱うわけではないのだ。

ブログネタ:好きだと確信する瞬間は? 参加中

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好きだと確信する瞬間かぁ。…なんだろうなぁ。“あ、今僕は恋しているんだ!”みたいなことってないしなぁ。その前段階というか、“ヤバい、この娘を好きになるかも”みたいな錯覚はある気がしますが。それがやがて自然と実感となる場合もあれば、単なる勘違いでそのまま記憶が薄れてしまうこともあります(笑)。いずれにしろ、僕には遥か遠い昔のことのように思えて仕方ない。そういうことにいちいち熱くなっていた頃も確かにあったはずなんだけれどなぁ。実感としてまるで思い起こせないところはなんとも寂しいところです。これが人生の晩年か。かろうじて、僕はそういう想いをプルーストのマドレーヌを浸した紅茶ならぬ、歌を媒体として思い出すことはできます。漠然としたものではありますけれど、でも心地良い懐かしさです。

尾崎亜美「マイ・ピュア・レディ」 作詩・作曲:尾崎亜美
ちょっと走りすぎたかしら/風が吹いていったわ/やっぱり頭のうえは ブルースカイ/たった今 気づいたの/今日のあなたに似合ってる/いつもとおんなじ口笛/ああ 気持ちが動いてる/たった今 恋をしそう/ダイヤルしようかな/ポケットにラッキーコイン/ノートに書いた テレフォン・ナンバー/たった今 気づいたの/今日のわたしに似合ってる/ショーウィンドウにうつった街/ああ 気持ちが動いてる/たった今 恋をしそう ラララ・・・/たった今 気づいたの/今日のあなたに似合ってる/いつもとおんなじ口笛/ああ 気持ちが動いてる/たった今 恋をしそう/ああ 気持ちが動いてる/たった今 恋をしそう

僕のアイドルのひとり、尾崎亜美さんの代表曲。アレンジも自身で行なう女性シンガーソングライターというのは当時限られていました。本当、数えるほどしかいなかったよね。吉田美奈子さんとか飯島真理さんとか…。亜美さんもそのひとりで、非常に画期的な存在として僕は観ていました。そして現在にいたるまで名曲を精力的に生み出しており、まったく声にも衰えのないままだし、ルックスも相変わらず…。いまだ憧れのシンガーソングライターです。

「マイ・ピュア・レディ」はCMソングだった記憶がありますが、春~夏を彷佛させる爽やかなシチュエーションと、恋に気づく女の子の心情がキュートに描かれています。“ああ 気持ちが動いてる/たった今 恋をしそう”っていうフレーズは革新的だったなぁ。こういう恋愛感情へ移行していく様は描写する歌っていうのは、ちょっと他じゃ思いつかないと思うんですがいかがでしょう? こういう気持ちになることはもう僕はないんだろうなぁ。ないものねだりゆえのせつなさ、そういう想いを抱かせるところも含めてこの曲は好きですね。また、あの亜美さんのちょっとハスキーな愛らしい歌声で歌われるとグッとくるんだよねぇ。

それはそうと、今回のブログネタを出題したTBSルーキーアナウンサーの加藤シルビアさん。めちゃくちゃ可愛いじゃないですか!

シルビアさんにたった今恋をしそうです(笑)。個人的に上條ひとみさんを思い出しました。…ひとみちゃん、今何やっているんだろう? 元気かな? U-CANとレコード契約は切れちゃったのかな?
ブログネタ:映画は字幕で見る?吹き替えで見る? 参加中

映画に関しては完全に字幕派ですね。

言葉がわからなくても、できるだけその俳優さんの声や言葉のテンポや間だったりっていうのを感じたいですから。声優さんの声そのものに存在感がありすぎて、変な固定観念を抱きたくないというのもありますね。

ただ逆にあまりに声優さんがハマりすぎていて、吹き替えで観たいものっていうケースもあるな。「刑事コロンボ」や「ナポレオンソロ」とかね。元々の声が思い出せない(笑)。いわゆる名画と呼ばれているものはなるべく字幕で観たいですね。

