ここ数日、暑いですね・・・(;^ω^) 湿度も高いし・・・もたもたしていると

梅雨入りでしょうか・・・ふ~ 東京アラートとか言って不気味な色。

いただけませんね(>_<)

 

さて・・・

 

どこに行ってもいいし、
どんな仕事にしてもいいし、

好きなように生きればいい。


人間とは、

限りなく自由な存在なのです。

一方で、

与えられた能力には限界があり、
親兄弟を選ぶことは出来ず、
肉体の欠陥も抱えて生きていかなくてはならない。


人間とは、

限りなく不自由な存在でもあるのです。

自然界のルールを超越した、究極の自由生物。


社会のルールと物理の法則に縛られた、究極の不自由生物。


自由とは何か。


不自由とは何か。


その両方を知りたい、体験したいという好奇心。


それが

人間の本質なのかも知れません。



稼ぐのか、儲けるのか。


稼げないのか、儲からないのか。


言葉の定義は、
人生をも、変えてしまいます。

稼ぐ、という言葉を、
儲ける、という言葉に変える。


稼げない、という言葉を、
儲からない、という言葉に変える。

これだけで、人の思考は変化します。


私が稼ぐ、のではなく、
私に稼がせる。


この視点を持つことが、
とても、とても、重要なのです。

イメージは、ガンダムです。


私が働くのではなく、
ガンダムを操縦して、働かせる。


ガンダムに、お金を稼がせるのです。

私という人型をしたロボット。


それを操縦する、もう一人の私。


私と私を分離すること。


それが、

私に稼がせるための、第一歩。

こういう話をすると、
私が乗っているのは
ガンダムではなく、
ザク(量産ロボット)である。


・・・と、自分を卑下する人がいます。

別に、ガンダムだろうが、
ザク(量産ロボット)だろうが、
そんな事はどうだっていいのです。


大事なのは、自分を分離すること。

せっかくガンダムに乗っているのに、
ガンダムと一体化してしまっている。


そういう人がほとんどです。


・・・というか、乗り物には大差ないのです。

走るのが早いと言ったって、
そこら辺の犬にも勝てない。


記憶力がいいと言ったって、
コンピュータには敵わない。



人間なんて、大差ない。


生まれた時はみんな子供。


死ぬ時はみんなジジイとババア。


3分水に潜るのがやっと。


1メートルジャンプするのが限界。



違いは、もう一人の自分。


自分を操る自分によって、
作り出されているのです。


まず、

自分を、自分から分離する。

90%以上の人は、これが出来ない。


つまり、

自分を分離することが出来れば、
それだけで選ばれし10%に、
入ることが出来るのです。


自分が稼いではダメ。


自分を儲けさせるのです。


 

先行き不透明な中、なんとか十分な調達が出来ました。(;^ω^)

色々な業種・業態が変わっていくんでしょうね・・・

しっかり対応していかなければ(^^)/

 

さて・・・

 

必要なものを作るのではなく、必要のないものを作る。


言われた事をやるのではなく、言われていない事をやる。


無駄のない仕事をするのではなく、余計な手間を加えた仕事をする。

不必要で、誰にも言われていない、余計な手間。


それを加えることを、価値の創造と言う。

それによって、

発揮された個性を、オンリーワンと言う。


そこに、

こだわる人を、プロフェッショナルと言う。


ファストフードや、
ファストファッションによって、
生きる為の衣食がどんどん安くなり、
住居もどんどん余り出す。

生きるのにお金がかからない時代。


それが始まろうとしているのです。


ベーシックインカムが導入されれば、
生きるコストはゼロになるかもしれません。

では、何のために働くのか。


「生きるため」という答えは、
もはや禁句です。


答えは、自分で考えるしかありません。

働かなくても、生きていける。


食べるもの、着るもの、住むところ、
もしかしたらお小遣いまで、
支給されるかもしれない社会。

それは夢のような社会でしょうか。


それとも悪夢の始まりなのでしょうか。


動物は、食べて寝ての繰り返し。


人間だって、それでいいのかもしれません。

それじゃあ動物と同じだ。


人間には、人間としてやるべき事がある。


そう思っている人に、お聞きしたい。


人間としてやるべき事って、何ですか?

