今年もあっという間にひと月過ぎてしまいました(;^ω^)

早いですね~モタモタしていると今期も終わってしまいます。

 

さて・・・

 

私たちは皆、神様なのだそうです。


宇宙全体の調和を司る神様。


でも神様は、つまらない。


なぜなら完璧だから。


だから神様は、考えたのだそうです。

もっとドロドロした感情、
嫉妬心とか、名誉欲とか、優越感とか、劣等感とかを、
味わってみたい。


そのために、一時的に記憶を消して、
人間というものになってみよう。


リアルな体験をするために、
地球という場所も作ってみよう、と。

つまり・・・地球は、神様の遊び場なのです。


もし本当にそうだとしたら、
私たちは遊ぶ為に、人間をやっているということです。

満員電車も、受験勉強も、上司の小言も、
失恋体験も、他人への妬みも、
全ては巧妙に作られた、
地球ランドのアトラクションなのです。

 

そして・・・

白と黒、青と赤、白と青、黒と赤。


二つの色の間には、無限のグラデーションがあります。


そのひとつひとつが、新しい色なのです。

そして、新しい色と新しい色の間には、
また無限のグラデーションがあります。


色は無限に存在するのです。

仕事とは、色みたいなものだと思います。


仕事と仕事の間には、新しい仕事が無限にあり、
新しい仕事と新しい仕事の間にも、
更に新しい仕事が無限にある。

だからAIに仕事を奪われる事など、心配しなくていい。


もっと楽しい仕事、もっとやりたい仕事を、
無限のグラデーションの中から、見つけ出せばいいのです。

そう・・・


私は、バリュースイッチング、
という仕事をしています。


聞いたことがない仕事だと思います。


私が創った仕事だからです。

それは、今ある事業、今ある商品、
今ある売り方に、変化を加えるという仕事。


ほんの少し変化を加える事によって、
新しいマーケットを生み出すのです。

そう・・・ウォークマンのような・・・


私はこの仕事を行う時、
つまり、新しい商品やサービスを考える時、
軸にしている考え方があります。


それは、新たな仕事をつくり出す、という発想。

実は、バリュースイッチング自体が、
新しい仕事なのです。


新しい仕事を生み出すための、新しい仕事。


ああ、我ながら、何とややこしいのでしょう。

つまり私は、経営者として、
「今までなかった仕事」を考え出しているのです。


その仕事は、単に新しいだけではありません。


新しく、楽しく、そして稼げる仕事。

たくさんの経営者が私に会いに来られます。


でもその目的は、仕事をつくり出すことではありません。


元々の目的は、優良な顧客を増やすこと。


あるいは、優秀な社員を増やすこと。

いや、優良な顧客、優秀な社員を増やすことも、
本当の目的ではありません。


本当の目的は、売上と利益を増やすこと。


人集めは、そのための手段に過ぎないのです。

しかし、目的を達成するためには、
手段を達成する必要がある。


そして、手段を達成するためには、
その手段を達成するための手段を、
達成する必要があるのです。

 

ああ、ややこしい(;^ω^)

つまり・・・

 

業績アップには優良な顧客と、
優秀な社員が必要である、ということ。


そして、優良な顧客と、優秀な社員を集めるには、
新たな仕事の創造が必要である、ということです。

私が考えるのは、これまでに無い仕事。


そして、誰かが必ずやりたがる仕事。


仕事そのものが楽しくて、なおかつ稼げる仕事。


それが私のアイデアのベースとなるのです。

仕事が楽しいのは、「儲かるから」だけでは足りません。


損得を越えて、顧客に必要とされるから。


心から喜んで、お金を払ってもらえるから。


それが楽しさの根源なのです。

楽しいから、嬉しいから、満足だから、
心から喜んで、お金を払ってくれる。


ありがとうと、言ってもらえる。


それが私の考え出すべき仕事。

魅力的な仕事があれば、
働きたいという人が集まってきます。


人が楽しそうに働いていれば、
それが求心力となって、お客さんも集まってきます。


結果的に会社は儲かる、という訳なのです。

 

さて、結果が無いと説得力ありませんね。

 

もうひと頑張りしましょうかね・・・・

 

m(__)m

 

 

 

