梅雨ですね・・・(;^ω^) 当たり前ですが・・・

鬱陶しい季節です。まったく降らないと困ることも多々あるので、

出来れば2晴れ1雨みたいになりませんかね(>_<)

 

さて・・・

 

「お金を粗末にしてはいけないよ。」と、

小さい頃に教えられた気がします。


あれは誰の教えだったのでしょう。


親には言われた記憶がありません。

もちろん、理屈は分かります。


お金は、仕事の対価として受け取るもの。


親からもらったお小遣いは、親の労働の対価。


だから、粗末に扱ってはならないのです。



つまり、

その根本にあるのは、労働への感謝。


でも今は、お金がお金を生み出す時代。


流通しているお金の9割は、
労働ではなく金融によって、生み出されているのです。

昔のお金と、今のお金は、同じなのでしょうか・・・


お金を粗末にせよ、とは言いません。


でも決して、

お金を崇めたりしてはならない。


それはもはや、労働の対価とは言えないから。


魂の入っていない仏像を、拝んではならないのです。

 

さてさて・・・

 

私は20年前に、

株式会社プラウドの石山になりました。

法人化したことによって、かかる費用が増えました。


設立にも、維持するのにも、結構お金がかかるのです。

なぜ、そうまでして、法人化するのか。


なぜ、株式会社にする必要があったのか。


それは、自分のお金を、自分のお金ではなくすため。


お金という駒を、武器に変えるためです。

正直言って、

プラウドの口座にあるお金も、
石山光博 個人の口座にあるお金も、
私のお金といえば、私のお金です。


どう使おうが、私の自由なのです。

もちろん、株式会社なので、
勝手に使うとは言っても、手順は必要です。


給料として、私に支払うのか。


経費として、何かに使うのか。


きちんと記録し、税金も払わなくてはなりません。

でも・・・法律を守っている限り、
ルールに違反していない限り、
何に使うか、どう使うかは、私の自由。


つまり、

私個人のお金と、大して変わらないわけです。

・・・にもかかわらず、

わざわざ経費を使って、
口座を分けている訳です。


それは、

お金を武器に変えるため。


私のお金を、私のお金ではなくすため。

私は20年も社長をやって来ました。


それなりに、お金も使ってきました。


だから、ビジネスにお金を使うことには、
かなり慣れています。

その私でさえも、個人のお金を使うのは、
かなり勇気がいることなのです。
個人口座の100万円。
これをビジネスに使うには、かなり勇気が必要です。

だからまず、会社を創るのです。
会社をつくって、100%の株主になる。


すると、

自分のお金は、会社の資本金へと変わります。


たったこれだけで、お金は武器へと変化する。


誰にでも出来る、

合法的な、マネーロンダリングなのです。

 

ある程度長いスパンで、

最適な金額を、武器として活用し、

関わる総ての人達をHappyにしたい・・・

そんなお金の話でした(^^)/

 

 

 


 

 

どうやったらモテるのか・・・どうやったら稼げるのか・・・
どうやったら、幸せになれるのか・・・(;^ω^)
私たちはその答えを求め続けています。
でも、本当のことを言うと、答えは見えているのです。

だって・・・世の中には、モテる人、稼いでいる人、
幸せそうな人たちが、たくさんいますから。


彼ら・彼女らを観察して、素直に真似ればいいのです。

でも、これが難しい。

 