チャップリンなんかは基本的にサイレント映画だったわけですから、『独裁者』『ライムライト』で話声を聞いたときは衝撃的だったなぁ。『モダンタイムス』の最後の歌唱シーンとかね。台詞なしで演技だけですべてを伝えられるなんて本当に凄い。パントマイム芸とか、僕は本当に尊敬しています。言葉の壁を越えて、世界中のひとと同じ理解ができるわけだからね。

これまで観た映画で印象に残っている字幕…やっぱり「時計じかけのオレンジ」だろうなぁ(^^;)。スラングだらけの原語を「ルビ」という手段を使って見事にわかりやすく伝えてくれるんですが、これなんかは完全に字幕ゆえの勝利でしょうね。「時計じかけのオレンジ」の存在をしったのは、渡辺美里の「Here Comes The Sun」の歌詞。当時はビデオ化などされていなくて(内容が内容だからされることはないと一時期は思っていました)、小説などは読んでいたけれど実際の映画を観ることができたのは高校時代になってからです。衝撃的な内容でしたね。中で流れるシンセサイザーが奏でるクラシック・カヴァーも好きで、サントラ盤は今も愛聴盤のひとつですね。
別に埼玉市でいいじゃんと思ったんだ、合併のとき。浦和と大宮とかが合併して、交通標識がみんな「さいたま市」になってしまって余計にわかりにくくなった。浦和と大宮じゃ方向的に大違いだからね。平成の大合併って決して良いことばかりじゃないと思ったよ。そしてこのひらがな議論、暇人&発想が貧困な奴ほど提案したがる傾向があります(マジで)。こんなこと堂々と話して悦に入っているんだとしたら相当におめでたい。そんな時間ありましたら、漢字検定のお勉強でもいかがでしょうか?

「栃木県」を「とちぎ県」に! と議員
 6日におこなわれた栃木県議会で、「栃木県」を平仮名の「とちぎ県」にしたらどうか、との提案がなされネットで話題となっている。..........≪続きを読む≫


愚かだと思う。なんでもかんでも「やさしく」すれば物事が良い方向に進むのかというと、決してそういうわけではないからね。学校週休二日制なんて愚の骨頂じゃないですか? ゆとり教育どころかゆとりもないし、学力も下がったし。もとに戻した方がin the night?(保母大三郎風)。栃木なんて漢字、アイヌ地名の当て字に比べたらなんてことない。「さいたま市」の近所に住んでいる僕が言えた柄ではないですが、別にひらがなにしたからって何が変わるってわけじゃないですよ。日本人なんだったら漢字文化ってものをむしろきちんと教育すべきだよ。こういう議論って円周率は3みたいな話と同レベルに思えてしまうのです。

イメージ的に薄いのは名前のせいではないと思うんだよね。こんなくだらない議論をするよりももっと論ずることがあるんじゃないのかな? 栃木県議会のみなさま。

ブログネタ:告白は電話派?メール派?直接派? 参加中

羞恥心っていうのに意識的に蓋ができる僕(そうじゃなきゃ、憧れのミュージシャンとかに仕事でインタビュー取材とかできないよ)。当然告白とかがんがんできる人間なんで、電話とかメールなんてまどろっこしいことしないでそりゃ直接言えますよ。が、が、が、実際は特に告白とかそういうのはなしに、何となくそういう関係になってしまうのが僕の場合は多いんです。それはそれで浪漫がないですね。駄目男ですね。僕とつきあうひとは本当にたまったもんじゃないですね。「一度は恋愛に狂ってみなさいよ!」とか言われますが、まったく持って僕には向いていないんだと思います。だから風味堂の「愛してる」みたいなシチュエーションは僕にはありえない。“初めて君からその身を寄せてきたんだ”の瞬間にこっちの手が出てしまいそうです。でもそれでは浪漫がないですね。