各位 本年も大変お世話になりました。

思えば遠くに来たものだ・・・毎年そんなことを思っています。

来たる2020年も、引き続き、宜しくお願いします。

 

さて・・・

 

何もない部屋に、何を置くのか。


大型テレビと、最新のオーディオシステムを置く。


アンティークの素敵なテーブルと椅子を置く。


出来るだけ物を置かず、自由に寝転がれるようにする。

好みは人それぞれでしょう。


それは、内装を考える、という作業。


言い換えるなら、暮らしを編集する、という作業。

何も考えなくても、ものは増えていきます。


そして、

気がついたら、暮らしは固定されていきます。

もし・・・

 

その暮らしが快適でないなら、
それは編集という作業を怠ったからかもしれません。


仕事も、人生も、部屋の内装も、編集しなくても勝手に進んでいきます。


でも自分で編集しない限り、

自分にとって快適なものにはならないのです。


自分を編集する力。


それは、とても重要なスキルです。


自分を知り、自分を卑下せず、過大評価もせず・・・


自分という素材を編集するのです。

私自身も、私という素材を編集しています。


とは、何ぞや?


石山光博は、どう扱ってやれば、喜ぶ?


何をやったら、ふてくされてしまう?

自分に質問し、自分を客観視し、
自分の頭で考え、自分自身を編集する。


これは、なかなか大変な作業です。


でも・・・

 

これこそが、人生の本質なのです。

私が自分を編集し始めたのは、
自分の給料を期日に貰いだした頃です。


お金の心配が減ったことによって、
個人としての石山光博が誕生したのです。

それは、はたから見た石山光博像。


現実には存在しない、架空の人格。


言いにくい事でも、ズバッと言う。


強く、エネルギッシュな、経営者。

それは、現実の私とは、
似ても似つかぬものでした。


現実の私は、とても気弱な人見知り。


でも、世間のイメージは違いました。

ここで初めて、私は考えたのです。


石山光博を、編集しようと。


もっと会社の売上に繋がるように、
石山光博を作ってしまおうと。

私が編集した石山光博は、
斬新なアイデアを持つ、切れる経営者。


面談で、プレゼンの中で、一生懸命にそれを演じました。


効果はありましたが、しんどかったです。

イメージはどんどん広がっていきました。


その後、プラウドのオーナー社長となり、
私は自分を再編集しました。

 

ファンドから株式を買い取り、
オーナー会社の経営者として。


少年団の指導者として。

 

おやじバンドのメンバーとして。

新しい石山光博は、とても楽でした。
見下されることも、馬鹿にされることも、
結構平気でした。


なぜなら私は、元々そのような人間だったからです。

でも、それを3~4年やっているうちに、
何か違うな、という気がして来たのです。


最初の編集で、私は自分を大きく見せ過ぎました。


そして2度目のときは、自分を卑下し過ぎたのです。

私は今一度、石山光博を編集し直すことにしました。


もっと楽しく、もっと等身大の石山光博に。


まだ編集中なので、どんな自分になるのか、分かりません。


でもひとつ、確かなことがあります。


それは、新しい石山光博に、私自身が期待しているということ。


人は何度でも、自分を編集し直すことが出来るのです。

 

年の終わりと始めにそんなことを思ってみました(^^)/

 



 

大変御無沙汰してしまいました・・・(;^ω^)早いもので、今年も、まもなく終わりです(;^ω^)

前回のUP時、暑いですね~と書いたような(;^ω^) 反省しきりです。

それでは、久々に参りましょうか・・・

 

お金とは、信用を数値化したもの・・・
と言われています。


例えば・・・

 

