たくさんのブログの中から私のブログに
来ていただきありがとうございます。
何の参考にもならないブログですが、
皆さんとの出会いを大切にしたいと思っています。
どうぞよろしくお願いします。![]()
2010年、念願のデジタル一眼レフカメラ購入。
素敵な写真が撮れるといいな![]()
使用カメラ
Canon EOS 7D
Panasonic DMC TZ7
たまに携帯カメラ![]()
コメントのお返事について![]()
2011年からコメント頂いた方へのお返事は
その方のブログにてお返事をさせていただこうと思います。
ブログのコメント欄を閉じておられる方、
ブログをお持ちでない方のみ
当ブログでコメントさせていただきますね。![]()
去年の今頃は、、、
今年のお盆は
1月に亡くなった母の初盆
あっという間に7か月もたっている
この7か月の間
ふと思うのが
去年の今頃母は、、、って
いろいろ思い出します。![]()
去年の夏から
一人暮らしの母が
転んだりして一人の生活も心配だったので
私の家に引き取って面倒みてたな~
同じ部屋で寝て起きて、一緒にご飯食べて
買い物に行ったり、散歩に行ったり、
去年のお盆は母と一緒に父のお墓参りして
弟家族と一緒にお寿司を食べたな~
元気だったのに、、、
今年は母のいない夏
母のいない実家で弟家族と
母の思い出話をたくさんした。
初めて聞く弟の思い
初めて語る私の思いなど
天国の父と一緒に
見守っていてね
独り言![]()
実母とのお別れ
大変ご無沙汰しております
前回の更新から2年5か月ぶりです
いろいろありました
認知症になった実母のことを書いておりましたが
令和7年1月23日
母は天国にいる父のところに旅立ちました。
令和6年7月の終わり頃
定期的に通っているかかりつけ医に行くために
母を迎えに行き家に入ると
風呂場で転んで動けなくなっていました。
何とか起き上がらせ、
そのままかかりつけ医のところで診察
幸い骨折はなく軽い打撲と診断
しかし、歩行がままならず
このまま一人暮らしの家に連れて帰るわけにもいかず
母の布団、着替えなどの生活に必要なものを持ち
私の家で一緒に暮らすことになりました。
母とは同じ市内なので利用中のデイサービスも週3回そのまま利用できて
よかったです。
ケアマネさんからはこれから長期戦になると思うので
ショートステイも検討したらどうかと言われ
月2回3泊2日を利用することができた
そして、まだ先の話になると思うが、順番待ちですぐには入れないので、
とりあえず特養の申し込みもしておいたほうがいいと
すすめられ心の整理もつかないまま申し込んだ。
私の家で一緒に寝起きし、一緒に食事をし、一緒にテレビを見たり、たわいもないおしゃべりをして
何とか暮らしていたが、12月の末にデイサービスから電話があり、目を離したすきに
転倒され腰を痛め歩けない状態で
これから病院に連れていきますと連絡が、、、
診断では骨折の所見はありませんが、腰が痛いときは安静に!と言うもので
その日は歩いてデイサービスの迎えの車に乗り込んだのに
帰りは車いすだった。
何とか部屋までたどり着いたが、骨折はないと言うものの
トイレにも行けず動けない状況
ケアマネさんに相談すると10日間のショートステイを段取りしてもらえた
私はその10日間で母の腰の痛みも緩和して、また歩けるようになると思っていたが
症状はよくならずショートステイの延長をしてもらった。
年が明け令和7年1月
隣接する特養とショートステイの施設の担当の方が連携をとってくださり
入所会議を経て優先的に順番が回ってきた。
1月9日母 特養入所
ホッと安堵した気持ちを、母をもう少し家で介護してあげたかった気持ちが
交差して涙がこぼれた
入所の手続きを済ませ、母にまた来るね!と言うと
笑顔で「うん、また来てね」と
まるで今いるところが自分の家であるかのような返答だった
特養では腰の打撲による痛みのせいで食事の量が減っており
心配な点でもあるが工夫して食べていただけるよう
頑張りますと言っていただいた
特養入所から2週間たった
1月23日
夜、特養から電話があり
夕飯も何とか食べていただき8時頃ベッドに入っていただきましたが
数分後アラームが鳴り、駆け付けた時は心肺停止で
今救急車が来るまで蘇生をしているところとの事
搬送先の病院に慌てて駆け付けましたが
心蔵マッサージ中だったが、
これ以上は残念ですが無理です。と言われたのでした。
母は内科的には問題なく
足腰が悪いだけだったのであと数年は介護生活が続くと思っていた矢先
あまりにも急なことで
気持ちの整理もつかないままでした。
生前、母の口癖は
「私は一人暮らしでいつも一人だから頑張らなあかんねん」
そう言っていた
母の遺骨は笑顔の遺影のとともに一人で暮らしていた実家においてます。
亡くなっても一人ぼっちにさせてしまいました。
ごめんね さみしい思いさせて、、、
実母の認知症⑯
最近認知症になった母に変化がある。
今までは日課の散歩と称して、近くのスーパーにお買い物。
食べきれないほどの食パン、焼きそば、餃子、魚切り身、レタス、
冷凍食品の数々、野菜の数々が冷蔵庫にぎっしり、、、
こんなに買ってどうする?