風味堂「愛してる 」 作詩・ 作曲:渡 和久
恋の終わりはいつも人を優しくする/悲しいけれどホントなんだ/君がサヨナラ言った二人最後の夜/初めて君からその身を寄せてきたんだ/恋の終わりはいつも人を素直にする/悔しいけれどホントなんだ/朝がせまってきてる二人最後の夜/声にならない気持ちがふと手を伸ばす/あと少しだけ あと少しだけ/君を抱きしめさせてくれないか/夜が明けるまで君のぬくもりを/ウソでいいから僕にくれないか/愛してる 愛してる/もう 言えなくて/Ha- ずっと愛してる/恋の終わりは君をもっと綺麗にする/今よりもっと綺麗な思い出になる/めぐる季節に消える二人最後の夜/そんな思い出なんかに/変わってしまう前に/あと少しだけ あと少しだけ/君を抱きしめさせてくれないか/夜が明けるまで君のぬくもりを/ウソでいいから僕にくれないか/愛してる 愛してる/もう 言えなくて/Ha- ずっと愛してる/いつか消えてしまう恋の中で/ひとつだけ残るものがあるなら/夜が明けるまで君のぬくもりを/ウソでいいから僕にくれないか/…くれないか/愛してる 愛してる/もう 言えなくて/Ha- ずっと愛してる

最近はご無沙汰ですけれど、風味堂には二度ほどインタビューしたことがあります。もともと「楽園をめざして」で虜になった僕、渡さんの超絶ピアノ・プレイに憧れています。亡くなったお母さんがピアノの先生をされていたということで、てっきり幼少からピアノ漬けで育ってきたひとなのかと思っていたんですが、本人に聞いたら「いや、大学時代にコピー・バンドとかやり始めてからですよ」と。…本当かね? たかだか7、8年でここまで弾けるようになるものかな? と、そこは僕はどうにも懐疑的になってしまうほどピアノ・プレイが凄い! 3人とも素晴らしい演奏技術を備えたミュージシャンではありますが、本当にいろんな音楽性やリズムのにトライしていて、そもそもその柔軟性が凄いなって思います。

「愛してる」はドラマの主題歌になったこともあり大ヒットしたわけですが、すぐ手が届く距離に君がいるというのに、しかもどういうシチュエーションかは説明されていないけれどこれで会えなくなってしまうという夜なのに、「愛してる」という一言を言えないという優柔不断さ…たいていのひとの心には響くだろうね。僕みたいに「さっさと言えよ、そんなもん」なんていうのでは浪漫がないですね。わかっています。言えないからこそ、こういうドラマが生まれる。しかもサビでがんがんエモーショナルに「愛してる」って何度も歌っておきながら、“もう 言えなくて”で締めるというこのせつなさ! さすがだなぁ。シチュエーションが説明されていないゆえにいろんな受け取り方ができるわけで(プラトニックなのか、ある程度つきあった仲なのか、恋人同士だったのか…とかね)、“もう 言えなくて”の意味合いもそれによって180度変わるんです。これが凄い! 本当、考えられているなぁって思います。渡さんって言葉遊びっぽいこともするひとですけれど、凄い物語性を樹脂してソングライティングするひとですので、「愛してる」は完全に練りに練って作り上げたゆえの境地とさえ言えます。“恋の終わりはいつも人を優しくする”→“恋の終わりはいつも人を素直にする”と来て、“恋の終わりは君をもっと綺麗にする”と来るところとかね、いやはやさすがだなぁ! 

そしてこんなせつな~いラヴソングを書き続けている渡さんも先日遂に結婚されましたよね。ちゃんと「愛してる」は言えたのかな?
毎回大人心(子供心?)くすぐる企画が楽しい「大人の科学」。
http://otonanokagaku.net/
去年発売されたテルミン付録の号は大きな話題になりましたよね。そんな彼らが遂にやってくれました。7月発売の特別号はなんとシンセサイザーが付録でついてくるのです。
http://otonanokagaku.net/magazine/special2/