銀行がお金を貸すのは、返済が信用出来る人。


高級ホテルがおもてなしするのは、支払いが信用出来る人。

仕事で高い報酬を払うのは、スキルが信用出来る人。


信用のある所に、お金は流れて来るのです。


・・・とは言え、お金を持っている人が、信用出来る人とは限りません。


それは・・・ゴルフ場の紳士のようなもの。

ゴルフは紳士のスポーツなので、
きちんとした身なりの人しかプレー出来ません。


ジャケットを着て、長ズボンにゴルフシューズ。


短パンなら、長い靴下を着用しています。

それが、

紳士の出立ちだから。


でも・・・その人たちが紳士だとは限らないのです。

何かを売る為に、人を集める。


集まった人に、何かを売る。


大した違いは、無さそうに見えます。


でも・・・この二つは、全く別物なのです。

何かを売るために、人を集める。


この場合は、何を売るのかが、決まっています。


すると当然、誰を集めるのかも、決まる。


ターゲットの集客に成功すれば、
売上はある程度、計算することが出来ます。

集まった人に、何かを売る。


この場合は、

何を売るのかが、決まっていません。


集まった人に合わせて、商品を考える必要があります。


つまり、

たとえ集客に成功しても、
明確な売上は計算出来ない訳です。

売上や利益の、計算が立つかどうか。


これは経営者にとって、極めて重要なことです。


売上と利益の計算が立たないと、
集客に投資をすることが出来ないからです。

どれくらいの利益が見込めるのか???


だったら、

どれくらい集客に投資出来るのか。


その順番で考えることが、これまでの経営の常識。


でもそれが、変わりつつあるのです。

集客を先に考える。


人が集まってから、マネタイズの方法を考える。


この、何ともあやふやなビジネスモデルが、
主流になるかもしれないのです。

なぜ、そんなことが起こっているのでしょうか。


それは、集客という発想そのものが、
通用しなくなりつつあるからです。


つまり・・・

 

広告や営業が、効かなくなっているのです。

広告はもう、昔のような威力を発揮しません。


営業もまた、その地位を失いつつあります。


私たちは、売られることが嫌いだから。


自分で見つけて、自分で選んで、
自分の意思で、買いたいのです。

環境が変われば、ビジネスも変わります。


いや、変化せざるを得ないのです。


今、経営者に求められているのは、
商品を売るスキルではありません。

お金や広告を使わずに、人を集めるスキル。


集まった人から、商品を生み出すスキル。


それが次世代のビジネスには、必要不可欠です。


これまでの常識は、もはや通用しないのです。

回収が見込めるビジネスに投資する。


それが、

これまでの、経営者の仕事。


人が集まる場を作り、マネタイズの仕組みを考える。


それが、

これからの、経営者の仕事。

何より大事なのは順番です。


「売り」を目的とする場所に、人は集まってきません。


「楽しい」場所に、人は勝手に集まってきます。

利益から考えないこと。


すぐに儲けようとしないこと。


買ってくれない顧客を大切にすること。


今求められているのは、発想の転換なのです。

 

皆様」、よいお年をお迎えください。

 

m(__)m

 

 

梅雨明け十日とはよく言ったもんです・・・

毎日溶けるような暑さが続いています。御自愛ください(;^ω^)

 

さて・・・

 

私の人生においては、私以外はすべて脇役です。


親だろうが、恋人だろうが、子供だろうが、みんな脇役。


もちろん、脇役の存在はとても大事です。

脇役によって

主役の人生は幸福にも不幸にもなります。


優越感を抱かせてくれるのも・・・

劣等感を抱かせてくれるのも・・・


すべて脇役たちなのです。


でも・・・所詮は脇役です。

私が死んだら、私の人生は終わり。


私の人生に出て来る脇役たちも終わり。


人生とは・・・

 

私が主役の、

私の映画に他なりません。

人生に登場するすべての人間は、
私のために存在し、

私のために役を演じる、
私の映画の共演者なのです。

そんな私が、

経営者として、
受け入れるべき 「終わり」。


だけど・・・私には、
受け入れたくない「終わり」が三つあります。

ひとつ目は、社員の終わり。


つまり、

社員が辞めてしまうこと。


社員は会社のものではないし、
ましてや,社長のものではありません。

・・・にも関わらず勝手に感情移入し、
勝手に固執していました。


辞めたい、という社員を責める気持ち。
辞めて幸せになる社員を祝福しにくい気持ち。
とても歪んだ、小さな人間でした。

二つ目は、事業の終わり。


私はずっと、ドライバーに固執していました。

ドライバーは100%素晴らしい。


そのコンサルティングや受託・派遣には価値がある。


そう確信していました。

ある意味その確信は、
正しかったのだと思います。


ドライバーは基本的に、素直で、育てやすく・・・

安全運転技術・専門性・人間性を根気よく積み上げれば、
企業文化を育みやすい。

でも・・・それは、雇う側から見た理論。


素直で育てやすい人材ばかりが、増えていく国や社会。


それは、健全と言えるのでしょうか。

三つ目は、社長の終わり。

これは辞めたいというよりも、

怖れのようなものかも知れません。


そしてそれは、私の意思ではありません。

辞めどきを間違えた、
と思いたくない、ということでしょうか。


私には、そもそも、
始める気が無かったのです。

 