ビルをたくさん建てる事でしょうか。


お金の量を増やす事でしょうか。


宇宙の謎を解明する事でしょうか。


文化を後世に残す事でしょうか。

その答えは、きっとある。


私はそう思っています。


ただ、多くの人たちは、
その答えを忘れているだけ。

働かなくても生きていける。


そうなった時、人は働くのか。


それとも働かなくなってしまうのか。


皆さんは、どちらだと思いますか。

私は確信を持っています。


どうなろうとも、人は必ず働くと。


なぜなら、働かない人生に、
人は耐える事が出来ないから。

より豊かになるために働く人。


人の役に立つために働く人。


単に自分が楽しみたくて働く人。


色んな働き方が出てくるでしょう。

働くとは何なのか。


遊ぶとは何なのか。


二つの答えが一致する時、
人は働くことの本当の意味を
思い出すのです。

林檎をかじったその日から、
人は、ただ生きていく事が出来ない。


そういうモノに、なってしまったのです。

 

 

宣言解除から・・・皆周りを意識しながら動きだしつつあるってな感じでしょうか・・・

私はずっと動いていたから、正直解除の実感があまりありません。

雰囲気的には6/1以降本格化ってところでしょうか・・・

 

さて・・・

 

苦労は買ってでもしろ、と言います。


大変だけど、それが自分の身になり、
いつか返ってくるから。

確かに、何の苦労もせずに、
何かを得ることも、何かを成し遂げることも、
出来ないでしょう。

では、辛いことでも、嫌なことでも、
我慢しなくてはならないのか。


いえ、それは違います。


苦労と我慢は、全く別のものだから。

苦労とは、今のスキルでは出来ない事に、挑戦すること。


我慢とは、心が拒否するものを強要すること。


苦労には汗を伴いますが、我慢にはストレスを伴います。


苦労は買ってでもするべきですが、
我慢はお金を貰ってもしてはならないのです。

凄い努力家ですね、
とよく言われます。


ええ、実は努力家なんですよ、
と冗談で答えます。

でも実は、楽なんですよね。


私にとっての、一番楽な方法。


ただ、それを続けているだけ。


何故なら嫌いな事をしたくないから。

私は単純運動が嫌いです。


だから、サッカーをします。


それは、義務化された運動をしないため。


矛盾しているようですが、本当の話なのです。

週末(たまに平日夜も)だけ、
サッカーをする。


それが最も少ない運動量で、
体力と体型を維持する方法だから。

ツイッターも、FBも、LINEも、
ブログも、実は同じなのです。

毎朝つぶやくことは、
毎朝満員電車に乗るよりも、ずっと楽。


毎月メルマガを書くことは、
一生懸命営業するよりも、ずっと楽。

いかにして楽をするか。


いかにして嫌なことを避けるか。


いかにして好きな仕事を増やすか。


それを考えた結果が、これなのです。

私は物事を深く考えるのが好きで、

ネガティブな事や、愚痴や中傷などは嫌いです。


無意味な制約を課す事も好きで、
ゲリラな戦略を考える時が一番楽しい。

朝から外出するのが嫌いで、
営業することも嫌いで、
残業することも嫌い。


人と競争するのは死ぬほど嫌。

自分にとっては楽しく、苦にならないこと。


でも人から見たら、努力に見えること。


それをコツコツと、やり続けるのです。


それが最も楽に上手くいく方法だから。

仕事とは辛いものだとか、
好きなことでは稼げないとか、
嫌な事を我慢するからお金が貰えるとか。


一体誰が言い出したんでしょうね。


私は全く信じていませんでしたけど。


ひねくれた性格で、本当に良かったです。

 



 

考える時間が多すぎるのもね…(;^ω^)

他にも色々とあるはずなんですが・・・

 

さて・・・

 

儲かりそうな事業は、儲からない。


儲かりそうだから、という理由で
どんどん人が集まって来て、
競争が激しくなって、儲からなくなる。

 

これは

真理ではありますが、
事実ではありません。


何故なら、そういう事業でも
儲ける人は儲けるから。

 

大きな資本を動かせる人。


誰よりも早くスタートし、
決してスピードを落とさない人。


進出と撤退のタイミングが絶妙な人。

 

こういう人たちは、
儲かる事業を決して見落としません。


情報力と、資金力と、スピードと、
決断力を、併せ持っているのです。

 

ただ、そういう人たちですら
百戦百勝というわけには、行きません。


何故ならそこは、
能力の高い人たち同士の戦場だから。

 

ましてや、凡人の私たち。


私は自分が凡人であると気がつくのに、
十年以上もかかったのです。


十年やっても普通の会社。

 