原始的なメカニズムのものではありますが、シンセサイザーの基本理論がたしかに学べるしちゃんと面白い音も出るようです。この制作秘話が面白いのでご覧ください。
http://otonanokagaku.net/feature/vol15/
LOGIC SYSTEM 松武秀樹さんとの打ち合わせを筆頭に、バジェットと闘いつつ落ち着きどころを探して行く様子に同業者として涙を隠しえません(笑)。いや、マジで面白い企画だと思います。シンセサイザーはとにかく「音を作る」のが基本です。弾くのは二の次でいいし、モノフォニック・シンセは単音しか鳴らなかったからこそ、いわゆるピアノ・レッスンを受けたことがない音楽家を次々に生み出したのです。現に松武秀樹さんも鍵盤演奏はできないからね。この付録シンセはちょっとした演奏もできますので、「シンセサイザーなんて難しそう!」なんて固定観念にかられている人は特に遊び感覚でいかがでしょうか?
ブログネタ:転校生に関する思い出 参加中

今はラジオばかりで一切テレビは観ない人間でしたが、昭和50年代はTVっ子だったんです。TVが観たいために早起きだってしたし、砂嵐のなかでテレビ埼玉をなんとか観ようとUHFのアンテナを引っ張ったり曲げたり頑張っていたものです。ゆえに、TVに夢中だったのは小学~中学時代。それ以後は完全にラジオ育ちですね。ハマった映画や番組があるとビデオとかで一気に観ていました。毎日日記をつけるとか毎週ビデオするとか、習慣的に何かをするっていうのが性に合わないんだから仕方ありません(このブログがちっとも日記に近づけないのもそれが理由です。単発原稿を書いているのとなんら変わらないものな)。当時、シリーズものを観ていても何処かで一回観逃したりとか平気でしていたもんのです、ただ当時の特撮やアニメって続き物ではなくて一夜完結が多かったからそれでも構わなかったんですね。アニメだとどうしても続きものチックになってしまうので、大らかな流れはありつつも一話完結の特撮とかそういうほうが僕には向いていました。

で、同時に当時よくあったのが児童文学のドラマ化。中学生日記とか今でもあるのかな? 民放でも30分番組の一話完結方式で児童文学作品をドラマ化するっていうのがあったんです。ズッコケ三人組とかも実写化していたはず。どんなんだったかはさっぱりおぼえていないけれど。あばれはっちゃくとかも内容ほとんど忘れちゃったしなぁ。でも確かに当時は夢中になって観ていたはず。「うちの子にかぎって」とかのドラマ枠じゃなくて、あくまで児童文学に重点を置いた30分ドラマ番組ね。

そのなかでいまだになんとなく忘れられないものがある。転校生ものの話なんですが、その子は宇宙人なんです。で、何かの拍子で主人公の子と仲良くなるんですが、エンディングで自分の星に帰るのか、送還されるのかってことになったときに放課後の学校で話すんです。「地球はいいなぁ。いろんな色があって。僕の星はモノクロームで色なんてないんだ」だったっけか、「地球っていいなぁ。自由があって。僕は自分の星に帰ったらまったく自由がなく暮らすことになるんだ」だったかな? そんな告白があってまた「転校」していってしまい終わるんですけれど、もの凄いわだかまりの残る話だった。「なぞの転校生」だったかな?って一瞬思ったけれど、原作の内容とは違うようだし何しろ僕自身の記憶が曖昧すぎてもはや確かめようがない。

同シリーズでお父さんが泣くなってしまうことで、施設送りになってしまう兄弟、、、のことを描いた話もありました。これまたエンディングで病床の父親が子供たちに語ります。「ごめんな、お父さんって親戚付き合いを全然してこなかっただろう? だからおまえたちを頼めるひとがいないんだ。」…こんなんばっか。いや、明るくハッピーな話もあったのかもしれないけれど、僕が記憶しているのはどうも暗い話の断片ばかりなのです。こうした記憶があるせいで、転校生っていうシチュエーションには不条理で暗いイメージしかない。転校生と仲良くなれた記憶もそういえばないんだよなぁ。そしてもうひとつ、転校生の娘でとにかく可愛かった娘の名前をおぼえています。その名は中井典子ちゃん。しかし顔もどんな娘だったかもまったく思い出せない(苦笑)。こういうのもあってどうしてもミステリアスなんだなぁ、転校生っていう存在は。