そして、

何となく生きるために・・・

皆を食べさせるために・・・

社員を幸せにするために・・・


それが良くない。

辞めないことを前提に経営する。


その気持ちはとても大事だと思います。


でも、同じくらい大事なのが・・・


辞めることを前提に経営すること。

今では確信をもって、そう言えます。


なぜなら・・・

 

役割には、必ず終わりが来るから。

年齢的な限界が来る。
出来ることの限界が来る。
だから、

引退したほうがいい。
もっと、

適した人に引き継いだほうがいい。


それも、正しい判断です。

でも、私が言いたいのは、
もっと根源的な問題なのです。


大統領にも、総理大臣にも、任期があります。


社長にも、なくてはならないのです。


なぜなら、辞められなくなるから。


社長ではない、「自分」を生きられなくなるから。

 

 

 

 

エンディングぐらいは、

納得できるものにしたいなあ・・・と思う今日この頃なのです。

 

梅雨明け十日とはよく言ったもんです・・・

毎日溶けるような暑さが続いています。御自愛ください(;^ω^)

 

さて・・・

 

私の人生においては、私以外はすべて脇役です。


親だろうが、恋人だろうが、子供だろうが、みんな脇役。


もちろん、脇役の存在はとても大事です。

脇役によって

主役の人生は幸福にも不幸にもなります。


優越感を抱かせてくれるのも・・・

劣等感を抱かせてくれるのも・・・


すべて脇役たちなのです。


でも・・・所詮は脇役です。

私が死んだら、私の人生は終わり。


私の人生に出て来る脇役たちも終わり。


人生とは・・・

 

私が主役の、

私の映画に他なりません。

人生に登場するすべての人間は、
私のために存在し、

私のために役を演じる、
私の映画の共演者なのです。

そんな私が、

経営者として、
受け入れるべき 「終わり」。


だけど・・・私には、
受け入れたくない「終わり」が三つあります。

ひとつ目は、社員の終わり。


つまり、

社員が辞めてしまうこと。


社員は会社のものではないし、
ましてや,社長のものではありません。

・・・にも関わらず勝手に感情移入し、
勝手に固執していました。


辞めたい、という社員を責める気持ち。
辞めて幸せになる社員を祝福しにくい気持ち。
とても歪んだ、小さな人間でした。

二つ目は、事業の終わり。


私はずっと、ドライバーに固執していました。

ドライバーは100%素晴らしい。


そのコンサルティングや受託・派遣には価値がある。


そう確信していました。

ある意味その確信は、
正しかったのだと思います。


ドライバーは基本的に、素直で、育てやすく・・・

安全運転技術・専門性・人間性を根気よく積み上げれば、
企業文化を育みやすい。

でも・・・それは、雇う側から見た理論。


素直で育てやすい人材ばかりが、増えていく国や社会。


それは、健全と言えるのでしょうか。

三つ目は、社長の終わり。

これは辞めたいというよりも、

怖れのようなものかも知れません。


そしてそれは、私の意思ではありません。

辞めどきを間違えた、
と思いたくない、ということでしょうか。


私には、そもそも、
始める気が無かったのです。

 

そして、

何となく生きるために・・・

皆を食べさせるために・・・

社員を幸せにするために・・・


それが良くない。

辞めないことを前提に経営する。


その気持ちはとても大事だと思います。


でも、同じくらい大事なのが・・・


辞めることを前提に経営すること。

今では確信をもって、そう言えます。


なぜなら・・・

 

役割には、必ず終わりが来るから。

年齢的な限界が来る。
出来ることの限界が来る。
だから、

引退したほうがいい。
もっと、

適した人に引き継いだほうがいい。


それも、正しい判断です。

でも、私が言いたいのは、
もっと根源的な問題なのです。


大統領にも、総理大臣にも、任期があります。


社長にも、なくてはならないのです。


なぜなら、辞められなくなるから。


社長ではない、「自分」を生きられなくなるから。

 