なぜなら、私たちには、
知識や先入観、感情や妬みがあるから。


だから・・・目の前にあるのに、答えが見えない。


いや、見えているのに、答えだとは認めない。

答えを探すことは無意味です。


なぜなら・・・私たちは、
もう既に答えを知っているから。

さて・・・


一生懸命腕立て伏せをしても、
野球が上手くなったりはしません。


苦しいうさぎ跳びを続けたところで、
サッカーが上手くなるわけではありません。

野球が上手くなるためには、
野球が上手くなるための練習が必要です。


サッカーが上手くなるためには、
サッカーが上手くなるための練習が必要です。

上手くなるための練習。


それは、

時代と共に変化し、進化しています。


今、何をやるべきなのか。


しっかりと、

それを見極める必要があります。

当たり前、と言えば
当たり前の話なのですが・・・


これが仕事となると、
当たり前ではなくなってしまうようです。

今、多くの国民が、こう思っています。


なぜ、もっと収入が増えないのだ、と。


自分は一生懸命働いている。


・・・にもかかわらず、収入はちっとも増えない。

もし・・・これが、野球やサッカーなら、
こう考えるはずです。


練習のやり方が、間違っているかもしれない。


もう一度、自分の練習を見直してみよう、と。

ところが仕事となると、
なぜか皆、それを考えないのです。


考えずに、悩んでしまう。


そして原因を、

自分以外のものに求めてしまう。

もっと給料を払わない会社が悪い。


景気を良くしない政治家が悪い。


それが大多数の国民の意見。


これでは、

収入など増えるはずがないのです。

なぜ、もっと給料を払わないか。


それは、払う必要がないからです。


なぜ、もっと景気を良くしないか。


それは、

やろうと思っても出来ないからです。

稼ぎを決めるのは、

会社ではなく自分のスキルです。


評価が間違っているのなら、会社を辞めればいいのです。


景気を良くするのは、政治家ではなく国民です。


国民がもっと稼げば、景気は良くなるのです。

なぜ?稼げないのか。


そんなことは、わかりきっています。


それは、

やり方を間違えているからです。


稼ぐスキルを磨かずして、
どうやって稼ぐというのでしょうか。

稼ぐスキルとは何か・・・


どうやったら、

そのスキルが身につくのか。


その答えは、世の中に溢れています。

稼いでいる人を妬むのではなく、しっかりと観察する。


稼げないことを嘆くのではなく、ちゃんと訓練する。


そうすれば・・・誰だって、

今よりは稼げるようになるのです。

もういい加減、認めるべきです。


稼げないのは、自分自身の問題だという事を。

 

自戒・・・(≧▽≦)


 

日々のニュースは多種大量多頻上面だなあと思う今日この頃

如何お過ごしでしょうか・・・(;^ω^)

 

徹夜で仕事をやり続ける人がいます。


毎日8時間、必ず睡眠を取る人がいます。


選り好みせず、どんな仕事でも受ける人がいます。


自分がやりたい仕事しか、受けない人がいます。

徹夜して、どんな仕事でも受ける人と・・・


よく眠り、仕事を選り好みする人。


どちらが、

頑張っていると言えるのでしょうか。


私なら・・・間違いなく後者だと、答えます。

でも、一般的には・・・頑張っているのは、前者。


好き勝手、適当にやっているのが、後者。


・・・というように、分類されてしまいます。


日本人は、苦労する人々が好きなのです。

でも・・・

 

それは、明らかに間違いです。


たとえば・・・夏休みの宿題。


毎日、少しずつ、コツコツやる人と、
最後の一週間、徹夜でやり続ける人。


どちらが、頑張った人なのでしょうか???

両方とも、頑張っている。


頑張る方法、頑張るやり方が、違うだけ。


確かに・・・そのような見方も出来ます。


でもそれは、

正しい努力だとは思えません。

正しい努力と、間違った努力。


その違いは、

時間と共に明確になります。

間違った努力をすると、時間が経つほどに、
しんどくなっていきます。


正しい努力をすると、時間が経つほどに、
楽になっていきます。

間違った努力は、
体力とやる気を、どんどん奪い取っていくから。


正しい努力は、
スキルとやる気を、どんどん蓄積してくれるから。

つまり・・・

 

正しい努力は、

ずっと続けられる努力であり・・・


間違った努力は、

長くは続けられない努力だということ。


では・・・

 

正しい努力をする為に、
私たちは、

何から始めるべきなのでしょうか・・・

その答えは、制約です。


やるべき事と、やらない事。


それを明確にし、

そのルールで自分自身を縛るのです。

毎晩22時、最悪24時には、必ず寝る。


原則、午前中はルーティンを捌き、18時以降は作業仕事をしない。


これは私自身を縛るルールです。

このルールを守る努力。


それは想像よりも、ずっと大変です。


短期的に考えるなら、

残業したり、睡眠時間を削ったりする方が、

ずっと楽です。

でも・・・

 

それでは、長続きしない。


どんどん疲弊することが、目に見えている。


だから・・・

 

私は、

どんなに不便でも、
どんなに大変でも、正しい努力をするのです。

頑張っているけど、ぜんぜん楽にならない。


今、日本人は、

皆そんなことを言ってます。


それは、驚くことに、

日本人の大半が、
間違った努力をしているからなのです。

 

あ~言っちゃった(>_<)

 

寒いですね・・・(;^ω^) 大雪は来るんだろうか・・・

今年は無しでお願いしたいもんです(^^♪

 

さて・・・

 

宇宙に出れば・・・重力から解放されます。


空中を浮遊するのも・・・

重いものを動かすのも・・・

思いのまま。


すごく自由に見えますが、実際には、かなり不自由なのでしょう。

だって・・・

 

宇宙からの映像を見ていると、

飛行士さん達は、かなり大変そうです。


重力があるから、出来ないことがある。


それは言い換えれば・・・

 

重力があるから、出来ることがある。


という事でもあります。

今、目の前にある制約。


それは・・・

 

私たちを

不自由にするものであり、
自由にするものでもあります。


完全なる自由はありません。

選べるのは、不自由と自由のセット。


どの不自由を選ぶのか???