四十歳にして、
私はようやく認めました。


自分は凡人であると。


凡人には、凡人のやり方しかないと。

 

自分にはお金もないし、
タイミングを見極める能力もないし、
スピードも決断力もない。


だから・・・

 

凡人のやり方を徹底しました。

 

毎日考え、毎日変える。


その繰り返し、繰り返し。


変えるのは、ほんのちょっと。


アイデアとも言えない、小さな変更。

 

細部にこだわり、
些細な変更を繰り返し、
すぐに成果が出なくても、
周りがなんと言おうとも、
コツコツと嫌になる程やり続ける。

 

すると、ある時
気が付くわけです。


全く違う場所に来ていることに。


とんでもなく遠い場所まで
来てしまったことに。

 

コツコツ続ける。


継続は

私の最大の武器でもあります。


でも・・・そう言えるようになったのは、
ここ数年のことなのです。


努力が嫌いで、すぐに手を抜く私。


その私が

やり続けて来られた理由。


それは・・・

 

好きなことを

夢中になって、

しつこくやって来たから。

 

 

 

5/18月・・・5/21木あたりには、気配的に緊急事態宣言解除といけるでしょうか?

今回 【命】 について、嫌がうえにも考えさせられましたね・・・

ミラクルジャパン・・・何で・・・理由が解らずに褒められてもね・・・(;^ω^)

 

さて・・・

 

空気を読むという事と、

忖度するという事と、
一体、どこが違うのでしょうか。


勿論、不正や改竄はダメです。


では、

そうでなければ良いのでしょうか。

気が利く。

気を使う。

空気を読む。
忖度する。


ここを

明確に区別して生きている日本人は、
まずいないでしょう。

納得いかないけど、親戚に忖度する。


おかしいと思うけど、上司だから気を使う。


変なルールだけど、町内会の空気に合わせる。

そうでないと、社会や、組織や、
集団から浮いてしまうから。


浮くことを極端に恐れる私たち。


我々は、

一億総忖度国民なのです。

答えを覚える、
という教育が、いかに恐ろしいか。


勝手なことをしてはならない、
というルールが、いかに恐ろしいか。

勝手なことをすると、人に迷惑をかける。


それは本当なのでしょうか。


例えば、

高速道路で制限速度を守ること。


例えば、

エスカレータで立ち止まること。

トロトロ走るな!


急いでいる時に立ち止まるな!


・・・と、皆さん、腹を立てられます。


でも、それって、どうなんですか?

みんなが、

急ぐ時には、急ぐ。


みんなが、

のんびりする時には、のんびりする。


その方が、調和が取れるから。


みんな気持ちよく過ごせるから。

みんなで急ぎ、
みんな同じ電車に乗り、
みんなで同じ日に休み、
みんな同じ行楽地に行く。

気が狂いそうになります。


実際、気が狂う人も出てきています。


でも、そういう人たちは脱落者。


みんなのルールから外れてしまった人たち。

アメリカに忖度して基地を作り、
首相に忖度して学校を作り、
上司に忖度して残業する人たちが、
社会では成功して行く。

そういう社会って、おかしいよね。


・・・と言おうものなら、叩かれる。


みんなが忖度して、みんな我慢しているから。


我慢しない人が、我慢ならない。

私は、本当に頭が悪かったので
先生の言っていることが、

あんまり理解できませんでした。


教科書に載っている答えを、暗記できませんでした。


運が良かったなあと、今は思います。

答えを暗記できなかったので、
仕方なく自分で答えを考えました。


みんなのルールが理解できなかったので、
仕方なく自分でルールを作りました。



それが良かった。


いや、それって当たり前。


だって、自分の人生なのですから。


自分の好きに生きれば良いのです。

それはおかしい。


協調性がない。


周りに迷惑だろう。


・・・という方々。

是非一度、
自分の頭で考えてみてください。


それは、どこがおかしいのか。


協調性がないのが、何故いけないのか。

 

自粛警察・・・あ~やだやだ。

 



 

街が何となく、騒ついてきたような気がします。

コロナコロナコロナって刷り込まれて、皆、右肩下がり傾向に

心が反応しているんでしょうか・・・

 

さて・・・

 

たったひとりでも、お客さんがいれば・・・


その人が、

本当に必要としてくれているのならば。


それは、

立派なビジネスであると私は思います。

お客さん、ひとりじゃ食べていけないよ、
と言いたくなるかもしれません。


でも・・・

 