 

 

 

エンディングぐらいは、

納得できるものにしたいなあ・・・と思う今日この頃なのです。

 

梅雨ですね・・・(;^ω^) 当たり前ですが・・・

鬱陶しい季節です。まったく降らないと困ることも多々あるので、

出来れば2晴れ1雨みたいになりませんかね(>_<)

 

さて・・・

 

「お金を粗末にしてはいけないよ。」と、

小さい頃に教えられた気がします。


あれは誰の教えだったのでしょう。


親には言われた記憶がありません。

もちろん、理屈は分かります。


お金は、仕事の対価として受け取るもの。


親からもらったお小遣いは、親の労働の対価。


だから、粗末に扱ってはならないのです。



つまり、

その根本にあるのは、労働への感謝。


でも今は、お金がお金を生み出す時代。


流通しているお金の9割は、
労働ではなく金融によって、生み出されているのです。

昔のお金と、今のお金は、同じなのでしょうか・・・


お金を粗末にせよ、とは言いません。


でも決して、

お金を崇めたりしてはならない。


それはもはや、労働の対価とは言えないから。


魂の入っていない仏像を、拝んではならないのです。

 

さてさて・・・

 

私は20年前に、

株式会社プラウドの石山になりました。

法人化したことによって、かかる費用が増えました。


設立にも、維持するのにも、結構お金がかかるのです。

なぜ、そうまでして、法人化するのか。


なぜ、株式会社にする必要があったのか。


それは、自分のお金を、自分のお金ではなくすため。


お金という駒を、武器に変えるためです。

正直言って、

プラウドの口座にあるお金も、
石山光博 個人の口座にあるお金も、
私のお金といえば、私のお金です。


どう使おうが、私の自由なのです。

もちろん、株式会社なので、
勝手に使うとは言っても、手順は必要です。


給料として、私に支払うのか。


経費として、何かに使うのか。


きちんと記録し、税金も払わなくてはなりません。

でも・・・法律を守っている限り、
ルールに違反していない限り、
何に使うか、どう使うかは、私の自由。


つまり、

私個人のお金と、大して変わらないわけです。

・・・にもかかわらず、

わざわざ経費を使って、
口座を分けている訳です。


それは、

お金を武器に変えるため。


私のお金を、私のお金ではなくすため。

私は20年も社長をやって来ました。


それなりに、お金も使ってきました。


だから、ビジネスにお金を使うことには、
かなり慣れています。

その私でさえも、個人のお金を使うのは、
かなり勇気がいることなのです。
個人口座の100万円。
これをビジネスに使うには、かなり勇気が必要です。

だからまず、会社を創るのです。
会社をつくって、100%の株主になる。


すると、

自分のお金は、会社の資本金へと変わります。


たったこれだけで、お金は武器へと変化する。


誰にでも出来る、

合法的な、マネーロンダリングなのです。

 

ある程度長いスパンで、

最適な金額を、武器として活用し、

関わる総ての人達をHappyにしたい・・・

そんなお金の話でした(^^)/

 

 

 


 

 

どうやったらモテるのか・・・どうやったら稼げるのか・・・
どうやったら、幸せになれるのか・・・(;^ω^)
私たちはその答えを求め続けています。
でも、本当のことを言うと、答えは見えているのです。

だって・・・世の中には、モテる人、稼いでいる人、
幸せそうな人たちが、たくさんいますから。


彼ら・彼女らを観察して、素直に真似ればいいのです。

でも、これが難しい。

 