それは・・・

 

どの自由を選ぶのか、と同義なのです。

 

 

得意の固め打ちです(;^ω^)

動き出したラストワンマイル協同組合やら、なんやら・・・

相変わらず、忙しない日々を過ごしておりますが、

皆さん、今年も旨い酒に誘ってくださいね( ^ω^)・・・

 

さて・・・

 

一方的に話し続けることを、対話とは言いません。


一方的に聞き続けることも、対話とは言えません。


対話とは、質疑応答の連続なのです。


つまり・・・

スタートは、質問でなくてはならないのです。

もちろん、ただ質問すればいい、
というものではありません。


仕事は何ですか?

 

血液型は?

 

出身地は?


・・・などと質問しまくっても、ただ鬱陶しいだけです。

質問の目的は、答えを聞き出すことではありません。


目的は、対話をスタートさせることです。


良い質問とは、相手が答えたくなる質問。


あるいは、相手が聞き返したくなる質問。

たとえば・・・


「実は、私はこういうダメな人なのです」という自己開示や、
「あのニュース、私は疑問を感じています」という意見。


それらは一見、質問には見えません。

でも、その投げかけによって、
「え、それはどういうことですか?」と聞きたくなる。


あるいは・・・・

 

こんな疑問があります、こんな答えがあります、というような・・・


相手から答えを引き出すことが出来れば、それは立派な質問なのです。



質問というのは、非常に奥が深い。


たとえば行列の出来るパン屋さん。


ずっと閑古鳥が鳴いている喫茶店。


それは、私の思考をスタートさせる質問でもあります。

なぜ、このパン屋には行列が出来るのか?


なぜ、この喫茶店は潰れないのか?


なぜ、私はこの店に来てしまうのか?


景色の中には、無数の質問が隠されているのです。


質問と、思考と、答え。


それは、セットなのです。


質問することで、思考が生まれる。


思考することで、答えが見つかる。


順番が変わることもあります。


思考することで、質問が生まれる。


質問が生まれることで、答えが見つかる。


重要なのは、一連の流れをコントロールすること。


どういう質問をし、どういう思考を促し、
どういう答えを引き出すのか。


それをきちんと考え、対話を設計するのです。


設計が正しければ、正しい答えが出ます。

対話における正しい答えとは、行動です。


恋愛であれば、自分を好きになってもらうこと。


ビジネスであれば、買いたいと思ってもらうこと。


対話によって、その行動を導くのです。


対話の相手は、他人とは限りません。


自分との対話は、最も重要です。


他人との対話も、自分との対話も、
正しいゴールに至る仕組みは、まったく同じなのです。


自分に対し、質問をする。


思考を促し、ひとつの答えを引き出していく。


たとえば、やる気と、勇気と、行動。


その答えを、自分自身から引き出すために、
自分との対話を設計し、自分自身を導くのです。

 

リトル〇〇に聞いてみましょう(^^)/

 


 

喪中につき、新年の御挨拶は控えさせて頂きます。

本年も皆様の一年が健やかに素敵な一年でありますように・・・

 

さて・・・

 

お腹が空いたときは、自分の身体に聞くのがいい。


手や足や胴体は何を欲しているのか。

寒ければ・・・暑ければ・・・


全身に耳を傾けるのです。

答えが欲しいときは、脳みそに聞くのがいい。


脳みそは考えるのが仕事。


正しい情報をインプットすれば、脳みそは答えを出してくれます。

悩んだ時には、自分の心に聞くのがいい。


どちらが楽か。

 

どちらが心地いいか。


悩んだ時には、心が楽になる方に進めばいいのです。

大事なのは・・・

 

脳みそに頼り過ぎないこと。


脳みそに聞くから、必要のないものまで食べてしまう。


脳みそに聞くから、余計なことで悩み続けてしまう。


脳みそは、単なる計算機に過ぎないのです。

 



 

一年が早いですね・・・本当、アッという間です。

毎年どんどん早くなっているような気がするのは、

子供の頃のドキドキが不足しているからだそうな( ^ω^)・・・

 

さて・・・

 

囚われ人・・・そう、プリズナー。

 

毎日刑事ドラマが放送されていますが、

捕まれば、いずれ刑務所に囚われます。

 

刑務所に囚われることが嫌なのが普通だから、

犯罪抑止力になっている訳ですよね・・・

 

刑務所が、あまり快適であっては困ります。


それでは犯罪の抑止力になりません。


こんな所にいたくない。


そう思ってもらう必要があるのです。

ではそのために、刑務所では何をしているか?