すべてのビジネスは、

たったひとりのお客さんから始まるのです。

0から1がライオンに勝つことだとしたら・・・


1から100はチャウチャウに勝つくらい。


よく見てきちんと対応すれば、ビジネスは必ず成功します。

大事なのは、

100匹のチャウチャウを見ないこと。


1匹のライオンに、

どう対峙したのかを決して忘れないこと。

いろんな人から
よく聞かれる質問があります。


それは、どうやったら
もっと稼げるのかということ。

私の答えは、いつも同じです。


自分で商品を作り、
自分で売り方を考え、
自分でお客さんを開拓すればいい。

その為に、まず発信すること。


発信することによって人が集まり、
マーケットが生まれ、
いずれ商品が売れるようになる。

すると、必ずこう言われます。


それは、石山さんだから出来るのです。


石山さんは有名だし、いいですよね、と。


ほんと嫌になっちゃいます。

石山はプラウドの社長だから、
20年やっているし、有名だから、
発信しても読んでくれる人がいるし、
あんたは特別、いいよねー、というロジック。

でもね、そんなの通用しないんですよ。
残念ながら。

こんな小さな会社の知名度が通用すると、
本気で思っているんでしょうか。


だとしたら、驚きですね。

もしも・・・私が17年前以来、
何も発信していなかったとして。


私のところに人が会いに来るでしょうか。


私に興味を持ち続けてくれるでしょうか。

そんなことは、あり得ないのです。


私が、プラウドの社長として、

フットボール愛好者、指導者、プレイヤー

音楽愛好家として、アマチュアバンドマンとして、
認識され、記憶されているのは、
私が発信し続けてきたからなのです。

実際、何を始めた時でも

当然ながら
最初のフォロワー数は1人でした。


今はそれが、1000人超。


それは・・・

 

私が17年間コツコツと
発信し続けてきたから。

稼働者でなくなってから17年間、
毎日発信し続け、ブログを書き続け、
新しい事もやり続けました。

その私が言うのだから、間違いありません。


発信し続ければ、人生は変わります。

たった一人のお客さんとの出会いが、
自分の人生を劇的に変えてしまう。


そして、それは例外なく、
たった一人のフォロワーから始まるのです。

たぶん・・・(≧▽≦)


 

なぜ? その人は、そこで、その商品を、買ったのか。


なぜ? あの人は、あの時、あの相手を、好きになったのか。


安かったから。

 

便利だったから。


可愛かったから。

 

カッコ良かったから。

 

私たちは、

そう短絡的に捉えてしまいがちです。


結局は損得だよと。


でも・・・

 

人間って、そんなに単純じゃないんですよね。

 

高い店で買ったり、

不便な場所まで行ったり、
可愛くない子や、

カッコ悪い男を好きになったり。

 

この複雑極まりない、面倒な生き物を読み解くこと。


人間読解力こそが、

人生における最も重要なスキルなのです。

 

(≧▽≦)

 

緊急事態宣言の発出~延長。 一連の流れに論理的な意思を感じられません。

一言、「なんだかなあ・・・」 もうちょっと、論理的な説明や根拠の明示があってもいいのでは・・・

そんなモヤモヤな、今日この頃です(;^ω^)

 

さて・・・

 

間がないことを、間抜けと言うのだそうです。


間は、とても大事。


なぜなら・・・それは、思考する時間だから。

例えば・・・

人の話を聞く時、何かを学ぼうとする時、
何かを理解しようとする時。

 

そういう時には、間が欠かせません。


人は瞬間的に「知る」ことは出来ても、
「理解」することは出来ないから。


話を聞いて、

自分の頭で咀嚼して、

ようやく分かることが出来る。

何を、どこまで分かってなかったのか。


何によって、どこが分かるようになったのか。


それが分かるには、考える時間が必要なのです。

だから・・・私は喋り続ける人が苦手。


話を咀嚼する暇すら与えず、次々と言葉を発し続ける人たち。


それは、

脳みそではなく、耳に向かって喋っている人たち。


脳みそに届ける気がないのなら、

壁に向かってしゃべっていればいいのです。

とにかく急ぐ人は、思考が停止している人。


なんて・・・ご本人に言ったら、怒るでしょうね。


「あなた今、思考停止してますよ」


「うるさい!俺は急いでるんだ!」って。

何で、人は急ぐのでしょう。


人よりも先に行くため、でしょうか。


人に遅れをとらないため、でしょうか。


その場合の人って、誰のことなのでしょう。

 

???

