
ブログネタ:あなたが考える「男らしさ」「女らしさ」って何? 参加中ガッツだぜ/ウルフルズ
作詞・作曲 トータス松本
ガッツだぜ パワフル魂/ガッツだぜ すいもあまいも/ガッツだぜ Do the ど根性/男は汗かいて ベソかいて GO!/モテない できない 言えそーもない/このチンケなオイラに 愛をちょーだい/逢えない 抱けない できそーもない/このザンゲを神様聞いてちょーだい/そんな弱気でどーすんの/グッと飲んで パッとやって Try Try Try/たまにゃはずして Feel So Good/万が一 金田一 迷宮入りする前に/ガッツだぜ パワフル魂/ガッツだぜ すいもあまいも/ガッツだぜ Do the ど根性/男は汗かいて ベソかいて GO!/モテたい ハメたい ナンパされたい/このSoulが売りよ 燃えてちょーだい/イキたい 抱きたい 愛しあいたい/ムチャでもいいからやってちょーだい/恋をもっと 腰はHot Try Try Try/ウソも方弁 Feel So Nice/グッと行って 押しの一手 命中するまで/ガッツだぜ やまとなでしこ/ガッツだぜ 老いも若きも/ガッツだぜ Do the かわい気/女はかわいく きびしくね/行くか もどるか どーしようか/ちょっとチューチョ だけどいっちょ Try Try Try/燃える想いは Beautiful/あんたがった その他大勢 永久 Lovin' You/ガッツだぜ パワフル魂/ガッツだぜ すいもあまいも/ガッツだぜ Do the ど根性/男も女も 盛り上がって GO!
この曲を最初聴いたときはコミックソングかと思っていました。その後に彼らが大滝詠一の「びんぼう」なり「福生ストラット」ならぬ「大阪ストラット」などをカヴァーしていて、なおかつ伊藤銀次のプロデュース! なるほど、大滝詠一が提唱するノヴェルティ・ソングを彼らが銀次さんとのタッグで新たに生み出したものだったのか! と、気づくのはナイアガラの96年リイシュー劇のときでした。それまではとりわけノヴェルティソングなんて言葉を気にしていなかったし、という以前に知らなかったんじゃないかっていう気がする。とにかく音楽的なリズムの面白さ、ユーモアたっぷりの韻にこだわった歌詞の作り方…そういう歌詞がノヴェルティソングと呼ばれるものです。一般的にいうコミックソングよりも作為的にリズムに着眼点があるんですね。その意味では「ガッツだぜ」は完璧なクォリティ。さすがであります。“万が一 金田一 迷宮入りする前に”とか“男は汗かいて ベソかいて GO!”とか、“あんたがった その他大勢 永久 Lovin' You”にいたっても“あんたがった”になっている部分とか、曲を知らないで歌詞だけ目で追っていてもリズムが鳴ってくるような 、いまだ独自の高揚感を保っているポップ・マジックあふれる1曲です。二番煎じの「それが答えだ」は好きになれなかったけれど、「侍ソウル」とかトータスさんじゃなきゃ書けない歌だと思うし本当に素晴らしいバンドです。バカ殿様的なPVも面白かったですよね(笑)。大滝さんは「ちょんまげは私のほうが先ですから」とか言っていたけれど(笑)。
一見コミックソング風ではあるんだけれど、ちゃんとメッセージを根底に敷いているのがトータス流。“ガッツだぜ Do the ど根性/男は汗かいて ベソかいて GO!”とか、“ガッツだぜ Do the かわい気/女はかわいく きびしくね”っていうのは、うまいこと言い当てているなぁという気がします。このご時世、そこらの男性よりも男らしい女性もいれば、女性よりも女性らしい男性もいる。いわば性差と性っていうのはイコールにならない時代になってきているわけですが、いかんせん肉体的な違いっていうのだけはどう頑張っても追いつけない。そこは不幸なことに思う人もいれば、当然のものであるように捕らえているひともいる。お互いをフォローしあっての「男女関係」であるわけですが、「父性」っていうのはやはり頼りがいのある抱擁感と言えるだろうな。どっちが入れ替わってもそこは変わらない気がするんですがいかがでしょうか? とはいえ、「男らしさ」「女らしさ」の感覚っていうのは今は明らかに変貌しました。僕は古い世代になってしまうので昭和時代の感覚って気がします。現代は核家族化が進んでなおかつ共働き時代ですよね? そうなるとユーミンの名曲すらもちょっとしたズレとして写るのかもしれません。

守ってあげたい
作詩・作曲:松任谷由実
You don't have to worry.worry 守ってあげたい/あなたを苦しめる全てのことから/初めて言葉を交わした日の/その瞳を忘れないで/いいかげんだった私のこと/包むように輝いてた/遠い夏息をころしトンボを採った/もう一度あんな気持ちで夢をつかまえてね/So,you don't have to worry.worry/守ってあげたい/あなたを苦しめる全てのことから/'Cause I love you,'Cause I love you./このごろ沈んで見えるけれど/こっちまでブルーになる/会えないときにもあなたのこと/胸に抱いて歩いている/日暮れまで土手にすわりレンゲを編んだ/もう一度あんな気持ちで夢を形にして/So,you don't have to worry.worry/守ってあげたい/他には何ひとつできなくてもいい/'Cause I love you,'Cause I love you./So,you don't have to worry worry/守ってあげたい/あなたを苦しめる全てのことから/'Cause I love you, 守ってあげたい
「守ってあげる」ではなくて「守ってあげたい」っていうのがポイントだよね。設定しているのはティーンエイジでやや振り返っているような眼差しも感じますけれど、僕なんかはこの歌に長らく「母性」を感じていました。“日暮れまで土手にすわりレンゲを編んだ/もう一度あんな気持ちで夢を形にして”とかね、今の女性シンガーソングライターではまず描かない気がします。肉体的な性差を踏まえた意味での「男らしさ」「女らしさ」なら、僕はこの抱擁感の差異なのかなって思うわけです。ちょっと古すぎる感性かもしれませんが…。先述のように今はいろんな生き方の自由があるわけですし、パートナーによっては容易に「男らしさ」「女らしさ」を語れないシチュエーションもときにはあるんでしょうね。そのときのパートナーシップであったり、シチュエーションによって「男らしさ」「女らしさ」っていうのは性差に関係なく入れ替わる時代というか。一概に「男らしさ」「女らしさ」って言いにくくなってきているんだろうなって思います。男性でも女性でも愛するパートナーのためにそのときがくれば闘うときは闘うんでしょうし、じっと耐えるときは耐えるんです。何かのときにパートナーが頼ってこれるような抱擁感は持ちたいですね。人間関係…それこそ親子関係ですら希薄で理解しがたい事件が起きてしまうような世の中です。根本的な人間ならではのリレーションシップを死守することが重要であり、その上で「男らしさ」「女らしさ」を各々で認識した上でいたわりあえる…当たり前のことを当たり前であるように努めていきたいものですね。こればっかりは真摯にそう思ったりします。