なぜなら、私たちには、
知識や先入観、感情や妬みがあるから。


だから・・・目の前にあるのに、答えが見えない。


いや、見えているのに、答えだとは認めない。

答えを探すことは無意味です。


なぜなら・・・私たちは、
もう既に答えを知っているから。

さて・・・


一生懸命腕立て伏せをしても、
野球が上手くなったりはしません。


苦しいうさぎ跳びを続けたところで、
サッカーが上手くなるわけではありません。

野球が上手くなるためには、
野球が上手くなるための練習が必要です。


サッカーが上手くなるためには、
サッカーが上手くなるための練習が必要です。

上手くなるための練習。


それは、

時代と共に変化し、進化しています。


今、何をやるべきなのか。


しっかりと、

それを見極める必要があります。

当たり前、と言えば
当たり前の話なのですが・・・


これが仕事となると、
当たり前ではなくなってしまうようです。

今、多くの国民が、こう思っています。


なぜ、もっと収入が増えないのだ、と。


自分は一生懸命働いている。


・・・にもかかわらず、収入はちっとも増えない。

もし・・・これが、野球やサッカーなら、
こう考えるはずです。


練習のやり方が、間違っているかもしれない。


もう一度、自分の練習を見直してみよう、と。

ところが仕事となると、
なぜか皆、それを考えないのです。


考えずに、悩んでしまう。


そして原因を、

自分以外のものに求めてしまう。

もっと給料を払わない会社が悪い。


景気を良くしない政治家が悪い。


それが大多数の国民の意見。


これでは、

収入など増えるはずがないのです。

なぜ、もっと給料を払わないか。


それは、払う必要がないからです。


なぜ、もっと景気を良くしないか。


それは、

やろうと思っても出来ないからです。

稼ぎを決めるのは、

会社ではなく自分のスキルです。


評価が間違っているのなら、会社を辞めればいいのです。


景気を良くするのは、政治家ではなく国民です。


国民がもっと稼げば、景気は良くなるのです。

なぜ?稼げないのか。


そんなことは、わかりきっています。


それは、

やり方を間違えているからです。


稼ぐスキルを磨かずして、
どうやって稼ぐというのでしょうか。

稼ぐスキルとは何か・・・


どうやったら、

そのスキルが身につくのか。


その答えは、世の中に溢れています。

稼いでいる人を妬むのではなく、しっかりと観察する。


稼げないことを嘆くのではなく、ちゃんと訓練する。


そうすれば・・・誰だって、

今よりは稼げるようになるのです。

もういい加減、認めるべきです。


稼げないのは、自分自身の問題だという事を。

 

自戒・・・(≧▽≦)


 

日々のニュースは多種大量多頻上面だなあと思う今日この頃

如何お過ごしでしょうか・・・(;^ω^)

 

徹夜で仕事をやり続ける人がいます。


毎日8時間、必ず睡眠を取る人がいます。


選り好みせず、どんな仕事でも受ける人がいます。


自分がやりたい仕事しか、受けない人がいます。

徹夜して、どんな仕事でも受ける人と・・・


よく眠り、仕事を選り好みする人。


どちらが、

頑張っていると言えるのでしょうか。


私なら・・・間違いなく後者だと、答えます。

でも、一般的には・・・頑張っているのは、前者。


好き勝手、適当にやっているのが、後者。


・・・というように、分類されてしまいます。


日本人は、苦労する人々が好きなのです。

でも・・・

 

それは、明らかに間違いです。


たとえば・・・夏休みの宿題。


毎日、少しずつ、コツコツやる人と、
最後の一週間、徹夜でやり続ける人。


どちらが、頑張った人なのでしょうか???

両方とも、頑張っている。


頑張る方法、頑張るやり方が、違うだけ。


確かに・・・そのような見方も出来ます。


でもそれは、

正しい努力だとは思えません。

正しい努力と、間違った努力。


その違いは、

時間と共に明確になります。

間違った努力をすると、時間が経つほどに、
しんどくなっていきます。


正しい努力をすると、時間が経つほどに、
楽になっていきます。

間違った努力は、
体力とやる気を、どんどん奪い取っていくから。


正しい努力は、
スキルとやる気を、どんどん蓄積してくれるから。

つまり・・・

 

正しい努力は、

ずっと続けられる努力であり・・・


間違った努力は、

長くは続けられない努力だということ。


では・・・

 

正しい努力をする為に、
私たちは、

何から始めるべきなのでしょうか・・・

その答えは、制約です。


やるべき事と、やらない事。


それを明確にし、

そのルールで自分自身を縛るのです。

毎晩22時、最悪24時には、必ず寝る。


原則、午前中はルーティンを捌き、18時以降は作業仕事をしない。


これは私自身を縛るルールです。

このルールを守る努力。


それは想像よりも、ずっと大変です。


短期的に考えるなら、

残業したり、睡眠時間を削ったりする方が、

ずっと楽です。

でも・・・

 