同期のことでしょうか。


競合他社のことでしょうか。


同期も走るから、俺も走る。


競合も値引きするから、ウチも値引きする。

何のための、競争でしたっけ。


何のための、テクノロジーでしたっけ。


豊かになるために、競争してるんですよね。


楽をするために、ロボット作ってるんですよね。

競争が目的になり、

負けないために走り続け、
その結果、

みんなが負けて行く。


豊かになるどころか、誰も儲からない。


楽するどころか、ロボットに仕事を取られてしまう。

ちょっと、この辺で・・・


一旦、立ち止まってみてはいかがでしょう。


崖に向かって全力疾走したら、いかんでしょ。


ちゃんと道が続いているのか、チェックしましょう。

ようやく日本でも、
終末医療が考えられるようになって来ました。


本人も、遺族も望んでいないのに、
とにかく死なないように栄養を送り続ける。

とにかく生かす。

 

恐ろしいことです。


とにかく働くことも、
とにかく競争することも、
とにかく勝つことも・・・全部恐ろしい。

とにかくは、恐ろしい。


とにかくは、思考停止の合図。


とにかくは、いかん。


とにかくは、とにかく、いかん。

ビットコインは怪しい。


何で?


とにかく、怪しい。


じゃあ、円やドルは怪しくないの?

自国民を守らなきゃ。


何で?


とにかく、守らなきゃ。


じゃあ他国民は守らなくていいの?

お金って何だっけ?


国家って何だっけ?


働くって何だっけ?


成長って何だっけ?

ずいぶん長い間、
考えることをサボって来た質問たち。


目先の結果ばかり求めて、
思考することをやめてしまった私たち。



とにかくは、禁止。

 


とにかくは、とにかく禁止。


そう決めてしまったら、どうでしょう。


とにかく治療するのも・・・


とにかく勉強するのも・・・


とにかく働くのも、全部禁止。


きっと・・・大パニックになるでしょうね。

 

 

自粛期間の延長・・・(;^ω^) 避けられないでしょうね。

大好きな飲食店の皆さん、生き残りましょう。

さて・・・

 