誰がどうやって食べるの?
もう冷蔵庫にも入るスペースないよ~
毎回こんな会話の繰り返しで、週3日来ていただいてる
ヘルパーさんに冷蔵庫の食材で何か作ってください。
と、お願いしていた。
しかし、最近母のところに冷蔵庫チェックに行くと
綺麗なんです。
で、食べ物が少ないのです。
あれ?明日の食パンないやん!
あれ?バターもないやん、ジャムはあるけど、、、
あれ?レンジでチンして食べるご飯も、、、
冷凍庫も野菜室もスカスカ状態。
母に言うと、
大丈夫!買い物は近くだからいつでも行けるから気にしないで、、、、
翌日母のところに行ってみるが前日と変わりなし、、
買い物に行ってないな~
本人は行ってると言うけど、、、、
心配なので家でお惣菜作って持って行ったり、
すぐに食べれそうなもの買って持って行ったり。
そんな日々が続いてます。
写真も絵文字すらないたまに書く最近の私のブログ
ここまで読んでくださった方ありがとうございます
続きを書きたいのですが今日はここまでね。
実母の認知症 15
今日はケアマネージャーさんのお話を少し、、、、
母は骨折する前はデイサービス週に2回と
週1回1時間のヘルパーさんを利用していた。
けがに伴い入院や私の家で養生することになったので
ケアマネージャーさんにまず報告
(何かあるとまずケアマネさん)
すると即病院に連絡を取ってくれて
なんちゃらかんちゃらの連携を病院とさせていただきます。って、、、
要は今後デイサービスに行くことについての注意事項や
現在の状況説明を聞いてくれて
そしてデイサービスにおられる理学療法士(リハビリ)さんへの指示書まで作ってもらっていた。
すごい!こんなことまでやってくれるんだ~
ちょと感動、、、
私「ケガして手術したりで治るまではデイサービスも休んだ方がいいんですよね?」
と聞くと
「大丈夫です。来てください。傷が治るまでは濡れないようかぶせるものがあるので
シャワーも出来ますし、
リハビリも出来ますし、家で寝てるよりずっといいはずよ!」
と、言って下さり。退院の2日後から行くことになりました。
リハビリもしてもらえると言う事もあって
週2回から3回に増やすことにし、
私の家にいる間はここへ送り迎えをしてもらうことになりました。
私と母は同じ市に住んでいるのでこのようなことも
簡単にできました。
ありがとうございます
ケアマネージャーさん
デイサービスの職員の皆さん
感謝しかないです
実母の認知症 14
さて、母の手首骨折の手術のための入院は5日間でした。
足なら動けないのでもう少し入院してもらいますが、
手なら歩けるので退院してくださいと、、、、
で、5日ぶりに病院に向かった
母は病室で「? あら~レイレイちゃんどうしたの?」と
こんな感じ、、、
私「これから退院するので迎えに来たよ~」
母「あ~~そうやったの~~知らんかったわあ~」
特に傷口を痛そうにするわけでもなく元気なご様子。
しかし、手は固定され三角巾でつってるので、生活にはかなり不便なので
引き続き私の家に連れて帰りよくなるまで養生してもらうことになる。
下着の上げ下ろしがやはり不自由なので
夜は母の横に布団を敷いて一緒に寝る。
私が寝ようとすると母はいつも
「レイレイちゃん、寒くない?そんなところで寝て風邪ひかない?」
と、いつも聞いてくれる。
認知症があっても
そこはいつも気遣ってくれる
ありがとう~心配してくれて。私は大丈夫よ!