それは束縛です。


塀から外に出さない。


着るものも・・・

食べるものも・・・

起きる時間も・・・

寝る時間も・・・


行動は総て決められている。

人は、縛り付けられることが・・・

 

何より大きなストレスだから。


出入り自由。


何を食べてもいい、どんな服を着てもいい。


好きな時に働いて、好きな仕事をして、罪を償ってください。


そんな刑務所だったら、

どんどん入所希望者が増えてしまいます。

人が集まる会社は、社員を囲い込みません。


囲い込み、管理しようとするから、
人はどんどん離れていくのです。

 

まあ、自由放任過ぎても・・・

近頃は、按配良くないようですが・・・(;^ω^)

 

 

 

久々にブログをUPしたら・・・

5か月もサボっていたことに気づいてしまいました・・・(;^ω^)

なので・・・固め打ちです~~(^^♪

 

たとえば( ^ω^)・・・

 

旅行に行く時、スタート地点はどこでしょう?


自分の家でしょうか?

 

最初に乗り物に乗る駅でしょうか?


それとも・・・

 

集合場所の、羽田空港や成田空港、東京駅でしょうか???

スタート地点がどこなのか???


それは・・・ゴールによって決まります。


たとえば・・・

 

ゴールがハワイ到着であれば・・・


正しいスタート地点は 「ハワイ行きの飛行機」に 乗ることです。

でも・・・

 

ゴールが楽しい旅行をすることなら・・・


スタート地点は変わります。

 


正しいスタート地点は・・・

 

「旅行に行くメンバー」を考えること!!!



どんなに早起きしても・・・

 

ハワイ行きの飛行機に乗らなければ、ハワイには行けない。

 


どんなに綿密に計画を立てても・・・

 

嫌いな人と一緒では、旅行は楽しめない。

 

 

きっと・・・


正しいスタート地点に立つものだけが、
正しいゴールに辿り着くことが出来るのと思うのです。

 

秋は急にやってきましたね( ^ω^)・・・

世間ではハロウィンだ、かんだと忙しない感じがします。

今年は三の酉まであるそうです。

早くも・・・来年が話題にのってくるような今日この頃、如何お過ごしでしょうか・・・(;^ω^)

 

さて・・・


コツコツ努力する、なんて言いますけど、
それは具体的に、どういう努力なのでしょうか・・・

二宮金次郎のように、
薪を背負いながら、歩きながらも本を読み続けること。

遊ぶ時間や、睡眠時間を削って、徹夜で勉強し続けること。

そういう地道な努力の先にこそ、成功がある。


・・・と、思い込んでいる人が多い。

でも・・・そんなのは、

ちっとも地道じゃないし、コツコツではないと私は思います。

コツコツとは、コツコツです。


つまり・・・コツが、たったの2回。

2回だけでいいのです。

2回だから、ストレスが溜まらない。

2回だから、永遠に続けられる。

きちんと睡眠を取り、ゆっくりとご飯を食べ、
しっかりと遊び、その合間にコツコツ。

コツではなく、コツコツコツでもなく、コツコツ。

決してサボらず、やり過ぎず、呼吸するように続けていくこと。


それこそが、コツコツ努力することの正体なのだと思うのです。

石の上にも三年、とか。


千里の道も一歩から、とか。

塵も積もれば山となる、とか。

コツコツと努力することの重要さを、
私たちは小さい頃から教えられます。

でも、コツコツって、何なのでしょう。

努力するって、どういうことなのでしょう。

脇目も振らず、勉強すること。


好奇心を抑え、授業に集中すること。

テストで良い点を取り、競争に勝つこと。

何となく、そういうイメージがありますよね・・・

その基準において、私は本当にダメな子供でした。

まったく勉強しない。


嫌な先生の話に集中できない、しない。

テストの結果はいつもムラだらけ。

社会人になってからも、同じです。

言われた通りに、仕事が出来ない。

売ることだけに、集中できない。

誰かと競争して、勝とうと思わない。

先生から見れば、努力の足りないダメな生徒。

上司から見れば、努力の足りないダメな社員。

でも今なら、確信を持って答えられます。

私は、紛れもなく、努力家であると・・・(;^ω^)