僕自身、生まれも育ちも埼玉県川口であり、一度も引っ越した経験がない。当然、転校したっていう経験もないわけです。だから余計に転校生っていうものに憧れていたところはある。自分に対する何の固定観念もない未知なるひとたちと接する…人生のリスタート! 結果やプロセスよりも常に出逢いやはじまりに固執する性格は幼い頃からだったのか。誰かに対して何らかの印象を残しやすいタチなようで、固定観念を持たれるっていうのにもの凄い抵抗を感じます。三十路過ぎたいい大人がですよ? いつだって転校生になって新しい環境で僕は挑戦したいのかもしれない。もっとも転校生になったことがないゆえの甘い考えで、彼らの辛さなどまったくわかっていないからこそのあまちゃんな発想であることは言うまでもありませんが…。ここ数年、唐突に携帯電話を変えまして(これには携帯電話会社と喧嘩したりもろもろがあったからなんですが)、結果的にナンバーポータビリティもせずに、一気にほとんどのひとの電話番号を喪失しました。残ったのは仕事関係だけ。プライヴェートのひとの連絡先を意図しない結果ながらもなくしたことで、大変なことも多々あったわけですけれど、それで何となく連絡とらない(とれない)まんまで遠ざかってしまったひともいる。でもメールアドレスとかならば、僕の名前を検索すればすぐわかるわけだし、先方さんが望むならば僕にアクセスはできた。でも来なかった。ということで、そういうのはその程度の関係だったのかなと今は思うわけです。今思えばそのとき、僕はシチュエーション的に転校生気分を味わっていたのかもしれないな。
ブログネタ:春からの値上げラッシュ、生活直撃している? 参加中

ここ数十年、日本の物価って安定していたから、いわゆるインフレっていうものがちっともピンと来ないし、その対策っていうのも不充分。しかも微弱でも給与水準もアップしてきた現実もあったわけだけれど、遂にそれも頭打ちとなってしまっています。自営業やフリーで仕事をしているひとにはそのヘヴィさっていうのとうに実感として捕らえていただろうけれど、そんなひとたちの会話では「会社勤めのひとはいいなぁ」などという台詞もたまには耳にしたもの。しかしそれも過去のものになります。遂に一般庶民と認識しているようなみんなが経済的な不安にさらされるご時世になってしまいました。「不景気」っていうのを越えて、「恐慌」なんて言葉がこれからささやかれるようになるのかも。

食糧や石油製品など生活必需品が高騰、それでいて重税がのしかかりつつも身入りは増えないわけですから、緊縮財政で生きて行く術を僕らはおぼえなければいけない。税金の控除も順々に取りやめの方向に向かっているし、煙草1,000円議論だなんて話も先週は出ていたと思うけれど、たとえ煙草1,000円で税収を増やしたとしても消費税は増やすと思うんだよね。さらに自民党は退職金からも税金をぶんどろうとしているし、高齢化社会/少子化社会というかつてない社会の到来に太刀打ちできない政治と汚職が追い打ちをかけます。原油高騰っていうのも、これまでだったら車やバイクを乗らないひとにはピンと来なかったかもしれないけれど、運搬コストで食品類、プラスティック製品の原材料に跳ね上がるものですから、さすがにそろそろ「ヤバいんじゃない!?」って思い出したはず。限られた資源に群がる人間の構図があって、これまでは「先進国」と呼ばれてきた一部の国で食い散らかしていたものが、市場飽和で勢いを失い「衰退国」となり、市場的にも経済的にもそれにとって代わる「新進国」という勢力が台頭してきて自然とみんなの食い分が減少していくどころか、新進国に優先的にものが集まるという。それ自体はシンプルで把握できる。ただそこに「投機」っていうマネー・ゲームが絡むから余計にややこしい。特にそのマネー・ゲームに産油国も金を注ぎ込んでWで儲けているものだから、生産量も増やす理由もないし青天井な原油高騰に歯止めがかからない。