それでは、長続きしない。


どんどん疲弊することが、目に見えている。


だから・・・

 

私は、

どんなに不便でも、
どんなに大変でも、正しい努力をするのです。

頑張っているけど、ぜんぜん楽にならない。


今、日本人は、

皆そんなことを言ってます。


それは、驚くことに、

日本人の大半が、
間違った努力をしているからなのです。

 

あ~言っちゃった(>_<)

 

寒いですね・・・(;^ω^) 大雪は来るんだろうか・・・

今年は無しでお願いしたいもんです(^^♪

 

さて・・・

 

宇宙に出れば・・・重力から解放されます。


空中を浮遊するのも・・・

重いものを動かすのも・・・

思いのまま。


すごく自由に見えますが、実際には、かなり不自由なのでしょう。

だって・・・

 

宇宙からの映像を見ていると、

飛行士さん達は、かなり大変そうです。


重力があるから、出来ないことがある。


それは言い換えれば・・・

 

重力があるから、出来ることがある。


という事でもあります。

今、目の前にある制約。


それは・・・

 

私たちを

不自由にするものであり、
自由にするものでもあります。


完全なる自由はありません。

選べるのは、不自由と自由のセット。


どの不自由を選ぶのか???


それは・・・

 

どの自由を選ぶのか、と同義なのです。

 

 

得意の固め打ちです(;^ω^)

動き出したラストワンマイル協同組合やら、なんやら・・・

相変わらず、忙しない日々を過ごしておりますが、

皆さん、今年も旨い酒に誘ってくださいね( ^ω^)・・・

 

さて・・・

 

一方的に話し続けることを、対話とは言いません。


一方的に聞き続けることも、対話とは言えません。


対話とは、質疑応答の連続なのです。


つまり・・・

スタートは、質問でなくてはならないのです。

もちろん、ただ質問すればいい、
というものではありません。


仕事は何ですか?

 

血液型は?

 

出身地は?


・・・などと質問しまくっても、ただ鬱陶しいだけです。

質問の目的は、答えを聞き出すことではありません。


目的は、対話をスタートさせることです。


良い質問とは、相手が答えたくなる質問。


あるいは、相手が聞き返したくなる質問。

たとえば・・・


「実は、私はこういうダメな人なのです」という自己開示や、
「あのニュース、私は疑問を感じています」という意見。


それらは一見、質問には見えません。

でも、その投げかけによって、
「え、それはどういうことですか?」と聞きたくなる。


あるいは・・・・

 

こんな疑問があります、こんな答えがあります、というような・・・


相手から答えを引き出すことが出来れば、それは立派な質問なのです。



質問というのは、非常に奥が深い。


たとえば行列の出来るパン屋さん。


ずっと閑古鳥が鳴いている喫茶店。


それは、私の思考をスタートさせる質問でもあります。

なぜ、このパン屋には行列が出来るのか?


なぜ、この喫茶店は潰れないのか?


なぜ、私はこの店に来てしまうのか?


景色の中には、無数の質問が隠されているのです。


質問と、思考と、答え。


それは、セットなのです。


質問することで、思考が生まれる。


思考することで、答えが見つかる。


順番が変わることもあります。


思考することで、質問が生まれる。


質問が生まれることで、答えが見つかる。


重要なのは、一連の流れをコントロールすること。


どういう質問をし、どういう思考を促し、
どういう答えを引き出すのか。


それをきちんと考え、対話を設計するのです。


設計が正しければ、正しい答えが出ます。

対話における正しい答えとは、行動です。


恋愛であれば、自分を好きになってもらうこと。


ビジネスであれば、買いたいと思ってもらうこと。


対話によって、その行動を導くのです。


対話の相手は、他人とは限りません。


自分との対話は、最も重要です。


他人との対話も、自分との対話も、
正しいゴールに至る仕組みは、まったく同じなのです。


自分に対し、質問をする。


思考を促し、ひとつの答えを引き出していく。


たとえば、やる気と、勇気と、行動。


その答えを、自分自身から引き出すために、
自分との対話を設計し、自分自身を導くのです。

 

リトル〇〇に聞いてみましょう(^^)/