子供の頃、自分より努力しない人を、
見たことがありませんでした。

どんなに勉強しない子供でも、
私よりは勉強していたからです。

ああ、なんてダメな人間なのだ。

なんて努力の出来ない、人間なのだ。


ずっとそう思ってきました。

でもそれは、

努力の意味を、間違って教えられたから。

教えられた努力とは、
疑問を持たず、脇目も振らず、突き進むこと。

私が見つけた努力とは、
疑問を持ち、立ち止まり、考え続けること。

教科書の3ページ目で、
立ち止まって考え続ける子供。

営業マニュアルの3ページ目で、
立ち止まって考え続ける営業マン。

それは即ち、ダメな子供、ダメな営業マンです。

立ち止まらずに、進み続けて、結果を残す。

それが、優秀な子供、優秀な営業マンなのです。

でも・・・不思議ですよね。

優秀な子供が、優秀な営業マンになり、
気がついた時には、出来ない人材になっている。

なぜ? こんなことになるのでしょうか・・・

それは、努力の意味を間違えているからだと思うのです。

努力とは、前に進み続けることではありません。

努力とは、立ち止まって自分の頭で考えること。

自分のやり方(スキル)を極めること。

なぜ?この国の大人は、こんなにも努力しないのか。

それは、子供の頃から、間違った努力を続けているから。

きっと・・・

 

頑張る人ほど・・・努力が足りない人に・・・なってしまうからなのです。

 

 

あっという間にGW突入・・・早いですね。

ラストワンマイル協同組合設立や19期スタートなどなどetc

退屈しない毎日ですね~(^_-)-☆

 

さて・・・

 

もう、ずっと前から分かっていた事なのだろうが・・・


世の中にあるお金の合計は、 
世の中にあるモノの合計よりもずっと多い。 


一説には、

百倍を超えていると言われている。 


不景気や為替相場に文句を付ける人はたくさんいるが、 
お金の量が多すぎる事に文句をいう人はいない。 


とても不思議な事だが、 
きっと社会が混乱する事を恐れて 
誰も触れないようにしているのだと思う。 

そもそも・・・

 

なぜ、こんなにもお金が増えてしまったのか。 


通貨を発行し過ぎたから。

 

もちろん、その通りである。 


お金などというものは、紙切れに過ぎない。 


いや、デジタル化した社会においては、

もはや・・・紙切れですらない。 


それは、

ただの数字の羅列であり、概念でしかない。 


だから、

いくらでも発行することが出来てしまうのだ。 


もちろん、

発行する通貨の量は管理されている。 


そうでないと、

通貨が暴落してしまうからだ。 


にもかかわらず、

通貨は増え続ける。

 

それは、なぜか?!?

発行し過ぎた事は、事実である。 


だが、

最大の問題は、

金利にあるのではなかろうか。 


お金というのは、交換の手段であり、 
価値を蓄えておくための手段だ。 


モノと交換するために、お金を貯める。 


貯めておくと、

それだけでお金は増えていく。 


金利が付くからだ。 


そう・・・

お金というものは 
存在しているだけで、

勝手に増えていってしまうのである。 

一方、

そのお金と交換するべきモノのほうはどうか。 


こちらは、

どんどん劣化していく。 


お金は、

使わなければ増えるが、

モノは使わなければ劣化する。 


だから、

どんどんお金の総量とモノの総量に 
差が出来てしまうのだ。 


世界中のお金持ちが、

一斉に貯金を下ろして、モノに換えようとしたら、 
世界はパニックに陥る事になるだろう。 


だから、

もちろんお金持ちはそんな事をしない。 


少しずつ、少しずつ・・・
パニックにならない程度に、お金を使い続けるのである。 

少しずつしか使われないお金は、

金利によってまた増えていく。 


こうして、

お金持ちのお金は永遠に無くならないのだ。 


だが、

そのお金は、最終的には何と交換されるのだろう。 


モノとは交換出来ない。

 

モノには限りがあるからだ。 


では、サービスだろうか・・・ 


サービスならば、

いくらでも生み出す事が出来そうだ。 

では、

サービスと交換するとはどういうことか。 


それは、

お金によって他人の時間を買うということ。 


モノと交換出来ずに余ったお金の分だけ、 
持たざる人は、

タダ働きをさせられ続けるのである。 


もちろん、

実際にはタダではない。 


そんな事をしたら、パニックになってしまう。 


それは、

パニックにならない程度の、 
なんとか生活していける程度の、安い金額。 

乖離してしまったお金の総量。 


その余ったお金と交換するために、 
多くの人が、

安い金額でサービスを提供させられている。 


そういう社会が、

実はもうずいぶんと前から 
始まっているのではなかろうか。 


金持ちを優遇するから、

格差が生まれるのではなく・・・


金とモノの量が乖離して行くから、

格差が生まれる。 


それが、

真実であるという気がしてならない。