真面目に歯止めをかけるとしたら、それこそ国家間で原油絡みの投機に一定の制限を化す取り決めなりなんなりを早急に議論すべきなんだけれど、これまた各国家にいろいろと思惑があるもので足踏みが揃わない。特に産油国からするとこのオイル・バブルを自制する理由はないからね。これまで同様の生産量で何倍も設けられるシステムが築きあがったんだもの(それも棚ボタ的に)。40年で原油が枯れるなんて話もあるけれど、そんなもん僕が幼少から言われていることだからね(笑)。彼らは何も危惧していないんじゃないかって気がします。ただ代替エネルギーなり省エネルギーっていうのは凄く重要なので、この機会にそれを考えるのはいい機会だとは思う。おまけに地球温暖化による予想不可能な状況っていうのがある。太平洋のある島では海水上昇により水浸しになってしまった。今後気候変動や生態系の変化でより食糧不安なり水不足っていうのもシリアスになるでしょう。そう考えて行くと、これからサヴァイヴァルしていくことっていうのはひと筋縄ではいかない。いわゆる勝ち組とか負け組って発想では駄目という。勝ち組だけが生き残れるのかっていうとそうではなくて、勝ても負けてもみんな死ぬしかないという(笑)。おまけに天災なんて何がどうなるかわからないわけだしね。ついこの間、四川やミャンマーで考えさせられたばかりのことだよね。

小麦の値上げで一時期、100円ショップからパスタがなくなってしまったり(今は店頭に出ていますけれど、あれも今後は内容量が減るか何かの対策がとられるかと思います)、ティッシュ/トイレットペーパーが値上がりしたり、これからの経済観念の変化っていうのの覚悟を迫られているような気にはなります。さらに市場からバターが消えたり…これって無関係なように思えるかもしれないけれど、乳牛の減産政策の失敗(結果的に)っていうのは今もなお考え方を変えない米の減反政策と通じる部分もあるし、それもまたこの機会に考えを改める契機だとも思う。だいたい乳牛に与える餌となる穀物自体が値上がりしているわけだからね。そして原油高騰により漁船が操業ストを起こしているでしょう? あれにより海産物も値上がりする。これまで第一次生産者っていうのは値下げ競争のいちばんの被害者になっていたわけで、商品価値の是正を狙う機会が来たというのは彼らにとって背に腹は代えられない部分ですから。当然それも消費者である僕らには向かい風となって立ちはだかる。身入りは増えないままで物価が上昇して税負担も増える…完全なるインフレの公式。挙句、金融不安で「貯蓄」ではなくて金なり物に投機するという悪循環ね。「ドルも円も未来がない」なんて見切りをつけているひとも出てきているわけですから。サブプライム問題も決して他人事じゃなくてさ、国内だって住宅ローンの返済をボーナスや退職金で当てているひといるわけでしょう? そういうひとたちが一気に倒産/失業して自己破産したら同じことが日本でも起き得る。早ければ数週のうちに6月税調で議題となりえる退職金大増税なんてさ、その不安をあおりたてるマイナス材料にもなりえるわけだし。書いている僕自身、憂鬱になってくるぐらい救いがないんだよなぁ。

大江千里の『OLYMPIC』は中学時代にリリースされた忘れられないアルバム。大江千里はポップ・スタンダードな感性とともに社会風刺的な姿勢も顕著で、個人的にも大きな非常に影響を受けました。中でも「夏渡し」のヒリヒリとした感触はたかだか13,4歳の自分には大人過ぎたけれど、衝撃として胸に刻まれましたね。この曲はもともと『OLYMPIC』の先行シングル「YOU」のB面曲としてお目見えしたんですが、千里さんの当時のコメントによれば「アルバムの1曲として聴いてほしい」ということでした。彼にとっても想いの深い曲なんじゃないかって気がします。