たとえば一杯のコーヒー。


たとえば一個のクロワッサン。


いくらまでが安く、いくらからが高いのでしょう。

まず考えられるのは、相対的な価値です。


通常いくらで売られているのか。


次に考えられるのは、私にとっての価値です。


どのくらい欲しいのか。


そして三つ目は、価格の根拠。


なぜ、その値段なのか。


実は、安さが重要なのは最初のケースだけなのです。


この場合、他より安い、が決め手になります。


残りの二つで重要なのは、安さではなく、高くないこと。

私にとっては高くない。


ここまでこだわっているなら、高くない。


「高い」の反対が「安い」であるとは限りません。


「安い」と「高くない」は、似て非なるものなのです。

少しでも安くするための努力。


それは、顧客への誠意とも言えます。


同様に、高くするための努力。


これは、社員や仕入先への誠意なのです。

少しでも待遇を良くする。


社員の頑張りに応えるために。


少しでも支払い条件を良くする。


仕入先への感謝を伝えるために。

これって、普通だと思うんですけど。


でも、そう思わない人が多いですよね。


無駄な人件費は払わない方がいい。


無駄な支払いも減らした方がいい。

確かに、無駄は良くないと思います。


私は無駄に待遇を良くした経験があります。


だから、その体験からも言えます。


無駄は良くないと。

私は無駄な出費をしました。


だからこそ、分かるのです。


どこからが無駄なのか。


そして、どこまでが無駄ではないのか。

無駄の境目など考えない。


とにかく無駄な支払いは良くない。


そう決めつけている経営者さんには、残念ながら哲学を感じません。

何のために無駄をなくすのか。


そこに哲学がない経営者。


それは、何のために会社をやっているのか、という哲学を持たない経営者。

人が採れないから、仕方なく給料を増やす。


仕入れが出来ないから、仕方なく支払いを増やす。


そういう経営者さんにとって、適正価格とは即ち最低価格のことなのです。

それの、どこがいけないんだ!・・・と怒られそうですけど。


別に、いけなくはないのです。


ただ、魅力がないというだけ。

その会社で働きたい、という魅力。


その会社と取引したい、という魅力。


そういう魅力を感じない。


もちろん魅力がなくても仕事はします。

魅力がなくても、働きます。


だって、他では雇ってくれないから。


魅力がなくても、取引します。


だって、他では取引してもらえないから。

最低限の条件で仕事をさせる会社には、
最低限の社員と取引先しか、集まりません。


・・・にも関わらず、こういう事を言うのです。


もっと考え、もっと工夫し、もっと貢献しろ、と。

相手は人間なんですよね。


社員も、お客さんも、取引先も。


私たちは人間を相手に仕事をしている。


嫌な人とは仕事をしたくないし、
好きな人のためなら多少の苦労は厭わない。


なぜ、こんな簡単なことが、分からないのでしょう。

 

 

鬱陶しい雰囲気ですね・・・様々なことが自粛・・・

ボールを蹴れるのは9月頃でしょうかね・・・(;^ω^)

資金調達も考えなきゃならないし・・・重苦しい(;^ω^)(;^ω^)

 

さて・・・

 

パンダの顔写真を縦半分に切って、
その左半分を、別のパンダの右半分と合わせる。


そうすると、

左右アンバランスのパンダが出来上がります。

このアンバランスな顔写真と、

普通のパンダの顔写真を並べると、
子供は必ずバランスの取れたパンダを選ぶのだそうです。


アンバランスなパンダは可愛くないから・・・

では・・・

 

同じようにパンダの顔写真を半分にし、
その左半分と、

反転した左半分を貼付けたらどうなるか。


この場合、

オリジナル以上に完璧な、

シンメトリーのパンダが出来上がります。


でも、

このパンダも子供にはウケないそうです。

寸分の狂いなく、

ズレが全くないパンダの顔には、
リアリティーがないから。


つまり・・・

 

それは、生き物には見えないのです。


可愛いパンダとは、

絶妙にズレたパンダであるということ。


自然は偉大なる芸術家なのです。


私は、

かなりズレた人間です。


物心ついた時に、既にズレていました(*^^*)


そのズレを受け入れられるようになったのは、
つい最近のことなのです。

ズレていることを自覚したのは、高校生の頃です。


周りの同級生たちと、明らかに何かが違う。


優れているのではなく、欠落している。


高校生ながらに、そう自覚しました。

ズレていることを、

恥ずかしいとは思いませんでした。


でも・・・

 

同級生にバレないようには、気をつけていました。


だから、

全員が受験勉強に向き合う中で、
一生懸命に勉強するフリをしていたのです。

きっと・・・

 

仲間外れが嫌だったのでしょう。


何とか、同じ輪の中に入っていたい。


でも・・・

 

心の中は、疎外感で一杯でした。


同じじゃない、という自覚があったのです。

ズレた自分を嫌になったことはありません。


それが自分なのだと受け入れていました。


でも、肯定したこともありませんでした。


ズレを肯定する根拠が、私にはなかったのです。

学生時代、会社員時代、社長になってからも、
ズレないように気を配っていました。


ズレているからこそ、ズレているぞと言われないように。


上手く、社会人のマナーに溶け込めるように。

浮く、という事が怖かったのです。


それは、

今も同じかもしれません。


信じてもらえないかもしれませんが、

私は人一倍
浮くことや目立つことが、苦手なのです。

ズレている自分。


本当の意味でそれを受け入れたのは、
40代になってからです。


それが、

自分の価値なのだと、気がついたわけです。

どんなにズレないようにしても、ズレてしまう。


それが20~30代の私でした。


でも、

結果的に、そのズレが成果を生み出していたのです。


40代になって、

ようやく私は自分の立ち位置を理解しました。

それまでの私は、
自分のことをアイデアマンだと思っていました。


ズレているのではなく、

発想が豊かなのである、と。


頭が柔らかいのである、と。

でも・・・

 

気がついてしまったのです。


アイデアの源泉と言うべきもの。


それが、

ズレから生まれているという事実。


それは、

閃きではなく、違和感だったのです。

同じものが違って見えること。


同じシーンなのに、人とは違う感情が沸くこと。


私はそれを、欠落だと思っていました。


でも、

今は、アイデンティティだと思っています。

結婚式なのに、おめでたいと感じない。


お葬式なのに、まったく悲しくならない。


そういう自分を恥じず、肯定する。


周りに合わせるのではなく、自分の感情を受け止める。


それが私であるから。


私の人生に必要なのは、私の答えであるから。