そんな会話を毎日して眠りにつく私たち親子。
実母の認知症⑬手首骨折手術
なんだかんだで翌日手首手術の為
母を連れて病院へ、、、(入院予定期間約4日)
道中、車の中で母は何度も
「どこに行くの?」
「病院?」
「また行くの?」と聞く
昨日から何度も丁寧に説明したがなかなか覚えられない。
病院に着いて手続きをして
病室に着替えなどを置いたらすぐに帰る
コロナ禍の為退院の日まで面会はできない。
と、言う事で
母に最期にもう一度
「手首の骨折れた所、きちんと手術したらちゃんと動くようになるから
頑張ってね。大丈夫だから、、、退院の時のまた迎えに来るね!」
と言い聞かせた。
母の顔は不安そうな顔だった、、、寂しげな顔に見えた。
判断力のなくなった母に代わりに
ほぼ担当医と私とで手術を決めてしまい
痛い思いをさせるだけになるんだろうか?
入院することによってもっと認知症か進んでしまわないか?
様々な不安を私も抱えたまま後ろ髪惹かれる思いで病室を後にした。
翌日手術が行われ夕方担当医から家に電話があり
「手術は無事うまくできました。ご本人も元気です」との事
一安心
翌日の夕方、どうしてるか心配だったので病棟の看護師さんに電話をして
母の様子を聞いた。
「元気にされてますよ~痛がってることもなく、ご飯も全部残さず食べておられますよ~
ただ、手術したことは覚えてないみたいで、へえ~~~手術したの~~?って言ってますよ」って、、、笑
私、命に係わる手術でないにしろ、すっごく心配したわけよ
なのに母は
痛がってない、、、、
手術したことも覚えてない、、、
よかったのか、悪かったのか
よくわかりませんが
良しとしておきます。
実母の認知症 ⑫
母の手首の骨折の手術をどうするか
1週間後の受診までに考えるように言われ
弟とも相談した結果
先生も年齢が年齢だし今更手術して痛い思いをさせるのもかわいそうだし、
固定したままでもいいのなら、、、
そうしよか!と言う事で
1週間後、先生にそのように伝えた。
が!
担当の先生は前と違う先生になっていて
「僕は前回診た医師の上司にあたります。このまま固定したまま治そうとする選択肢は
危険な選択だと思います。患者さんが決めることですが
僕は手首関節の専門医(そんなんあるんやあ~)です。
この手の手術は何百回も経験してるし自信ありますよ。
手術のデメリットよりメリットの方が大きいですよ!と
言われ、そんな自信をお持ちであれば是非手術をお願いします。と即答。
1週間悩んだのは何だったのだろう、、、???笑
そうと決まったら段取りは早い
これから術前検査を夕方までかかると思いますがしてください。
入院は明日
手術は明後日
退院は経過を診て2日後予定 以上
と言う事でバタバタと入院と手術の段取りをしたのでした。
続く
実母の認知症⑪
今年に入り何とか元気に暮らしていた母ですが
2月6日
母の隣の家の方から電話があり(何かの時の為私の家の℡番号伝えてある)
「お母さんがね~今来られて転んで手が痛いっておっしゃるので、今から来れますか?電話も掛けられない~」って、、、
嫌な予感を抱きながら駆けつけると
どうやらブレーカーが落ちて
何とか自分でしようと椅子に乗た結果
降りるときに転んで手首を痛めた様子。
駆けつけた時にはかなり腫れていて
「あ~~~あ!また骨折やな」素人の私が見てもわかる感じ
近くの救急外来受診
レントゲンの結果予定通り手首骨折の診断
先生「で!手首にプレートを入れる手術しますか?
もう、高齢なのでこのまま固定して置いときますか?
どちらにするか、そこは患者さんが決めてくださいね、、、、
今はそう言う時代なんですよ」
は???
今なんと???生死にかかわる手術ではないにしろ
こちらで決めろ?と???
私「どうすればいいかなんてレントゲンの画像を見せられただけで私はどうしていいかわかりません」
先生のアドバイスの通りにするしかないですよ~~」
先生「じゃ、1週間後また来て!それまでにどうするか考えてきて~その時もう一度レントゲン撮るから
そん時考えましょうか~~??」
そんなこんなで
片手の使えなくなった母を一人暮らしの家に置いておくわけにも行かず
とりあえずもう一度実家により母の身の回りの物をかき集め
私の家に連れて帰ることになったのでした。
うちは商売柄2月 3月は最も忙しい時期で本来なら自営の仕事のことで精いっぱいの状況、、、、
ここから怒涛の日々の幕開けです、、、(ちょっと大袈裟!笑)
あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願い致します。