大江千里「夏渡し」 大江千里・作詞・作曲
政治の真似事のようなビラをまいた水曜の朝/本気でまわりの全部 変わるなんて考えてない/彼はかつて同志と呼ばれ/逆らうことにあきたりないと言った/渋谷の改札で声を上げる人の群れたちよ/あれから新聞も活字が増えたと目を細めてる/この国に夏が来る/変わらずの夏が来る/登記も書きかえたという母の声が耳はなれない/彼女のスカートの丈も会話も責めるのも短くなる/今日は少し遅く起きて/すいたバスのうしろにゆられてみた/入江の桟橋の低い土地ももう買えなくなる/これから新聞は一人の死亡記事もひかえるさ/この国は何処へ行く/変わらずに進んで行く/そろそろ梅雨も軒をくぐって/ぼくも仕事を又始めるよ だから/何処かの人ごみで偶然変わったきみにあいたいな/そのころ今より昔に近いぼくでいられたら/この国に夏が来る/変わらずの夏が来る/この国は何処へ行く/変わらずに進んで行く/この国に夏が来る

『OLYMPIC』の後、『1234』ってアルバムの「帰郷」で“インフレ”って言葉が出てきてびっくりしたものだけれど、この歌の世界が現実として自分に追い(負い)被ってきたんだなぁというのを真摯に感じるわけです。僕は昭和の風景として(実際『OLYMPIC』はそれがテーマだったから)受け取っていたわけだけれど、気づいたらこの歌がアイロニーなポリティカル・ソングに変貌しているのに気づきました。特に“この国は何処へ行く/変わらずに進んで行く/この国に夏が来る”の部分ね。この歌が書かれたときは「普遍」な情景に個人的な変化とを対比させた歌の内容だったはずなんだけれど、今は“変わらずに進んで行く”ってアイロニカルな表現に受け取れてしまう。歌って生き物というか、歌い継がれていくうちに変わってしまって驚かされるときが多々あるんだけれど、まさに「夏渡し」はその典型です。だからこの歌は色あせることがない。歌とともに僕自身が変わっていっているという部分もあるんだろうけれど、それでもいまだリアルなものとして僕の胸には響いているんです。

今は海外留学中につき音楽活動休止中の千里さん。帰国したらまた「コスモポリタン」「AVEC」「夏渡し」「帰郷」「ハワイへ行きたい」「文化祭」のような辛辣なメッセージ・ソングを書いてほしいなぁ、と真摯に切望しています。
最近は個人的にカセットテープ再評価熱が高まっている北村和孝です。ダイソーでカセットが売っていたから買ってきました。

CDixってシリーズまだ生き残っていたか!ハイポジもまだあるんだね。カセットMTRもいまだにあるわけだしなぁ。どの程度のクオリティを保っているのかが楽しみ。

僕らの時代はオーディオブームでしたから、カセットもいろんな種類がありました。僕もコレクションがあったんですが今はもうこれだけ…。どなたか未開封のデッドストックのカセットテープがありましたら安く譲ってくれませんか?特にメタルテープが欲しいんですが…。特に80年代のカセットテープは好みの音で録れるものが多かったなぁ。
原田郁子ちゃんの2ndソロ『ケモノと魔法』は装丁もゴージャスだし内容濃いですよ。絵本とCDが一緒になったちょっとリッチな仕上がりですが、こういう作品作りを支えるスタッフワークにも僕は拍手を送りたい。

タワレコの看板ポップもインパクトあるなぁ。クラムボンならともかく、ソロ名義での見事な露出、気合い入っているのを感じます。。

郁子ちゃんのキュートでエモーショナルな歌声もさることながら、ピアノ・プレイも神がかっているので聴きどころです。そして何と言ってもクラムボンでは聴けない彼女自身によるソングライティング。独創的で実に面白い。

アートワークも郁子ちゃん自身によるもので、まさに耳と目で楽しめるんですが、僕はこのトマトの絵が気に入っています。叙情的な日本画のタッチなんだなぁ。